3-14 不夜城の夜会
三人称のみです
シルベール教国。大陸南方最大の国力を誇る総人口400万人の大国で、北側に平地が開かれ南側を海に守られたこの国の特色と言えば、選ばれた女王が女神として国民に祀られている点であろうか。
豊穣の神。戦神。美と芸術の神。商いの神。龍神。等々、世界に多くの信仰を集める神々あれど、シルベール教国では現人神である女王を唯一神として崇めるのだ。
されどそれは遠国で聴く教国の話。教国を警戒する者が求める情報で、ただ教国を訪れた来訪者が知りもっとも驚くことは、シルベール教国には『夜がない』と言うことだろう。
もっとも『夜がない』というのは正確ではなく誇張の部類に入る。知らない者がそれを聴いて思うのは、夜中であっても人と灯りが途切れることがない歓楽街だろうか。だが教国では、女神である女王の恩恵か、国民の信仰のなせる技か、夜である時間が異様に短いのだ。
子供が眠る時間になり日は沈んでも空はまだ明るく、日付が変わり夜中になっても、空は明け方前のように蒼白く輝いている。
それはシルベール教国の領内だけで見られる現象で、王都に近いほど顕著であり、女王が御座す白き優美な鳥のような城は常に輝き『不夜城』と呼ばれていた。
教国は南方であるが故に気温は高い。精霊の多いこの大陸は季節によって寒暖の差は少ないが、昼間が長い教国では必然的に気温は他国より高くなり、教国のエリアに入ると敏感な者なら馬車の中からでも分かるほどだ。
だが海に面して気温が高いとなると湿度も高くなって過ごしづらくなるが、これも女王の恩恵か教国では湿度が低く、国民の着ているものは薄着が多いが見栄えに拘る婦女子などは、透けるほど薄い布を幾つも重ねるのが流行となっていた。
今宵も美しい貴族の女性達が薄い布を重ねた花のようなドレスを纏い、不夜城ベールの『光の夜会』で歓談に興じていた。
巨大なパーティーホールには教国の上級や中級貴族が数百名集まり、その従者などを含めると二千は軽く超えている。それだけではなくホールから続く中庭にもテーブルや飲食物が設置され、明るい夜空の下、下級貴族や富豪などが集まり噂話に花を咲かせていた。
『聴きまして? 彼の姫君は碌な護衛もなく。わずかな従者のみで訪れたとか』
『姫とおっしゃっても、公爵家へ婿に出た王子の娘御なのでしょう? あまり重要視されていないのではなくて?』
『まぁ、彼の国は、姫を外交上の顔として用いてきた歴史がある。継承権は持つと言うが、王家にとっていなくなっても痛くない人物なのであろう』
『男尊女卑とは、本当に田舎者は困りますわ』
『だからこそまだ、女王陛下にも謁見を許されてないそうですよ。彼の国と教国が同格などと思われては困る』
『護衛が少ないのも、アクセル殿下の真似をなさったのかもしれませんな。武勇で知られる殿下が多くの護衛を必要としない理由も知らず、これだから北の田舎者は』
『だとすると噂の方も疑わしく思えますな』
『わたくしも聞き及びましたわ。幼い頃から神聖魔術に精通し、司教並みの魔術を操る聖女など、箔を付ける為だとしても盛りすぎでございましょう』
『私は、勇者と共に魔王を退けたと聞きましたぞ。たかが十やそこらの娘が魔王を退けるなどありえませんな』
『確か、その戦いで二年も行方知れずになったとか……。おそらく逃げ出したのを良いように捏造させたのでしょうよ』
『女王を崇めず、見たこともない存在を神と崇めるような下賤な国の姫ですもの。美しいという噂もどこまで本当か』
『ふふ。姿絵は華美に描くのが世の習い。我らで田舎姫の化けの皮を剥がして差し上げましょう』
『ふはは、それは楽しみですな』
本日の夜会は、昨日到着した大陸中央の大国、タリテルド聖王国、第五王位継承者、聖王国の聖女と名高いユールシア・ラ・フォン・ヴェルセニア公女の、親善大使としての来訪を祝う歓迎祝賀会として催されたものだった。
だが歓迎とは名ばかりで、場内でされている噂話を聞く通り、聖王国タリテルドとシルベール教国の間には深い溝が存在した。
どちらも古い歴史がある大国ではあるが、一神教で現人神を祀る教国の民は、目に見えない神を崇めながら、この大陸で最高峰の宗教国家と呼ばれる聖王国を非常に敵視していた。
逆に神話の神への信仰を隔てなく許す聖王国でも現人神だけは認めていなかったが、多神教故に他国の宗教に対する拘りもなく、教国を敵とすることもなく、教国の主張を軽く流し続けたことで教国から一方的に敵視されることになったのだ。
それはある意味、嫉妬だったのかもしれない。同じような宗教国家でありながら、他者から『本物』と呼ばれる聖王国に――。
