4-04 奈落の日常
半分真面目
清々しいまでに淀んだ空。禍々しいほど荒んだ空気。毒々しい程に紫色の大地から、可愛らしいリスさん……くらいの大きさの蛭がコンニチワして、思わずニッコリとした私は靴の底で踏み潰した。
今日も元気に【奈落】を旅するユールシアでございます。
『いやそれ、ユールシア…様のイメージだからね』
なんかジト目でツッコミを入れてくる青いイタチ。
わかってるわよ、ローズ。奈落に形なんてないから、所詮は私のイメージが視覚化されているだけなんだけど、基本的にはその他大勢の悪魔達の共通認識が元になっているので、ローズともそれほど違っているわけじゃない。
それはどうでもいいけど、ローズちゃんや。主従契約して私への呼び方が変わったのはいいけど、いまだに『様』をつけるのに言い淀むのは何故かね? ……あ、照れてるのか。ごめんね気付かなくて。
思わずニヨニヨしながらローズを見ると彼女はプイッとそっぽを向いた。
「ま、いいか。ところで今、私が踏んだのって何?」
『軽いわね……って、正体分からないのに踏み潰したの? ……多分だけど、粉々にされた魂の一部じゃないかな? ユールシア様が潰さなくてもそのうち空間に吸収されてここの一部になったはずよ』
「それじゃ、気にしなくてもいいのね」
『まぁ…そうなんだけど』
ここ【奈落】には、魂の輪廻を管理する大精霊でも『こりゃあ浄化は無理ッス』ってくらい穢れきった魂が落ちてくる。
落ちてくる魂は死んだ時の状態で落ちてくることが多く、それが悪魔の場合はほとんどが魂までズタズタのボロボロにされているから問題ないけど、人間なんかの場合だと意外とそのままの形状で落ちてくることが多いので、それをあちこちで発生している竜巻がぐちゃぐちゃに磨り潰して、悪魔の魂として魔界に送るそうな。
『ちなみに斬首された騎士の魂とか、根性のある奴はデュラハンとして妖精界に引っ張っていくらしいよ』
「へぇ……」
…って誰がだよ。奈落に落ちるような魂を途中でかっ攫うような存在なんて、精霊王みたいに妖精界には妖精王とかいるんかね?
……そういえば。
「ねぇローズ。シルベルタルはあの【光の精霊王】を自分の眷属とか言ってたけど、あなた、何か知ってる?」
シルベルタルは光の精霊王に【八百万灯火】の“名”を与えて支配していた。
精霊王は世界が生まれた瞬間から存在するたった六種六柱しかいない強大な存在で、名目上は最上位悪魔である私と同格だけど歴然とした差が存在する。いかにシルベルタルが強大でもアレを支配できるなんて通常はあり得ない。
『……私は知らない。ホントよ。もし伝承が本当ならシルベルタルより強いはず。配下の中でも最古参のエタンセルあたりは知っていそうだけど』
「エタンセル…って赤髪のメイドか。確かにあの中でも赤髪と銀髪は格が違ったわね」
『エタンセルはかなりの年月を生きた悪魔よ。確か、ユールシア様が倒したヒライネスよりも古いはず。ネージュ……あの銀髪のほうも亜神化するくらいヤバいけど、エタンセルの場合は最悪の状態で【悪魔公】にするために、シルベルタルが進化を止めているって噂があったわ』
悪魔の言う最悪の状態とは最高の状態である。そんな存在が【悪魔公】になったら、下手をしたら私と同等以上の強さになるかも。面倒だな……
ところでそのヒラ…なんとかって……誰だっけ?
