2-04 モブ子になりました ②
もう少々ほのぼの回が続きます。
「あんた、何でちゃんと付いてこないのよっ。私一人で、歩きながら話してたらバカみたいじゃないっ」
「………」
そして二日後、またマツリに遭遇した。
おかしいな……。帰りのルート変えたのに、なんで会うんだろ。
「とにかくこっちに来なさいっ」
「え~……」
マツリにも学習機能が有ったのか、今度は私の手を掴んで歩き出す。しばらく歩くとまったく人が来そうにもない、体育用具室の裏まで連れてこられた。
「ここなら良いわね。ホント、あんたが愚図のせいで手間が掛かったわ。今度は迷子なんかにならないでよっ」
「うん、わかった」
迷子にはなっていませんからね。
「どう? 驚いた? この高峯に転入してきたのよっ」
「え、……うん」
凄く驚いたわ。多分だけど、それ、初日に会った時に言うべきだった台詞だよね? ちなみにマツリが転入生だって事は、会う前から知っていた。
「本当だったら中学からなんだけど、どうもイベント進行が早い気がするから、パパにお願いして転入させて貰ったのよっ」
「……イベント?」
「ああ、いいのよ。モブなんだから、どうせ意味なんて分かんないでしょ? ぷぷっ、モブって可哀想っ」
「モブって?」
「ふふ。モブとこうして話せるのが、現実化の良い所よねぇ。モブだって私は差別なんかしないわよ。私のグループに入れてあげるわっ」
「………」
「あ、それか、スパイでもいいかもっ。まったく腹立たしいわっ。確かに時期は違うけど、ヒロイン補正で公貴くん達と同じクラスになるはずなのにっ」
また何か面白いことを言い出したマツリは、私達のクラスには転入してこなかった。
コネと寄付金で外部から転入してくることは出来るけど、私達のクラスは一年時からの固定で、勇気くんみたいに凄い秀才じゃないと途中からは入れないんですよ。
要するにマツリの学力が足りなくて、普通クラスに入っている。
そして、その噂も伝わってきていた。
なにしろ私が以前撮った例の動画――高峯の外壁で騒いで連行される動画を公貴くんに見せたら大爆笑しながらコピーして、他のクラスでも見た人が居たらしい。
そんで転入初日、
『私、下町から来た桜咲マツリですっ。みんなよろしくねッ』
きゃるん♪とか擬音が付きそうな自己紹介で、あの動画だと気付いた人はかなり腹筋を鍛えられたそうだ。マツリちゃんは罪作りな子だね。
「それよりモブ子、教えなさいっ。あんたでも公貴くんや美王子くんのことは知ってるでしょ? 何で公貴くんの側に華子がいるのよっ」
王子くんの素敵ネームを久しぶりに聞いて、私の身体がビクンッと震える。魂レベルでトラウマになってるのか……。
「う~ん? あの二人って婚約者なんでしょ? いいよねぇ、美男美女のカップルは」
「はぁ? モブ子、なにふざけたこと言ってんの。あんな悪役令嬢が美女な訳がないでしょっ。ツリ目だし、なに考えているのか分かんないしっ」
「そう?」
華子は少し分かりにくいかもねぇ。私には、マツリの頭の中の方が異次元だけど。
モブってなんだっけ? 専門用語なのかな。悪役令嬢は聞いたことあるかも。
「そうよっ。それに華子は公貴くんと距離を取って、そんなに仲は良くないはずなのにどうなってんの?」
「……華子のこと、良く知ってるの?」
「知る訳無いじゃんっ」
「……あ、そう」
「そうだっ、美王子くんだけど」
ビクンッ。
「どうしてあんなに痩せてるのっ? 痩せるのは中学二年からよっ。やっぱり私が思い出したからイベントが早まってるのかしら。でも、考えようによってはラッキーよね。小学生時代から、あんなに可愛いとは思ってなかったもんっ」
「………」
良く喋るなぁ……。可愛いのは同意だけど。……あ、恩坐くんからメール来た。
「ここで上手く問題を解決できればイベントを前倒し出来るわ。あ、でも、怨霊退治するのにあの人って今は中学生じゃないっ。もうっ、折角早く始まったのに接点が無いんじゃ進められないわっ。ちょっとモブ子っ、三学年上に『音叉くん』って知らない? ちょっとワイルドな感じの男の子なんだけど」
「知らないなぁ」
