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悪魔公女Ⅱ ~ゆるふわアクマ旅情~【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第二部 第一章・悪魔を見た夢 【現代編】
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1-02 柚子になりました ②

 



 私の外出許可が出たのは一週間が過ぎてからでした。それまで家から一歩も出ずに、幼稚園すら行ってない。

 そうです。今の私は“幼稚園児”なのですっ。

 ……どんな顔して幼稚園に通ったら良いんですかっ。

 

 病み上がりなので、私の外出には琴お姉ちゃんが付いてきてくれるそうです。と言うか、一人で外に出して貰えません。お兄ちゃんも来たがっていましたが、お兄ちゃんとお姉ちゃんの予定が合わなくて、先に予定が空いたのがお姉ちゃんだったのです。

 それと護衛代わりに運転手さんが付き添ってくれるそうです。

 ……え? うちって運転手さんが居るような大きな家なの?

 それとなく聞いてみたら、お父さんは従業員500人くらいの食品加工会社を経営していて、お母さんは外資系化粧品の経理部長さんでした。

 二人の何処に接点があったんだ……。

 うちは生粋の名家とかお金持ちじゃないけど、兄や姉をそれなりにお上品な学校に通わせるくらいの付き合いはあって、車での通学が必要になったみたい。

 お金持ち社会の付き合いはめんどいね。家では普通にコンビニプリンや納豆食べてたから気づかなかったわ。

 ……知ってますか? 旨みのない納豆ってただの腐った豆なんですよ。

 

 話が盛大にズレましたが、とにかくリハビリの為にお出掛けである。

 本物のお嬢様だったら、近所に出掛ける時もオーダーメイドを着るのかな? 今、私が着ているのは普通の既製品だけど、それでもすぐにサイズが変わっちゃう子供用に、毎回百貨店で新品を買うのは勿体なく感じる。

 ……我ながら思考回路が庶民くさい。

 それはともかく、私と琴お姉ちゃん――面倒くさいから、“琴ちゃん”は、車で30分ほど離れた都立公園に向かうことになりました。あ、もちろん、普段呼ぶ時は“琴お姉ちゃん”ですよ?

 離れた都立公園に行くのは、近所の人の少ない小さな公園より、人が多い方が危険が少ないと言う理由でした。

 車の窓の外を流れる街の景色……。記憶がどうとか関係なく特に語ることがないのであっさりと公園に到着する。私と琴ちゃんを公園の入り口に降ろして運転手さんが駐車場へと留めに行く。

 大きな公園だけど、さすがに外国のような水着姿になって芝生で日光浴している人は見かけない。その代わり普通にジョギングしている奥様や、犬の散歩をしている人も居て、売店にはホットドッグやソフトクリームの看板が見えた。

 

「柚子、あんまり離れちゃダメだよ」

「はーい」

 

 一週間もゴロゴロしていたから脚が萎えていないか心配だったけど、ちょこまか駆け回ってみると、普通に走れたのでホッと胸を撫で下ろす。

 私が危ないことをしないか琴ちゃんが見ててくれるけど、少し暇そう。

「柚子と遊べる道具とか持ってくれば良かったねぇ」

「どういうのあったの?」

「う~ん……フリスビーとか…?」

 やめて下さい。私が取れません。

 何故か歩幅が感覚と合わなくて転ぶこともあったけど、芝生だから痛くない。何度か転んでいると、だいぶ走るのにも慣れてきた。

 でも体力がない。そう言えば身体が丈夫じゃないって言われた気もするけど、100メートルも駆け回ると息が切れるんです。

 これは体力付けないとダメだね。こんな調子だと幼稚園で他の子に付いていけない。そう考えてちょこちょこ走っていたら、琴ちゃんから少し離れてしまった。

 

「……ぁ、」

 私の口から小さな声が漏れる。

 私のすぐ目の前には、頭皮に防御力のない大きなおじさんが、毛の短いとても大きな犬を連れていた。中型犬までなら公園内でも良く見るけど、小さな幼児が居るような公園に大きな犬を連れ込むのはマナー違反だと思う。

 要するに目下の問題は、その狩猟犬のような大きなワンコの目の前に、私が飛び出しちゃった事だった。

 

「柚子っ!」

 離れた場所から琴ちゃんの声が聞こえる。

 でもそんな焦った声も小さな私の存在にも、飼い主のおじさんは気付いていない。

 私の偏見だけど、身体が縦も横も大きい人は他人に避けて貰うのが当たり前になって周りをあまり見ていない印象がある。

 このおじさんはそんなタイプだ。自分が飼っている犬が、幼児を簡単に噛み殺せると知っていても、自分の犬だけはそんな事はないと思い、あったとしても他人が勝手に警戒して避けてくれると思っている。

 ……この場合は私の不注意だけど。

『……グルル…』

 大きな犬が私を見る。私もワンコを見つめた。

 大きな黒い犬……でも、あまり怖くない。

 思わず私はワンコを撫でようと手を伸ばし、そっと優しく微笑みかけた。ほら……怖くないよ?

