3-17 悪魔の誘惑 ①
北の勇者。土の勇者。大地の勇者。
その呼び名は多々あれど、十数年前、北の大国ゲンブルで【勇者】として召喚されたのは、まだ15~6の紅顔の美少年であった。
彼も最初は混乱した。協力的でもなかった。だが、この世界が“ゲーム”のように戦える世界だと分かり、勇者としてその力を発揮するにつれ、彼はこの世界で“主人公”として選ばれたのだと言う結論に辿り着いた。
わずか一年足らずで、彼はゲンブル国で最強とまで呼ばれる存在になる。
当然だが、強くて勇者としての地位もある彼は女性にモテた。
だが、彼はそんな女性を歯牙にも掛けず、女性達に侮蔑の表情すら浮かべていた。
彼は東北にある古い家の生まれで、四人姉弟の末っ子……三人の姉を持つ長男として産まれた。
厳格な両親の下に産まれたが、姉達は彼を子猫のように可愛がった。
物心つく前から、こっそりと姉達のお下がりを着せられて、女の子のように可愛がられながら育っていくと、ある時、彼は疑問に思う。
『どうして私は姉さん達とは身体が違うの……?』
その疑問に辿り着いた時には、初恋の相手が近所のお兄さんで、すでに心は乙女になっており、あらゆる意味で手遅れだったと言える。
そんな悩める少年にも姉達は自重しなかった。仕事の忙しい両親に代わり“弟”の面倒を見ると言いつつ、彼を立派な“女性”に育んでいった。
だが姉達の希望に添わず、彼は“男の娘”にはならなかった。小学生の高学年の頃には大人の身長を超え、見た目は高身長の美少年になったが、彼は男の外見に乙女の心を宿す“男の娘”とは真逆の『オネエ』となってしまったのだ。
両親がそのことに気付いた時には何もかもが遅かった。
矯正しようとしても出来ず、全てを諦めた厳格な両親は、彼のことを居ない者として扱うようになった。
彼は悩んだ。男でありながら女性の心を持つことは、そんなに悪いことなのか。
何故両親は自分のことを認めてくれないのか。
悩んだ彼は、いつしか自分を見ない両親と、自分をこのように弄んだ姉達……女性を蔑視するようになる。
そんな彼は異世界に【勇者】として召喚された。
力を得て誰もが彼を恐れ敬うようになった時、彼はあることに気付く。
『ああ……もう悩む必要は無いんだ』……と。
彼は女性用の装飾品や化粧を貪るように買い集め、自分を磨いていった。
誰に何を言われても気にしない。煩く文句を言う奴は【勇者】の権限と力で排除していった。
そして抑圧から解放された精神と勇者として上がった身体能力は、彼の身体を二回り以上も巨大化させ、巌のように険しくなった外見に見合うようにさらに化粧を濃くした結果、男性にしか興味のない彼を、人々はあらゆる意味で畏れられるようになっていった。
「……変ね」
女性よりも女性らしく、カンゾーは頬に手を当てしなを作る。
ある意味オーバーアクションだが、男性らしすぎる肉体を持つカンゾーの乙女心は、貴族の女性よりも女性らしい言動を彼に取らせた。
基本的に女性はあまり好きではないが、そんな女性らしいカンゾーに憧れる若い貴族子女も居て、そのような一部の少女達とは仲良くしている。
カンゾーはドワーフ国の地下にあるダンジョンを一人歩いていた。
ドワーフ国と言っても、数あるドワーフ集落の中で一番大きな集落に過ぎない。
ドワーフは一般的な感覚で言う、小柄でずんぐりとして髭で鍛冶大好き、と言うそのまんまの種族で、カンゾーも最初は自分用のハート柄の大剣を発注しに来た。
そして大地の勇者としての能力で、カンゾーは地下にあるダンジョンを見つけてしまった。
ドワーフの長老達を脅し……色気で籠絡してダンジョンへ乗り込んだカンゾーは、そのダンジョンを攻略して、ダンジョンマスターと出会う。
地面に穴を開けて侵入したらしい【黄金の聖女】を追ってダンジョンに降りたが、まだそれらしい人物を見つけられていない。
