【環を司る鈴の音】12「エピローグ」
「……それで。俺は【狂人化】を使って一部の記憶を改竄して、森を出たんだ。そこからは特に目立ったこともなく、王都に辿り着くことになる。これでひとまず、俺と鈴音の話は終わりだ」
彼の言葉で締めくくられた私たちの思い出は、その言葉をもって彼らへと伝えられた。
私は、私たちの話を聞いてくれた彼らへと頭を下げる。二人だけの秘密というのも良いものではあるが、こうして誰かに聞いて貰うのも悪くはない。
『お聞き頂き、ありがとうございます。その後のことは、あなたたちの方がご存じかと』
「こっちこそ。わざわざありがとう、リンネ。今度はこっちの話も聞かせてあげるわ。ねぇ、ユウム」
「出来れば日を跨いでくれるとありがたい……」
エストレアさんに視線を向けられたユウムさんは、何度か咳払いをしてから台所に向かって行った。少し遅れて、飲み物の要望を聞かれたため、その場に居た方々が思い思いの注文を投げかける。
台所から戻ってきた彼は、お盆に乗っている飲み物を各々に配っていた。エストレアさんとユートさんには冷たい水を、セティさんとアグニさんには熱い紅茶を。そして、シーペルさんには熱いコーヒーを。
「ご苦労、遊夢」
「なんでお前はそんなに偉そうなんだよ。ほら、鈴音。オレンジジュース」
『ありがとうございます、遊夢さん』
微笑みながら飲み物を受け取って、口に付ける。果実をそのまま液体にしたような――実際には、果汁にいくつかの甘味料などを入れているらしい甘い味が舌を染めていく。森に居た頃は味わったことのない感覚であったが、私はこの味を気に入っていた。
遊夢さんはというと、自身の分であるオレンジジュースを片手に、彼と同じ黒髪の男性――シーペル・ザーレさんと話をしている。遊夢さんとシーペルさんが出会ったのは全てが終わった後らしいが、何やら気が合うらしく、話し合う時はお互い気を置いていないように見えた。
「リンちゃん、ちょっといい?」
『ええ、アグニさん。私に答えられることであれば』
遊夢さんたちから視線を外して、声の主である赤の獣人へ向き合う。必要に駆られて以外の理由で私に話しかけるのは、エストレアさんかアグニさんかのどちらかだ。
彼女はチラリと遊夢さんに視線を向けると、「ちょっと」と言いつつ手招きする。耳を彼女に向けると、彼女は小さな声で、
「ちょっと失礼かもしれないけど。リンちゃんって、ユウ君とお付き合いとか、してる?」
『……』
ぐらり。思いもしなかった質問を受けて、瞳が揺れる感覚がした。幸い、アグニさんには見られていないが、動揺は伝わったのかもしれない。
こういう場合は、どうすれば良いのだろう。何と答えればよいか分からない私は、正直に答えることにした。
顔をアグニさんに向けて、口の前に両手を添える。アグニさんは察して、獣耳をこちらに向けてきていた。
『ここだけの話ですが、そういったことは、まだ』
ここまで話した段階で、アグニさんの耳がぴくりと揺れる。私はそれで全てを察した。
どうするべきか考えて……少し、悪戯心のようなものが芽生えてしまった。その心に従うことにする。
『ですが、何回か二人でお出かけはしていますよ』
「……そ、そっかぁ。あ、ありがとね、参考にするよ」
もしかしたら、今のは意地の悪い振る舞いだったかもしれない。耳を揺らしながら席を立つアグニさんを目で追いながら、罪悪感と一緒にジュースを飲み込んだ。
アグニさんが去った後、私に話しかけてきたのはエストレアさんだった。ツーサイドアップの緑の髪は森の雄大さを思わせる。或いは彼女が纏う魔力がその域にあるのか。
彼女も少し恥ずかしそうな様子で、私の近くに腰かけた。まさか、彼女もそうなのだろうか。
「リンネ、ちょっとここだけの話なんだけど」
こくりと頷く。彼について何を聞かれても良いように、内心で身構えた。実態に尋ねられると少なからず動揺してしまうので、無意味な心持ちであるのだが。
