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悪魔公女Ⅱ ~ゆるふわアクマ旅情~【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三部 第四章・【奈落編】

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4-21 夜の女王



『ユールシア様っ!!!!』


 シルベルタルの【光】と私の【闇】が世界を黄昏に染める中、従者たちの私の名を呼ぶ声が空に轟いた。

 こちらに近づこうとする彼らを手を上げて止める。……え、あの子たち進化しちゃってるの? できるだけ急いだつもりだったけど、随分と苦労をかけてしまったみたい。……リンネにも。

『…………』

 巨大な石柱で宙に縫い止められ瀕死のリンネが、わずかに口元を歪ませるようにニヤリと嗤う。……うん、戻ってきたよ。

 私の左腕の袖から隠れていた蒼鼬のローズがちょろりと出てきて地表に退避する。その時にローズは一瞬だけシルベルタルのほうに視線を向けたけど、気づいていないのか捨てた配下に興味もないのか、シルベルタルは何の反応も示さなかった。


 黄昏色の空で私はシルベルタルに向き直る。

 私がリンネをすぐに救出せず従者たちも近寄らせなかったのは、“彼女”の目があったからだ。

 従者たちも進化して、ひ…平なんとかと戦った頃の私と同等……ううん、単純な戦闘力ならその頃の私を超えていると思うけど、本気になった私たちの戦いに巻き込まれたらどうなるか分からない。

 そしてリンネをすぐに救うような隙を私が見せたら、シルベルタルは何をしでかすか分からない、ある意味“信用”にも似た確信があった。

 今もシルベルタルは私の新たな力の正体を見極めるため、ジッと私を見つめていた。


   *


「おぬし、アレを開放したか」


 そう声をかけたシルベルタルに、ユールシアが口元だけでふわりと微笑む。

 彼女は変わっていた。以前とは比べるまでもないほどに。

 以前のユールシアが悪魔の本性を見せていた時には、白目は黒に浸食され、瞳や牙や爪は、獲物を引き裂いた返り血のように美しく真っ赤に染まっていた。

 だが今の彼女は、夜空に浮かぶ月のようにその輝く金色の瞳にシルベルタルを映し、爪や牙は尊き“夜”の色に染まっている。

 ユールシアは、あきらかに“闇”の属性を得ていた。

 それはシルベルタルがアビスに封印した【闇の精霊王】を開放し、その加護を受けているのだと思われた。


 シルベルタルが【闇の精霊王】を封じたのは、闇と表裏一体である光――【光の精霊王】を眷属とするためだ。

 初めは単なる気まぐれ。シルベルタルは綺麗なものが好きだ。汚いものは嫌いだ。いずれ魔界にも太陽を創り上げるために、その一端としてこの世界の精霊王を数千年かけて罠に嵌め、光の精霊王に無理矢理“名”を与えることで眷属にすることに成功した。

 闇の精霊王を奈落(アビス)に封じたのは、精霊でも悪魔であっても生きたままではその地へ辿り着くことができないからだ。

 奈落(アビス)は本来、悪しき魂だけがその罪の重さによって堕ちる場所。

 すべての魂はただの魔力に変換され、その“罪”の部分が悪魔の魂となり、魔界に悪魔となって生まれ出でる。

 大悪魔以上なら砕かれても意思を失うことなく、再び魔界に復活できる可能性もあるが、それでも復活できるのは“意思”だけで、その力を回復するには数百年から数千年はかかるだろう。

 精霊ならば、それがたとえ全能神にも等しい【精霊王】といえども、復活することは不可能に近い。

 唯一死ぬことなく奈落(アビス)に赴くためには、シルベルタルが創りだした固有亜空間である【地獄門(ヘルゲート)】を使うしかなく、それでさえ一方通行で戻ってくることはできない。

 だからこそ、彼の地は【精霊王】を封じる場所として最適だった。

 闇の精霊王が解放されたとしても、精霊では自力で戻ることはできないはずなのだから。


 ユールシアは現世に復活と同時に、シルベルタルと八百万灯火(やおまとび)が創り上げた昼を夜に塗りかえた。

 それを行うには光の精霊王――八百万灯火(やおまとび)と同等の力が必要であり、それが出来るのは闇の精霊王だけだ。

 あきらかにユールシアは闇の精霊王の加護を得ている。だが、その闇の精霊王の姿は見えない。

 闇の精霊王はいまだに奈落(アビス)(とら)えられていて、その力だけを与えているのか? 生死さえ超越した次元にある奈落(アビス)から、はたしてそんなことが可能なのか?

 ユールシアがシルベルタルと同様に名を与えて眷属化できたとしても、精霊である限り精霊王は復活できない。

 唯一可能性があるとするのなら……

 闇の精霊王が【精霊】としての核を失っていても、悪魔をその核に取り込み、その属性を持って“意思”だけで帰還する方法がある。

 ただし、その場合は元の精霊王に戻るまで数万年の時を必要とし、取り込む悪魔もただの悪魔では叶わず、精霊王の存在力を受け止められるだけの“器”が必要になる。

 しかも取り込まれた悪魔の精神はまず確実に消滅するため、精霊王の管理を任せた名も忘れた悪魔公には、精霊王に謀られないように注意もした。

 それにもし闇の精霊王が戻ったのなら、八百万灯火(やおまとび)が大人しくシルベルタルに従う理由もなくなるが、八百万灯火(やおまとび)はわずかに混乱するような気配を漂わせるだけで、反乱するような意志は感じられなかった。


「ふ……」

 そこまでの考察をコンマ数秒で終わらせ、シルベルタルは不敵に笑う。

 どのような理由があってもよい。自分の玩具が自力で戻り自分を愉しませてくれることが重要なのだと、シルベルタルはユールシアに左手を向ける。

「ならば試しじゃ」

 ユールシアの使う力が本当に闇の精霊王の力なのか、それとも見かけだけのまやかしの類なのか、試してみれば分かること。


 ドドドドドドドドドドドドドドドンッ!!!!!

