3-15 観光客になりました
やっとこさシルベール教国に到着したんですけど、女王シルベルタルとの謁見はまだ出来ないと言われました。
え~……。教国のほうから招待しておいて会わないとか何なんですの?
どうやら聖王国に対して上位だと示したい大臣達の画策らしいんだけど、実際に女王は半年に一度程度しか城の奥にある神殿から出てこないそうです。
どういう事なんでしょう? 面倒くさいんでしょうか?
実際、私の感覚でも奇妙な気配は感じるけど、【悪魔公】である女王の気配は感じられない。私やリンネも悪魔の気配を抑えて人に紛れてはいるけど、実際に高位悪魔がいるのなら、それとなく分かるんだけど……う~ん。
可能性としては、女王は普段魔界にいて必要な時に現れる。でもゲートを通る時にはそれなりの現世に予兆があるから、気付かれないのも難しい。
他の可能性としては女王は現在この国にいない。じゃあ普段はどこに居る?
あとは、何かしらの理由で力を行使できない状況にある、とか? でもそれなのに私を呼び寄せるとか自殺行為に近い。
本当に何を企んでいるのか分かりませんね……。
力任せに神殿に突入しても罠である可能性が高いし、誰かを偵察に出すにも、ローズの他にも上位悪魔はいるはずなので難しいと思う。
仕方ありません。
好き勝手やっちゃいましょう。
「ユールシア様、ご用意はいかがでしょうか?」
教国に到着して翌日、私の歓迎祝賀会が行われることになりました。
昨日の夜に到着して翌日ですよ? 普通二~三日休息で空けますよね? そんな訳でティナとファニーに威圧されて涙目になっている教国のお針子さん達が私の白銀ドレスを教国風の薄布でアレンジしていると、すでに着替えを終えたローズが猫を被ってやってきた。
そう言えばローズは女王に報告するので先に戻ったんですよね……。と言うことは、女王に会えたのかな?
さすがに教国内でローズに無理に聞き出すのは難しいな。それにローズの顔がどことなく強張っているように見えて、それが女王のせいだと何となく思った。
今回私は来賓として第一王子ジーノのエスコートで入場する。最後にティナ達にドレスのチェックをしてもらい、時間になってローズの案内で控え室に向かうと、わずかに会場の音楽が漏れ聞こえる室内で、すでにジーノやアクセルが礼服でお茶を飲みながら待っていた。
私が現れるとジーノが緩やかに席を立ち、私の姿に目を細める。
「さすがユールシア姫、お美しいですよ。教国の布が良くお似合いで」
「まあ、ジーノ様、ありがとうございます」
「ふんっ」
離れた席からアクセルがそんな私達に鼻を鳴らす。……本当に仲悪いね、あんたら。
こうしていると、五歳の時、ほとんどの貴族を集めたお誕生日パーティーを思い出します。あの時は緊張して思わず全方位に威圧を振りまいちゃいましたけど、さすがにあの時のような失敗は致しません。私も成長するのです。
例え敵国の貴族達が相手でも、今の私なら優雅に微笑んで受け流せるだけの場数は踏んでいるのですよ。
そして入場の時となり、どちらも嫌そうなアクセルとローズの入場の後、ジーノに手を引かれて私達が入場する。
開かれた扉から楽団の演奏と光と共に視界に飛び込んでくる数千人の招待客。その侮り、嘲り、見定めようとする悪意に満ちた視線に、私は微笑みを持って応えた。
……ああ、みんな美味しそう……。
その瞬間、会場内の空気が一瞬で凍り付いた。
……またやっちゃいましたか?
