3-00 勇者召喚
加筆修正をしており、若干長めです。
※4/20【悪魔辞典】に悪魔を追加。
石で造られた壁に囲まれたその大きな部屋では、高い天井に巨大な水晶球が照明のように吊り下げられ、蒼白い光が湯気のようにたゆたっていた。
その部屋の異様さは部屋の造りであろう。
窓が一つもない、ただ大きな両開きの扉があるだけの円形の部屋に、貴族の屋敷が軽く納まりそうな巨大な【魔法陣】が床に描かれていた。
部屋を照らす蒼白い光が、不意に暗くなって、また仄かに明るくなる。
誰も居ない無人の部屋で、天井の水晶球が鼓動するようにゆっくりと点灯し、光と闇が交互に部屋を染めると、満ち始める魔力に床の魔法陣が強い輝きを放ち始めた。
バチンッ!!
何かが弾けるような音と共に蒼白い光が部屋の隅まで照らし、景色が歪むと、それまで見えていた室内の様子を濃密な霧が覆い隠す。
天井からの光が収まり、また静寂が戻る。だが、先ほどまでとは何かが違っていた。
「……いってぇ……なんだ?」
少年か、まだ年若い青年のような男の声が聞こえた。
その少年――“大地”は、床で打ったのか痛む額を手で押さえながら、倒れていた冷たい床から身体を起こす。
「……何だ…」
何が起きたのか分からない。いや、覚えてはいるがあまりにも現実から掛け離れた出来事であり、大地の頭はそれを現実と受け止めきれずにいた。
「何だよ……ここ…どこだよっ!?」
腰まで覆うドライアイスのような深い霧が立ちこめていたが、上の方はそれ程でもなく、この場所が石造りの部屋の中だと教えてくれる。
「だ、誰か居るのかっ!?」
大地は霧の中に動く影を見つけた。
こんな得体の知れない場所に居る生物とは何なのか……。もし危険な生物だとしたら愚かなことだが、大地は直感でそれが“誰”か理解して慌てて駆け寄った。
「燈火!? おい、しっかりしろっ」
「……う…ん」
大地が肩を揺さぶると、燈火と呼ばれた少女がゆっくりと目を開く。
「……だ…いち…?」
少し気の強そうな顔立ちをしたその少女は、意識がはっきりしてくると辺りの光景に眼を見開き、大地の顔を見て安堵してしまった自分を誤魔化すように自分の胸元を抱きしめた。
「だ、大地っ、私に何を、」
「何もしてねーよっ、いきなりなんだよ、お前はっ!」
睨み合う少年と少女。その顔があまりにも近いことに気づいて、真っ赤になった二人は慌てて距離を取る。
「こ、こんな事してる場合じゃないよねっ」
「お、おうっ」
突然大人しくなってちらりちらりと互いを見る二人。その雰囲気に耐えきれなくなった燈火がまた大きな声を出しそうになった時、二人の話し声で目を覚ましたのか、近くから呻き声が聞こえた。
「え、だ、だれ?」
「こっちに人が……風太っ!?」
「こっちも、瑞樹だわっ」
大地と燈火は何故か少しだけ安堵した顔で、新たに見つけた二人へと駆け寄る。
見つけたのは大地と燈火のクラスメイトである少年と少女で、瑞樹と呼ばれた少女は燈火の顔を見て少しだけ微笑みを浮かべたが、すぐに不安げな顔になった。
もう一人の少年、風太はズレていた眼鏡を直すと、少し神経質そうに口元を歪めて大地に問いかける。
「ここは何処だ……?」
「いや、俺にもさっぱりわからん。……風太、起きる前のこと覚えているか?」
「……ああ、確か学校で…」
「そうよっ、放課後地鳴りがしたから、落ち着くまで教室にっ」
「う、うん」
風太が言いかけた言葉に被せるように燈火が叫び、その隣で小柄で大人しそうな瑞樹が小さく頷いていた。
言葉を遮られた風太が若干顔を顰めていたが、いつもの事なのか軽く溜息を吐いて、結局何も文句は言わなかった。
四人は思い出したことを語り、記憶を繋ぎ合わせる。
