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悪魔公女Ⅱ ~ゆるふわアクマ旅情~【書籍化&コミカライズ】  作者: 春の日びより
第三部 第四章・【奈落編】

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4-08 奈落の旅 ②



 奈落(アビス)の旅途中、奇妙な集落を発見した。

 奇妙というのは集落の形態がおかしいのではなく、この【奈落(アビス)】に集落があること事態がおかしいのよ。

「行ってみる?」

『…………』

 私の問いにローズが少し悩みはじめた。

 そもそも奈落(アビス)は魔界で悪魔の魂の元になる、原材料である悪しき魂が落ちてくる場所で、その魂を粉々にする竜巻があちこちで渦巻いているため、魂は長期間存在できない仕組みになっている。

 前に見たなんとか男爵みたいに、シュレッダーから姑息に逃げ回って単独で生き残っている場合もあるけど、そんな魂が集まって集落を作るとか普通にあり得ない。

 ローズは私が急いで戻りたがっているのを知っているから、寄り道に悩んでいるみたいだったけど、

「障気溜まりの正確な場所を知ってるかもよ?」

『……行く』

 私達は感覚で進む方向を決めていたけど、正確な場所が分かるのなら行程の短縮が出来るかもしれない。そう言ってみると、学者肌のローズは好奇心のほうが勝ったみたいで集落へ行くことになった。


『でも、もの凄く広いはずの奈落(アビス)で何かに出会える確率も限りなく低いのに、どうしてこうも色々と会うのかしら?』

「…………」

 ローズの目付きが『あんた、トラブル体質なんじゃないの?』と雄弁に物語る。

 確かにこの【奈落(アビス)】は、アトラ世界の裏に面する部分だけでもアトラと同じ広さがある。物質界で世界の周りが宇宙であるように、それ以外の場所は何も存在しない荒野のみが延々と続いているらしいけど、落ちてくる悪魔や悪い人間の魂はそちらに落ちてしまう場合もあるのだ。

 多分、世界と同じ広さの地域で、意思疎通が出来るような魂は多くないはずだから、ローズが言っていることも理解できる。

 でも、外部に落ちた人間の魂は強制的に分解されるみたいだけど、高位悪魔の場合は自然と魂が魔界に送り出される障気溜まりに引き寄せられるそうなので、出会ってしまうのもきっと私のせいじゃない。


 その集落(らしき物)に近づいてみると、木も布も何もない奈落なので積み上げた岩が仕切るだけのブースが立ち並ぶその場所で、確かに人間らしき物体がいて、そう思って見れば集落に見えないこともない。

「要するに、ただ人が集まっているだけね」

『……そうね』


 それでもこの奈落でこれだけの魂が集まっていることは大変珍しい。

 どうしてこんな場所に魂が集まっているのか? ここまで来たら誰かに聞いてみるのが手っ取り早い。

 私も元はごく普通の人間で、悪魔となっても謙虚に生きて品行方正であるという自負はあるけど、やっぱり力が強くなると多少(・・)は大雑把になる。

 そんな訳で、ここに落ちてくる魂が、あの何とか男爵と五十歩百歩のどうしようもない頭のおかしい連中だと分かっていても、私達は無造作に見つけた第一村人に近づいていった。