「今度、決闘みたいなのをしてくれると嬉しいんだけど、どうかしら」
『決闘ですか……決闘!?』
神と、人間が? 思わず二度見をした私に、エストレアさんは真剣そうな顔で頷いていた。
「【龍神化】持ちの神様みたいな奴とは打ち合ったことあるけど、あとは邪神としかやり合ってないし、そっちは楽しむ余裕なんてなかったから……」
『は、はあ……私としては問題ありませんけれど』
「そう、良かったわ! 予定組むから、後でね」
安心したような表情で席を立つエストレアさんを見送りながら、色んな人間が居るのですねなどと考える。決闘を娯楽とするのは人間特有の反応ではあるが、まさか神と戦いたいという人が居るなんて。
『決闘』というワードに気を取られ過ぎて、邪神と魔法を撃ちあったことについて聞き漏らしていた私は、エストレアさんのことを心配しながら決闘について思いを馳せていた。
「……リンネ。ちょっと、いい?」
『セティさん、どうぞ』
水色のポニーテールをなびかせて、セティさんが隣に座る。この方のことは……親近感を感じるような、けれども深入りしてはならないような、微妙な距離感だ。
そこはかとない居心地の悪さを感じながら、セティさんを見つめ返す。こうして話をしなければ、このイメージが払拭されることもないだろう。
「ユウムのこと、ありがとう」
『お礼を言うのはこちらの方です。【狂人化】――今は狂夢さんと区別されている彼。あの力を従えられたのは、セティさんやアグニさんのお陰だと伺っております。もちろん、他のことも、あなたたちと行動を共にしなければ、彼も私も、ここには居なかったでしょう』
「ううん。結局は、ユウムが頑張ったから出来たこと。……ユウムは、不安な時はいつも鈴を見てた」
ぽつぽつと、思い出すようにセティさんは語ってくれた。物静かな彼女は、話すペースさえゆっくりで。私もそれに引っ張られて、ずっしりと腰を据えて話を聞いている。
『それは』
「……リンネが消えている間も、リンネはユウムを支えてた、よ?」
笑みが零れる。身構えていた私をよそに、彼女はその事実だけを伝えてくれた。
『ありがとうございます、セティさん。今度、二人でお茶でもしましょう』
「うん、よろしく」
胸に温かいものを感じながら、手を差し出す。セティさんは私の手を握り返すと、そそくさと席から離れていった。
オレンジジュースを飲み干して、今一度周囲を確認する。エストレアさんとアグニさんは姿は見えず、セティさんは離れたところで本を読んでいる。ユウムさんとシーペルさんは話を続けていて、今はユートさんも混じっているようだった。
この家の住人は、あとは魔族のリリィさんが残っては居るけれど――あちらは魔族としての本能か、平時の私を避けている傾向がある。
私が苦手意識を抱いているならまだしも、逆の場合は干渉しないようにしている。私が神であるなら、避けられている事実はそのまま受け入れるべきだからだ。
そういう訳で、そろそろ退散することにしよう。席から立ちあがって、遊夢さんたちに頭を下げる。
『今日はありがとうございました。それでは、私はこれで』
「お疲れ、鈴音。コップはそこに置いといてくれ。それと……いつもの場所で」
『ええ、また後で』
所定の位置にコップを置いて、彼らの家を出る。大通りに出た私は、その場に立ち止まって辺りを見回した。
『……人が』
舗装された道の上を、数えきれない程の人が歩いている。私が甦り、王都に腰を据えるようになってから幾ばくかの時が経っているが、未だに人だかりへ抱く感情は衰えていない。
『ふふ』
開けた場所で、子供が走り回っている。通りに紛れるように設置されているそのスペースは、子供たちの遊び場だ。
道を作るように並ぶ屋台の内からは、若い男性の声が響いている。耳を澄ますと、「いらっしゃい!」と客を招く声や、世間話をする声などが耳へと届いた。