大地と燈火は幼稚園、風太と瑞樹は小学校からの幼なじみであり、そのまま同じ中学から高校へと進んだ四人は、幼なじみである以上に一緒に行動することが多かった。
私立高校二年生の教室で放課後のお喋りをしていた彼ら四人は、地鳴りのような鳴動と突如暗くなった空に顔を見合わせる。
ほとんどの生徒はそれを見て慌てて帰宅したが、『空に何かが見える』と怯える瑞樹に付き合ってしばらく帰宅を見合わせた。
しばらくして雷鳴のような轟音が響くと雲が晴れ、瑞樹が突然、『空から女の子の声が聞こえる』と呟き、次の瞬間、四人を包むような形で光る魔法陣が現れ、四人の意識はそこで途切れた。
「……多分、これは【異世界召喚】だと思う」
「はぁ?」
呟くように漏らした風太の声に、燈火が呆れたような声を出した。
「風太……本好きなのは良いけど、変なこと言わないでよ。瑞樹が怯えるじゃない」
「う、ううん、燈火ちゃん大丈夫よっ、風太くんは色々識ってるからっ」
瑞樹が少し赤い顔で風太を擁護する。その小動物のような姿に、燈火は不機嫌になればいいのか瑞樹を愛でればいいのか微妙な顔をしていると、その横から大地が大きな声を上げる。
「ああ、俺も風太から借りて読んだことあるぞっ。なんだっけほら、勇者だっけ?」
あまり真剣に読んでなかったのか大地が適当な知識を披露すると、風太はそれでも真面目な顔で頷いた。
「そうだ。馬鹿なことを言ってると俺も自覚しているから、少し聞いてくれ。俺達が学校の校庭でいきなり四人纏めて誘拐されたのなら、この霧も周りの光景も不自然だ。俺達を騙すだけにこんな金を掛ける奴が居るか?」
風太の言葉に三人は自分を納得させるだけの反論を思い付かなかった。
営利目的の誘拐とは思えないし、こんな大掛かりな舞台やセットまで使って彼らを騙すような目的も思い付かない。
「……だから異世界だって言いたいの?」
燈火の掠れたような声に風太はゆっくりと頷く。
「瑞樹はあの時、“声”を聞いたと言っていたな。内容は覚えているか?』
「……ううん。綺麗な女の子の声だったけど、内容までは分からなかったの……」
項垂れる瑞樹に風太は少し慌てたように首を振った。
「いや、ごめん。そうじゃなくて、その“声”が召喚者の呪文だったんじゃないかな……と思ったんだ。それが“呪文”だったら分からなくて当然だ」
風太はそう前置きして、三人の顔を見る。
「これがもし異世界の召喚なら、大地が言ったように“勇者召喚”かも知れない。本の知識で申し訳ないが、そうなった場合、無理矢理戦わされる可能性がある」
「そんな……」
不安そうな声を漏らす瑞樹に、風太は少し照れくさそうにその肩に手を置いた。
「大丈夫だ、俺達が付いてる。変な要求は…」
「まてっ、何か居るっ」
唐突に大地が警戒する声を上げた。
腰辺りまで漂っていた白い霧が何かに押し出されるように流れて、その流れてくる方向から感じるある種の“圧力”に、少年二人は少女達を庇うように前に出て身構えた。
「「「「………」」」」
静まりかえる緊張の中、四人は息を飲んで辺りを窺う。
そして……
最初に見えたのは静かに近づいてくる二つの人影……。
その二人の影が霧の中から姿を現すと、四人は驚いて目を見張る。
現れたのは二人の男女。共に焦げ茶色の髪色に銀のような瞳の外国人で、とても良く似た顔立ちから血縁があるように思われた。
年齢は四人より少し下だろうか。見たこともないような上等な執事服の少年と、華麗な騎士服を纏った少女の嘆美な美しさに、四人は思わずただ見蕩れてしまう。
少年の美貌に唖然として見つめていた燈火は、同じようにポカンと口を開けて騎士服の少女を見つめる大地に気付いて、微妙な顔で口をへの字に曲げた。
