2-12 目覚め ①
四十万勇気は六学年に上がっても、商店街にあるラーメン屋の手伝いを続けていた。
高峯学園は良家の子供が通う学校として知られているが、子供が少なくなってきた昨今は学業にも力を入れ、中等部からは進学校としての側面も強くなる。
優秀な成績で特待生のような待遇を受けている勇気は、中等部から増える特別進学クラスの生徒達が来ても上位の成績を維持しなければいけないが、勇気は前世の記憶と知性を持ちながら、生来の生真面目さで勉強をしていただけなので、高峯学園に特別な思い入れはない。
それよりも今は、ラーメン屋の手伝いが楽しかった。
今までの勇気は、いずれ故郷の世界に戻り、前世の自分を陥れた“異世界の勇者”達に復讐する為、この世界に関わるのを極力避けてきた。
だが、そんな勇気にも、いつの間にか友人と呼べる者が出来ている。
勇気と同じ転生者で、すでに人間を辞めている異世界の魔導師……柚子。
柚子の友人で、お調子者だが勇気の知らない“氣”という戦闘技術を持つ、恩坐。
そして、他を顧みない勇気の手を引いて、新しい世界を見せてくれた……美紗。
自分を殺した勇者達の故郷であるこの地球は、勇気にとって憎しみの対象だったが、美紗はこの世界にも素晴らしいものが有ると教えてくれた。
彼女と共にこの世界を知りたい……いつの間にかそう思えるようになっていた。
「……ふぅ」
すっかり日も暮れた道を、ラーメン屋の手伝いを終えた勇気が帰途につく。
いつの間にか美紗の兄である店主とは師弟のような感じになってしまったが、そんな関係も悪くないと考える。
だが、勇気は少し思うところがあり、思わず溜息を吐いていた。
以前から偶に感じていたある種の“気配”は、日を追う毎に強さを増し、今ではこの東京全体を薄く覆うほどにもなり、その“気配”は、勇気の中にある憎しみや怒りを刺激した。
そして聞こえてる『…タスケテ…』と救いを求める声……。元勇者としては気になったが、勇気はその思念に“歪な幼さ”を感じて、警戒していた。
そんな思いを抱いて道を歩く勇気の前に、誰かが道を塞ぐように現れる。
「……ふぅん、こいつが隠しキャラなのか」
「…………」
突然訳の分からないことを言い始めた少女に、勇気は警戒して足を止めた。
「あんた、バグか何か知らないけど、何でこっち側に来ないのよ。おかげでこの私が来る羽目になったじゃない」
「……何者だ」
勇気と同じ年頃に見えるその少女からは、あの強い“気配”が溢れていた。
そう言う者は大抵正気を失っているが、この少女はある意味まともではないが、それでも自我を保っているように見える。
「ふふふっ、私はマツリ。この世界の正当な主人公よっ。あんたみたいなモブがまともに話せるなんて感謝しなさいっ」
「……ぐっ」
勇気は唐突に強い目眩を感じてその場に膝を突く。警戒はしていたが、バカそうな言動に一瞬だけ気が抜けてしまった隙を突かれたのだろうか。
「わぁ、あの【神様】が言った通りねっ! 私の“魅力”ですぐに屈服するって言ってたんだもんっ」
「……貴様……何を…」
マツリから溢れる“気配”が、勇気の中にある怒りと憎しみを強く刺激して意識を混濁させた。そしてマツリは、その【存在】にそそのかされてここまで来たらしい。
「ふふふ、もう逆らえないわよ。あんた、顔はまぁまぁだから私の取り巻きの端っこにでも…」
「……フラッシュッ!」
「きゃぁっ!?」
夜を斬り裂くような閃光がマツリの網膜を焼く。
ギリギリで呪文を唱えていた勇気はその場を離脱することが出来た。……だが、マツリの傀儡となることは避けられたが、その精神は日を追う毎に汚染され、その憎しみを歪められていった。
そして……
***
「……ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
勇気くんは、理性を振り払うように雄叫びを上げた。
例の亜空間収納から鉄の大剣を取り出し、私を睨みながら呪文の詠唱を始める。
「お、おいっ、何やってんだよっ!」
「恩坐くんっ」
私は前に出ようとした恩坐くんの襟首を掴むと、そのまま横手に投げ飛ばす。
「どわぁあ!?」
「『護れ』…っ」
「ライトニングッ!」
私が魔力の盾を張ると同時に、勇気くんの雷撃とぶつかり巨大な火花をあげた。
雷撃は風属性……そう言えば風系の勇者だったね。
半端に憑かれたのか、私を“敵”と見なしているのに正気を失っていない、結構面倒な状態になっている。
「勇気くん……本気なのね?」
「……滅びろ…っ」
「…っ」
一瞬で間合いを詰めた彼は身長程もある大剣を横薙ぎに振るい、私はそれを避けながら魔力を込めた拳で剣を弾く。
身体強化の魔術だけじゃなくて、動作に“氣”も使ってるのか。かなり速くて剣をへし折るまで出来なかった。
勇気くんは、この世界で産まれた瞬間から力を付ける為に鍛錬している。それだけじゃなくて、【勇者の秘術】で倒した敵の力を吸収して身体的な【レベル】を上げているし、恩坐くんの“氣”の技術や、私の知っている知識も得た。
……このチート野郎め。どっかの主人公か君は。
「『燃え尽きろ』」
「ッ!」
私の魔力に反応した勇気くんが飛び退くと、その一瞬後にその周辺の木々が燃え尽きて炭となった。
「お前ら、マジかよっ!」
さっき投げ飛ばした所から恩坐くんのそんな声が聞こえたけど、悪魔と復讐に狂った元勇者に何を期待しているのかしら……。
どんなに敵対しても最終的には許しちゃうようなお人好しは、子供向けの物語にしか居ないのよ?