 

『キャインッ!!!!』

「ベティちゃんっ!?」

 

 ワンコが突然、悲痛な鳴き声を上げて、戸惑う飼い主のおじさんを引きずるようにして、あっと言う間に見えなくなってしまった。

「「…………」」

 その光景に、駆け寄ってきた琴ちゃんも、手を差し出した私もそのまま呆然とした顔で固まる。

 ……どういうことっ!?

 

 

「……とりあえず今日はもう帰りましょ」

「……うん」

 なんとなく疲れた顔をしている琴ちゃんがそう言ったので、気分的に打ちのめされた私も素直に頷いた。

 あれって私が怖がられたのかな? よく分かんない。理不尽だ。

 予定より大分早いけど帰宅することになり、公園の入り口まで運転手さんが駐車場から車を持ってきてくれることになった。

「売店でジュースでも買う?」

「……お水で」

「え~……、車の中で喉渇くよっ、買いに行こうよ」

 どうやら琴ちゃんが飲みたいらしい。私は遠慮します。旨味のないジュースなんて砂糖水より飲みにくいんですよ。

 

「……あれ?」

「柚子、どうしたの?」

「うんとね……声が聞こえた」

「声……?」

 私の言葉に琴ちゃんは不思議そうな顔で首を傾げた。私の気のせい……? ううん、違う、また聞こえた。遠くで何かが壊れる音……誰かの悲鳴。

 それが少しずつ……近づいてくる。

 

「何も聞こえないけど……あ、車来ちゃうね。ごめん、飲み物買ってくるっ」

「あ、琴お姉ちゃんっ」

 

 バキバキバキッ!!

 私が呼び止めようと声にした瞬間、売店背後の柵と植え込みを壊しながら、大きなトラックが公園に乗り込んできた。

 

「ひっ、」

 突然の出来事に琴ちゃんが足を竦めて立ち止まる。

 辺りからも悲鳴が聞こえた。トラックが速度も緩めずまっすぐに向かってくる。

「お姉ちゃんっ」

「柚子っ来ちゃダメっ!」

 私は咄嗟に琴ちゃんのほうへ駆け出していた。

 

 ……私は見た。意識の中で景色がゆっくりと流れ、トラックの運転手と視線が合う。

 泡を吹いた口元で薄ら笑う顔。常軌を逸した血走った目……。

 あきらかに正気を失っていた。

 そしてあきらかに……私だけを見て、“私”だけを狙っている……?

 足を停めた私を、琴ちゃんが守るように抱きついてくる。

 その身体が震えていることを感じて、私の心の奥底から沸き上がるように、ある種の【感情】が私を満たした。

 

『……私のお姉ちゃんに何をする……』

 

 抱きついている琴ちゃんの肩越しに見つめると、正気を無くしたはずの運転手の顔が恐怖に引きつり、公園内の鳩や小鳥が何か(・・)に怯えるように一斉に飛び立つ。

 それでも迫るトラックが目前まで迫った瞬間、私は手を前に出して、そっと……

 片手(・・)でトラックを受け止めた。

 

 ギガガガンッ!!!

 

 列車に衝突した軽自動車のように、コンクリートで固められた巨大な杭にぶつかった二輪車のように、慣性に逆らえず私達を飛び越え、トラックは綺麗な芝生を削りながら勢いよく転がっていった。

 辺りから響く悲鳴と怒声。その混乱の中を、何が起きたのか分からず呆然とする琴ちゃんを引っ張って、私達は巻き込まれる前に公園を離れた。

 

 

 私って…………どうなってるの?



 

 

次回、いよいよ幼稚園に通います。


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― 新着の感想 ―
おじさん、ワンコの名前をちゃん付けなのか………。 なんというか、意外。 そんなワンコだろうが、ダンプだろうが、指先一つでダウンだぜ!?
[一言] カッコイイ!? やっぱ憧れだよね片手ダンプ
[一言] か、片手ダンプ!?
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