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世界群の番外集  作者: ロン
本編:【俺はこの世界で】
4/12

【環を司る鈴の音】4「輪廻の環を司る」

「そういえば」


 あれから数日。まだまだ拙いながらも、彼が魔法を発動できるようになったある日のこと。服装を私達の世界のものに変えて、森の景色に特別な違和感無く佇む彼は、何やら思い付いたように呟いた。


「……俺は、青原遊夢」

『?』


 何でもない様子で、一度も聞いたことのない文字の羅列を、彼は口にした。

 アオハラユウム、という言葉は、一体どんな意味を持った言葉なのだろうか。


『……え、と。どういうことですか?』


 彼が何を言っているのか分からない。正常な精神に思考力を持っている彼ならば、意味のないことを言わないことは分かっているのだが……残念ながら、私が彼の言うことが理解できていなかった。

 だから、素直に問い返す。今彼の言った「アオハラユウム」という言葉には、一体どんな意味が込められているというのだろうと。


 しかし。いや、やはりというべきか。

 彼にとって当然の意味を持つその言葉の意図を理解できなかった私に対して、彼は怪訝な表情を浮かべた。


「どういうことって……。名前、だけど」

『なま、え?』


 なまえ、ナマエ、名前。

 頭を捻って、その言葉の意味を考える。


『───ああ。名前、ですか』


 幸い、言葉の意味には直ぐに思い至った。


 名前───。要は、その個体を識別する名称。主に親から名付けられ、一番長く使うことになる贈り物。

 それが、彼にとっての「アオハラユウム」というわけなのだ。


『そうですね、私の名前は───』


 ならば、私も名乗らなければ。

 そう思った私は、直ぐに口を開き、自分の名前を名乗ろうとして───。


『私の、名前、は……』


 私が何者か、と問われれば、直ぐに答えを返せた。「私はこの地に住まう女神です」と、そう返せばいい。


 けれど、それは私の種族であって、私の名前では決してない。彼の望む答えを、私は返せない。


『……』

「い、言いたくないなら別に良いから。な!?」


 暫く黙り込んでいると、彼が慌てた様子でフォローしてくれた。名前を言わないのは、何か理由があると。彼は、そう思ってくれているのだろう。


 けれども、それは違うから。そもそも私に名前なんてものは無いということを。不要だったということを、彼に打ち明けなければ。


『違うんです。言いたくないわけじゃなくて……』


 手を前に突き出した状態で振り、首も左右に振りながら、全身で「違う」とアピールする。

 そして次に、名前が無いことを打ち明けようとしたタイミングで。神妙な顔付きをした彼の言葉が、私の言葉を遮った。


「……………名前が無い、とか?」

『───っ!?』


 自分が告白しようとしたことを先に言われ、思わず息を飲む。次に湧き出てきたのは、どうして分かったのかという疑問。


『ど、どうして分かったのですか?』

「どうして……ってことは、当たってたのか」


 まさか当たるとは、と限りなく小さな声で呟いた彼──遊夢は、何とも言えない微妙な表情で私に向き合った。


「親とかに、名前は付けてもらえなかったのか?」

『親? ……そうですね。(わたし)の世界には私しか居なかったので。別段、名前は必要ありませんでしたから』


 名乗ってくれた彼には悪いが、本当に私には名乗るべき名前がない。だから、申し訳ないと一礼して、それでこの話は終わりにしようとした。幸い、この森には私と彼しか人間のような生物は居ない。

 名前がなくとも、互いを呼び合うことは出来るのだ。少なくとも、ここに居る限り名無しの私が彼に迷惑をかけるようなことはない。


『そういうことですから。すみませんが、名前は名乗れません』

「それじゃあ、二人で名前を考えるか」


 ……終わらせようと、したのだが。

 何でもない調子で、あっけらかんとした様子で、彼はそんなことを口にした。


『え、えと。どうしてですか?』

「どうして、って」


 困惑した様子の私の声を聞いた彼は、きょとんと首を傾げた。


「どうしてって。名前、『無い』のは嫌なんじゃないのかってさ」


 名前が無いのは嫌。

 当然のように放たれたその言葉に、思わず硬直する。今さきほど、初めて『無い』ことを理解した概念について、私は嫌悪感を持っている……?

 すぐさま否定しようとしたが、言葉が出てこない。私にとって、名前なんてあってもなくても良いもの。その程度の反論が、どうしても口から出てこなかった。

 それは意図的に口を噤み、彼の言葉を流すこととは全然違う意味を持っている。具体的には、私に大きな動揺を与えるように、彼の言葉が心に入り込んできていた。


『……どうして、そう思ったのですか? 『名無し』であることを私が嫌っているという、根拠はなんですか?』


 否定も肯定もせず、私は彼にそう問いかける。彼のその思考には、何かしらの意味があるはずだ。

 別に、名前を貰うことが嫌いなわけではないが、その根拠を聞かないことには彼の提案には頷けない。それが分からないと、胸に何かつっかえるような違和感を感じてしまうだろうから。


 身を乗り出すような勢いな勢いで数歩迫った私に、彼は少し緊張した様子で視線を逸し、彼なりの根拠をゆっくりと話してくれた。


「……根拠って程でもないんだが。名前の話をした時、ちょっとだけ……こう、寂しそうな表情をしてたから。なんで名前がないのかは分からないけど、名前が無くて寂しいなら、必要がなくても付けるべきだ」


 そう言ったあとに、「俺が付けて良いかどうかまでは、分からないけど」と苦笑して、彼はその場に腰を降ろした。

 倣うように私も座り込んで、彼の言い分について思考を張り巡らせる。


 ───寂しい?

