【環を司る鈴の音】1「始まり」
「俺はこの世界で」のサブストーリー。
【環を司る鈴の音】です。
タイトルからお分かり頂けると思いますが、あの人が主人公のお話。
始まりは、ただただ単純なモノだった。
地面から雑草が生えるかのように。
空から雨が降り注ぐかのように。
風が万物を撫でていくように。
それと同じように、自分はこの世界に姿を現した。
『…………』
自分が存在していても、自分に気付いた者は居ない。
それも当然である。今の自分は、この森の一部なのだから。
ただの草木に目を奪われる生物など、居るわけがない。
そこまで考えて、自分は「思考出来ること」と「この世界の知識を持っていること」が分かった。
それを知覚することで、自分という存在が何者なのかも理解した。
『───だから、なんだと言うのだ?』
生まれて初めての言葉は、そんな疑問だった。
それは老若男女の区別がつかないもので、今現在、自分が変化していることを理解するには充分すぎる。
とりあえず、一応人の形をしている自分はその場に座り込む。
この目まぐるしい変化が終わるまで、あと1ヶ月程である。
それまでの時間。やることがない。
今の自分には何もない。個性がないのだ。
そんな自分がこの世界を見て回っても、得られる物は皆無に等しい。
だから自分は目を瞑る。目が覚める頃には、『自分』は『■』になっている筈だ。
『───僕、俺、拙者、小生、私、アタシ、我、俺様……どれが良いのだろうか?』
..いや、今のままで『自分』と名乗るのも良いかもしれない。
『…………』
考えても仕方ない。
こうして自分は、生まれて直ぐに意識を手放した。
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『………ん』
1ヶ月ぶりに目を覚ます。
辺りを見回すと、その時とは若干違う光景が目に入った。
具体的に言うと、草木が大きくなっている。どうやら、植物たちも動物と同じように成長するらしい。
『私』たちは成長しないので、少し羨ましいのだが。
『さて、これから何をしましょうか?』
確定された人格を得たことで『自分』から『私』になった私は、自我や個性を得た。
だが、何をして良いかが分からない。
単純に経験不足である。
ただ、やりたいことはある。
食事と言うものを摂ってみたい。ベッドに寝転がって眠りたい。
お風呂というものに入ってみたい。人間たちと関わりたい。
魔法を使ってみたい。私に与えられた能力を使ってみたい。
『楽しみ、ですね』
どうやら、いつの間にか随分人間らしい人格になったようだ。
ならば、とりあえず……。
『歩きましょう』
ここで座っていても仕方ない。
私は立ち上がって、何かを経験するために歩き出した。
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誕生から約十年。
家、と言うものを作ってみた。
『これで、どうでしょうか?』
数歩離れて、私が作ったそれを見つめる。
近くの村人さんたちから知識を借りて、木を伐採し、家を作ったのだ。
不眠不休で一週間程である。
…順調に行けば3日程で完成したのだが、魔法の加減を間違えてしまい、何回か家を全て木端微塵にしてしまったのだ。
木を伐採する時に使う魔力の刃で家ごと切断してしまったり。
家を固定するために、事象具現魔法での《金の槍》を使った余波で家が大破したり。
村人さんたちからすればかなり迷惑だっただろう。折角手伝おうとしてくれたのに、死にかけたのだから。
だから私は頭を下げて謝罪する。当然それだけで済むとは思っていないが、やれることなら何だってやろう。
『本当に、すみませんでした』
「気にしなくて良いってよ、カミサマ。俺らは大体退避してたからな!はっはっは!」
40歳程のおじさんが、私の頭に手を乗せながら豪快に笑い飛ばす。
それで許してくれたことを理解して、内心でホッとした。
だが、お礼はしなければならないだろう。
『…ありがとうございます。これ、どうぞ』
この森にある木の実。籠一杯のそれをおじさんに手渡した。
おじさんはそれが何なのか理解したあと、頭を下げてきた。
「すまねぇな、カミサマ」
『いえいえ。私だけが出来ることでないと、お礼になりませんから』
この森の魔物は強い。
だから、普通の狩人ではこの森でこの量の資源を獲得することは出来ないのだ。
仮にこれだけの資源を確保しようと思えば、それなりの部隊で動き、尚且つ半数程の犠牲を払う必要がある。
この世界では、魔法を使える人物が貴重なのだ。
それでも、以前よりは増えたらしい。これも人間の進化だとかなんとか。
「それじゃあな、カミサマ。何かあったら何時でも来てくれや!」
『はい。その時はお願いしますね』