だが、その二人が左右に数歩ずれて道を空けると、その後に現れた二人の少女を見て四人はさらに息を飲む。
一人は、綺麗な金髪を縦ロールの巻き髪にした、冷たい美貌の少女。
一人は、さらりと柔らかそうな銀髪を肩まで伸ばした、微笑んでいる少女。
二人とも日本で見るような似非メイドではなく、上質なロングスカートのメイド服を着た見たこともないような美少女で彼らを驚かせたが、それよりも風太と瑞樹は二人のメイドが胸に抱いている“ヌイグルミ”のほうに意識を奪われていた。
金髪の少女がクマのヌイグルミを抱き、銀髪の少女がウサギのヌイグルミを抱いていたが、その見るからに高価そうなヌイグルミ達が、まるで自分の意思があるように辺りを見回し、手足を動かしている。
風太がそれを異世界の魔法による【疑似生物】かと警戒したのに対し、瑞樹は動くヌイグルミをキラキラした瞳で見つめていた。
美しい四人の少年と少女は、同じく日本から来た四人の数メートル手前で足を止め、値踏みするように見つめたが何も語ることはなかった。
「……お前達は、」
静寂の中、焦れた風太が意を決して口を開くと、突然空気が変わった。
何も変わらない……。気温も…少し湿った空気も……
だが四人が現れた霧の奥に、得体の知れない“何か”が存在していた。
現れた四人がさらに横にずれ、片膝を突いて頭を垂れると、霧の奥からその“何か”が霧を吹き散らすようにその姿を現した。
「「「「……っ!」」」」
まるで星空を紡いだような、黒と銀のロングドレス。
自ら輝きを放つような、艶やかな黄金の糸を思わせる長い髪。
あらゆる負を取り除いた、神の手で創り上げた人形のような冷たい美しさに、日本から来た四人は感動するよりも、その美しい少女に“畏れ”を覚えた。
その恐ろしいまでの美しさが、ここを否応でも“異世界”だと認識させる。
美しさが受け入れがたい現実を冷たい水のように染みこませて、心を麻痺させる。
その張り詰められた四人の精神が限界を迎える寸前……
フッ……と、淡い金色の瞳が柔らかく微笑み、四人を呪縛から解き放った。
その美しい少女に抱かれていた黒猫が小さく鳴き声を漏らすと、四人はやっと息を継ぎ、瑞樹はその場で立ちくらみがしたように腰を落とした。
そんな彼らに金色の少女はそっと手を差しのべる。
「ようこそ、【異世界の勇者】様。心から歓迎いたしますわ」
少女のその言葉に、これが“現実”だと理解した燈火と、“異世界”だと確認できた風太が、金色の少女を睨み付ける。
大地はまだ唖然としたままで、瑞樹はヌイグルミと黒猫に瞳を輝かせているので役に立ちそうにない。
「……い、異世界って本当なのっ?」
燈火がやっと出せた言葉に、少女はゆっくりと頷く。
「その通りです。あなた達は異世界より“勇者”として召喚されました。これから…」
「待てっ!」
言いかけた少女の言葉を風太が遮った。
「何故、俺達を召喚した? あなたはその格好からすると“お姫様”か?」
自分達に頼みがあるのか、奴隷のように利用しようとしているのか分からないが、相手の都合の良いように進められたら堪らない。
だが風太の無礼な物言いに、少女は軽く微笑み、メイド達や執事達の表情も動きはしなかった。
「ええ、お恥ずかしながら、そのように呼ばれておりますよ」
少し恥ずかしそうに言う少女の微笑みに、……その美しさに風太は幻覚でも見たように頭を振って、もう一度少女を睨む。
「風太くん…、あの女の子の声……あの時に聞いた声と似てる」
「……やっぱりか」
風太はこっそり話しかけてきた瑞樹に頷くと、あらためて金色の少女に声を掛ける。