『とにかく、精霊王みたいな、ある意味『神』以上の存在を支配する方法なんて、私は知らない。でも……』
「うん……」
シルベルタルはあのままでも容易く私を倒せたのに、私という悪魔に絶望と恐怖を与えて、その感情を喰らうためにわざわざ【八百万灯火】を使った。
でもその【八百万灯火】が、シルベルタルの固有亜空間【地獄門】の底に穴を開けてくれたおかげで、私とローズはギリギリで脱出して再生できた。
おそらく光の精霊王はまだ完全に支配されていない。多分、そこら辺が裏をかくヒントになるのかも。
「まぁ、なるようにしかならないから、悩んでも仕方ないわ」
『はぁ……せっかく生き残ったのに、仕えるの早まったかしら……』
真面目ねぇ。ミレーヌを思い出すわ。大吸血鬼より常識人な悪魔って褒め言葉になるのかな。実際世の中は常識人が苦労することで回っているので、ローズには頑張ってもらいたい。
そんな感じで歩いているとどこか遠くからお経のようなものが聞こえてきた。
「なんだろ?」
『ん? ……ああ、たぶん悪魔崇拝者じゃない? 奈落にまで落ちてくるなんてよっぽど悪いことしたのね。でも滑稽よねぇ。他人の命を悪魔に捧げて願いを叶えて欲しいなんて、自分の魂以外対価になるはずないじゃない』
1メートル程度しかない私の肩にスルスルと登って、背伸びするように遠くを見たローズが莫迦にしたように笑った。
まぁそうなのよね。よく悪魔の物語とかで、自分の娘とか生け贄にして国を救おうとした王様のお話とかあったけど、私だったらその娘さんに話しかけて父親と国を憎むように誘導して、そっちの願いを叶えるかな。
悪魔に願い事があるのなら、自分の魂を賭けるくらいの根性見せろや。おっと、自分を犠牲にして人を救いたいなんて事を真顔で言う奴の魂はNOサンキューだっ。豚の背脂のように脂ぎってるからねっ。
いつもの如く話が逸れた。何故か私の肩に乗ったまま降りようとしないローズを乗っけたまま進んでいると、お経…呪文?みたいな声が大きくなり、そこら辺の岩を積んで作ったぼろっちい祭壇を拝んでいるローブ姿の老人が目に入った。
ふむ。人間か。ここら辺にいるって事はアトラ出身だと思うけど、思ったよりも普通の形状を保っているのね。
私もローズも別に興味もないんでそのまま通り過ぎようとすると、向こうの方が私達に気付いて奇妙な足取りでわしゃわしゃと近づいてきた。
「おお、この奇妙な土地に流れ着いて数年、こんな可愛らしいお嬢ちゃんに会えるなんて、何と喜ばしい事じゃっ! 是非ともお茶などいかがかね?」
「『…………」』
この景色のどこにお茶がある? それ以前に好々爺風の笑顔を浮かべているけど、そのどんより黄色く濁った危ない目付きの奴とお茶を飲む趣味はない。しかも数年とか言ってたか。よく竜巻に巻き込まれずにいたものだ。
無視してそのまま進もうとすると、その男がどたばたと私達の前に回り込んできた。
「ウェエハハハッ! よくぞ我が企みを見破ったっ! 儂こそが聖王国の悪魔召喚のプロ。ヘーデン男爵じゃっ! 大人しく悪魔の贄となるがよいっ!」
「『…………」』
聖王国出身かよ。世間は狭いな……。面倒なので悪魔の気配を滲ませると、へーデンとやらはハッとした顔をしていきなり平伏した。
「おおおおっ、もしや悪魔王さまでいらっしゃいりまするのかぁああああっ! 苦節数十年、ようやく我が願いが叶うううううう、我が忠誠をお受け取りくだ――」
「てい」
「ぐがやあっ」
ゴキのように匍ってきて私の靴を舐めようとしたので、気持ち悪いからそのまま蹴飛ばしたら重さがないのか数キロほど吹っ飛んで、丁度良く横切った竜巻に巻き込まれて粉々になっちゃった。
『……あれでも食べれば魔力の足しになったかもよ?』
「じゃあ、ローズが食べなさいよ」
『嫌よ。狂人の魂なんて味がスッカスカなんだもん』
だったら人に勧めるなよ。私だって嫌だ。
とにかく、ぐちゃぐちゃになった魂が魔界に噴出する前の魂の泉がある場所まで、私では分からないけどローズの感覚だとあと数日もあれば着くらしい。
そこを潜ったからって無事に魔界へ出られるとは限らないし、下手をしたらアトラとは違う星系の世界に出るかもしれない。でもとりあえずそこしか希望はないから二人でそこを目指していると、
『あれ……?』
「ん? 道を間違えた?」
『そうじゃなくて……アレ』
上を向いているローズの視線を追って私も上を向くと、どんよりとした空の中に何か黒い点が……落ちてくる? それはひゅるひゅるひゅる~~~と風を切るように落ちてくると、ドォンッと荒れた大地に激突してクレーターを作り上げた。
鱗の生えた竜人かなんかの生首……? この気配って……高位の悪魔か。
