4-11 奈落の旅 ⑤
「フハハッ! どうだユールシアっ、驚きと恐怖で声も出まいっ! 魔界最古の悪魔公であるシルベルタル殿の力で、いつか私は復活し、また世界に恐怖を撒き散らして、貴様にも目に物見せてくれようぞっ!」
ひょろガリちょろ胸毛になった“平なんとか”が、腰蓑いっちょで高笑いをあげながら胸を張る様子を、私は優しい瞳で見つめる。
「うんうん、そうねぇ。あなたはやれば出来る子なんだから、是非とも頑張って偉い人になってちょうだいね」
「…………」
『…………』
私が優しくそう声を掛けると、平なんとかだけじゃなくてローズも微妙な顔で黙り込んだ。
「シルベルタルも少しキツいところがあるけど、あなたなら大丈夫よ。今はちょっと成績が下がっているけど、あなたならすぐ挽回できるわ」
「…………」
『…………』
「そうそう、頑張っているあなたにお小遣いをあげるわね。フフ……シルベルタルには内緒よ?」
「だぁああああああああああああああああっ!!! なんだ貴様はっ!? お前は私のお祖母ちゃんかっ!? なんだその『教育ママに無茶振りされている孫を労る祖母』のような台詞はっ!!!?」
私がポケットから銅貨を取り出すと、まるで思春期の男子中学生のような態度で、私の手から硬貨を叩き落とした。
「あらあら。平ちゃんは元気ねぇ。もう平ちゃんも大きいから銅貨はないわね。小銀貨でいいかしら?」
「誰が平ちゃんだっ!? 金額に文句があるわけではないわっ!!!」
シルベルタルにも覚えてもらえるように、せっかく可愛い愛称を付けてあげたのに、突然反抗期に入った平なんとかは何故か憤る。
「……どうして怒ってるの?」
「わからんのかっ!? 本当にわからんのかっ!? ああ、そうだよそうだったよ、お前は人の話を一切聞かない奴だったよっ!」
「……ふむ」
傷つきやすい子の話は、ちゃんと聞いてあげないと駄目だということか。
多分そう言うことなのだと考えローズのほうに顔を向けると、彼女は蒼白になった顔で静かに首を振っていた。
「それで平ちゃん。これからどうするの?」
「だから、平ちゃんじゃ、……は?」
一人憤る平ちゃんにそんな言葉を投げかけると、彼は一瞬呆けたように間抜けな顔で間抜けな声を漏らした。
「い、いや、だから、シルベルタル殿の力で現世に戻って……」
「うんうん、そうだねぇ。でもそうじゃなくて、そんな将来の話はどうでもいいから、どうして私を恨んでいるはずなのに挑んでこないの? 私もこんな幼女になるまで弱体化しているよ?」
「え? ……え?」
私の言葉を理解して、平ちゃんの瞳が戸惑いに揺れる。
「……だ、だって、悪魔同士が奈落で戦っても決着が付きにくいというか、こっちで最期まで戦って魂が壊れると復活できないし……」
「うん、そうだね。悪魔をここで倒そうとするのは面倒だよねぇ。細切れにしても磨り潰しても自我が残ってる限り、いつか復活しちゃうし、核を喰らうには相手を屈服させないといけないもんねぇ」
「…………」
シルベルタルの配下だった大悪魔を喰らったときは、アレは私に恐怖した。
元悪魔公さえも畏怖するシルベルタルと戦っておきながら自我を残し、弱体化していても基礎能力をそのまま残した私を『畏れた』のだ。
悪魔が同族食いで倒した悪魔を喰らえるのは、悪魔が畏れることで魂が無防備になるからだと言われている。
目の前に居るコイツも、元々かなり狡猾な悪魔だった。だから色々と言いながらも、私を出し抜くためにシルベルタルの名前まで使って私を畏れさせようとしていた。
現状で戦って勝てるかどうか、私を測るため。
そして戦った後に私を喰らうために。
「平ちゃんも大悪魔……准大悪魔級とか言うんだっけ? そのくらいまで力は回復しているんでしょ? どうして戦わないの?」
「貴様……」
私を睨むようにしていた貴族っぽい顔が、一瞬『猿面』の本性を見せる。
「……ユールシア。貴様は何故、奈落に落ちてきた。私と互角に戦った貴様が生半可な敵と戦って負けるとも思えない。邪妖帝か? それとも不死大公か?」
「初めて聞くわね、そんな名前」
「だとしたら何と……」
そういえば他の悪魔公だっけ? それ以上の悪魔公だと、ローズの創造主である悪魔博士はリンネが前に倒しちゃったしね。なかなか答えに辿り着かないコイツに、私は薄く嗤って正解を教えてあげる。