目的らしきものもなく、王都を歩き回る。様々な人の営みを見ることが、今の私の趣味だった。
「あ、リンネさん」
『あなたは……ユートさんですね』
日が傾き始める頃。王都の外まで続けていた散策を終えた私は、都への門前で彼に出くわした。夕陽に照らされて紅くなっている茶髪の彼は、ユート・ルーメント。
遊夢さんの仲間――勇者の一員であり、最後に邪神を討った者。そのように、私は聞いている。
「そうそう、覚えててくれて嬉しいよ。それで、君はどうしてこんな所に?」
『私は、ちょうど散歩を終えたところで。あなたは――』
ユートさんの全身を、一通り観察する。急所を守るように装備された防具に、背中にある鞘へ収められた剣。戦うための準備にも見えるが、返り血を浴びたような跡も無い。少なくとも、魔物と戦った訳ではないのだろう。
ここまで戻る道中で車輪の音を聞いた記憶も無いため、おそらく徒歩で行ける範囲。両手は空いており、何か袋を提げている様子もないことから――はて、この方は何をしていたのだろう。
『何かの採集でも、魔物の討伐でもないようですけれど……何かされていたのでしょうか?』
「あー……なんて言えばいいのかな」
困った様子で、彼は腕を組んでいる。話したくないというよりは、どう話せばいいか分からない。言語化が難しい何かをしていたのだろう。
『何かの訓練でしょうか?』
「そんな感じ、かなぁ? 目に魔力を通して、何かが視えないか……で、通じるのかは分からないけど」
『透視系の【スキル】……は、持ってないんでしたっけ。効果は薄いと思われますけれど、そうですね』
少し考えて、私の知識にあるモノの見方を教える。神の瞳は、人間と同じようには見えていない。厳密には、人間以上のモノが見えている。
周囲を漂う魔力の流れを目で追うことも、人間が目を背ける程の光を直視することも。限定的であれば、『運命』――確定した未来を見通すことさえ。
参考になるかは分からない、私の世界の見え方を教えて、彼とは別れた。先ほど傾き始めたと思っていた日は、既に遠くの山へ向かって沈み込んでいる。
時計は身に着けていないが、体感であればそろそろ約束の時間だろう。
人を突き飛ばさない程度の速度を維持しつつ、小走りで人混みを掻き分ける。人の密度はどんどん低くなり、視界が開けるほどに空気が顔を通り抜けていく。
『お待たせしました』
ある古びた公園のベンチに近付いて、腰掛ける人物へ話しかける。ぼうっと地面を見つめていた彼は、私の声を聞くとがばりと顔を上げた。
驚いたのかと見間違う程素早く立ち上がった彼は、「全然、今来たところだ」と笑みを浮かべる。それが誤魔化しであることは一目瞭然であったが――大事ではない。わざと気付かないふりをした。
『それでは、行きましょうか』
「ああ。宛てもなく、歩いて行こう」
差し出された手に、自身の手を重ねる。そっと握られた手を引かれながら、私たちは歩き出した。
今夜の予定は、特にない。いつも通りに王都を周り、目に入ったお店で晩御飯を食べ、人々の営みを見守るように、私たちの夜は進んでいく。
いつの日か、彼は『飽きたら他のものを見に行こう』と言ってくれたけれど、まだまだ私はこの生活に飽きることは無い。暗闇に逆らうように通りを照らす光も、その中で昼と変わらぬように生きる人々も。
これが何でもない人間の暮らしなのだと、頭の中で記録している。それは、果たして何のためか。
『遊夢さん』
あの建物はなんでしょう。あの人たちは何をしているのでしょう。
質問を重ねて、その度に彼の表情を見つめる。質問の度に、彼は難しそうに眉をひそめて――出来うる限り、答えを用意してくれた。
明確な答えに感心した。彼でも分からないものは、二人で笑って流した。どうしても気になることがあれば、近くの人に聞いてみた。
何のためなのか、私自身理解していない。人の営みを見ることも。人の造ったものを見ることも。ただ、私がしたいことだからやっている。それに、彼は付き合ってくれている。