最近では平民の若者達を中心に、大陸中央の文化を持つ聖王国に憧れを持つ者達も出始めてはいるが、老人を中心とした教国の貴族達は自分達を聖王国より格上だと示したいようで、パーティ会場では聖王国の姫を貶める発言が続いていた。
「……何をしてるんでしょ」
そんな会場の一角で教国風のドレスを纏った一人の少女が、南方特有の強い酒に果実を漬け込んだ甘い果実酒を舐めながら、頬に零れた暗赤色の髪を耳に掻き上げるように溜息を吐く。
その少女――ステラは意識的には聖王国を敵視しているが、格上に見せたいだけに、親善大使の女王謁見を独断で止めている古い貴族達のように、まだ若いステラは聖王国を侮ってはいなかった。
あの偉大な女王が王族を留学させてまで確かめたかったのは、その聖王国の姫だと聞いている。ステラは第一王子ジーノ直属の暗部組織の一人で、その能力故に会場内でユールシアの見極めをするように命じられていた。
ステラは女王に魂の力を引き出された子供の一人だが、王族や勇者にも選ばれる一等級のものとは違い、比較的力の弱い三等級の能力者で、ステラは対象の自然な仕草や雰囲気から対象者の脅威度を感じ取れる能力を持っていた。
そこでユールシアにある程度の脅威を感じれば、ステラは彼女達の世話役の一人として脅威の原因を探ることになっている。
以前、聖王国から亡命してきた貴族からもある程度の証言は得られている。ベルローズという亡命貴族が廃人になるまで薬物を使ったのだから信憑性もある。
だがそれでも、聖王国を侮っていないステラから見ても、ユールシアの為したことはあまりにも荒唐無稽だった。
会場の貴族達のようにあからさまに侮り嘲ることはないが、ステラもユールシアの地金を曝してやろうと口元に笑みを浮かべた。
ざわ……と会場内がざわめき、王族である王子達と親善大使であるユールシアの入場が知らされる。
会場奥の階段の上にある大扉が開き、第二王子アクセルと彼にエスコートされた第一王女ローズが現れると、眉目秀麗な二人に会場から華やいだ声が零れた。
以前はもう一人の第一王女がいたが、女王の思惑を外れた為、初めから居ないことにされていた。元々王子や王女はすべて教国の為になるという前提で養子にされた者達なので、突然居なくなることは珍しくなかった。
新たに第一王女となったローズは、以前は前の王女ほど目立たなかったが、第一王女となった責任故かとても美しくなったと噂されていた。そして勇猛で知られるアクセルも騎士や令嬢達からとても人気があり、この二人に比べられる他国の王女が不憫にさえ思えるほどだ。……だが、
「……疲れていらっしゃる?」
長旅から帰還し、その翌日にこのような催しに出たせいか、ステラの目にはとても疲れているように見えた。
以前はあまり目立たなかったローズだが、ステラはその時からローズに以前の第一王女以上の脅威を感じていた。それを口にすることはなかったが、そのローズがこれほど疲れている原因は何なのか、と考えていると次に第一王子と聖王国の姫の入場が知らされた。
「………っ」
ステラが思わず息を飲み、貴族達が目を見開き、緩やかに流れていた楽団の音楽が途切れるように消えていった。
第一王子ジーノにエスコートされた聖王国の王女。
黄金の糸のような髪を艶やかに結い上げ、白金を紡いだような聖王国風の白いドレスに、教国風の薄布をショールのように纏う姿は、光の妖精のようにさえ見えた。
聞いた話ではもうすぐ14歳になると言うが、人形のように整った冷たく可憐な美貌に、花のように添えられた微笑が、歳に合わない色香を醸しだし、同性の女性達でさえ心臓の高鳴りを覚えるほどだ。
指先から爪先までの優美な立ち居振る舞いは、彼女を嘲っていた古い貴族さえも魅了し、男性も女性もその神が創りたもうた美貌に目を奪われ、隣でわずかに口元を歪める第一王子のことを誰も目には映さなかった。
「………………」
その中でステラは同じように魅了されながらも、全身から滝のように冷や汗を流して凄まじい怖気に身体を震わせていた。
アレは何だ……? 本当にこの世の生き物か? ステラがこれほどの脅威を感じたのは女王に会い、力を引き出された時以来だった。
見ているだけで身体が震える……。女王の恐ろしさがゆっくり心臓にめり込んでいく鋭利な刃物のようなものなら、ユールシアの恐ろしさは飢えた獣に生きながら貪られているような錯覚を覚えた。
ただ見つめるだけで身動きが出来ないステラに、穏やか白百合のような笑みを浮かべていたユールシアの瞳が不意に向けられ、可憐な花のように微笑むその毒々しさに、ステラは恐怖の中でもう逃げられないことを悟った。
女王と邂逅ならず。
次回、鬼の居ぬ間に好き勝手をするユルに迫る教国の貴族達。





