2-06 女子小学生の可憐な日常 ②
物語をシリアス方向に修正しようとする、ある意味柚子と作者の天敵のような勇気くん回です。
東京の地下に生まれた、【力】有り【意思】有る【存在】。
その【存在】を見つけた国の政治家達は、宗教組織【御山】の力を借りて地下の大鍾乳洞に、それを囲むように社を造り、意思が通じる女児を【巫女】としてその【力】を長年利用してきたが、ただ眠っていただけのようなその【存在】は、数年前に突然目を覚ました。
その意思はただの子供のように怯えていた。
何に怯えているのか分からず、目を覚ましたと言っても相変わらず【巫女】以外とは対話も出来ず、その精神の負荷に巫女は徐々に蝕まれていった。
「三人目の巫女が倒れた」
大正時代の洋館を思わせる一室で、渋い色合いの羽織袴の和装をした老人が、仕立ての良い背広を着たもう一人の老人に疲れた声を漏らす。
「……またか。目を覚ましてからたった四年だぞ」
「仕方あるまい……対話が出来ると言っても、相手は“人”ではないのだ。言葉でさえない膨大な思念の塊を受け入れられる子供は、普通は居ない」
「………その巫女の様子は?」
「命はある。だが、心に病を患い、使い物にはならんな」
「そうか……」
五人いた巫女のうち三名が倒れ、残りは二人しかいない。
二人目が倒れた時点で、巫女の素質がありそうな孤児や関係者の子供を確認してはいるが、まだ適任者は見つかってはいなかった。
五人の巫女は5歳から13歳で、残っている巫女は13歳と11歳の二人だ。これは二人の年齢が高めなので精神的に強く、その為にまだ耐えられているだけだった。
だが、二人が大人になれば【巫女】としての適性を失う。
あの【存在】は子供しか受け入れず、精神が大人になった者を拒絶するのだ。
「あれは何故目を覚ました……いや、何に怯えて、目を覚ました?」
「……おそらくは、十数年後にこの国に現れる【邪悪】に、であろう。そして未来の我らは、あの【存在】の力を借りた術式で、その【邪悪】を過去に封じた」
「封印したのなら何故まだ怯えるっ?」
「分からぬか? 封じた過去とは“今”だ。あれはそれに怯えておるのだ」
「なっ……それは危険ではないのか?」
「安心せい。術式【十二刻の砂時計】はそんな甘い物ではない。我らは命を賭して、この国を守ってみせよう」
この国の政治と宗教の長である二人の老人は、戦う決意を込めて静かに頷く。
この国に住まう人々の未来を守る為に。
***
「ごきげんよう、勇気くん」
「……今日はちゃんと来たみたいだな」
どうやら、ご機嫌はまだ斜めのようです。
私は風邪気味と言い訳して、さっさと部屋に籠もったふりをして、のんびり歩いて勇気くんとの待ち合わせ場所までやってきた。
悪魔だった力は使えるようになったけど、私の身体はひ弱な“人間”だから、悪魔の魔力を使いすぎたことが不調の原因だと思う。……多分。つまりは筋肉痛……?