 確かに、名前が名乗れないことに対して申し訳ないとは感じたが、寂しいとまで感じているかどうかまでは分からない。分からないが……少なくとも、彼にそう思わせる行動を私は無意識に取ってしまっていたのだろう。

 名前を付けられるという体験は今までされたことはなかったし、別段嫌と言うわけでもない。


『そうですか……分かりました。では、お願いします。私は、名前の付け方なんて分からないので、あなたの意見が欲しいです』

「よし。それじゃあ、考えようか。……何か、名前に入れてほしいイメージというか、物というか。そういうのはあるか?」


 いつの間に拾っていたのか。ほどほどに太い木の枝を右手に持ちながら、彼は私にそう質問してきた。


 親が子に与える名前には、それ相応の思いが、願いが、意味が込められているものが多いと聞く。本来名付けられる子供には喋る能力が無いので、その思いは親からの一方的な贈り物になる。それはそれで美しい名前の形ではあると思うのだが、「二人で考える」と提案された以上、私も意見を言う必要がある。

 それに、常識的な価値観を持っている彼なら大丈夫だとは思うが。彼の名前のセンスが壊滅的で、とんでもない名前を贈られる可能性もあるかもしれない。その時は、私がちゃんと、私の名前を考えなおさなければ。


『そうですね……。私はこの『輪廻の森』の女神ですから。それに因んだ名前にはして欲しいです。もちろん、強制するつもりなんてありませんが』

「………え。めが、み?」

『はい。いかにも私は女神ですが……?』


 ………どうやら。私はまだ、私がどのような存在か彼に知らせていなかったらしい。驚愕している彼に、私について説明することに、少し時間がかかった。


 ---------------


 私が私の説明をし終わると、彼は真剣な様子で木の枝を地面に走らせていった。地面に文字を書き、それを消すように土を盛り、という作業を繰り返している。


 私が彼に教えた情報は、神という存在が居ることと、私が他でもない『輪廻の森』の神であるということの二つのみ。

 神が世界に定義される側の存在であり、『運命』という事象には逆らえないこと。【輪廻(リーンカネーション)】という【スキル】を持っていること。その他諸々の複雑な事情は伝えていない。当然、【スキル】についてもだ。

【スキル】は命の関わる程の大きな衝撃を一度に負うか、精神に異常をきたしてしまう程の出来事に遭遇しなければ発現しない。そんなことを知ってしまえば、彼が何をするか分かったものではない。


「キーワードは、輪廻、森、神、女。色だと赤に橙、か。輪廻って言ったら輪廻転生のことだよな。死んだとしても、魂は滅びずに別の生命としてまた生まれるっていう。それの神様っていうんだから……」


 一度「輪」という単語を書いてから、直ぐに消す。ぶつぶつと呟きながら、彼は私の名前を考え続けている。


「生命の輪を統べる……ワトウ? なんか違うな。他にもっと……そうだ、ワツカサ。語呂も悪くはない」


「輪司」と書くと、またもやうんうんと唸って「輪」という字を消す。どうやら、字面が気に食わないらしい。

 十秒ほど考えてから、「環司」と書き直す。すると、満足そうに頷いて、「環司」を丸で囲んだ。


 名前を決め終わったのだろうか。私がそう思ったのも一瞬で、彼はまた直ぐに考え始めた。その表情は真剣そのもので、余計な口出しをすることを躊躇われる。


「うーん……。ええと、神様。何か好きなものってあるか?」


 初対面の敬語などはすっかり忘れ、限りなく自然体に近い様子で彼が私に話しかけてくる。名前の話が出てからずっとこの調子ではあるが、それが神ではない私を見てくれているように錯覚して、ほんの少しだけ嬉しく感じた。


『好きなもの、ですか? ……鳥のさえずりなんかは、聞いていて心地良いですね』

「……鳥、さえずり………音、か」


 私の好物も、可能なら名前に入れるらしい。


 詳しくは知らないが、名前には家名を示すファミリーネームと、その個人を表すファーストネームというものがあるらしい。中でも、漢字を用いて表すのは鬼や龍などに関係する種族に限られているようだ。だとすると、彼は私のファミリーネームとファーストネームの両方を考えてくれていることになる。


「音……音か。音に関連しそうなのは楽器だけど……。トランペットとかリコーダーとか、いまいち環司にそぐわないものしか出てこないな」


 聞いたことがあるような、ないような楽器の名前を口にしながら、何度目になるか分からない唸り声を上げる彼。音、というキーワードを名前に組み込むつもりらしいが、「音」をどのように名前に組み込むか四苦八苦しているようだ。


 音を出すものなんて、他に何かあっただろうか? 私が普段聞く音といえば、鳥のさえずりと風に揺れる植物の音。そして雨と、夏にどこからともなく聞こえる蝉の声くらいだ。


『音を出すもの、ですか……』

「……! そうか。音を出すっていえば……!」


 ぽつりと口から出た私の言葉を聞き入れた彼は、急に立ち上がってズボンのポケットの中へ手を入れた。そしてもぞもぞと手を動かした後、ポケットから手を抜く。


「鈴があったな!」


 一つの赤い糸に繋がった銀色の二つの鈴が、彼の手に握られていた。

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