4-23 最終話――『 主は来ませり 』――
本編の最終回になります。
「八百万灯火」
最後にやることがある。そのために私が“名”を呼ぶと、空間を引き裂くようにして光の精霊王――【八百万灯火】が出現する。
その名を与えたシルベルタルが滅びても、八百万灯火はまだその名に縛られている。
いまだに奈落に落ちたシルベルタルと敵対はできないでしょうけど、彼女が滅びたことで眷属化は解かれて、もうアレの味方をすることもないと思う。
そもそも光の精霊王がシルベルタルに従っていたのは、半身である闇の精霊王を封じられていたからだ。その闇の精霊王が奈落から解き放たれたからには、同等以上の力を持つ八百万灯火がシルベルタルに従うことはないでしょう。
けれど……現れた八百万灯火からは、まだ私に対する敵意が感じられた。
……まぁ、私がその半身を喰らったわけだから当たり前なんだけど。
「落ち着きなさい」
私は静かにそう言うと、自分の中にある闇の精霊力を解き放つ。
私の悪魔の気配でだいぶ穢れてはいるけれど、それでも私から発せられた闇の精霊力に八百万灯火の怒りがわずかに揺らいだ。
半身である闇の精霊王を喰らった私は、たぶんシルベルタルよりも憎い存在。でも闇の精霊王は完全に滅びたわけではなく、私の中でその【核】は生きている。
愛憎混ざりあい、殺したいほど憎いけれど憎みきれない、たとえば敵対していた悪の女幹部が昔の恋人の娘だった的な、そんな微妙に人間くさい葛藤を見せてくれた。
「八百万灯火――」
すかさず“私”の要望を精霊の高速言語で伝えると、八百万灯火は少しだけ沈黙してから、一度だけ強く“返事”をするように輝きそのまま精霊界に帰っていった。
『話は終わったか?』
「うん、だいたいね」
私の腕の中にいる黒猫モードのリンネを少し撫でる。
八百万灯火は私に従わない。味方もしない。でも、敵対もしない。
要するにシルベルタルと似たような対応をされてしまったけど、アレと違うのは他の四精霊王も、この世界を丸ごと破壊しない限りは、世界の六大属性の一つとなった私とは敵対しないそうだ。
それまでは八百万灯火は普通に世界の運営を続けると言っていた。 でもそれで充分。私の邪魔さえしなければ私も精霊王達と敵対するつもりはない。
『ならば、これからどうする? 魔界か聖王国へ戻るか?』
「そうねぇ……」
私は空に浮かんだまま、眼下のほぼ壊滅したシルベール教国の首都を見渡す。
遠くに見えるなだらかな山。
広く広がる青い海。
ここって……良い場所よね?
「うん、決めた」
***
シルベール教国の国民たちは地獄を見た。
突如国中に魔王級の大悪魔が複数出現して人々や街を襲いはじめた。それと同時に起こった異常事態により夜が失われ、それに伴い気温が上昇し、気圧の乱れから各地で竜巻や嵐が大量に発生した。
未曾有の大惨事に教国の国民は自分たちの女神である“女王”に救いを求めたが、その祈りは届くことなく、首都消滅という最悪の結果を迎えて数多の生命が失われた。
そして、それは教国だけでなく世界中で起こり、人々は世界の滅びが訪れたのだと絶望し、神に許しを請うように祈りを捧げた。
だが、それは唐突に終わりを告げる。
世界を覆っていた“昼間”が“夜”の闇に払われ、昼と夜…光と闇が争うように瞬くと、世界は黄昏に染まって人々を襲っていた嵐は治まった。
その時に人々は世界中に舞い落ちる黄金の光が生物を癒す“奇跡”を目撃した。
人々は跪き天に祈る。
“神さま”はいた。神さまは我々を見放してはいなかった。
黄金の光が降る前に聞こえたあの“声”こそ、神さまの声に違いないと考え、新たな【女神】の降臨に涙を流した。
***
シルベルタルが滅びてから数ヶ月が経ち、“教国”は新たな歩みをはじめようとしています。
私とシルベルタルの戦いで教国はかなりの被害を受けました。女王を含めた王族が全員死亡。民を纏めるべき貴族も大半が死亡して治安が失われ、教国は生き残った地方貴族が国を興すことで分裂するかと思われましたが、民はそれを望まず、貴族もあまりに被害が大きかったことで新たな指導者を求め、生き残った国民や周辺の住む家を失った人々も集まり、新たな国として再生することになったのです。
もう“シルベール教国”ではありませんね。新たな“女神”を信仰するその新しい国の名前は――
神聖ユルユール教国。
ちょっと待てや。
「我らが主様が女王となられるのですから当然です」
「ほほぉ……言いたいことはそれだけか」
「……ちょ、あ、主様っ、割れますっ! それ以上されたら滅びますっ!」
ドヤ顔のティナの顔面を鷲掴みにして力を込めると、悪魔公にまで進化したティナが本気で焦った悲鳴をあげた。
ちなみにノアとニアは被害を受けないように離れて他人の振りをして、ファニーはすでに姿をくらましている。経験豊富な執事姿のギアスとメイド姿のローズはすでに退避していたけど、微妙に運の悪い恩坐くんは私の鬼気に当てられて、近くで泡を吹いて倒れていた。
私が以前、教国内でシルベルタルの権力を削ぐために癒しを行っていたせいか、あの黄金の光が私だと気づかれたのか、教国の人々は私に新たな【女神】として、女王になるように求めてきた。
半分くらいは私がこの国を欲したからだけどね。それはいいんだけど……【私】を信仰するはずの新しい教会が、『輝きに闇をもたらす聖女の会』と『あなたの胸をあつくする聖女の会』が母体ってのはどういうこと?
