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悪魔公女Ⅱ ~ゆるふわアクマ旅情~【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第二部 第二章・シンデレラの砂時計 【現代編】

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2-17 神魔大戦 ④

 



 地震と言うよりも衝撃のような地響きにビルの硝子が割れ、建物に罅が入る。

 人々は収まらない地震と立ち込める暗い雲に不安げに天を見上げ、一部の見える者達は、数万の鬼と悪魔のような化け物同士の争いに、ただ呆然とへたり込んだ。

 何故逃げないのか? 何処まで逃げれば安全なのか?

 東京の何処に逃げても、空を見上げれば“化け物”が居た。

 一部の勇気ある者が携帯で動画を撮りネット上に乗せると、ほとんどの者は何も無い雲を映すだけの動画をバカにしたが、見える者達――千人に一人程度だったが、世界中からその者達の目が【東京】に注がれた。

 魂の強い者……。主に本物(・・)の芸能人やまとも(・・・)な政治家達である。


 【上級悪魔(グレーターデーモン)】と【鬼】との戦闘は殲滅戦に突入していた。

 一方的な殲滅ではない。降伏すれば捕虜となれるルールのある戦争ではなく、魂の尊厳を掛けて一匹残らず死ぬまで殺し合うのだ。

 物量では鬼が勝り、質では悪魔が上回る。倒しても魂が得られない戦闘に、悪魔達は徐々に数を減らされていったが、その戦況が途中で変わった。


『フシュルルルル……』

「うぁああああああああああ、来るなぁああああああああああっ!」


 悪魔達の一部が、鬼を操っていた僧侶達がいる寺院を見つけて襲いかかり、僧達の血肉を啜り、魂を貪っていた。

 2メートルを超える人に近い体格に、全身を覆う猿のような黒い剛毛。黄色く濁った眼と牙で嗤いながら“喰い”にくる悪魔の姿に、悪霊程度としか戦った事のない僧達は逃げ惑うことしかできなかった。

 悪魔達も現地で魂を回収しなければいけなかった。

 本日の日当は、一体当たり魂2個と乾燥ワカメ4キロである。

 それだけでは日当として少ないが、その他にも、手柄を立てることが出来たら、今まで直接お目通りを許されなかった魔神(アイドル)と握手する権利も付いていたのだ。

 だからこそ悪魔達は魂を求めた。日当を増やし、握手する権利を貰う為に。



 雲の上では四体の【大悪魔(アークデーモン)】と、神の眷属十体が激しい戦いを繰り広げていた。

 巨大な八つ首の蛇だけは大悪魔(アークデーモン)並の力を持っていたが、他の蛇たちは従者達より力は劣る。

 だが、直接【真神・東京】より力を得ている眷属は、身体の一部が消し飛んでも見る間に再生してしまう。


「……面倒ですわね」

 従者達の中で一番物理戦闘力の高いティナが【悪魔ゴルゴン】の姿と力を解放して、四体の眷属と同時に戦っていた。

 残りのうち五体は、【インキュバス】と【サキュバス】の双子であるノアとニアが押さえているが、いまだに一体も倒せていない。

 最後の一体……八つ首の蛇と単独で戦っていたファニーは、ひらりひらりと攻撃を躱しながらもまともに戦っているようには見えなかった。

 一番強い敵を、一番物理攻撃が苦手なファニーが押さえているだけでも助かってはいるのだが。


「ファニーっ、まだですかっ」

 ノアが叫ぶとそれまで避けていただけだったファニーが、【ナイトメア】の本性である道化師(クラウン)の仮面を付けて八つの首の一本を吹き飛ばす。

「あれ? もう遊びはおしまい?」

「遊びじゃないよー」

 漆黒の山羊の角を生やしたニアが緊迫感無く返すと、ファニーが仮面を歪めてニッコリ嗤う。

「それじゃ解析送るね」

「待ってましたー」

 ファニーはこの初めて見る“落書き”のような敵の構造を調べていたのだ。

 そしてその解析結果は三〇分前に出来ていた。

「来たっ、いくよー」

 ニアが主から貰った黄金魔剣を構えて、単独で敵のど真ん中に突っ込んでいく。

 数体から一斉に受ける攻撃を能力である【吸収】と剣で受け止め、その吸収した力はそのまま兄であるノアに渡った。


『……腐閃……』


 神霊語でそう呟き、ノアが口から放ったブレスは眷属数体を消滅させて、ぶ厚い雲を斬り裂いた。


   ***



 拙い、恩坐くんが刺されちゃった。

 仮想分体(エイリアス)が上手くいってマツリを撃退したけど、それだけで送った羽根に込めた魔力が切れた。

 もう一度送りたいところだけど、かなり魔力を使うので、今使うと【真神・東京】との戦いに支障が生じる。

 あ、そもそも、【契約】が残ってるから、私が恩坐くんを助けると魂が完全に束縛されてしまう。

 勇気くんも回復魔法が使えるし、あそこは病院だから多分助かる……よね?


