4-05 姫様の華麗な日常 ②
ちょい真面目
水の勇者キョージの一行は、十二騎の騎馬と四台の軍用高速馬車で所属国である大国セイルから出立した。
同時に出発する騎士500名、兵士2500名、魔導部隊300名と兵站を含めた4000人の軍と共に、国としてのパフォーマンスとして王都の大通りをパレードしていったが、その後すぐに別れて軍より先行することになる。
ちなみに余談だが、大衆は“噂”の『聖女様』を一目見ようと集まっていたのだが、とある“事情”により叶わず大衆は肩を落とすことになった。
「……心臓が弱い人も居るかも知れないから…って、どういうことでしょう……?」
そんな誰かの呟きはさておき、勇者キョージは王家より賜った純白の愛馬を駆りながら思考を巡らせていた。
このたびの戦場はあまりキョージに利が無い。
勇者としての名声はこの十数年の間に出来る限り上げておいたので、これ以上功績を得る必要もないのだが、逆にそのせいで“何か”あった場合は、動かなければそれだけで名声が下がりかねない状況にある。
キョージの目的は、ある意味俗的なことだ。
表向きはセイル国の王となること。ただ表向きと言ってもそれを知っているのは長年付き従ってきた騎士達と、第二王女のビアンカだけだった。
強いて言うのなら、身近な者達を欺く為のありきたりな口実だ。
キョージはまず、自分と同じように強い野心を持っていた第一王女を、産まれたばかりの王子に恨みを持たせる形で失脚させ、他国へ嫁がせた。
それからずっと王家の為に働き、王に信頼を得て、まだ幼かったビアンカを徐々に洗脳するように自分に傾倒させた。
後は王子が成人する前に、現王か第一王太子のどちらかが“病死”すれば良い。
本来なら数年掛かりで計画を起こすつもりだったが、キョージは今回の戦を利用することにした。
それは聖女として公表されたユールシアの名声が、キョージの思惑より大きくなってきたこともあるし、キョージの想像より早くユールシア側の戦力が集まりだしていたからだった。
聖女に傾倒し始めた下級騎士や兵士達。使い物にならないと切り捨てたはずの異世界の少年少女達は、いつのまにか上級戦士並みの力量を得ていると聞く。
今はまだキョージ側の戦力には及ばないが、年配の貴族の一部が聖女側に付き始めたことで、国内でのパワーバランスが崩れ始めているのを感じていた。
計画を前倒しにする必要がある。
その第一段階として、キョージはフィヨルド王子とユールシアを引き合わせた。
元より彼女と年齢の近い王子が、美しい異界の姫の噂を聴き、彼女に興味を持っていたことを王族の周囲に紛れ込ませていた間者から聞いていた。
フィヨルド王子はもう10歳だ。本来なら婚約者が居てもおかしくない。
だが、遅くに授かった王家の男児故に、お相手はかなり厳選され、他国の王家からも申し出が相次いだ為に、よほどの相手でなければ他国も納得しないだろう。
例えばその相手が、勇者と同格の【聖女】ならばどうだろうか?
ユールシアは12歳。婚約者としては普通に問題のない年齢で、異界とは言え他国の王位継承権を持つ公爵令嬢。そして今回の戦で戦功を上げれば“格”も申し分ない。
ただ、その為には“どちらか”が望まなければいけない。
キョージとしてはあの少女の考えていることは非常に分かりにくい。だが、あの一見畏れすら感じさせる美貌は、美しさに慣れているはずの王子さえ虜にするはずだ。
そのもくろみ通り、フィヨルド王子はユールシアを気に入ったようだ。
その後の間諜である侍女からの報告によれば、王子はユールシアの話ばかりをしているらしい。もちろんそれは、その侍女が巧みに興味を持たせるように誘導したからなのだが、その憧れが恋心に変わるのも時間の問題だろう。
計画の第二段階は、戦場に王子をおびき出すことだ。
本来なら10歳になった王子は、王族として、次期王として王の代わりに軍の指揮を執る年齢だ。ただ今は過保護に育てられている為、周りからそれを止められている状況だった。
戦を長引かせれば、城に残してきた者達が王子を煽り、キョージ側に付いた宰相が、『姫の為』に王子を戦場へ向かわせる手筈になっている。
だた、それを為すにはかなり都合の良い状況が必要になる。
戦場を膠着状態で長期化させる。
それでいて尚、王子が戦場に出向く為に、ある程度の安定した戦況にする。
そして、聖女であるユールシアを戦の最前線に引っ張り出す。
その上で、王子と聖女を同時に亡き者にしなければいけない……。
『ブルゥ…』
「おっと……不安にさせましたか?」
かなりの困難さにキョージが眉を顰めると、愛馬がそれを察して小さく嘶いた。
キョージは愛馬の首筋を軽く叩きながら微笑むと、そのまま軽く溜息を吐く。
「最悪は、南の勇者の手を借りなければいけませんかね……」
それはあくまで最終手段だ。
