4-02 狂気の哀歌 ①
現世パートは基本的にシリアスになります。
かなり悪魔的な表現がございます。ご注意ください。
【魔神】ユールシアと【悪魔公】シルベルタルの最高位悪魔同士の戦いは、地力の差によりシルベルタルの勝利に終わり、人類発祥以前から存在する大いなる悪魔の力を見せつけた。
ユールシア側の最高位悪魔である【魔獣】凜涅は、ユールシアの内に巣くう世界滅亡の種――【真の魔王】《最後の審判》の因子を封じるために密かにシルベルタルと内通していたが、盟約を違えたシルベルタルに激怒し、今は彼女の所有する固有亜空間である【地獄門】にて戦いを続け、その大いなる戦いの余波は次元を超え、シルベール教国を含めた大陸南部を揺るがし、脆弱な人間達は世界の終わりかと不安の中で神に祈りを捧げた。
だが、人間達の苦難はまだ始まってさえいなかった。
ユールシアの消滅――それは彼女の配下である悪魔達にも衝撃を与えた。
通常の場合、上位の悪魔が滅びれば、その存在に生み出された悪魔はフリーの状態になる。その時にその悪魔達を屈服させればその勢力を取り込むことが出来るが、ユールシアの配下達は様子が違った。
万近い【上級悪魔】の特殊個体は散り散りになることも暴れ出すこともなく、まるで手負いの獣が暗闇に潜むように活動を止め、恩坐とギアスの【大悪魔】二体は、人間属性を持っていたために、いまだにユールシアの配下としてシルベルタルの配下達と戦い続けていた。
だが――ユールシアに最も近く、彼女に生み出され、彼女の想いによって育てられた純粋な悪魔である四人の従者達は、開放され自由となったことで――狂った。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
母を求める幼子のように、母を失った幼子のように、大いなる母の『愛』を感じられなくなった子供達は、『母』を求めて泣き叫び、狂気の中でこの世の全てを憎悪した。
ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……
その場所には村があった。三十七世帯、およそ百五十もの住人が暮らしていたその村では、今の時刻なら畑仕事を終え家路に向かう者達や、民家から立ち上る夕餉の煙、村に一軒だけある酒場で慌ただしく準備が見られるはずだが、今は異様な空気だけが漂っていた。
立ち上る禍々しいまでの障気が、夜のないはずのシルベール教国の村を暗雲で覆い、救いのない夜に変える。
村人の姿が見えない。男も女も子供も老人も働き者も怠け者も善人も悪人も、そこに暮らしていたはずの百五十人の村人が姿を消し、その代わりに腰程までの奇妙な石の杭が林のように村中に乱立していた。
ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……
それは、『脚』だった。腰元から、脚の付け根から、膝上から、足首だけ…と、大小様々な人間の下半身を模った『石像』だ。
何故石像の下半身だけがあるのか? 上の部分はどこへ行ったのか? そもそも……それは本当に石像なのか?
ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……
微かに聞こえてくる泣き喚くような細い悲鳴。神に救いを求める声。だが、その声に応える『神』は居ない。
村の中央で積み上げられた“何か”が、怯える虫のように蠢く。
その上で何者かが、その一部を掴み上げて食い千切ると、またどこかから悲鳴が聞こえた。
それは、バラバラにされた人だった。無惨に引き千切られ、引き裂かれ、バラバラに解体されていながら、それは……まだ生きていた。
ぐちゃっ!
綺麗に整えられていた金色の巻き毛は赤黒く濁り、かつては白魚の如き繊手は土気色に罅割れ、その歪に長い指の黒いかぎ爪が鮮やかに震える臓物を掴み上げ、それは貪るように人間だったモノを喰らっていた。
悪魔の呪い。その血肉に溶けた魂が食い散らかされるまで死ぬことも許されず、魂の安息もない。
…………ざっ。
「こちらにおいででしたか、お嬢さん」
わずかな土を踏む音がして、そこに現れたのはきらびやかな上級将校の制服を着た、灰色のカイゼル髭を指で弄る壮年の貴族軍人だった。
ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……ぐちゃ……
その声に反応も示さず、メイド服を纏った人影は臓物を喰らい続ける。それを見て不満げに片眉を上げたその男は、ゆるりと気取った仕草で頭を下げた。
「初めまして麗しき【悪魔司教】殿。私は、シルベルタル女王旗下の大悪魔が一人、【地獄太子】ソーロウェルと申します。どうぞお見知り置きを」
その悪魔の気取った自己紹介にもメイド服の影は臓物を喰らい続け、ソーロウェルはヤレヤレと肩を竦める。
「どうやらお嬢さんはお忙しいようですね。……こんな狂犬ではシルベルタル様の配下に勧誘する事は出来ません。せっかく発見出来ましたが、【閃刃姫】様にお知らせするまでもありませんな。……やれ」
ソーロウェルの背後にあった森から、その声に応じて百体近い異形……人と悪魔と精霊のキマイラが姿を現す。
目の前に居るこの狂った悪魔は、シルベルタルの側近である四体の大悪魔と同等に近い存在で、大悪魔としては並であるソーロウェルより強い。
だが、その飼い主を失った影響か、感じられる魔力値は生まれたての大悪魔並に低下し、知性さえも感じられず、ソーロウェルはそのメイド悪魔をシルベルタル軍には不要と判断した。
最初の予定では百体のキマイラを使いソーロウェル自身の手で屈服させる予定だったが、この様子ではソーロウェルが出るまでもないだろう。
このメイド悪魔に関しては、【閃刃姫】レヨンより発見次第すぐに報告するように命じられていたが、ソーロウェルは己の手柄にしようと企てた。
このキマイラだけでも一体で人間の勇者並の力がある。キマイラ達に始末させて残りの魂だけを主に献上すればいいかと、ソーロウェルはカイゼル髭を指で撫でながらニヤリと笑った。
「所詮は運だけで成り上がったユールシアの配下など、こんなもの――」
ヒュンッ!!!