「シルベルタルよ」
「……は?」
また間の抜けた声が聞こえて、平ちゃんの顔が驚愕に歪み、目が大きく見開かれた。
「う…嘘を言うなっ!! アレと戦ってどうして自我が残っているっ!? そもそもどうして戦えるっ!? 私やお前とは次元の違う相手だぞっ!」
「本当にねぇ……。勢いだけで戦いを挑む相手じゃなかったわ。ほとんどの攻撃は効かないし、奥の奥の手まで使ったのに、一矢報いただけで結局倒せなかったしねぇ。しかもシルベルタルの奥の手のほうも桁外れで、一瞬で蒸発させられたわ」
自分自身にヤレヤレといった感じで自分の肩を揉んでいると、平ちゃんの顔が歪む。
「貴様、正気かっ!?」
「あら、随分な物言いね」
元の魂が人間だろうと何だろうと、……いえ、元が“人間”だからこそ、悪魔として人間の魂を喰らってきた私が“まとも”なはずがないじゃない。
ニコリと穏やかな笑みを浮かべる私に、生粋の悪魔であるはずのコイツのほうが保守的な生き方を選び、まともではない私にその足がわずかに下がる。
「あなた……今、“畏れた”わね?」
「う、煩いっ!!!」
彼は私の言葉に狼狽しながらも、今度は警戒して数歩下がり、汗まみれの顔でニヤリと笑みを浮かべた。
「いい気になるなよ、ユールシアっ! 私とて悪魔公の一柱、一度畏れさせた程度で私を喰らえると思うなっ!」
彼から魔力が迸り、以前とは比べものにならないほど弱いけど、それでも全身に魔力を漲らせて私と対峙するその姿からは、魔界の神とまで言われた悪魔公の誇りのようなものを感じさせた。
それに対して私はそっと手を伸ばす。
悪魔を屈服させるのは、何も暴力だけに限ったことではない。最近の悪魔は“頭”を使わないと生き残ることは出来ないのだ。
「――『光在れ』――」
「なにっ!?」
私の使った神聖魔法の光を浴びた彼は、悪魔でありながら、光を浴びた腕を押さえて驚愕の叫びを上げた。
この神聖魔法を受けても痛みはない。けれど、この魔法には悪魔さえ屈服させる大いなる『呪い』が付けられていた。
「腕の毛が……抜けたっ!?」
「これぞ、美肌のための究極の永久脱毛魔法っ! この魔法に触れたが最期、未来永劫二度と毛は生えてこないわっ!」
『……あのさぁ』
後ろからローズの声が聞こえたけど、とりあえず今はそれどころじゃない。
「ぬぉおおおおおおっ、や、やめろぉおおおっ!!!」
次々と神聖魔法を放つと、その光を浴びた脚のスネ毛や腋の毛が消滅し、大事に守っていた胸毛が抜け落ちると、ついに彼は悲鳴をあげた。
「さあ、次はその無駄に伸びた髪の毛を綺麗にしてあげるわ」
「これだけは……これだけはやらせるものかぁあああああああああっ!!」
最期に残った“頭”の“ムダ毛”を守るように、頭を抱えた平ちゃんが深刻な顔で洞窟から飛び出していく。
そして私は、それを煽るようにゆっくりと歩いて追いかける。
「フフフ、どこに行こうというのかしら……『あっ』」
私の声と私を追いかけてきたローズの声が思わずハモる。
大事なムダ毛を抱えて飛び出していく平ちゃん。その後ろ姿は、大事な何かを守る為に戦う男の壮絶なドラマを想像させた。
それを容赦なく運命の悪戯が襲い、ちょっと通りますよ、とばかりに通り過ぎていく竜巻に巻き込まれ、平ちゃんは竜巻に引き裂かれて粉々になって消えていった。
「……平ちゃんは、大事なものを守り通したのよ」
『……この期に及んで言うことはそれだけかぁあああああああああっ!』
まぁ色々ありましたが、多分、あれも悪魔公だからシルベルタルが覚えていれば復活もできるでしょ。多分。
それから『何で此処まで来たんだっけ?』と呟くローズに、私達は旅の目的を思いだし、彼の遺品を整理していると、魔界に魂の元を送る魔素の泉の情報はなかったけど、本当にシルベルタルと契約していたのか、残っていた羊皮紙(羊とは言っていない)の中に、何かを隠したらしい位置情報が記されていた。
「ローズ、知ってる?」
『ううん、知らないわ。……でも、わざわざ元悪魔公がシルベルタルの裏をかいて何かを見つけたのなら……』
「うん、行ってみようか」
そうして私達は予定を変更してでもそちらに向かい、そこであるものを見つけることになる。
さようなら平なんとかさん。君の名は忘れない。
次回、奈落の奥底で見るものとは。