それに表向きの目的は、キョージの“裏の目的”の為の足がかりの一つであり、そちらが達成されれば、何の問題もなくなるのだから……。
***
「意外と揺れないんですね……」
同じ馬車にいる瑞樹が窓の外を見ながらそんなことを言った。
勇者キョージ一行の最後尾である二台の馬車は私達が占拠している。こっちは女子で後ろが男子。
こっちの馬車に乗っているのは、私、ユールシアとティナとファニー、そして強引に連れてきた燈火と瑞樹である。
男子側はノアと大地と風太。そしてお城の目付役である下級貴族っぽい人。
その人は監視役だけど、頭皮を“治療”することで私側に引き込んだ宰相さんの部下なので大丈夫だ。問題ない。
ふふふ、……十年近くキョージくん側にいたらしいけど、本当に人の“業”とは恐ろしいものですね。悪魔を甘く見てはいけないのですよ。
ちなみに馬車で男女をごちゃ混ぜにしない理由は簡単です。揺れの少ない馬車でも、瑞樹は“揺れる”からね。どことは言わないけど、こっちの世界にはワイヤー付きなんて無いから仕方ない。そんな訳で一緒の馬車にすると男性達が無言になってしまう。
「この馬車って、さすぺんしょん? なんかそう言う異界の技術が使われているって聞いたわ」
「へぇ……なんか凄いのね」
いや、燈火ちゃん、普通に地球の技術なんだからあなたが感心してどうすんの。まぁ私も原理は良く知らないけど……。
なんか“抗生物質”とかも最近開発出来たらしいし、これで【闇の勢力側】との戦争が終わったら人口爆発して、地球みたいに『畏れ』が無くなって、世界から魔素が無くなっちゃうんじゃないの?
科学の替わりに魔法でやってる訳だから、魔力が衰退したら文明崩壊しそうね。
異世界知識チートで異世界崩壊とか笑えない。
「……また【世界】に呼ばれちゃったのかなぁ」
「え、ユルちゃんどうしたの?」
「ううん、何でもありませんわ」
……さすがに考えすぎか。この世界にも悪魔は居るみたいだから、二連ちゃんで世界の意志に呼ばれるとか、どんだけ人材不足なんだよ、って話です。
こっちの…【テス】側の魔界も、私達が居た【アトラ】側の魔界から噂が流れてきているくらいだから比較的近いと思うんだけど、まだノアもアトラの座標を見つけていないみたい。
魔界から【悪魔公】の一柱でも引っ張り出したほうが手っ取り早いかな……?
やんないけど。
あの“平なんとか”クラスの奴でも、物質界で私やリンネと戦闘したら、何百万人被害出るか分からないしねぇ。
……もしかしたら悪魔の人材不足って、私とリンネが【悪魔公】を二柱も潰しちゃったから……だったり。
いやいや、まさかね。
「……ねぇ、ユルちゃん」
「どうかしたの? 燈火」
旅立ってから比較的静かだった燈火が真剣な顔で声を漏らした。
「これから、戦争に行くんでしょ…?」
「うん、そうなるね」
静かなのは強引に連れてきたからだと思ってた。なんで強引だったかというと、当日まで連れて行くことを、言うの忘れていたからです。
「私達……その…人を殺すの?」
「…っ!」
燈火のその言葉に、隣の瑞樹が息を飲む。
まぁそうよね……。私は【悪魔】になっちゃったから、人間の命も動物の命も『味』の違いしか分からなくなっちゃったけど、理解はできる。
でもね……
「嫌なら、何もしなくても良いわよ?」
「……え」
「で、でも…」
軽く答えた私の言葉に、燈火と瑞樹は複雑な表情になる。
この世界に拉致されて数ヶ月経った訳だから、この世界で生きる意味を真剣に考えていたのよね?
生きる為に戦わないといけない。でも、世の中には戦ってない人なんて山のようにいるのよ。
「何もしなくていいわ。でもね……あなた達には、戦場で“殺す”ことではなくて、誰かを“助ける”ことも出来るのよ」
「「………」」
その為にあなた達を鍛えた。まぁ、色々と都合もあるけど。
「誰かを救いなさい。味方も……敵だって構わない。そこで文句を言われたら“私”が何とかしてあげる」
二人を安心させるように出来るだけ優しく微笑む。
「……いいの?」
「私達……ユルちゃんにばっかり頼って…」
「いいのよ。それが私の“お仕事”でもあるんだから」
私がそう言うと、燈火と瑞樹の顔に浮かんでいた悲壮感が、少しだけ軽くなった。
頑張ってね。
……ちゃんと【勇者】になってくれないと困るから。
別に彼女達に人殺しをさせたくない訳じゃないんだ。……と思ってるんだけど、私も自分で言ってて、途中から良く分からなくなった。
私のそんな心情を感じたのか、台詞の途中でファニーがいきなり顔を窓に背けた。
……ファニーちゃん、笑い出しそうになったからじゃないよね?
補足:世界の意思とは、世界を『1個の生命』とした場合の大まかな全体意思で、神様ではありません。人のような大きな感情もありません。
人間が体内の菌一つを個別に対処出来ないように、世界は薬を飲んで全体の体調を整えることしかできません。
次回、旅の続き。ちょいゆる。