その瞬間、数百もの金色の“線”がソーロウェルの間際を奔り、その背後にいた百体のキマイラを貫いた。
『ゝé∞∬āヾゞ〃∬∂ěゞ〃∞∬ー々ヽ⊿ゞ〃♭éāě∮¬⊥⌅āě∞∬∂!!!』
感情のないはずの生体兵器キマイラが、数百もの金の蛇に貫かれ、内側より食い尽くされて恐怖の悲鳴をあげた。
「………な、なんだと……」
ソーロウェルのニヤついた笑みが凍りつき、汗をかかないはずの悪魔の顔に大量の汗が浮かぶ。
大悪魔としては最低値まで低下していたはずのメイド悪魔の魔力値が急激に上昇を始め、手足が蜘蛛のように数メートルも伸びて、虫のように四つ足で立ち上がったそれは、数千もの蛇の髪を靡かせながら白目まで真っ赤に染まった狂気の瞳をソーロウェルへ向けた。
「……お、おのれっ、」
同格の悪魔にわずかでも怯んだことに憤ったソーロウェルの肌が紫の鱗に変わり、は虫類のような金色の目で睨みながら悪魔の本性を顕した。
己の障気で風化した軍服の背を突き破り、巨大なコウモリの翼で空に舞う。
「許さん…許さんぞっ! 滅びろっ!!」
轟ッ!!!
開いた口から吐き出される言葉が呪詛となり、地獄の黒い炎となってメイド悪魔とその周辺に散らばる人だった肉片を燃やす。
地獄の炎に焼かれたメイド悪魔の頭部の蛇が数百単位で燃え、メイド悪魔はそれを引き千切り自分で喰らいながら、己の呪詛である石化の視線をソーロウェルに向けた。
「ぐおっ!?」
周辺の草花や樹木が瞬く間に石に変わる。左腕の鱗が石に変わり始めたのを見たソーロウェルは、その呪詛が広がる前に自分で腕を引き千切り、そのわずかな隙に繰り出された金の蛇がソーロウェルの翼の一枚を貫いた。
翼があれば飛ぶのが容易くなるだけで、悪魔が浮遊するのに翼が必須というわけではない。だが、たかが蛇の攻撃とは思えないほどの“重さ”にソーロウェルが体勢を崩すと、その瞬間、異様に長い腕がソーロウェルを掴み、そのまま石化した大地に罅が入る勢いで叩きつけた。
ドゴォオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
「お、おのれっぇええ!」
石の瓦礫を弾き飛ばすように立ち上がり、怒りに満ちた叫びで左腕を再生させながらソーロウェルが突撃しようとすると、二歩進んだだけで脚の動きが止まってしまった。
「なにっ!?」
いつの間にか膝から下が石化していた。慌てて先ほどのように切り離して逃れようとすると、振り上げた腕がメイド悪魔の長い腕に掴まれ、ゴルゴンの悪魔がソーロウェルの咽に喰らいつき、そのまま数千の金の蛇に貪り食われていった。
「おのれっ、おのれぇえええっ、【悪魔司教】っ!!!」
悪魔としての核を喰われてズタボロになったソーロウェルの身体が、黒い塵になって消滅する。
ソーロウェルが滅びても、その消えた場所をクレーターが出来るまで殴り続けていたティナは、やがて動きを止めゆっくりと顔を上げて言葉を漏らすように牙を鳴らす。
『…………アル…ジザ…マ…ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
幼子が母を求めるように狂気と憎悪の哀歌を奏で、ティナはシルベール教国の首都に向けて走り出した。
殺伐ッ……!!
次回は、ニアの話。