でも実際怠いから、ちゃっちゃと済まそう。
「はい、これ」
「……ん、なんだ?」
私が渡したラッピングされたファンシーな袋を見て、勇気くんは怪訝な顔を作る。
「そろそろだったでしょ? 弟さんか妹さん産まれるの。どっちか分かんなかったけど赤ちゃんならヌイグルミとかで平気でしょ?」
「あ、……ああ」
「まだ産まれてなかった?」
あらら、ちょっとフライングだったかな。そりゃ今貰っても困るか。
「いや、産まれた。……妹。……昴だ」
「おめでと~~」
なんだ、照れていたのか。
でも実際は複雑な心境なんでしょうね……。勇気くんが私から次元の扉を開く魔法を知りたかったのは、前世の故郷に戻る為だ。
事情までは聞いていないけど、言葉の端々で“怒り”と“憎しみ”を感じることがある。よっぽど酷いことがあって、……多分、殺された。
故郷に帰って復讐したい。……そんな感じだと思うけど、力を得る為に時間を掛け、成長を待っていたせいで、こっちの世界に幾つも“未練”が生まれはじめて、彼の心を揺らしている。
大変だねぇ、人間は。
「あ、すまん……ありがとう。柚子っ、さっさとこの間の続きを教えろっ」
「はいはい」
素直じゃないねぇ……人間は。
「前にも言った通り、これは【召喚魔術】の応用ね。異世界に通じるような【扉】を開けたいのなら、その座標と、その異世界から生物を召喚できるだけの膨大な魔力が必要になると思う」
「それは分かる。俺の世界でも【異世界召喚】は国家事業だった。……しかし、柚子の世界では、魔法陣が随分と発達していたんだな」
勇気くんは、小面積で効率よく召喚門を開ける【立体式積層型魔法陣】の練習に悪戦苦闘しながらそう呟いた。
勇気くんの故郷……【テス】では、紙に描いたりアイテムや床に刻むのが一般的だったそうな。
まぁ、それが普通だよね。空中に直に魔力で描くなんて普通は思い付かない。
「……柚子は何か思い出したか?」
「ううん。さっぱり」
あの“黒猫”も最近はあまり出てこないしなぁ……。
勇気くんはこうして、本当に偶にだけど私を気遣うような態度を見せる。彼の心が揺れている時は特に。
「勇気くんはこっちの世界は嫌い?」
「……ああ、嫌いだね。魔力が少ないのは、こっちの人間が傲慢なせいだ。そのせいで精霊が眠りについて、どうしようもない魂まで人間として生まれている」
だから他の悪魔もいないのか……。
勇気くんの話では、精霊は魂を管理するような存在らしい。その精霊が眠りに就いているせいで、本来動物になるような経験値の足りない魂まで人間として生まれてきている。
そして悪魔もいないせいで、業の深い人間を喰らう存在がいない。だからさらに人間が増えると言う悪循環が出来ちゃってるのね。
「でも偶に良い人もいるわよ?」
「そりゃあ……輪廻が滅茶苦茶なんだろ。良い奴も悪い奴も適当に生まれる。逆に自我が強すぎる魂は、他の異世界に弾かれるんじゃないのか」
「それじゃ、父ちゃんや美紗みたいな人が、こっちに居てくれて良かったわね。ラーメン美味しかったでしょ?」
「…………」
私がニコリと笑うと、勇気くんは苦虫を噛み潰したような顔をして、積層魔法陣の練習を止めた。
「……そろそろ、練習の成果を見せないとなぁ。柚子には昨日すっぽかされたから、お返しをしないといけないかもな」
「……へぇ」
じわじわと魔力を解放し始めた勇気くんが口元に微かな笑みを浮かべていた。
練習の成果……ね。
「……だったら私も見せたほうが良いよね?」
私も身体に負担にならない程度で魔力を解放する。
以前、この世界に魔力が少ないから、簡単に解放するなとか言ってた気がしたけど、勇気くんからのお誘いだから仕方ないよね。
「死なないでね」
「言ってろ」
勇気くんは手元の空間に穴を開けて大振りの剣を取り出す。……パンツの中じゃなかったんだ。
「それも教えてよ」
「俺に勝ったらなっ」
言質は取りましたよ?
