3-13 シルベール教国
 
「シルベール教国に入りましたわ」
「……え」
教国が近くなったことで、邂逅時の騎士の礼服のような衣装を纏ったローズがそんなことを呟いた。
ローズは私と同じ馬車に乗っている。敵でありながら【大悪魔】として力の差を見せつけたティナにメイド服を着せられ、舎弟のように使いっ走りをさせていたけど、これでも立場は教国の第二王女なので着替えてもらった。
ローズにそうは言われたけど、窓から見える景色は変わらず何か目印になるものが有ったわけでも無い。あえて言うのなら少し暑くなった? でもシルベール教国は大陸の最南端だから、いつもそれなりに温かい。
「教国に入ったってどこから分かったの?」
「ふふん、そのうち分かりま…いたたたたっ」
『ガウ』
私の質問にローズが生意気そうな口を利いた瞬間、彼女の頭にギアスがガッツリかぶりついた。ちなみに甘噛みでないのは、ローズの本気で焦っている様子とミキサーで氷を砕くような音から明らかだ。
数ヶ月前に【大悪魔】となったギアスと恩坐くんだけど、最初の頃は二人掛かりでローズを監視していたが、旅の途中でローズに追いつき、この前大量の人形を連れ帰った時に何かつまみ食いでもしたのか、すでにローズを追い抜いている感じがある。
ローズを同じ馬車に乗せるにあたって、そんなヌイグルミ二人がローズの監視に同乗していたけど、それだけでなく、生意気な口を利いたローズにティナがステキな笑顔を浮かべていた。
……口は災いの元。
そんな和気藹々とした女子三人とヌイグルミ二体の一見ファンシーな馬車の中、しばらく進んでいると本格的に暑くなってくる。
まぁ私達は超常現象生命体なんで汗なんてかきませんが、それでも何事かと考えていると、馬車の前窓が開いて御者をしていたファニーから「何か見えるよー」と大変大雑把な報告を戴いた。何かって何?
すると馬車の外から馬の蹄の音が聞こえて、一緒に旅をしていたアクセルの従者から声が掛けられた。
「ユールシア殿下、教国の出迎えですっ」
ふむ。……この数ヶ月一緒に旅をしてきたのに、アクセル一行を数ヶ月も見ていない気がするわ。
しばらく進むと馬車が停まり、ドアを開けてくれたノアにエスコートして貰いながら馬車を降りると、二十人ほどの馬を連れた真っ黒な鎧の騎士達が街道の真ん中に陣取っていた。
さすがに南国だからかプレート鎧の騎士は少ない。大半は風通しの良さそうなスケイル鎧かチェーンメイルでしたね。
この世界は魔法があるから鎧に魔法陣を組んでいれば意外と快適で蒸れないけど、そんな鎧は高価なのでプレート鎧を着ている人間はそれなりの地位にある人だと思う。
「おうっ、出迎えご苦労っ!」
隣の馬車から降りてきた教国第二王子……だったよね? アクセルが馬車から降りてお出迎え一行を労うと、プレート鎧を着た上級貴族っぽい数人が前に出て、アクセルを無視して私の前に跪いた。
「タリテルド聖王国、ユールシア公女殿下でいらっしゃいますね」
「……ええ」
ニアを護衛に私が肯定すると、無視されて唖然としていたアクセルがズカズカと不機嫌そうに前に出る。
「てめぇら、何を、」
「アクセルっ、騒がしいですよ」
そんな声を出したのは、後方の騎士達の影に隠れていた一人の青年だった。私をユールシアだと確認しただけの騎士達が下がると入れ替わるように前に出て、育ちの良さそうな笑みを浮かべる。
「初めましてユールシア殿下。ようこそシルベールへ。第一王子、ジーノと申します」
「……兄上か」
シルベール教国、第一王子ジーノ。
確か第二王子アクセルや第一王女エステルに比べて、目立たないとか大人しいとか地味とか言われていた人ですね。
まぁ確かに、全然王子らしくないアクセルや、意味の分からない王女エステルに比べたら地味ですな。と言うか、サラサラの金髪に碧い瞳の普通の美形王子様です。
それでも同じように目立たないと言われていた第二王女の正体が【大悪魔】だったので、ローズと同じようにまともじゃ無い可能性もあるけど、見たところ普通の人間のように見えます。
そんな第一王子の登場にアクセルが不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ふんっ、なんで兄上がこんな所に居るんだぁ? ああ? あんたは大人しく女王の機嫌でも取ってりゃいいだろ」
ガラ悪い。
「ユールシア殿下の前で失礼ですよ、アクセル。私は女王陛下の命で、親善大使でいらっしゃるユールシア殿下をお迎えに上がったのです。満足に仕事も出来ない無能は引っ込んでいるといい」
仲悪い。