 不意に崩壊した都市の地表から、黄昏に染まる空から湧き上がるように数万本もの石柱が出現して、全方位からユールシアに襲いかかった。

 前に戦ったとき、それをしていればあの頃のユールシアなら一撃で片がついていた。それをしなかったのは一撃で壊すと遊べないからで、ただ手加減をしていたのだ。

 ここまでの本気は凜涅クラスの敵にしか使わない。

 凜涅より力が弱くても、数多の次元を旅するもう一人の【魔神(デヴィル)】なら小賢しい手段を用いて躱せるかもしれない。


「おぬしも魔神なら躱して見せよ」


 逃げ場のない大陸規模の鉄の処女(アイアンメイデン)――その中心にいるユールシアはその攻撃を避けることなく、その桜色の唇が軽やかに“呪詛”を紡ぐ。


「――“暗き夜の光在れ”――」


 その瞬間、ユールシアの纏う夜空のドレスが翻り広がると、生まれた【闇】がすべての石柱を先端から喰らい、溢れた闇がドロリと物質化して流れ落ちると瞬く間に地表を漆黒のコールタールが海のように覆い尽くした。


「返すよ」


 その言葉を呪詛として、以前シルベルタルが地獄門で見せたように、闇の海から数万本の【闇の槍】が雨の如く、地から天へと立ちのぼる。

 その一つ一つが、ユールシアが以前使っていた【夜の槍】と同等の力を持つと誰が信じられるだろうか?

 だが、シルベルタルもそれを躱しはせず、わずかに波立つ漆黒の髪が空を海に変えるように広がり、闇の槍を瞬く間に喰らい尽くした。

 ユールシアの【闇】を『夜』とするのなら、シルベルタルの【黒】はすべてを喰らい尽くす『虚無』なのだ。


 ユールシアとシルベルタルが、同時に牙を剥き出すような凄惨な笑みを浮かべた。

 金色の髪の少女と、漆黒の髪の美女。二人は人ではなく、神の如き力を持っていても神ですらなく、世界を喰らう“悪魔”だった。


 ユールシアの“夜”が広がると、その星空の向こうから幾つもの流星が降りそそぎ、海に山ほどの水柱を立ち上げ、大陸の大地に巨大なクレーターを穿ち、大地を震わせる。

 シルベルタルの“虚無”が広がり、彼女に襲いかかる流星が吸い込まれて消えると、それだけではなく虚無は地表や海や大気の一部さえ喰らって、発生した巨大な嵐が世界中を襲った。


「――八百万灯火(やおまとび)――」


 ついに本気となったシルベルタルの呼ぶ声に、彼女の背後から太陽が現れ、無数の光線が黄昏の大空を斬り裂く。


「――“暗き夜の光在れ”――」


 光あるところに影が生まれる。無数の光線と並行するように同じ数だけ“影”が生まれて、世界の空を白と黒に切り分けると、二つは絡み合い、ぶつかり合い、相殺するように消え果てた。


 シルベルタルの眼がすべて“黒”に染まり、虚無の眼力が時空間さえ喰らい、巨大な空間の断絶がユールシアへと迫る。

 それに対してユールシアは自らを中心にして巨大な闇を創り上げ、明星の如く黄金の輝きを持って迎え撃つ。

「ハァアアアアアアアッ!!!!」

 拮抗する二つの力。ユールシアの声が空に響くと、その背に黄金の六枚の翼が広がり羽ばたいた。

 闇を彩るように、夜空に星が瞬くが如く、二人のぶつかり合いによって死んだ生き物の魂が吸い寄せられ、黄金の輝きが空間の断裂を粉砕する。


「――ぉおおおっ」

 シルベルタルの両目が初めて驚愕に見開かれた。

 悪魔の翼である二対四枚のコウモリの羽。その間にあるのは羽毛に覆われた輝く天使の翼。

 悪魔と神の姿。悪魔は魂を喰らうが、それ故に現世の魂は本能的に悪魔を畏れる。だがその魂が自ら集まるように吸い寄せられて、分解されてユールシアの力となり世界へと還元されていった。

 魂を喰らい己の力とする“悪魔”の力。魂を集めて世界に返す“精霊”の力。

 それの意味することは――


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!!」


 唐突にシルベルタルの笑い声がこだまする。


「ユールシア……おぬし、喰らいおったなっ! 闇の精霊王を喰らいつくし、その力を我が物にしたかっ! “夜の女王”よっ!」


 その言葉に、ユールシアの顔に悪魔のようで天使のような笑みが浮かぶ。

 悪魔は精霊を喰らわない。精霊は悪魔を取り込まない。

 同族喰らいをする悪魔でも同じ精神体である精霊を喰らわないのは、その相反する存在が“毒”であるからだ。

 無理に取り込んでもその力を得るどころか弱体化し、下手をすればそのまま存在が消えかねない。

 それを為しえたのは、悪魔さえ超える“人”の純粋な狂気だ。

 シルベルタルは確信する。数万年の時を経て、ようやく自分と同格の存在である狂気の王――闇の精霊王さえ喰らい尽くした【夜の女王】が降臨したのだと。




悪魔公女の本編も残り数話となります。


次回、頂上決戦。


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― 新着の感想 ―
名も忘れた悪魔公 > ヒドいわ! アナタにあれ程献身的に尽くしたあのヒトを忘れたって言うの!? アレよ!? 頭文字にHが何かが付くヒトよ? ………HENTAI?
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