黄金の聖女が『ゾンビ発生事件』を追ってここに来たのなら、ダンジョンマスターが居る最奥を目指すはず。多少の分岐や横道はあるとしても、目指す場所が一緒なら痕跡ぐらいはすぐに見つけられると思っていたが、いまだにカンゾーは聖女の影を掴めていなかった。
「……聖女じゃなかったのかしら? それでもかなりの使い手が侵入したと思うんだけど……」
ぼそぼそ考えを口に出しながらカンゾーが最奥へと歩いていると、その横手から巨大なゾンビが襲いかかってきた。
「オーガゾンビ……」
オーガ。角と牙を持つ鬼のようなモンスターで、単純な物理戦闘力ならかなり上位の魔物だ。
筋肉としてはカンゾーの好みなのだが、腐っているので臭い。それでも男臭いのは嫌いではない。
「ふんっ」
『ぐぉおおおおおおおおおおおおおおっ』
カンゾーはがっつりオーガゾンビに抱きつくと、鍛え上げたレベルと腕力でオーガゾンビの背骨をへし折り、胴体を二つ折りにしてトドメを刺した。
ぐちゃり……と地面に崩れ落ちるオーガゾンビに、カンゾーは溜息を吐く。
「見せかけだけの筋肉ね……やっぱり、“あの人”とは違うわ」
カンゾーの脳裏に浮かんだのは一人の男の横顔。
元風の勇者、フォーテリス。
カンゾーがこの世界に来て、初めて想いを寄せた男性である。
彼はカンゾーの趣味にも眉を顰めることなく、真摯な態度で接し、共に世界を護る勇者として友情を育んできた。
でもカンゾーはそれに満足出来なかった。彼と恋人になりたかった。
その必死の思いで告げた想いをやんわりと拒絶されたカンゾーは、憎しみではなく、彼が他の女のものになるのが我慢できずに、永遠に自分のものとする為だけに彼を殺したのだ。
他の勇者達の思惑は知らない。ただ全員が、勇者フォーテリスを殺すことを望み、共謀した。
「……あのお尻は勿体なかったわ」
この台詞を地球に転生した勇者が聞いたら、また復讐心を滾らせるほど酷い。
それはともかく、カンゾーは聖女に出会うことなくダンジョンマスターの間まで辿り着いてしまった。
予定では美しいと評判の聖女の顔を潰して、【勇者の秘術】で再生不可の呪いを掛けるつもりだったのだ。これはカンゾーが気に入らない女に行う私刑で、呪いを解けずに自決した女性も多い。
カンゾーはとんでもない“悪人”ではなく、気に入った人間なら普通に人付き合いも出来るが、どうしようもなく“我が儘”で自制が利かない人間だった。
「カンゾーよ、開けなさい」
精密なレリーフが施された巨大な扉の前でカンゾーが声を掛けると、ギギギィ……と軋みをあげて大扉が開いていく。
そこは薄暗い、王城の謁見の間を思わせる光景が広がっていた。
だがそこには華美な装飾も真っ赤な絨毯もなく、腐った布がうち捨てられ、骨だけになった骸骨騎士が護る玉座に、真っ黒な人影が静かに座っていた。
『……何のようだ。ゲンブルの勇者よ……』
人ではない。洞穴に吹き抜ける風のような声を発したのは、闇から切り抜いたような漆黒のローブを纏い、赤く光る空っぽの瞳で見つめる銀色の骸骨だった。
エルダーリッチ。
死霊術を極めた、狂った魔術師の成れの果て。死を超越した魔物の中でも、究極と言われる一つである。
「相変わらず気持ち悪い顔しているわね……」
『……これでも死者だからな』
エルダーリッチも、お前にだけは言われたくないと思う。
カンゾーとエルダーリッチは、敵対関係ではない。
過去この場所で彼らは戦い、勇者であるカンゾーが勝利したが、完全に倒すことは出来ず、カンゾーも配下の半数以上を失うという辛勝だった。
今戦っても負けるとはカンゾーも思っていないが、無傷での勝利はあり得ない。
勝者と敗者が決まり、現在は協力関係であると言っても、二名の間には微妙な空気が流れていた。
「ここに聖女を騙る小娘は来なかったかしら?」
『……はて。そのような者は来ておらぬ。侵入者はいるようだが、おぬしの手の者ではないのか?』
「何よ……監視カメラくらいないの?」