「おおっ、これは珍しいっ! こんな辺鄙な場所に、こんな可愛らしいお嬢さんがいらっしゃるとはっ。ささっ、何もない場所ですがどうぞ休んでいって下さい」

「『…………」』


 その変な服を着たガリガリに痩せたおじさんは、とてもにこやかな笑顔で私達を迎えてくれた。

 ……おかしい。この奈落(アビス)に落ちるような人間なんて、精霊でも浄化できないほどの罪深い魂のはずなのに、とても清々しいというか満ち足りた顔をしている。

『奇妙な服ね』

「おお、そうでしょうか? 我々の戦闘服(・・・)なのですが」

 青いイタチのローズの問いに、おじさんがむしろ誇らしそうな笑みでそう答えた。


『ユールシア様、どうしたの?』

「……いや、別に」

 珍しく無言を貫く私にローズが訝しげに見上げて、私は彼女の問いに言葉を濁す。

 私は……それを知っている。

 それは、人間という種が生みだした、宇宙で最も深い『闇』そのもの……人間の果てしない欲望が生みだした『呪い』と言ってもいい。


 彼らのその奇妙な服装……

 獣の革で作られた黒い靴。ネズミ色や夜に紛れるような暗い色のズボンに、それと同じ色の上着を纏い、その内側に白系のシャツを着て、首元にそれが家畜の証だと誇るように少し幅広の布を結んで紐のように垂らしていた。


 その呪いは視力を犠牲にするのか、半数近くが“眼鏡”と呼ばれる道具で目を守りながら、岩を削って取り憑かれたように何かを作っていたが、私達が現れると優しく出迎え、穏やかな笑みを浮かべている様が余計に恐ろしく感じる。

 私の感じているそのおぞましさを、生粋の悪魔であるローズは好奇心が先に立ち感じていないようだった。


『あなた達はどうしてこんなところに?』

 ローズがいきなり核心を尋ねると、おじさん達は笑顔を難しい顔に変えて自分達の身の上を話してくれた。

「私達はある日突然、ここへ現れました。多分……いいえ、私達はおそらく死んだのでしょう。ここが地獄なのか知りませんが、同じ想いを持った私達は自然とここへ集まり働くことにしたのです」

『へぇ……死んだことが分かっているのにまだ働くの?』

「私達は生きていた頃、働いて働いて死ぬまで働き続けました……」

 ローズの問いに答えるおじさん達の目付きが段々怪しくなる。

「朝日が昇る前に家を出て睡眠は電車の中で済ませ、昼休みも社内に売りに来る弁当を食べながら仕事を続け、深夜遅くに終電で帰る」

「電車のある時間に……いえ、家に帰れるだけマシで、会社で椅子を並べて眠ることもありましたっ」

「家族と会話した事なんて何年もありませんでした。でも、私が仕事をしなければみんなが困ります。会社は私が支えていたのですっ!」

「その為なら家族と過ごす日々など些細な事ですっ! 残業代が払われなくても、妻と子供に無下に扱われても、仕事こそが生きがいっ!」

「月に二百時間程度の残業など、なんでもありませんっ! 偶に早く家に帰るくらいなら、上司と酒を呑んで業務を円滑にすることが、仕事を進める重要な道だと何故に家族は理解してくれないのかっ!」


『へ、へぇ……』

 意味の分からない言葉を使ってヒートアップするおじさん達が、揃った仕草で首元の布紐を締め直す姿に、仮にも大悪魔にまで進化したローズが、ドン引きの顔で一歩引いていた。