『タスケテ……ッ!!!』


「くっ」

 ズンッ……とまた、響くような衝撃波が襲ってきた。

 うちの子達も頑張っているから、私が気を逸らしちゃいけないね。

 戦況はまだ互角だ。四人の従者(アクマ)達はあの十体の眷属を数体減らしたけど、まだ戦闘は続いている。上級悪魔(グレーターデーモン)たちも頑張っているけど、随分数が減っちゃったなぁ……。

 まぁ倒されても、滅ぼされない限り魔界で復活するんだけど。


 でもうちの子達が時間を稼いでくれたおかげで【真神・東京】の中心が見えてきた。

 東京の地下奥深く……。そんなところに眠っていたのに見つかったのか。

 さて本格的に攻撃と行きたいところだけど、【真神・東京】との小競り合いのせいで残りの魔力が少々心許ない。

 ノアとニアを呼んで補充するか。……ううん、今あそこのバランスを崩すのは良くないな。

 残った魔力を注ぎ込んだ全力の【夜の槍】でも、【真神・東京】の防壁を突破して、地盤を貫いて本体にダメージを与えるまで行くかなぁ……?

 せめて防壁だけでも破ることが出来たら……。

「……ん?」

 私の心の呟きに、何かが反応した……。これって。


   *


 とある病院で事件が起きて、数名の偽の医師達が警察により拘束された。

 事件の詳細を知ると思われる黒覆面と、偽医師に刺された男性はいつの間にか居なくなり、事件が起きた病室の患者は家族と共に別の病室に移された。

 だが、事件の際にもベッドから起き上がることすら出来なかった老人は、少なかった寿命がさらに減らされその命が尽きようとしていた。


「……どうやら、呼ばれてる……ようだ」

 塔垣老人は自分の胸に手を当てて、穏やかに微笑んだ。

 その『呼ばれた』という言いようを、家族は『お迎えが来た』と解釈して老人の周りに集まる。

「お祖父ちゃん、しっかりして」

「そうですぜ、また俺のらーめん食ってくださいよ。ほら、花梨もおいで」

「うん」

 側に来たひ孫に塔垣老人は、亡くなった妻と孫娘に良く似た眼差しを見つめ、そっと手を伸ばして花梨の頭を撫でた。

「……怖く……無かった…か?」

「ううんっ、もうへいきだよ。あのおじちゃんと、金色のおねーちゃんが助けてくれたもんっ」

「……そうだな」

 塔垣老人は、あの金色の美しい【悪魔】の姿を思い出して静かに微笑むと、ベッドから天井を見上げてそっと目を閉じる。

「……眠らせておくれ……」

 そして塔垣老人は最後に一言呟き、静かにその人生に幕を下ろす。


「……今、……参ります……」


   *


「これって……」

 私の手から伸びていた【契約の鎖】の一本が千切れて、突然空間から現れた黒い球体に絡みついた。

「お祖父ちゃん……ううん、ギアスさんの“魂”か」

 柚子の頃ならともかく、ユールシアに戻った今では何となく『お祖父ちゃん』と言うのに違和感がある。

 数千、数万の命を己の為に悪魔に捧げ、【悪魔公(デモンロード)】と契約し、その契約を【魔神(デヴィル)】である私に奪われたその魂は、数奇な運命と罪にまみれて黒々と輝いていた。

 本当に数奇な運命だったね……。

 この世界で死んで異世界で転生して悪魔に騙され、私がこの世界を見つける為に放流した魂が、また転生して柚子のお祖父ちゃんになったなんて奇妙な縁を感じる。

 これだけの魂なら、通常の魂数千個分の価値がある。

 これを食べれば、魔力を完全に回復できるだけじゃなくて、私の力さえも増すでしょうけど、そんな使い方は勿体ない。


「役立って貰うわよ……ギアス」


 私の言葉に、ギアスの魂が応えるように一瞬輝きを増した。

「……『悪魔転生』……」

 細かい条件は無視して、私は強引にギアスの魂を【悪魔】に転生させる。さすが罪深い魂は簡単に悪魔化するね。

 あっと言う間に転生した魂は、私の手の上でぷるぷる震える、真っ黒なスライム状の悪魔の幼生体になっていた。

 私は従者達にそうしたように、無理矢理情報を詰め込んで魔改造していった。

 かなりの急速成長だけど、ギアスの魂なら耐えられるでしょ。さらに成長させる為に私の少なくなった魔力を半分与えて強制的に進化させ、最後に存在を確定させる為に、種族名を与える。


「我が敵を滅ぼせ――魔獣【ベヒモス】……っ!」


『グガォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 従者達に引き裂かれた暗い雲が、その咆吼に一瞬で消し飛んだ。