何となく気になって近づいてみると、どうやらまだ自我が残っているらしく、何やらブツブツ呟いて私達に後頭部を向けていた。
とりあえずそっと近づいてそこら辺で拾った尖った石で突いてみると、酷く驚いて器用に顔を向けてきた。
「ぬおっ!? なんだね君はっ! ぬ、こら、小さな淑女、やめたまえっ」
そのまま目とか鼻とか石で突いていると不満だったのか文句を言ってきた。まぁ止めないけど。そんな私に肩に乗ったままのローズが耳元でこっそり呟く。
『そいつ……シルベルタル麾下の大悪魔よ……』
「おお、そこにいるのは、姿こそ変われど麗しの【悪魔学士】殿ではありませんかっ。この小さな淑女に突くのを止めるように言ってくれっ。ぬおっ、ぐっ」
へぇ……こいつはシルベルタルの配下か。でも、シルベルタルの大悪魔がどうしてこんな所に? 私が(まだ突きながら)ローズに視線を送ると、察したローズがそいつに話しかける。
『ソーロウェル……どうしてあなたが奈落に?』
「おお、聞いてくれるかねっ、【悪魔学士】殿っ。私はあの小生意気にも麗しいシルベルタル様に逆らい誅殺された【魔神】の配下、【悪魔司教】にやられたのだっ」
その言葉に突いていた私の手が止まる。
『あなたほどの悪魔でも負けたのね……』
「むっ? い、いや、もちろん紙一重の差であったよ。普通なら負けなかったさ。あの【悪魔司教】は狂って手が付けられなかったのだ。誇り高き大悪魔ともあろう者が、主を失った程度で狂うとは、なんとも情けな……ぐおっ!?」
私がソーロウェルの目を石で抉ると、そいつの悲鳴が奈落に響く。
「ティナが……なんだって?」
私が静かに声を漏らすと、ローズがビクリと震えて肩から転げ落ち、ソーロウェルの残った目が徐々に見開かれ、顔が恐怖に歪む。
「……莫迦な……あり得ん……貴様、何故、シルベルタル様と戦って自我が残っておるのかぁあああああああああああっ!?」
「煩い。さっさと話せ」
「ぐおおおおおっ!?」
私が真紅の爪で抉りながら生首を掴み上げると、ソーロウェルが苦悶の声を上げた。
ティナが…狂った? 私がいなくなったから? でもティナがまともだったら、こんな雑魚悪魔風情が自我を残したまま落ちてくるわけがない。
「ティナは…みんなはどうなったの? リンネは?」
「お、おのれぇ、【悪魔公女】ぁあああっ、あいつらは終わりだっ、エタンセル殿や他の側近達が排除に向かってるぞっ! あの【暗い獣】もシルベルタル様に戦いを挑んだようだが、今頃は【地獄門】で引き裂かれているだろうっ! ぐおおおおおおっ!」
私の爪がさらに食い込み、ソーロウェルの頭蓋が罅割れた。
みんなが……リンネ……また無茶をして……
「…………」
「……な、なにをする…やめろ……」
私のしようとしていることに気付いて、ソーロウェルの声が震える。私は真紅の牙を剥き出しにするとソーロウェルの頭蓋を爪で引き裂きながら、牙を突き立てコイツを構成する悪魔の核を食い千切った。
「やめろぉおおっ、喰うなっ、やめてぇええええええっ!!!」
ソーロウェルの自我が消えるまで半分ほど咀嚼すると、残りを怯えるローズに放り投げて白目まで黒く染まった悪魔の目で見下ろしながら「喰え」と命じた。
『で、でも……』
「いいから喰いなさい。先を急ぐから」
悪魔は同族食いはするけど、それはあくまで自分が倒した相手だけだからローズも本能的にそれを嫌がっている。でも手っ取り早く力を取り戻すのに手段は選ばない。
『うん……』
ローズが怯えたように残りを喰らうと、その姿は一回り大きくなり【下級悪魔】から【上級悪魔】にまで進化した。
「……ふぅ」
少し私らしくなかったね。私も少しだけ大きくなって怯えたローズを拾い上げると、……肩に乗せるにはデカいので襟巻きのように首に巻き、宥めるように頭を撫でてあげると、ローズの顔が安心したようにパッと華やいだ。
「さあ、ちゃっちゃと行くよ、ローズ」
『う、うんっ!』
捕捉。
ユルは自分がいなくなっても、自分が戻るまで冷静なリンネやノアが他を纏めて、身を隠してくれると思い込んでいました。
誤算としては奈落に落ちたためにユルの復活が伝わっていないことです。
みんなを心配して一瞬魔獣の属性が出てきましたが、すぐに落ち着きました。ユルは自分らしくしないと、ただの悪魔ではシルベルタルに勝てないことを理解しています。でもたぶん、元の性格です。
悪魔はタイプがあり、大まかに【残虐】【愉悦】【冷酷】に分けられます。
その中からさらに高慢・貪欲・嫉妬・憤怒・色欲・暴食・怠惰の性格がつきます。
ユルは【愉悦】系の暴食で、リンネは【残虐】系の憤怒でしたが、現在は憤怒が貪欲に変わってます。
今回の件でユルの魔獣属性の憤怒が出てきましたが、愉悦系なのですぐに戻りました。
次回は、【悪夢の王】ファニーです。