彼らを見た瞬間、全員が豚の角煮にしか見えなくなっちゃったので、笑顔がかなり素敵なことになっていたみたいです。
角煮……美味しいよね。楽団さえも仕事を忘れる静寂の中、たった一人だけ恐怖に染まった顔の令嬢を見つけて精一杯の優しい笑みを向けると、何故かその場で卒倒して、それを皮切りに何人もの人が貧血を起こしたように倒れはじめ、しばらく会場は大混乱となりました。私はきっと悪くない。
いやはやジーノ君にも悪いことをしました。普通すぎるジーノ君が聖王国の姫をエスコートしてその存在を貴族達に示すはずが、誰も彼を見ていませんでしたからね。
……ただ微笑みかけただけなのに。酷い。
そんな感じの歓迎祝賀会でしたが、私の印象を教国の人達にトラウマレベルで刻みつけることが出来ました。……心臓発作を起こす人がいなくて良かったわ。
「お初にお目に掛かります、公女殿下。本日より世話役兼案内役を申しつけられましたステラと申しますっ」
その次の日、迎賓館の客間でミックスジュースを飲んでいると、一人の女の子が挨拶にやってきた。
「あら……あなた、パーティーで…」
「お、お見苦しいところをお目にかけたようで……」
初めてではないですね。恐縮したように汗を拭いている彼女は、昨日のパーティーで最初にぶっ倒れた女の子です。
てっきり貴族の令嬢かと思っていたんだけど、何となく仕草や口調が軍人っぽい。多分、世話役兼監視役か。普通の人間みたいだから……色々お願いしましょうか。
「ステラさん? これから『お願い』しますね」
「どうぞ、ただのステラとお呼びくださいっ!」
「では、わたくしもユールシアと呼んでくださいね」
「は、はい、ユールシア様っ!」
ステラの瞳を真正面から見つめて私の魔力を纏わせるように頬に触れると、ステラの顔が分かりやすく赤くなった。
私の魔力で女王の影響を排除するつもりだったけど、何、この反応……。
その後、ステラに何かしたいことはあるかと尋ねられ、私は市井の生活が見たいとお願いして、王都の中を見学出来ることになりました。
ノアとファニーとギアスはマルク少年と一緒に居残り(と調査)をしてもらい、私はニアとティナと恩坐くんを連れて、ステラと一緒に馬車に乗り込んだ。
「ユールシア様、ヌイグルミ型のゴーレムですか?」
「似たようなものかしら」
可愛らしい動くウサギのヌイグルミに瞳を輝かせたステラに、恩坐くんはニアの膝の上で『嬢ちゃん、俺に惚れるなよ』と言うようにニヒルに指先を振っていた。
それにしても……最初に来た時にも思ったけど、街並みの印象が聖王国とは違って見える。西欧風の石や煉瓦を使った聖王国と違って、木材を多く使った街並みは背が低い建物が多く、暖色系でどことなく柔らかく見えました。印象が違うのは、そのせいかと思っていたけど……
「ステラ。教会はどこにありますの?」
「教会……宗教関連の施設ですか?」
聖王国ならどの地域でも見られる教会がない。話を聞くと、女王を神と崇める教国では一般的な教会はなく、女王を祀る寺院が民家とは少し離れた場所にあるそうです。
自然がある森や林の中にあるのは、神社を思い出しますね。建築様式はさすがに東洋風でしたが、案内してもらったその寺院は、何となく地球の神社に雰囲気が似ていた。
……やっぱり悪魔っぽい残滓は残ってるか。
私がチラリと視線でニアに合図をすると、自信満々の顔でニヤリと頷く。でもすぐに頭上に疑問符を浮かべて首を傾げたので、とりあえずデコピンをしておいた。
「ユールシア様、こちらで『おみくじ』が引けますよ。お試しになりますか?」
「ええ」
おみくじ……あるのか。ものは試しと大銅貨を払って引いてみると、一枚の紙を渡される。
[ 運勢:ポン吉。 恋愛:待ち人、埋まらず。 ]
……意味が分かりませんね。
「わあ、ユールシア様、凄いですっ。私、初めて見ましたっ」
私も初めて見ました。ステラが何に喜んでいるのか分からないけど、ステラと一緒に来た護衛の騎士達が驚いているのできっと“凄い”のでしょう。
「ティナ……あなたも引いてみて」
「かしこまりました」
[ 運勢:勘吉。 金運:待ち人、ぴたごらす。 ]
「わぁ、侍女さん、惜しいっ」
……何が惜しいのか。本格的に意味不明です。
そのおみくじをジッと見つめていたティナは、そっと私に近づいて耳元で囁く。
「主様。シルベール教国は油断のならない国のようです。お気を付けて」
「……わかったわ」
今度は市場を見ることにしましょう。
果物や野菜は途中の国でも見てきたので、海に面した教国で何が取れるのか、海産物市場を案内してもらう。
他国の貴族は珍しいようで、市場の人や買い物客がもの珍しそうに私達の後を付いてくる。やっぱり最初は教国のプロパガンダのせいか、敵を見るような視線も受けましたが、私の笑顔で静かになったのでまぁ良しとしましょう。
市場ではまだ生きているような新鮮なお魚が並んでいます。海から遠い聖王国だと魔術冷凍があってもここまで多くは見たことないので、結構壮観です。
「し、塩水下さい……」
「…………」
その中に4メートル近いジュゴンぽい生き物が魚と一緒に並んでいて、何故か人語で塩水を求められた私が市場のおっちゃんに視線を向けると、威勢良く教えてくれる。
「そいつは肉が不味いから観賞用だっ。買ってくかいっ?」
いや、観賞用なら生け簀にいれろよ。
そんな異国情緒たっぷりの観光をしながら、見て回った感想は、ここに住んでいる人達は普通の人間で、悪魔とは関わりの無い人達でした。
貴族よりも庶民は、聖王国に忌避感は少ないのかな? もしかしたら若い人はあまり気にしていないのかも。
そんなことを考えていると、伝令から何か聞いたステラが私のほうへやってくる。
「ユールシア様、ジーノ殿下から、貴族のご令嬢を交えての夕餉にご招待を受けましたが、いかがなさいますか?」
まずは第一王子が動きましたか。それでは前哨戦に参りますか。
何故か会えない女王。仕方ないので、会わざるを得ない状況に持っていきます。
次回、ジーノや令嬢達との会食。