「アクセル、あなたはすぐに城に戻りなさい。女王がお待ちです。ローズ、あなたもですよっ」
ジーノが声を掛けると、馬車の中からしかめっ面のローズが降りてきてジーノの前で一礼する。
「戻りました、兄様」
「挨拶はいりません。先に戻りなさい」
「……アクセル兄様、馬をお借りしても?」
「……勝手にしろ」
吐き捨てるようなアクセルに軽く頷くと、ローズはチラリと私を見て目礼し、馬に乗って進行方向へ駈けていった。
ローズは私と同じで人間の振りをしている悪魔だからジーノの命に従うのは分かるのだけど、その割には『演技』が出来ていない気がする。
「失礼しました、ユールシア殿下。教育のなっていない弟妹で申し訳ありません。私が城までご案内しましょう」
「ええ、お願いしますわ、ジーノ殿下」
「……ふん」
仲悪いな、こいつら……。全員が女王の養子で、血の繋がりもなく権力を争う間柄なんだから当たり前なんだけど、もうちょっと取り繕って欲しい。
アクセルが自分の馬車に戻ると、苛立ちをぶつけるように馬車が走り出し、ローズが消えた方角へ向かっていく。その様子を見てジーノが軽く溜息を吐いたけど、私に振り返った時には先ほどの笑顔に戻っていた。
教国の騎士達が馬に乗り、半数が先導するように半数が後方を護衛するように配置され、その間を走る私の馬車と併走するようにジーノが馬を駆り、のんびりと走りながら馬車の窓を開けた私はジーノと軽くお喋りをした。
「聖王国の聖女と讃えられるユールシア殿下のお噂は聞いておりましたが、噂以上にお美しい」
「まぁ、ジーノ殿下、お上手ですこと」
「是非ともジーノとお呼びください。世辞ではありませんよ。馬車から降りたあなたを一目見た瞬間、雷撃を受けた衝撃を感じ、即座に声を掛けることが出来ませんでした」
……私の見た目は一般受けしないからね。
「ジーノ様……ご兄弟の件ですが…」
「ああ、アクセルとローズがご迷惑を掛けたようですね。教国を代表してお詫び申し上げます。もし損害がありましたらご請求ください」
「えっと……」
そんなに言うのなら国家予算並みに請求するけど、今はそうじゃなくてジーノがアクセルとローズのことしか話さないのが気になった。
「エステル様のことですが…」
「エステル……? 教国にそのような者は居りませんよ」
「…………」
エステルという人間はシルベールにいない。もしかしたら女王が何かしたのかと思ったけど、居ないと言い切るジーノの瞳を見て理解した。
失敗してローズが回収に出た時点で、エステルという王女は最初からいなかったことになったんだ。
ふ~ん……そうくるか。シルベール教国……愉しそう。
「ユールシア殿下は南方は初めてですか? 暑くて驚いたでしょう?」
「ええ、本当に。でも暑くても蒸してはいなくて爽やかな感じがいたしましたわ」
私は先ほどより笑みを深くして歓談に興じる。
「南方全てがそうではありません。海が近いので教国以外ではそれなりに蒸してはいるのですが、女王を信仰する教国はそのお力でとても過ごしやすくなっているのです。ここより北はもう少し涼しかったでしょうが、過ごしやすさでは教国が上です」
「小さな国が多いですから、魔術的にも大きなモノが使えないのが大きいでしょう。民が信仰する教会もおかしなモノが出来ていましたし」
新教会のことでジーノを軽くつついてみる。
「奇妙な信仰は困りますね。全ての国が女王陛下を信仰なされば皆が幸せになれますのに。ところでユールシア殿下はご存じですか?」
「何をでしょうか、ジーノ様」
「その奇妙な信仰をする教会が無くなったそうですが、その後すぐに『あなたの胸をアツくする…』とかいう、さらに奇妙な教義を持つ新興宗教が跡地を乗っ取り、信者を増やしているらしいんですよ……」
「へぇ……」
突然張り付いたような笑みが消えて、本気で不気味に感じているようなジーノのそんな声に、私が思わず逸らした視線の先で、同じようにティナが静かに視線を逸らした。
「ティナ……」
「…………」
「それよりユールシア殿下、気付いたことはございませんか?」
「なんでございましょう?」
「本日は随分と長旅だったかと……」
私は軽く首を傾げて今日一日を振り返る。確か昼食を食べてから……
「ティナ、今は何時?」
「夜の九時でございます」
その言葉にチラリとジーノを見るとお日様の下で彼はにこやかに微笑んでいた。
「さあ、見えてまいりましたよ」
ジーノの言葉に私は少し窓から顔を出して前を見る。そこには夜でありながらお日様の下で光り輝く真っ白な城が遠くに霞んで見えた。
「あれこそ『不夜城ベール』にございます」
次回、シルベール教国での夜会。