――始まりは、ただただ単純なモノだった。
今はどうだ。見た目も中身も、心さえ。自分自身にさえ理解しきれないほど、複雑怪奇。私について一言一句余さず説明出来る者など、この世界のどこにも居ない。
そんな私は、一度死して、甦り。現在は当たり前のように日々を過ごしている。隣には――。
私たちしか居ない道路の上を、ゆっくりと進んでいる。家屋の光は既に消え、光源は街灯の光だけ。いつの間にか、日を超えていたようだ。
『もう、慣れてしまいましたが。人々が寝静まってなお、この都には光があるのですね』
「交代制で、騎士団が見回りをしてるからな。多分、光が一つも無くなる時は無いんじゃないか?」
ご苦労なことだなどと思いつつ、街灯の傍に置かれているベンチを指差す。私は歩いて疲れることはないけれど、彼は別だ。
「休憩か? 分かった」
『ええ、二人で休みましょう』
ベンチへ腰掛ける。ひんやりとした温度が体を伝った。彼の場合であれば、歩き続けて熱が籠った体が冷やされて、心地よかったりするのだろうか。
『遊夢さん』
「……なんだ?」
ぼんやりと星空を眺めたまま、言葉を交わす。大昔であれば、唯一と言ってもいい光源。今は、人の光が街を照らしている。
もし今日が曇り空だったとしても、ここは暗闇になることはないのだろう。
『私は、毎日が楽しいです。あなたは、どうですか?』
様々な営みを、見てきたつもりだ。街行く人々、夜を照らす街灯。魔物を狩る冒険者に、街を護る騎士団。いがみ合い、助け合い、愛し合い。
そこに、神の姿は無い。人と人が手を取って、彼らの生活は成り立っている。何か事件があったとして、頼りにされるのは騎士団や冒険者だ。
神たちを尋ねる人は少なく、それどころか神殿へ目を向ける人すら多くはない。きっとこれは彼女たちの方針で――いわば、人を中心とした世界にしようとしているのだろう。
それに異議はないけれど、一つ。
おもむろに立ち上がって、遊夢さんの正面へ。星空を背景にした私は、右手を差し出した。
『……あなたに、神は必要ですか?』
瞳を見つめる。視線が交わる。夜も相まって真っ暗闇のように見えるその瞳は、私の姿だけを映していた。
どれだけの間見つめ合っていたか。永遠にも感じられる一瞬は直ぐに終わり、彼は一度、深呼吸をした。
意を決したように立ち上がった彼は、立ち上がって私の手を取る。ゆっくりと引き寄せられる力のままに、私たちは抱きしめ合える程の距離まで近付いた。
「鈴音の問いに答えるのなら、こうなると思う」
初めて会ったその時とは別人のように固くなったその手。そこから感じる気配は――ああ。変わらず、あの時のままの彼だ。
寒さだろうか、緊張だろうか。先よりも頬を紅潮させた彼は、
「俺に、神様は必要ない」
そんな、否定するような言葉を先に言う。しかし、不思議と不安感は湧き出なかった。
彼の手のぬくもりが、未だ途切れない彼の視線が、拒絶が本題ではないと示しているから。
続くように、左腕で私を抱き寄せる。彼の表情が、見えない。
「神様か、そうでないかなんて関係無い。俺には、鈴音が必要なんだ」
そう言う彼が、どんな顔であるか気になって。どんな気持ちか確かめたくて。
『それは、どういう意味ですか?』
自分で分かる。今の私は、大きな期待を抱いている。幾度も考え、立場を弁え消した幻想が、胸を叩いて鳴り止まない。そんな状態で発した一言は、きっと意地悪なようにも聞こえてしまうのだろう。
吐き出してしまった言葉は取り消せない。私の言葉を聞き届けた彼は、一歩下がる。私たちは再び視線を交わし――。
「俺は、鈴音を愛している。ずっと前から、あなたが好きだ」
『……』
愛。好き。
耳を通って脳に伝わり、乱れた感情が心臓を打つ。全身を巡る血液は確かな熱を持って、顔をかあっと熱くする。