とは言え、さっきの一撃を躱すとなると魔法では簡単に倒せない。悪魔の身体能力はあるけど、私に肉弾戦とか無理ですから。
「…『召喚』…」
私の手の中に小さな魔法陣が生まれて、パラパラと黒いモノが落ちる。
……また海産物か。でもそのワカメは異様な早さで増えると、人型になって立ち上がった。……あらやだキモい。
『うぼー』
「雷光剣っ!」
低級悪魔を憑依させたワカメを、小さな魔法陣を纏わせた勇気くんの“中二病剣”が斬り裂き、その力を吸収した。
あ、ダメだこりゃ。でも私はその間に準備した【神霊魔法】を放つ。
「『開け次元門』っ」
勇気くんの足下にあの誘拐犯を飛ばした当社比二倍の異次元に通じる扉が開くと、次元の裂け目は周囲の空気や木の葉ごと勇気くんを飲み込もうとした。
「上手くすれば故郷に帰れるかもよ?」
道中の水も空気もないけれど。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
私の軽口に、勇気くんは同じ召喚系の魔法陣を剣に纏わせて次元の扉に叩きつけた。え……うそ、次元の裂け目を修復したのっ?
私が教えたことも真面目に修行してたんだね……これだから真面目君は。
「ライトニングッ!」
「うわっ、」
バチッ!
また放たれた雷撃を私は防御壁を張る間もなく魔力を込めた素手で弾く。おかげでブラウスの袖が焼け焦げた。
「だったら…」
私は悪魔の身体能力を使い、丁度近くにあった細身の樹木を掴んで、一気に引き抜き投げつけた。
「てい」
「はぁあああああああっ!」
轟音と土塊と共に飛んでいく樹木を、勇気くんは上段に構えた剣を振り下ろして両断する。
もちろんそこまでは想定内です。
「これはどうっ?」
戦いの中で、私の心に浮かんできた一つの“言葉”を口にする。
「…『光在れ』…っ」
私の全身から眩い光が放たれると、神社の林全体から淡い光が浮かび上がり、数体の“光の天使”のような姿になった。
あれ? どうしてこんなのが出たの?
「……っ!?」
勇気くんはそれも剣で斬ろうとしたが、彼の剣は天使に弾かれた。
反発するような感じじゃない。たぶん、勇気くんと同属性……光の精霊の力なのか。
でも、攻撃は通じないけど攻撃にもならない。だけど充分に時間は稼げた。
「…『貫く光在れ……輝聖槍』…っ!」
心に浮かんだ“言葉”をそのまま【神霊語】で声にして魔力を込める。
「……ぅ…」
これ、かなりの魔力を使う。私の魔力を使い切るような量じゃないけど、膨大な魔力行使に“柚子”の身体が悲鳴をあげていた。
「いっけえっ」
出現した5メートルもありそうな黄金の槍を、勇気くんに向けて投げ放つ。
「おおおおっ!?」
勇気くんは雷を纏わせた大剣を迫り来る輝聖槍に投げつけ、その場から逃げるように飛び退いた。……良い勘してる。
輝聖槍は大剣を一瞬で破壊して、それでもわずかに逸れて地面に直撃し、その周辺を膨大な光で吹き飛ばした。
あ、これも聖属性なのか……。勇気くんには効果が薄いけど、地面が真っ赤に燃えているんじゃ意味がないね。人間なんて太陽の光を浴び続けるだけでも死ねるんだから。
爆風に吹き飛ばされてごろごろ転がっていた勇気くんは、唐突に向きを変えて、ボロボロになった身体にまた新しい剣を構えて私に向かってきた。
「……あれ?」
身体が動かない? 力が抜けて動けなくなっている。
やばいっ、人間の身体で無茶をしすぎた。私は慌てて魔力を全身に回して無理矢理にでも身体を動かそうとすると、
「…ごほっ、」
急に咳き込んでしまい、身体が硬直してへたり込む。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
真っ直ぐに突き出された剣が私の心臓に向かってくる。でも……
ガシッ!
目の前で大剣の腹が蹴り飛ばされ、私の顔の数センチ横を剣が擦り抜け地面に突き刺さった。
「あっぶねぇっ!」
そんな声が聞こえて、私は腰を抱えられて勇気くんから離れる。
「すまん、やっと動けるようになった。後は俺に任せろっ、柚子は俺が護るっ」
「恩坐くんっ」
私の窮地を救ったのは、私も勇気くんも戦力外だと思っていた恩坐くんだった。
次回、『拝み屋』対『勇者』 そして……目覚め。