あんたたち、私を何の神さまだと思ってんの? 一瞬、ティナがまたドヤ顔したのでもう少しだけ指に力を込めた。
それと私がこの国を欲したのは、私の寿命ってほとんど永遠に近いから、聖王国にずっと居座るのは問題があると思ったんだよ。そのために私は、シルベルタルが使っていた『女王システム』を丸パクリすることにした。
彼女は自分と養子の女王で交代しながら数百年もバレずに国家を維持してきた。より人間と接点がある私がそのまま使うにはちょっと問題はあるけど、そこら辺は有能な従者たちに任せよう。
そこで私がノアたちに丸投げすると、彼らはあっと言う間に生き残りの貴族や商家を纏め上げて、わずか半年で国家としての形を作ってしまった。
もちろん、言うほど簡単じゃない。家もご飯もお金も労働力も足りない。
そのために私は実家である聖王国タリテルドに援助を求め、従者たちはどこからか大量の海産物と“労働力”を連れてきた。
海産物はわかる。分かりたくないけど分かる。
海産物は持ってきたのではなく、自分の足で歩いて連れられてきた。
そして今もせっせと新しい“労働力”である新入社員たちが【失楽園】で大量の海産物の加工品を生産しているのです。
何というか……今期の新入社員は何かおかしい。
今まで上級悪魔しか取ってなかったけど、今回はあの戦闘であまりに損害が大きかったので、新たに数万名の下級悪魔を雇用した。
その彼らは、何故か全員が眼鏡のようなモノをかけ、首元に巻いた昆布を引き締めるようにして、毎日25時間働いている。
なんだろう……最近そんな光景をどこかで見たような……?
そんな感じで国家として動き始めた私たちの正式な国家名が決まりました。
黄金の聖魔法国――ユルシアル――
……結局、私の名前が入ってしまった。さすがに国民投票で決まったと言われたら何も言えない。
そして本日、聖王国を含めた友好国の招待客を集めて、ユルシアルの初代女王としての戴冠式典が行われることになりました。
「ユルが女王サマなんて……本当に大丈夫?」
――この国。
招待客である私の親友の一人、王太子妃のベティーが最後の言葉を飲み込んで胡乱な瞳を私に向ける。……その言葉、そっくりあんたに返すわよ。
「ユル様が女王であり女神として崇められるなんて当然ですわっ! でも、どうしてこんな離れた場所でっ!? こうなったら私一人でもこっちに……」
「やめなさい」
もう一人の親友である、勇者の婚約者兼友人代表のシェリーが鼻息も荒くそう言ってくれた。でも本気で止めてね。ノエルが可哀想だから。
彼女達の他にもリックやノエルも来ているし、お父様お母様、お祖父様とお祖母様、アタリーヌお姉様や弟のシリルと、そのお世話役としてヴィオたちも来て、代わる代わる顔を見せてくれている。
ちょっと聖王国の王族たち来すぎでしょ……。
必然的に国王である伯父様と王妃のエレア様がお留守番になって、エレア様からはお祝いのお手紙とお小言をいただきました。
それとこっそりだけど、大吸血鬼とドワーフの友人一名ずつも来てくれている。片っぽは陽の下に出られないし、片っぽは触れただけで人間なんか爆散するから人前には出られないけどねっ!