『かめら……とは、何代か前の勇者が広めた記録装置のことか。そんな物を付けるのは最近の軟弱なダンジョンマスターだけだ。それより、あれは出来たのか?』
エルダーリッチの最後の言葉にカンゾーの片眉がわずかに上がる。
「その件もあったわね。これを見なさい」
カンゾーが無造作に投げた小石のような物を、エルダーリッチは片手で受け取る。
『………ほほぉ。良く出来ておる。完成したのか…』
それは、宝石の質感と輝きを持つ、小さな魔石だった。
通常の魔石は、魔力によって変質した魔物が、体内に宿す物だ。
魔力操作のできない魔物は意思で魔力を巡らせるのではなく、血液に乗せて全身に魔力を送る。そのせいで血の集まる心臓に結石のように生成されるのだが、物質化の元となるのが血液なので、魔石は黒色かどす黒い赤になるのが通常だ。
ある時カンゾーは、エルダーリッチが持つ太古の秘宝に付けられた魔石が、宝石のように輝いていることに気付き、話を聞くと、特殊な環境や魔力の質などで魔石の色に違いが出来ることが分かった。
その宝石のような魔石は、数千年生きた魔竜の体内から出た物だが、カンゾーはそれを人工的に出来るのではないかと考え、エルダーリッチの力でゾンビに様々な魔力付与の実験を繰り返した。
カンゾーは常々不満だった。
美しい自分を飾る装飾品に付けられる魔石が、小汚い黒色などあり得ない。
魔道具を兼ねているのである意味仕方ないと考えていたが、綺麗な宝石になるのならこれ以上自分に相応しい物はない。
だが。
「……それは偶然の産物よ。キリシアールの冒険者ギルドから買い取った物だけど、あの場所に流れ着いたゾンビが、何かの魔力を吸収してこうなったみたいなの」
『ほほぉ……』
「あんたにそれは預けるわ。しばらく街に滞在するから、どんな魔力なのか調べてちょうだい」
『……了承した』
敗者の定めか、エルダーリッチは渋々ながらも、あっさり了承する。
北のゲンブルから始まり、幾つかの村々を壊滅に追い込んで多数の死者を出した、あの『ゾンビ大量発生事件』は、カンゾーの我が儘から始まったのだ。
それで大量の犠牲者が出たと分かっても、カンゾーはそれを止めなかった。
『……待て』
「あらん?」
また聖女を探しに行くつもりか、用を済ませて出て行こうとするカンゾーの背をエルダーリッチが呼び止めた。
『……中層……死体倉庫辺りに強い魔力を感じる。おぬしの探し人ではないか?』
「……死体部屋ね」
中層には大量の死体を集めておく倉庫がある。
通常の手順では行くことが出来ず、そこから動くようになった死体から順にダンジョン内へと送り込まれるのだが、以前カンゾーが見学した時は、偶然十数体のゾンビが動き出し、面倒なことになった。
「まぁいいわ。小娘がゾンビに襲われているのを見るのも一興ね。ふふ……。それじゃ私も行ってみるわ」
『……あまり壊すなよ』
「ふふ、気をつけるわ」
壊すなとは、ダンジョンのことか聖女と呼ばれる少女のことか……。
カンゾーはその場所に聖女が偶然逃げ込んだのだと考え、そこに向かう。
『………』
その背中を見送り、ゆっくりと大扉が閉じると、エルダーリッチは静かに玉座から立ち上がり、玉座の背後に広がる闇に向けて跪き、静かに頭を垂れた。
『全ては仰せの通りに。……魔の姫よ』
その声に応じるように周囲の薄暗さが一段階増した。その闇を斬り裂いて、金色の髪に金色の瞳の美しい少女がその姿を見せる。
「ええ、良い演技でしたよ。リヒャルド」
カンゾーさえ知らない、エルダーリッチの“名”さえ捧げられた魔界の姫は、彼を労うように優しく微笑み……
エルダーリッチは『りひゃるどくんへ 悪魔公女 ゆーるしあ』と書かれたサイン色紙を宝物のように受け取った。
アイドルですね。
※注意 カンゾーは歪んだ『個人の人間』であり、一般的なある種の人達とは何の関係もございません。
次回は、悪魔の非道な魔の手が、麗しの勇者に迫る。