 おおっ、次々と『不幸自慢』『不健康自慢』を嬉々としてする彼らは、何と罪深いことでしょう……。これなら魂が奈落(アビス)に落ちて当然かもしれない。

 そもそも、彼らが居た世界は魔素がなく、魂を管理する『精霊』がいないため、我の強い魂が異世界に弾かれるくらい輪廻が適当になっているのだろう。

 そしてきっと弾かれた異世界でも、現地の精霊が彼らの魂の在り方を理解できず、浄化を諦めてそのまま奈落(アビス)に落としたに違いない。


『なんて呪われた魂なの……』

「そだねぇ」

 彼らの在り方に悪魔であるローズさえもおののき、私も心情は理解できないけど言葉だけは理解できたので、お(ケツ)を掻きながら適当に頷いた。

「そういえば、あなた達は何を作っているの?」

 聞くだけで魂が穢れそうな話題を逸らす意味で、それまで黙って聞いていた私がそう尋ねると、その瞬間に彼ら全員がギラつくような笑顔で一斉に振り返る。

「よくぞ聞いて下さいましたっ!」

「我らは働かなくてはいけない存在。ですが仕事はなく、職業安定所もありませんっ」

「毎日石を積み、発生する竜巻に積み上げた石を崩され、避難訓練を欠かさない我らはまた集まり、それを積み上げる日々を過ごしてきました」

「罪深き我らに神はいないのかっ! ですが、そんなある日、暗き空より神の啓示ともいうべき『声』を聴いたのですっ!」

 そして彼らは復唱するように同じ言葉を唄う。


『来たれ若人。来たれ熟練の戦士達。

 業務内容、ワカメ干しと海産物の加工。そして若干の戦い。

 日給、乾燥ワカメ1㎏。一日二十四時間勤務。年休暇合計八時間。

 賞与、貢献によりタコスルメと魂を支給。

 経験不問。年齢不問。やる気のある人を歓迎します。

 時空制御で一日二十五時間以上働ける方、大歓迎。

 優しい上司が丁寧に仕事を教える暗い職場です。

 大貢献を為しえた社員は、黄金の主様と握手も出来る。

 募集期間、募集人員、全ての世界が壊れるまで。

 黄金の聖魔軍――ユル海産(株)』


「『………………」』

 ローズの顔がゆっくりと動いて私を見る。

 私はそれと同じ速度でゆっくりと顔を逸らす。


「我らは歓喜しましたっ! 何と素晴らしいことに、そこに就職出来れば、飢えても睡眠を取らなくても死ぬことはなくなり、永遠に働き続けることが出来るのですっ!」

「この暗い場所でただ石を積み上げてきた我らに与えられた唯一の希望っ!」

「そこで我らは、社長である『黄金の主人様』を奉るため、毎日仏像をボって採用通知が来るまで己の魂を鍛えているのです」

 彫るんじゃなくてボるのかよ。

「すでに数千人の同士が、竜巻に砕かれようとその志を忘れることなく、黄金の聖魔軍へ向かいましたっ! 同じような高き志を持った者がこの集落以外にもいます。我らも竜巻に魂を砕かれようと忘れない根性を体得できれば、すぐさま社長の下に向かうでしょうっ」

 そういえば、社員はそのくらいの数、居たような……


 へぇ、ふ~ん、ほほぉ……。まぁ、どうでもいいか。

 それにしても二十三時間勤務のはずが誰も休んでいる姿を見たことがなかったのは、実は二十四時間勤務だったのか……。

 私はもうこの集落から興味がなくなった、というより、居たたまれない気持ちになったので、正体がバレないうちにここから離れようとしたが、彼らの話はまだ続いていた。


「ところがそんな我々の栄光ある未来を嫉妬して、悪魔崇拝者の連中が襲ってくるようになったのですっ!」

「へぇ……」

 あ、なんか嫌な流れになった。

「我らは企業戦士を自負しておりますが、まだ戦いは得意ではありませんっ」

「しかも奴らには、信奉している高位悪魔がいるらしく、その悪魔が直接指示を出して嫌がらせをしてくるのですっ!」

「ふ~ん……」

 そんなみみっちい悪魔もいるのね。

「連中はその悪魔のことを『ヒライネス』と言っていました」


「『っ!?」』

 その瞬間弾かれたようにローズが私を見て、私もそれに合わせるように息を飲む。


 ……誰だっけッ!?




ついに現れた、名前を思い出せないあの人、ひ、ひら……

ヒラなんとかさんがユルの前に立ちはだかるっ!

未来の社員達の未来を守れっ。


次回、悪魔、ヒラなんとかさん。


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― 新着の感想 ―
まさか!? まさかまさか!? だから東京は真神(新人)だったのか!?
なんだ、この社畜地獄!? 1日25時間勤務を喜び享受する悪魔予備軍たる社畜達と、そんな社畜さんに襲い掛かってくる平社員! いつの間に悪魔公女は劇画調サラリーマンノベルになってしまったんだ!?
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