お祖父様とお父様は機嫌が悪くて最悪でしたよ……。孫娘であり愛娘である私が国外に出ることになっただけじゃなくて、他国から妙な干渉を避けるために、女王である私の正式な『婚約』が必要だったから。
まぁ、今更だけど、相手はリンネです。
本当に今更だから他国の干渉くらいどうにでもなると思っていたんだけど、リンネから提案してきたのよね。そりゃあ女王になると宣言したとたん、いきなり複数の国から婚約の打診があったから面白くはないんでしょうけど、私の“永遠”に付き合える人なんてあなたしかいないのよ?
「ユールシア。準備はできたか?」
「うん、リンネ」
リンネの手が差し出されて私がそっと手を乗せる。
迎えにきたやたらと豪華な南国風の衣装を着たリンネにエスコートされて、わずか数ヶ月で完全に建て直された王宮の通路を歩くと、横を歩くリンネが私だけに聞こえるような声でこっそりと囁いた。
「お前を縛れないのは分かっている。だが、本当に行くのか? 百年くらいはゆっくりできるだろ?」
「……そうね。でも、そこまで待つといつ戦いが始まるか分からないわ。私、“約束”は守らないと気分が悪いのよね」
軽い感じでそう口にするとリンネがわざとらしく溜息をついた。
通路の先にあるテラスへ通じる大扉が開かれ、光と共に大勢の人々の声が聞こえてくる。
『ユルシアル初代女王陛下、ユールシア・フォン・ユルシアル陛下の公開戴冠式をはじめます』
私がテラスに姿を見せると集まった国民たちが一斉に声をあげる。
『ユールシア様、バンザーイっ!』
『ユルシアル女王陛下に栄光あれっ!』
『聖なる女神様に祈りをっ!』
私の国民たち……。
見下ろす人々の中で、貴族と入れ替わった悪魔たちがニヤリと嗤う。
大事な大事な私の民。私に祈りと供物を捧げ、その魂さえ捧げてくれる私の大事な大事な、愛しい“人間”たち。
彼らに慈愛に満ちた微笑みを向けると、人々の声が地を震わせるほど大きくなる。
愛してあげるわ……この私が全力で。
だから【悪魔公女】に、その“魂”を捧げなさい。
***
西暦20XX年。地球。
その世界は科学が急速に発展し脅威を駆逐することで“畏れ”を忘れ、世界の血液である“魔素”を失った。
それによって世界に有益な魂を循環させる【精霊】と【悪魔】は姿を消し、穢れた魂が際限なく人として生まれ落ち、世界は緩やかに滅びへと向かっていた。
このままでは、滅び行く【世界】は、自己の破滅を避けるために世界のリセット機構である【真の魔王】を発動してしまう。
そうなればわずかな微生物以外のすべての生物は滅亡し、数十億年前の酸の雨が降る荒れた大地や、数億年前の全球凍結のような状態に戻ってしまうだろう。
けれど、この世界には、過去に“黄金の天使”が降臨していた。
極東に降臨した、黒衣を纏った黄金の翼を持つ天使の姿は、人々に“神”の存在を思い出させ、天使の声が聞こえた一部の人々に恐怖を植え付けた。
彼女はこう言った。
『また戻る』――と。
人間たちはそれによりわずかながらに“畏れ”を思い出し、世界の滅びはギリギリではあったが回避された――はずだった。
だが時は流れ、その“声”を聴いた時の権力者が退くと、人間たちは再び“畏れ”を忘れて、“生命”を無駄に消費しはじめた。
幾つもの森林が消え、幾つもの動植物が滅亡し、世界が淀みはじめる。
当時の権力者が残した“警告”は残っていたが、新しい権力者は国の利益を守るために。自分の権力を守るために、そんな目に見えない脅威に目を向けることなく、他者を侵略し続けた。
そんなある日――
世界は大いなる“夜”に包まれた。
突然世界から陽の光が失われ、世界中を夜の闇が満たす。
太陽がなくなったわけではない。各国の人工衛星からは太陽は変わらず観測できている。だが――その光は地表まで届かない。
日食のように何かの影に入ったわけでもなく、ただ太陽の光が届かないという異常現象に、各国のマスメディアは騒ぎ立て、学者たちは頭を抱えた。
一日や二日なら“畏れ”を失った人間たちはお祭り騒ぎとして捉え、酒を呑む時間が増えたとその異常さえ愉しむ余裕があった。
だが、それが三日経ち四日が過ぎ、七日を超えると、物流だけでなく食料の生産にも問題が生じ、各地で冷えはじめた地表と海水の気温差によって気圧が乱れ、各地で異常気象が起こりはじめた。
それによって各地で世界の滅びを訴える人々が現れ、詐欺や暴力事件が多発し、治安が一気に悪化する。
救いを求める人々は警察や国家ではなく寺院に向かう。だが、それらの人々が口にしたのは『祈り』の言葉ではなく“文句”だった。
それは西側最大の宗教拠点であるローマでも起こり、教皇庁の前にはプラカードを持った“プロ市民”たちが盛大なデモを行い、マスメディアもそれを連日のように報道した。
このまま人類は神に見捨てられ、“闇”に包まれた世界は滅びてしまうのか?
