1-03 園児になりました ①
第一章は、第一部の第一章と似た流れになり、ほのぼのパートが多めに入ります。
あの公園での奇妙な事故の近くに居たせいで、私の外出禁止がさらに二週間延びました。ちなみに私の事は噂にもなっていない。目撃者が居たとしてもあんな光景を誰も信じないでしょう。
外出禁止が延びた理由は、私が事故の現場を見てショックを受けたと思ったみたい。
まぁ、正直に言うと、私もしばらく元気がありませんでした。
だって……どうして私はあんな事が出来たの……?
自分で自分が分からない。今だってスプーンさえ曲げる事すら出来ない私が、あんな事を出来るなんて知らなかった。
ただ、琴ちゃんを怖がらせた【存在】に怒りを感じた瞬間、何故だか分からないけど私はそれを“出来る”と思った。
……まぁ、考えても分からないことは悩んでいても仕方ない。どうやら私は小難しく考えるのが苦手らしい。
何はともあれ、私は本日より幼稚園に復帰なのですっ。
……大丈夫か、私っ。
「良し出来たっ、柚子、可愛いよぉ」
幼稚園の制服は思っていたより三段階ほど綺麗だった。
すっげ~高そう。
どうしてそんな制服なのかというと、琴ちゃんとお兄ちゃんが通っている、高峯学園の附属幼稚園だからです。
……こんな二~三年しか着ない服にいくら掛けるんだろ。
まぁ、学費は高いけど普通のお家の子供も通っている。一般家庭とかだとネットオークションとかで“お下がり”があるのかもねぇ。
うちだと、上流家庭と一般家庭の中間くらいかな?
とりあえず私は幼稚園では大人しくしています。お父さんの会社とも付き合いがある家の子もいるので、普通じゃないってバレないように猫をかぶる予定です。
私の見た目って、大人しくしていればお嬢様ぽいって思うんですよ。
……だけどね、少し問題もあるんです。
私の見た目が、目を覚ましてから微妙に変わっているような気がする。
大人しそうな見た目も気の弱そうなタレ目も変わってないんだけど、微妙な“歪み”が消えている気がするんです。
朝起きても瞼が腫れていない。顔もむくんだりしない。
子供だから綺麗な肌なんだけど、妙にツヤツヤモチモチしているし、肌色も日焼けが消えて肌は白くなったのに血色が良くなった。
そしてありえないのが、完全な左右対称……。
人間じゃなくて精巧な【お人形】みたいだよ……私。
「……はぁ~…」
「どうしたんだ柚子、ちゃんと今日も可愛いぞっ」
大葉お兄ちゃんが私を抱っこして車まで連れて行ってくれる。
琴ちゃんも私を抱っこしたがるけど、身体の大きさ的に琴ちゃんだと折角整えた私の制服が乱れるから自重しているみたい。何故だか“抱っこ要員”と言う単語が頭に浮かんだ。
でも私の髪は琴ちゃんが結ってくれる。鎖骨くらいまで伸びるストレートを、両脇で小さなツインテールにして赤いリボンで結んでくれた。
うわぁ……。客観的に見れば可愛いんだけど、これすっごく恥ずかしい。
現実のツインテールなんて、某家電街か、女神様に見張られているカトリック系女子校だけで充分なのですよ。
……こんなこと考えているから、記憶が混濁しているとか言われるんですね。
車での送り迎えは、始まるのが早い幼稚園に私を送って、その後に隣同士の中等部と高等部に行く。
しかし、幼稚園の友達の顔さえ思い出せない私が行って平気なのかと思ったけど、そこら辺はちゃんと事前に連絡しているらしい。
それに私も顔を見たら思い出すかも知れない。そうだと言ってよ女神様。……何故だか私は“神”のご加護が無いみたいです。
「柚子っ、困ったら先生に言って私を呼んでもいいからねっ」
「いや、俺のほうがいいぞっ、男の子に苛められたら兄ちゃんがとっちめてやる」
「……行ってきます」
幼稚園の前で車から降りた私は、迎えに来てくれた先生に付き添われて園内に入っていった。ごめん、先生っ、覚えてないっ。
*
「……と言う訳で、柚子さんは病気が治ったばかりですので、皆さん、優しくしてあげてくださいね」
『『『はーい』』』
「………」
どういう訳だ? 見事に記憶がどうとかそう言うのは省かれました。仕方ないね。幼稚園児に難しいことは分からないからねっ。
そして遠巻きにされる私。ちらほらと何となく覚えているような顔もいるのに、何故か私に寄ってこない。全自動で結界が張られている。
これは私の外見の変化が原因かも……。知っている柚子だけど、どこか違う、まるでお人形さんみたいになった私を怖がっているのかも知れない。
困ったもんだ。“私”的には気楽なんですけど。
「柚子ちゃん……大丈夫?」
そんな私に話しかけてくれる猛者がいた。
私も少し驚いて振り返ると、そこにはすこ~しぽっちゃりした可愛い男の子が、心配そうに私を見つめていた。
「……あ、えっと……」
なんとなくこの男の子と遊んでいたような気がする。でも名前が出てこない。
そんな私にその男の子は、無害そうな笑みを向けてくる。
「うん、大丈夫だよ、父さんに聞いてたから。僕は美王子だよ、覚えてる?」
「ハンっ、……お、覚えてるよっ」
一瞬、背中全体に寒気が走って、意識が飛びそうになった。
そう言えば昨日、そんな名前の男の子がいるって、お父さんから聞いていたのを思い出した。その時は、しょうもない冗談だと思っていたのに……。
本人から聞くと破壊力がとんでもないなっ。この子の親は、何を考えてこんな名前を付けやがった。最近はこういうキラキラ輝く素敵ネームが流行っていると聞いたことはあるけど、ここまで進化していたのね……。進化キャンセル出来なかったのか。
やばい、色々ツッコミたくて顔に出そう。
でもツッコんだら負けです。彼は有名食肉加工メーカーの御曹司で、お父様の会社の大手取引先である。
企業の資本金も従業員数も、うちとは桁が違う全国規模の大企業なのだ。
「良かったぁ……僕、心配していたんだよぉ」
「ごめんね……」
彼はぽやぽやと人の良さそうな笑顔を見せる。どうやら彼は自分の名前に何の疑問も持っていないようだ。……業が深いな。
彼と話していると少しずつ彼との思い出が浮かんでくる。彼は少々暢気な性格で、体型のせいもあるけど、からかってくる我の強い男の子達を苦手にしていた。
そうなると友人関係も偏っていて、私みたいな家同士の繋がりがある子供としか遊んでなかったはず。
勿体ないよねぇ……。大企業の御曹司で、性格も良くて、見た目も…ヌイグルミみたいで可愛いのに、気が許せる友達が少ない。
インパクトが強いと思い出しやすいのか……。
「柚子ちゃん、向こうで遊ぼう?」
「うん。……でも、私でいいの?」
私と一緒にいると、他の子からも怖がられちゃんじゃないのかな? そう思って聞いてみると彼は少し頬を染めて首を振る。
「柚子ちゃん優しいから僕をからかったりしないし。……えっと…(可愛いから)」
「……ん?」
「あ、そうだ。おやつ食べる?」
「……………」
幼稚園が始まってまだ一時間しか経っていないのに、彼は堂々と“おやつ”を差し出してきた。
私は受け取った丸ハム一本を見つめながら思う。
……痩せさせよう。
次回、美王子くんの秘密があきらかに。