「…『灰になれ』…」
「っ!?」
勇気くんが即座に飛び避けると、その背後の廃材が一瞬で燃え尽きて灰になった。
やっぱり【神霊語】の使い方ってこれでいいのかも。何か行動を命じる場合は、何に行動をさせるのかイメージが難しいけど、イメージしやすい“結果”だけを言葉にして魔力を込めれば効果だけが現れる。
ここは以前に来た廃工場で、多少騒いでも大丈夫そうね。
「いきなり殺す気かっ!?」
「え~……、避けられたでしょ」
「……お前はそんな奴だよ、この狂気魔導師めっ」
勇気くんは小さな魔法陣を宙に描いて、それを大剣で叩き割ると、剣が【聖属性】の光に包まれた。
「うわっ」
「光燐剣っ!」
剣から数メートル伸びた聖なる光が振り下ろされ、咄嗟にかざした私の魔力障壁とぶつかって激しい火花を放ちながら対消滅する。
「いきなり本気っ?」
「邪悪な魔導師には良く効くだろ?」
悪魔なんだからホントに効き過ぎてダメージ貰うところだったわよ。
「光燐剣って……中二病かっ」
「うっさいっ」
そうして相手がギリギリ死なないような本気の修行が始まった。
何でこうなったんだっけ? まぁいいや。お互い本気の本気じゃないからどの程度までやっていいか悩むなぁ。
そして一時間ほどして、そろそろ騒ぎすぎてやばいかな? と思い始めた頃、勇気くんが突然剣を降ろした。
「待て、柚子。誰か近づいてくる」
「え……」
本格的に騒ぎがばれて、誰かが見に来たのか。私には良く分からないけど、勇気くんは何処にいるか“気配”で分かるらしい。……便利だなぁ。
「それじゃ撤退しますか」
「そうだな。……ちょっと待て、速いっ」
普通の人間じゃない? ちょっと撤退するのを止めて待ってみると、本当にすぐにその人物が廃工場の壁を乗り越えて現れた。
「え……、恩坐くん?」
「柚子かっ!?」
また汗だくで肩で息をしながら現れた恩坐くんは、私を見て驚いた顔をしながら、その近くにいた勇気くんを見て盛大に顔を顰めた。
「何で恩坐くんがここに?」
「それは俺の台詞だっ! 身体弱いのに何やってんだよ!? ……ったく、俺は除霊をしていたら、何か胸騒ぎがしてここに来たんだけどさ」
「…………」
私の手から恩坐くんに繋がるあの【契約の鎖】が黒々と輝いていた。あ~…そうか、結構本気の模擬戦なんかしていたから、『私を守る』為に呼んじゃったのか。
「それより柚子、何でそいつと一緒にいる? それとその剣……お前、あの時の黒覆面だなっ」
「…………」
勇気くんはそれに答えず、ゆっくりと剣を握り直す。このままじゃ拙いわ……そう言えば黒覆面してたわね。本格的に中二病かも知れない。
「あ、私が勇気くんから魔法を習っていたんだよ」
「…………」
「…………」
恩坐くんと勇気くんが唖然とした顔で私を見る。
恩坐くんは何言ってんだこいつ……的な顔だったけど、勇気くんは誤魔化す為の理由を考えていたのに、何をバラしてんのこいつ、って顔だった。
だって……面倒くさいじゃない。
「そ、そうだったのか……?」
説得と説明の結果、恩坐くんはギリギリで納得してくれた。
説明は、私の前世の話は適当に誤魔化して、私の身体の弱いのを解消する為に、生まれながらに不思議な力を持つ勇気くんから魔法を習っていることにした。
信じてくれたのは、目の前で魔法を見せたのが大きい。
「理由は分かった。だから俺にも魔法を教えろ」
「……はぁ?」
突飛なことを言い出した恩坐くんに勇気くんは呆れた声を出した。
「なんでお前に教えなければいけない?」
「他人に知られたくないから夜中にやるんだろ? 俺は柚子を守ると約束したからな。お前に柚子を守る気があるのか?」
「…………」
まぁ無いだろね(笑) 恩坐くんの真剣な瞳に勇気くんが思わず視線を逸らす。
「柚子を守る為にもっと強くなる必要があるんだ。教えてくれたら、俺も“氣”の使い方を教えてやる」
「……わかった」
勇気くんも恩坐くんの技術には興味があるみたい。その答えを聞いて恩坐くんが笑みを浮かべる。
「さんきゅーな。でも、浮遊霊を斬るのは許さないぞ。何であんな事をしたんだよ」
「倒せば力の一部を吸収でき……いいだろ、そんなこと」
「なんだそれっ。ゲームの経験値かっ! 霊を斬るのはダメだけど、それも教えろっ」
「お前じゃ無理だ」
「なんだよ、ケチだなぁ」
「ケチじゃないっ」
倒した相手の力を吸収するのか……。それも【勇者の秘術】かな?
私もそのうち教えてもらおう。
でも、なんだか私を放っておいて二人は仲良くなったみたいです。良かった良かった……のかな。
……あ、腐り神さん、用はありませんから帰って下さい。
次回、五年生に上がった柚子にパーティのお誘い。
次は金曜更新予定です。