ぼうっとした頭は、気恥ずかしさで視線を逸らすことさえ許さない。ただ、私のように顔を紅くしているであろう彼の顔を映している。だが、そのような緊張にあっても、互いの視線が逸れることはない。
『あ、う……』
返事をしなければ、好き。どのように言葉を尽くそう、愛。頭がこんがらがって思考が纏まらない、その熱さえ心地良い。
期待した通りの言葉を伝えられただけに過ぎないのに、あらゆる思考が揮発していく。こんな、このような言葉を、私は催促してしまったというのか。
『え、ええと』
「へ、返事は急がなくても」
混乱している私を見かねて、冷静になってしまったのか。いつもの調子に近付いた遊夢さんの声が、遠くで聞こえる。私は相も変わらず冷静ではないのだ。
何を考えても、溶けた鉄に水を掛けたかのような勢いで霧散してしまう。それでも何かで示したかった私は。
『遊夢さん』
そう、一言呟いて。瞳を閉じ、唇を差し出すように顔を上げる。呂律が回らない今の私に許された、精いっぱいの愛情表現。
大きく、息を飲む音。そっと頭に添えられた彼の手に、だんだんと近付く彼の気配。
そして――。
『……まるで人であるように、私も貴方を愛しています』
――あの夜以来、私たちの間に大きな変化はない。
日課のように街を回る。それ以上のことは起こっておらず、私が死ぬ前と比べると話し合う時間は少ないままだ。唯一、手の繋ぎ方と時間は変わったが……他の人から見て分かる変化はその程度である。
『ところで』
「なんだ?」
隣に立つ遊夢さんが、こちらを向く。今日はエストレアさんが取り付けた、私と彼女の決闘の日だ。
本来は私と彼女の一騎討ちを行う予定であったのだが、何かしらあったのだろう。いつの間にか、私と遊夢さん、エストレアさんとユートさんのタッグマッチのような形式に変化していた。
『お二人はどのような戦い方を?』
「エストレアが魔法使いで、ユートが剣士だな。エストレアは――」
相手となる二人の情報を聞きながら、大まかな戦術について打ち合わせ。闘技場へ続く通路で交わす、最終確認だ。
「ユウ君、リンちゃん。そろそろだよ」
ちらほらではあるが、観客も居るらしい。通路の向こうから聞こえる歓声を背に、アグニさんが私たちの様子を見に来る。エストレアさん側には、セティさんが向かっているのだろうか。
私たちは頷いて、光の向こうへ目を向けた。これではじめて、私が街中で力を振るうことになる。
『……二つ返事で了解してしまいましたが、本当に良かったのでしょうか』
「大丈夫だ。エストレアだってめちゃくちゃ強いから、鈴音が気にすることはない」
むしろ余波とか修理費が不安だなどと呟きながら、彼は闘技場を――向かいの通路に居るであろう魔法使いに視線を向けていた。
「とにかくだ。行こう、鈴音」
『はい、遊夢さん』
二人揃って、前へ踏み出す。通路を抜けると、真っ先に太陽の光が私たちを出迎えた。頭上にある太陽は、その姿を私たちに晒している。街で一方的に見かける人がちらほら居る観客席を見渡して、最後に、正面へと視線を向けた。
闘技場の中央には、台風のような気配を携えた魔法使いが待ち構えている――。
――――これにて、私と遊夢さんを取り巻くお話は一区切り。
決闘の結果や、明日以降の日常がどうなるかについては……全くの未知数だ。強いて分かることがあるとすれば……遊夢さんの告白を受け、エストレアさんと武を競った私は、神ではなく、私個人として暮していくのだろうという実感のみ。
もちろん、完全に人になることなどは出来ない。寿命の差は激しく、今生きている殆どの人間たちを、私は見送ることになるのだろう。その中には、遊夢さんたちも含まれるに違いない。
それでも、それは幸せな日々になる。
道行く人が生きている、永い時を生きる神も在る。何より、愛している彼が居る。
これから数多の人に呼ばれることになる――私の名は、環司鈴音。
番外編「環を司る鈴の音」、完結。