 そこに現れたのは、空を埋め尽くす山のように巨大な獣。黒いクマのような姿に雄牛の角を持つ魔獣――【ベヒモス】だった。


『タスケテ…ッ!!!!!』

『ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』


 【真神・東京】と【魔獣ベヒモス】の衝撃波が同時に炸裂して、関東を震わすような地響きと共に、【真神・東京】と東京を護る防壁が吹き飛んだ。


「『暗き畏れの光在れ』……」


 私は最後の魔力を込めて『夜の槍』の詠唱を始める。計算上はこれで岩盤を突き破り地下深くにいる【真神・東京】の中心を貫ける。

「……ええええ!?」

 何故か、私と【真神・東京】の直線上にあるビルの屋上で、顔半分を焼かれたマツリが、ケタケタ狂ったように嗤っていた。

 どうやってそこまで移動したのっ!? あんた病院の窓から落ちたでしょ!?

 ……まだマツリに力が残留してて【真神・東京】に呼び寄せられたのか。

 よっぽど利用されやすいのね……。厄介なことに魂を削るようにして、結界のようなモノを張っている。……あのままだと魂まで消滅するかも。

 悪魔が魂を食べても吸収されるのは“経験値”だけで、残りは世界に還元されるけど、あれだと完全に消滅しそう。

 私が心配する義理はないけど、面倒には違いない。


『ユールシアッ!』

「リンネっ?」

 どこかで多少回復してきたのかリンネが私の肩に降りてきた。

「……まだ完全じゃないみたいだけど?」

『それでも、あの存在に一撃お返し出来る程度には回復してきた。だがな』

「ん!?」

 肩にいたリンネに、唐突に口移し(・・・)で魔力を流し込まれた。

『お前が自分の手で決着を付けたいだろ?』

「………そうね、ありがと」

 私は軽く指先で自分の唇に触れると、そのまま貰った魔力も込めて呪文の詠唱を完成させた。


「『夜の槍』…っ!」


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……


 轟音を立てて飛ぶ漆黒の槍が、まだけたたましく嗤い続けるマツリを結界とビルごと貫いて、アスファルトと岩盤に隠れた【真神・東京】に直撃する。


『ギャァアアアアアアァアアアアアアアアァアアァアアアァアッ、タスケテッ!!』


 その瞬間、……東京の街がわずかに色褪せて見えた。


『……タスケテ…… タ…スケテ…… …タス…ケ……テ……』


 【真神・東京】の思念が響くと、その声は次第に小さくなって、東京の街に重なっていた姿も大地に溶けるように沈んでいった。

 あの声は、誰かに救いを求めていたんじゃない……


「……最初からずっと、“私”に命乞い(・・・)をしていたんだね」


 でも東京の都市と、そこに住む人に欲望がある限り【真神・東京】は滅びない。

 だけど今は眠りなさい。あと56億年くらいはね。


「……あ、」

 でもそこで拙い事態になっている事に気付いた。

 【真神・東京】と【魔獣ベヒモス】の衝突で、東京の空に巨大な次元の裂け目が生まれていた。

 そしてなにより、力を使い果たしてベヒモスが縮んじゃったから、見える人にも見えない人にも、青空に浮かぶ天使のような翼をはやした私だけが見えることになる。

「…………」

 地上を見れば、ほとんどの人間が私を見上げていた。

 まぁ、ちょうどいいか……。これほどの次元の裂け目を修復すればまた開けるのは難しくなるし、私も伝えたい事がある。


『聞きなさい、人間たちよっ!』


 神聖語で空間を振るわせて、全世界にメッセージを送る。魔力が足らないから全員には無理だけど、魂の強い人間なら聞こえるはずだ。


『今は引き下がりましょう……でも、いつかまた戻ってくる。百年後…千年後…悪魔は必ずこの世界に舞い戻り、お前達を神共々喰らってあげる』


 私は黄金の翼を大きく広げて次元の裂け目を覆うと、ただの空に見えるように偽装しながらその中に入る。

 人々は、見えたはず、聞こえたはず。魂の強い者……まともな政治家や国のトップ達には必ず聞こえているはず。


 この世界の人間達は知った。人間と言う種に未知の“天敵”がいることを。闇の中に自分達を狙う“捕食者”が潜んでいることを。

 畏れを知った人間達の心は、世界に闇を生み、いつか魔力の元になるでしょう。

 これが、私がこの世界への餞別に刻みつけた、悪魔の爪痕……

 悪魔の祝福だ。


『ほんの少しの間、平和を愉しみなさい。次は、さらなる悪魔の軍勢と共にお目に掛かりましょう……』



  

 シリアスパートは今回で終わります。次からはしばらく緩くなります。


 次回、第二章の最終話です。


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― 新着の感想 ―
日当を増やし、握手する権利を貰う為に > そ、そうか、頑張れ。 ギアスの恩返し、だな。
[一言] 開祖フラグ
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