ええ~……恩坐くん、また、父ちゃんのラーメン屋に行きたいの? 一昨日食べたばっかりじゃない。よっぽど気に入ったの? ……と送信。
「何よ、使えないわねぇ。まぁいいわ。寺の息子らしいから調べておきなさい」
「へいへい」
「それよりも華子のことよっ。ここまで行動が違うと……もしかしたら。うん、きっとそうよっ。あいつも“記憶”があるんだわ。こういう話だと定番だからねっ」
「ほうほう」
さっきから何度も恩坐くんからメールが来る。中学生なんだから、食べたいなら一人で行きなさいと送ったら、私が一緒だとサービスが多くなると返ってきた。
……あ、また来た。だからそれは二十歳になってからだって言ったでしょっ。
「ちょっと身の程を教える必要がありそうね……。モブ子、あんた動物の死体とか用意出来ない?」
「……ん? 鹿児島黒毛和牛のサーロインでいい?」
「何でいきなり、そんな高級肉を下駄箱に入れなきゃいけないのよっ!?」
「クリスマスプレゼントで一頭貰ったけど、まだ消費しきれないのですよ」
「そんな馬鹿なプレゼントする奴なんて居る訳無いでしょっ!?」
……居るんですよ、それが。
大部分は加工したり家族と食べたり社員さんに配ったりしたけど、貰い物だからヒレとサーロインだけは家族で消費しようと思ったのが間違いでした。
まだうちの業務用冷凍庫にたんまりとあるのです。
「まぁいいわ。あんたはスパイして華子の弱みでも握っておきなさい。私はこれからやることがあるからっ。ふふっ、楽しみねっ」
「…………」
良く話を聞いてなかったけど、華子と何かあったの……?
勝手に言いたい事だけを言って、マツリはそのまま飛び跳ねるようにスキップしながら、どこかへ行ってしまった。
「なんだかなぁ……」
私も、自分に関係のないことなら、他人のお話には関わらないんだけど……。
「……あの子、悪魔に何をして欲しいんでしょ?」
***
「ふふふ、見てなさいよ、華子」
マツリは持ってきた白いビニール袋を見ながらニヤリと笑う。
その中には昨日ペットショップで買ってきたネズミ系の死体が入っている。でもそれは華子の下駄箱に入れて嫌がらせをする為じゃない。
そもそも高峯学園では、靴や荷物を仕舞う為に個人用のロッカーが用意されていて、鍵が無くては開けることが出来ない。
ならば、その用意したネズミを何に使うのか?
マツリは普段の言動から『考え無し』のように思われるが、頭の回転は悪くない。
そもそも、いくら寄付があろうと、学力が低い生徒を高峯学園が転入させるはずもなく、マツリは趣味以外に興味がないだけなのだ。
マツリは今の状況をこのように考えていた。
前世の記憶から、ゲームの主人公に転生した場合、【転生者】は一人ではない可能性もあると知っている。
現状のイベント進行が早いのも、自分の記憶が戻った為だと最初は思っていたが、まだ関わっていないマツリよりも、他の【転生者】が関わっていると考えた方が自然に思えた。
この状況で得をするのは誰か? それは華子しかいないと判断したマツリは、おそらく華子こそが【転生者】であろうと推測する。
おそらく華子は、焦ったヒロインが無理矢理イベントを発生させる為に、苛め事件を『でっち上げる』と思っているはず。
華子はそれを利用して、ヒロインであるマツリを狡猾に陥れようとするだろう。
マツリは、自分が正当なヒロインなのだから、ゲームの“売り”であるハーレムエンドを迎えるのは当然の権利だと思っていた。
そして、それを邪魔する奴は許さない。
ゲームでの華子は、公貴と仲良くするマツリに嫉妬してイヤミを言いに来たり、地味な嫌がらせを繰り返した。断罪イベントで罪を暴かれても否定するが、公貴はヒロインであるマツリを信じ、罪を認めない華子との婚約を解消する。
華子が転生者なら、でっち上げの罪を回避する為に学校の友人などと必死にアリバイを作るはず。
最近は放課後になると校内のどこかに籠もっているので、おそらく間違いない。
ならば、どうすればいいのか……。
「でっち上げじゃなくて、本当に事件を起こせばいいのよ」
各クラス男女毎に分けられたロッカー室は、基本は誰でも出入り自由だが、着替えをする場合もあるので監視カメラは付いていない。
