2-15 足掻く人々 ⑤
遅れました。
何か色々と関係者がやらかした気配がありました。……まぁ、身体が滅んだら私には分かるので無事なことは分かっているんだけど、本当に気をつけてよね。
魂は意図して破壊しても、結局は世界に還元されて復活する。
でも、悪魔のような闇落ちした魂は高確率で魔界に復活してまた悪魔になる。それを元の状態にまで直そうとすると、あちこちから残滓を掻き集めて修復しないといけないので、高位悪魔ほど時間が掛かるのです。たぶん数百年から千年単位。
うちの子達は滅びても私が復活させると決めているけど、大変なので出来れば死なないで欲しい。
そうなると、あの子達の力よりも私の力不足が問題だなぁ……。
本来【魔神】なんて最低でも千年は熟成しないと生まれないのに、私は偶然と裏技でなっちゃったから、他の最高位悪魔に比べると多少見劣りする。
あの、私がギリギリで勝利した、ひ…ひら……ひらりひょんとか言う【悪魔公】でも最高位悪魔の中では若輩の弱い部類だったらしいからね。
でも全力でボコれば何とかならないかな……?
……まさか、あの“力”に頼るわけにはいかないからなぁ。
「そろそろ大人しくして下さるかしら?」
「……わ、わたくしは悪くないもんっ!」
適当な考え事をしているうちに、ノアとファニーがキマイラを殲滅してくれたみたいです。
留学先の国で、自分に付き従う従者をキマイラにしてテロ行為をしたというのに、自分は悪くないと言い切るエステルちゃんはなかなか神経が図太い。
問題はノエルね。どれだけ強固な【魅了】を掛けられているのか知らないけど、いまだに苦しみながらもエステルを守ろうとしている。
「仕方ないわね……。ノア」
「かしこまりました」
私の命にノアが静かに前に出る。さすがに操られていても女の子に負けたら可哀想なのでノアに任せます。
一般的に【勇者パーティ】と【大悪魔】は互角と言われていて、ノエルは他世界の勇者より強い感じがするけど、正体隠してても、うちの従者は普通の【大悪魔】と違うからなぁ……
「ではいきますよ、ノエル様」
「くっ!」
ガキンッ!!
ノエルの黄金魔剣とノアの真鉄の武器が火花を散らす。
「ふふふ、どうしました? キレがありませんよ、ノエル様」
怒濤の連続攻撃に防戦一方のノエル。確かに操られているから動きにキレが無いけども……そのドSっぽい台詞はなんなの? ノア。
「こ…の…」
「さぁ、その可愛らしい顔を切り刻んで――」
「おい」
さすがに台詞がヤバ目なので思わずツッコミをいれていると、遠くから――
「ユル様ぁああああああああああああっ!」
「……あ、シェリーっ!……?」
思わず二度見してしまいましたけど、小器用に座ったままのシェリーをクマさん形態のギアスが担いで疾走していました。何でギアスがクマになってるの?