そして世界に“夜”が訪れてから14日目。
多くの人々と報道カメラが集まった教皇庁の上空で、不意に夜を斬り裂くような、眩いばかりの“黄金”の光が輝いた。
黄金の輝きは鼓動するように強くなり、数多の目が注がれる中で光の中から一対の金の翼と、金の糸のような髪を持つ、美しい“黄金の天使”が降臨する。
それを目撃した世界中の人々は、それが過去に現れ、今は聖遺物の一種として教皇庁に収められている『黄金の天使』の写真と同一の存在だと気がついた。
その写真の天使は十二歳程度の美しくも愛らしい少女の姿をしていたが、新たに現れたその黄金の天使は年の頃十代半ばまで成長し、そのさらに美しくなった人とは掛け離れた美貌は、目にした多くの人を魅了して感嘆の溜息を零させた。
『おお、天使よ。神の御使よ。迷える子羊たる我らを救い賜え』
敬虔な者たちは頭を垂れ“人”の救済を求め、敬虔でない者たちは映像を集めてネットを騒がせる。
天使が慈愛に満ちた微笑みを浮かべて迷い子を迎えるように両腕を広げると、黄金の翼も広がり、その光の中から幼児のような小さな天使達が顕れて、愉しげに山羊の角のような小さなラッパを鳴らしはじめた。
だがそのラッパの音は“天上の調べ”などではなく、その不協和音は聴いた者の心を不安にさせて、心の弱い者は堪らずに嘔吐する。
小さな天使達が奏でる不協和音の中で、黄金の天使の背後に複数の人影が現れた。
白金、金、銀、蒼、黒、茶の髪を持ち、肌の色も様々な、十名の執事と十名のメイドがずらりと並ぶ。
その姿の何と美しいことだろうか。
そして、その姿にどうして心が不安になるのだろうか……。
それは始まりだった。
突然、夜の闇を切り抜いたような巨大で禍々しい気配を放つ漆黒の“獣”が顕れると、黄金の天使を守るように身を寄せる。
背後に控える従者の中から三名の執事と五名のメイドが前に出ると、全員がおぞましいほどの邪悪な気配を放ち、人の姿から異形の姿に変わっていった。
愛らしかった小さな天使達が歪み、子天使から本性を現した小悪魔たちが吹き鳴らすラッパの音に導かれるように、夜の闇から雄山羊の角とコウモリの翼を生やした異形の『化け物』が大量に湧き出した。
邪悪なる“悪魔”の群。
総数666万もの下級悪魔と上級悪魔が夜空を埋め尽くす中で、ただ一人慈愛の微笑みを讃えていた黄金の天使の背中にさらに二対のコウモリの翼が羽ばたき、白目の部分を闇色に染めて、ゆっくりと闇色の牙を剥き出すように悪魔の笑みを浮かべた。
――約束通り戻ってきたわ。悪魔の軍勢と共に――
その美しい声が、世界に住むすべての生き物の“魂”に直接響くと、背後の従者たちが宙に浮いたまま跪く。
666万の悪魔たちは地に降りると、小悪魔たちが奏でるラッパの音に合わせて唄うように、悪魔たちの“福音”が世界に響いた。
諸人こぞりて迎え祀れ
人の希望を撃ち砕きて
この世の絶望を喜び賜う
『――“悪魔公女”は来ませり――』
永らくお付き合いいただきありがとうございました。
これで悪魔公女の本編は終わりますが、完結設定にはせず、だらだらと緊張感ゼロの『とんでもなくくだらない話』をしていきたいと思います。
一話完結のパロディやコメディものです。よろしければお引き続きお願いします。
今回の最終回は第一部の最終回から続く正当な最終回です。
ちょっとホラーです(笑)
では、次は来週か再来週で。
私事になりますが、年末より職場が変わり結構忙しいので、しばらく多少不定期になると思います。申し訳ありません。