「そんな立場の人間がこんな事をして良いと思っているのか? これは誘拐だぞ」
良くある展開だが、風太はこれが効果的だと思った。
とりあえずこちらの話を聞いて貰い、怒らせないギリギリのラインで交渉できるようにするのが自分の役目だと考えたのだ。すでに最初の態度から失敗したかと思ったが、それほど狭量な人物ではないらしい。
風太はこの状況からどうやって良い条件を引き出すか考えていたが、金色の少女の言葉は、風太が思いもしない内容だった。
「いいえ、召喚魔法陣に強制力はありませんよ?」
「……は?」
頭の中になかった展開に、風太の口から間抜けな声が漏れる。
「精神生命体なら魔力で強制できます。知恵のない動物なら、ある程度の強制も出来ますが、人間のような知的生命体は、相手の同意が無くては召喚出来ません」
「…なっ、俺達は勝手に召喚されたぞっ!」
「召喚の承諾は“言葉”だけではありません。その心理や行動も含まれます。魔法陣を見る事が出来て、それを召喚の魔法陣だと“認識”して足を踏み入れれば、それは承諾と見なされます」
「馬鹿を言うなっ! 俺達はそんな事はしていないっ」
「では、何処にも行きたくなかった……と?」
「あたりまえよっ、私は現実世界で……その…」
突然声を張り上げた燈火が、最後にちらりと大地を見る。
「なるほど、『勉強は嫌だ』。『受験なんてしたくない』。『悩む事のない夢のような世界に行きたい』……と、一度も考えたことがなかったと?」
「……そ、それは、」
思い当たる節があったのか、燈火が言い淀む。
「そんな……馬鹿な……俺達の責任だって言うのかっ! お前達が“召喚”なんてしなければ何も起きなかったんだぞっ」
風太の頭にあった仲間を守ろうとする交渉の為の言葉も決意も崩れ、責任感の強さから怒りに満ちた瞳を向けてしまうと、少女の笑みが少しだけ深くなる。
「あなたは夢を見過ぎね……。異世界召喚なんてそんなものよ。道を開けば勝手にやってくる。勝手に来るから利用する。あなた達もこちらを利用しなさい。それが“大人”の付き合い方よ」
「ふざけるなっ! お前のせいで…」
「あら、私には何の責任もないわよ?」
そう言って少女は愉しそうに嗤い、左右の従者達が、まるで悪魔のような笑みを浮かべた。
「………ッ!」
そのあまりにも無責任な言葉と態度に目眩がするほどの怒りを覚え、風太だけでなく大地も拳を強く握りしめて前に出る。
そんな大地と風太の怒りの視線を受けても、異世界の住人達の微笑みは、わずかに崩れることもなかった。
張り詰めた緊張の糸が切れそうになったその時……
ガコォオオオオン……。
この部屋にただ一つだけの大扉が音を立てて開き、外の光が差し込まれた。
「初めまして、異世界の勇者様、お待ちしておりましたわっ。わたくし、このセイル国第二王女、ビアンカ・フォン・ド・セイルと申します。あなた方を“召喚”した者として歓迎いたしますわっ」
扉から現れたのは、十名ほどの騎士を連れた16歳ほどの豪奢なウェーブの掛かった白金髪の少女で、この国の“お姫様”と名乗っていた。
そしてこの人物こそが四人を召喚した張本人らしいと知って、日本から来た四人は、思わず目を瞬かせる。
そしてビアンカもその場の雰囲気と、予定より多い人数に驚き、今まで召喚した勇者達とは違う、貴族のような雰囲気を持つ少女達に目を丸くした。
それを見て四人も、少女とビアンカを唖然とした顔で交互に見つめ、四人とビアンカは奇しくも同時に同じ言葉を口にする。
「「「「「……あんた誰……っ!?」」」」」
おちゃめ再び
以前投稿した分までは、多少の加筆修正をしています。
次は異次元でのお話しです。