「ノエル様は変な術の他に、奇妙な薬物も盛られていますわっ! ですからっ」
「あ、そういうことね」
なるほど、精神系の神聖魔法は効かないわけだ。
「――『光在れ』――」
光耐性が高いから特別に強めの【浄化】を掛けてやると、苦しげだったノエルの顔が少しだけマシになった。あとは一発張り倒せば魅了系の洗脳くらい解けるでしょ。っと思っていると、そのノエルの前にシェリーが飛び出した。
「ちょっと、シェリーっ!? まだ、」
「ここはお任せ下さい、ユル様っ」
まだ洗脳が解けていないノエルの前に飛び出したシェリーが私を庇うように両手を広げると、目をまん丸にしたノエルが歯を食いしばるようにして身体をガタガタと震わせて――ポテンとシェリーの胸元に倒れ込んだ。
「見て下さい、ユル様っ。わたくし勝ちましたわっ」
よく分からないうちにノエルが洗脳に打ち勝ったようで、私は思わず足下に戻ってきたギアスに顔を向ける。
「……どうなってるの?」
『ガウガウ』
さっぱりわからん。まぁ、それはともかく。
「さて」
巨大なノコギリとトゲ棍棒を構えた二人を背後において、私がニコリとエステルに微笑むと、キッと私を睨んだ彼女が懐に手を忍ばせ、従者達が私を庇うように前に出る。
「……み、」
「み?」
突然、目から大粒の涙をポロポロと零したエステルは取り出したハンカチでチーンと鼻を噛む。
「みんなしてわたくしを苛めるなんて酷いですわっ!!!」
「……は?」
奇天烈なことを叫んだエステルが脱兎の如く逃走した。
おぉ……速いなぁ。100メートル11秒切るんじゃない?ってくらいの速度で逃げる様子を思わず呆然と見送り、
「ファニー、お止めなさい」
ただ一人、いつもと変わらぬ楽しげな笑顔でトゲ棍棒を振りかぶり、豆粒くらいに遠くに見えるエステルの背中にロックオンしているファニーを止める。
「なんで~?」
「最後くらい私に任せてくれない?」
ちょっとだけ不満そうに頬を膨らますファニーの肩を、ノアがポンッと叩いて宥めながら私に頭を下げた。
「行ってらっしゃいませ、ユールシア様」
「ええ、行ってくるわ」
ノエルはシェリーの膝枕で気を失っているし、さて……エステルちゃん、覚悟はいいかなぁ。
*
「どうしてわたくしを苛めるのっ!?」
魔術学院の中を全力疾走しながらエステルはハンカチで鼻を噛む。
シルベール教国でも知る者は女王を含めた数名しか居ないが、エステルは【魅了】の他に【身体強化】の能力も持っている。
もしエステルがそれを集中的に鍛えたならば、教国でも屈指の戦士になれたかもしれないが、エステルはもう一つの【魅了】で楽をすることを覚え、我が儘を言って嫌なことから逃げ出すうちに、逃げ足だけが強化されてきた。
実を言えば、女王は【魅了】と言う危うい能力でエステルを王族にしたのではなく、【魅了】と【身体強化】で全軍を纏める『大将軍』になることを期待していたのだが、現状その思惑は大きく外れたと言える。
そのエステルだが、今現在の自分の状況が信じられなかった。
せっかく自分が女王になって、今の汚らしくて貧しくて文化的に貧弱な世界を、素晴らしい世界にしてあげると思っているのに、こんな貧弱な国の悪い公爵令嬢が女王になるかもしれない。
きっと第二王子は騙されているんだ。この国の悪い令嬢をやっつけて、自分に信奉するこの国の男の子達を助けてやろうと沢山頑張ったのに、その悪の令嬢は意味の分からないことを言って、逆にエステルを責め立てた。
だから従者達に内緒で彼らをカッコイイ姿に改造してあげたその力を見せれば、悪い令嬢は怯えて、ごめんなさいって謝ると思ったのに、あっさり負けた。
「酷いわっ。わたくしの大事な人達でしたのにっ!」
だからエステルはまず学院の警備室に向かった。
あの令嬢がやったことは殺人だ。ちょっと人と変わった姿になっただけで、自分の命令には逆らわない良い子達なのに、それを倒したあの人達を殺人罪で訴えてやると意気込んで警備室に乗り込むと。
「あら、エステル、遅かったわね」
「ひぃいっ!?」
そこにはあの悪い令嬢がいた。どうやってここまで来たのか? どうやって自分の脚に追いついたのか? そんなことはまったく疑問に思わず、近くに居た警備の衛士に全力の魅了を使ってしな垂れかかる。
「助けて下さいっ! あの人、わたくしの従者を殺したんですっ!」