マツリはニヤニヤ笑いながらロッカー室に入り、踏みつぶしたばかりでまだ温かいそれを、自分のロッカーの中にぶちまけた。
新品の教科書や靴等が、どろりとした血に塗れる。まだ使ってない物も多かったが、新しい父親に強請ればすぐにまた買って貰えるだろう。
そして真新しい荷物が汚されたことで、マツリの“被害者”としての立場は確定されるはずだ。
マツリは、この嫌がらせの犯人を、華子だと思われるように誘導しようと考えた。
別に証拠が無くても構わない。逆に証拠がないのでマツリの自演だと、そこまで辿り着かないだろう。マツリ自身も華子が犯人だと騒ぎ立てるつもりもない。
ロッカーを開けられる者は、本人以外は教師か、ゲームでは教師にものを言える立場である華子のような人物だけだ。
聡い者が、……例えば公貴のような人物が自分が導き出したと思い込んだ“答え”で、勝手に華子に不信感を覚えれば充分なのだ。
「あとは……」
ゲームの設定で、華子が好んでいるとあった、あるマスコットキャラのシャープペンをそれとなく落として、印象付けをする。
「これを何度か繰り返せば、華子に不信感が溜まった公貴くんは、私に興味を持って、好感度が上がるはずよ。私ってあったまいい~っ」
邪魔者が居なくなれば、美王子とのイベントも進められるようになるだろう。
公貴と美王子の二人を攻落すれば他のキャラの同時攻略が解禁になり、高等部にならなければ始まらない【18禁イベント】も中等部から出来るかも知れない。
公貴との甘いイベントを想像して笑みが漏れるのを抑えられず、マツリは手で顔を隠すようにしてロッカー室を後にした。
これは関係のない話だが、悪魔が通り過ぎた後に、場が“浄化”されるという話をご存じだろうか。
これは、悪魔が近くに在ると無残に殺された死骸を腐らせ、その怨念から障気を発生させるのだが、悪魔が飢えていた場合はその障気を喰らってしまう為である。
だが、それは下級悪魔や上級悪魔の場合だ。
もしそこに、高位の悪魔が居たらどうなるのか……?
その日、柚子は偶然そこを通りかかる。
特に意味もなく、少々小腹が空いて売店に向かうところだった。人間の食べ物を食しても悪魔的には満たされないが、無いよりはマシである。
「……あれ?」
柚子が通りかかったことで、ネズミの死骸は数秒で骨まで腐り、微かな土が残るだけになったそのロッカーからは“障気”が漏れ出していた。
そしてその障気は、小腹の空いていた柚子に一瞬で吸収される。
「………」
思わず勝手に摘み食いのような事をしてしまった柚子は、持ち主に申し訳ないと思って、バツの悪い顔をしながら帰宅した。
翌朝早く、お詫びに替わりの品を持ってロッカー室に現れた柚子は、例のロッカーに手を当ててそっと呟く。
「…『開け』…」
そして生徒達が登校し始めると、異臭があると騒ぎが起こった。
だが、異臭と言うには少々趣が違う。
怯えた顔を見せながら隠した顔でニヤニヤ笑いながらマツリが登校すると、野次馬達が集まり、教師達がマツリのロッカーの前で話し合っていた。
「桜咲さん、君のロッカーを開けますよ」
「はいっ」
そして、ロッカーの中にあったモノを見て、全員が呆気にとられる。
そこには、まだ湯気を立てる高級牛肉のTボーンステーキが、鉄板の上で素晴らしく香ばしい匂いを撒き散らしていた。
「……桜咲さん、こういう物をロッカーに入れられると困るのだよ」
「なっ、ちが、嫌がらせよっ!」
「嫌がらせでロッカーにステーキを仕舞っておく奴が居るかっ!」
ステーキの匂いに食欲が刺激された男子と、服に焼き肉の匂いが付いて嫌そうな顔をする女子が、教師の言葉に深く頷く。
「さぁ、職員室に来たまえ」
「違うぅううううううううっ、私は被害者でぇええええええっ」
「ロッカーは本人と教師しか開けられないんだっ、さっさと来なさいっ!」
こうして転入生桜咲マツリは、転入一週間もせずに厳重注意を貰い、親も呼び出されて一学期中は教師から監視される事になる。
そして一部の学生達の要望によって、翌週より学生食堂に焼き肉定食が追加された。
書いててお肉が食べたくなりました。
次回は、ラーメン屋さんのお話。 火曜更新予定です。