「事情はユールシア様から聞いております。この学園と聖王国に対する破壊行為は他国の王族でも許されません。大人しくして下さい」
「なんでぇえええええええっ!?」
エステルの魅了が通じない。自分の能力なので発動している感覚はあるのだが、それが発動した瞬間、衛士は悪い令嬢の微笑みを見てすぐに元に戻ってしまう。
「酷いわっ! あなた、何か卑怯な手を使っているのでしょっ!」
「……あなたがそれを言うの?」
呆れたような口調で呟く悪い令嬢の横から数人の衛士が怖い顔で迫ってくる。
「酷いっ酷いっ! 絶対に許さないんだからっ!」
エステルは捕まりそうになった瞬間、自慢の逃げ足でまた逃走する。
追ってくる衛士をネズミのようにちょこまかと振り切り、学院を逃げ回っていると在学中にエステルの信奉者になった生徒会の少年――上級生で15歳の成人を超えているので青年と言ってもいいだろう、彼らに遭遇した。
「あなた達、助けてっ! 悪い人達に追われているのっ!」
エステルが声を掛けると、彼女に振り返った貴族の青年達が蕩けるような笑みを浮かべた。
彼らは貴族としてのガードが堅くてまだ改造は出来ていないが、見た目が良かったので強めの魅了を掛けてある。
エステルにしてみれば生徒会に王子や上級貴族が居ることを期待していたのだが、王族や上級貴族の嫡男は、この歳にはもう一人前の貴族として働いている者も多く、実質は上級貴族でも仕事のない三男や四男、地方の中級貴族などで、彼らに見た目以上の価値は無かった。
「これはエステル様、いかがなされたので?」
「我らが守る学院内で悪い輩など……ですが、もし悪い奴が居ても私があなたを守ってみせましょう」
「そうですよ、僕らがついていますからっ」
「みなさん……」
その言葉にエステルは感動の面持ちで彼らを見上げ、三人の美青年美少年が爽やかな笑顔を彼女に向けて――その顔が一瞬で凍り付いた。
「皆様、犯罪者の捕縛協力ご苦労様です。あなた達のことは父と伯父に報告しておきますわ」
「「「はいっ! 光栄ですっユールシア様っ!!!」」」
「きゃああああああああああああああああっ!?」
突然真後ろから現れたあの悪い令嬢の声にエステルが転がるようにその場を離れる。
あの生徒会の三人も突然魅了が解けて、真っ赤な顔で悪い令嬢に熱い視線を向けているのは、きっと内心怒っているからに違いないとエステルは憤慨する。
「あ、あなたなんかに誑かされる男なんていらないわよっ、バーカっ!!」
もうこの学院はダメだ。悪い令嬢の権力で支配された学院に、自分の味方をする人が居ないと気付いてエステルは学院の外に出た。
きっとあの令嬢は、権力を利用して貴族達の弱みを握っているに決まっている。そんな悪い令嬢なら、一般市民は喜んでエステルの味方をして、武器を持って立ち上がってくれるに違いない。
その考えはある意味、女王の意図したことに近いが、あまりにも致命的にエステルは本質を理解していなかった。
「さあ、皆さんっ! 権力を利用して弱い人々を苦しめる悪い令嬢に負けてはいけませんっ! 今こそ武器を持って立ち上がるのですっ!」
王都の大通りまで駆けつけたエステルは、広場の豊穣の女神像の上に飛び乗ると、女神像の頭に足を掛けて人々に叫んだ。
聖王国の信心深い国民達がその様子に一瞬怒気を漲らせるが、エステルが全力の魅了で笑顔を振りまくと、広場にいた人々は一瞬で怒りを忘れて蕩けるような笑みをエステルに向ける。
「――『光在れ』――」
その瞬間、広場を中心に広範囲で黄金の光が降り注ぎ、人々が夢から覚めたように辺りを見回して、通りを悠然と歩いてくる黄金の少女に目を止める。
「……聖女様」
「姫様っ」
「きゃああっ、姫様よっ」
「聖女様じゃぁあああああっ!」
「ありがたやありがたや」
「ユールシア様ぁあああっ!」
聖王国でも下手をすると国王よりも人気がある『聖女』の出現に、広場全体から熱狂的な黄色い悲鳴が沸き上がった。
「なん…で……」
唖然とするエステルの呟きが聞こえたわけでもないだろうが、人々の視線がエステルに集まる。
「てめぇ、女神様の像に何してやがるっ!」
「その足をどけなさいっ! 不届き者めっ!」
「そんな…酷いっ! わたくしは悪くないもんっ!!!」
思ったより長くなったのでここで切ります。次回は日曜予定です。
エステルは……相変わらずですね。