両者笑顔で別れを告げる。
だが、私と彼は二度と出会うことは無かった。
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誕生してから150年程。魔法を使える人間が増えてきた。
小規模な物なら、使えない人間の方が少ないくらいである。
それでもこの森の状況は余り変わっていない。
近くの湖を浄化したり、村人さんたちから材料を貰ってベッドを作ったりして私が住みやすい環境にはなっているのだが、やりたいことが見つからない。
修行なんてしても神は強くなりにくいし、そもそも強くなる必要がない。
村人さんと関わろうともしたが、ほんの少し距離を置かれるのがどうにも辛い。
やはり神は、人間とは違うのだ。
だからといって、永遠と眠り続けるのも勿体無い。
本当に、私は人間らしくなってしまった。日の出と同時に目を覚まし、朝食を摂るのは最早日課である。
今は水を飲みながら、椅子に座って一息吐いていた。
『なんというか……』
寂しい。
近くの村では何にも事件は起こっていない。
ここ、『輪廻の森』の魔物は外へ出ていこうとはしないのだ。
村の畑事情も問題ないし、異常気象なんかもない。
結果として神が頼られる事もなく、そうなるとわざわざ私に会いに来る人間なんていない。
仮に会ったとしても、その時は人間と神の関係だ。決して、私が望む関係ではない。
だから、寂しい。
何となく家の外に出る。
空を見上げると、眩しい太陽が私を出迎えてくれた。しかし、それが眩しすぎて咄嗟に手で光を防ぐ。
やることも無くぼうっとしていると、見覚えのある、半透明の白い魂がこちらに近付いてきた。
彼はその場に立ち止まると、キョロキョロと辺りを見回して何か呟く。
『……ホヨッ?』
『あ、また貴方ですか?大人しくしてないと、お迎えが来ませんよ?』
『……フーン』
私の言葉を無視して、彼は何処かに行ってしまった。
彼は私を認識した上で無視したのではなく、そもそも私を認識出来ていないのである。
そして、私は彼らの言っていることが理解出来ない。
……つまり、コミュニケーションが取れないのである。
これでは寂しさを紛らすことも出来ない。
私は、小さく溜め息を吐いた。
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誕生から約180年。
私は日々を退屈に過ごしていた。
魔法は殆どの人間が使えるようになっているし、適正があることも判明している。
本当に、人間はよくやるものだ。
朝、何時ものように目を覚ます。
最近手に入ったパンを一枚食べ、水を飲んで一息吐く。
昼、やることも無いので森を徘徊する。
何か面白いモノを見つけられればいいと思ってのことだ。
と言っても、この数十年間、特に目ぼしいモノが見つかった試しはない。
だが、今回は違った。
『あれは……大丈夫ですか!?』
森で、倒れている人間を発見した。
慌てて駆け寄って、彼を抱き上げる。温かい、人の感覚が手に伝わってきた。
それに安心してから、家に向かう。
この人が誰かは分からないが、倒れている人を放っては置けない。
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意識が、戻ってくる。
自分がここに存在するという事実に、何故か安心感を覚えた。
背中に伝わるフカフカとした感覚で、俺は何かに寝転がっていることが分かる。
どうやらあの少女の思惑通り、俺は何処かの世界に転生したらしい。
だから、目に入る景色が何なのか期待して目を開ける。
そこに入ってきたのは──────、
「うわっ!?」
『わっ!?』
紅い髪に橙色の目をした少女の顔だった。
予想外のモノを至近距離で見た俺は、思わず飛び起きようとする。
───このままじゃ彼女に当たる!
そう思って止まろうとしたがもう遅い。
俺の命令を聞き入れた体は、彼女に頭突きを仕掛けるかのように起き上がった。
……だが、頭をぶつけ合う衝撃は伝わってこなかった。
理由は単純。彼女が飛び退いて、俺の頭突きを回避してくれたのである。
遅れて聞こえる、彼女の戸惑ったような声。
『え、ええっと、大丈夫ですか?』
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ここから始まった。
私はこの瞬間から生きる実感をして、
俺はこの瞬間からこの世界に生まれて、
彼に色々なモノを教えた。
彼女に色々なモノを教わった。
そんな彼に名前を貰い、
そんな彼女に名前をあげて、
いつしか彼と永遠に暮らす幻想を見た。
いつしか彼女と愛し合う夢を見た。
それはたった一年だけの物語。
既に終わった過去の事実。
それでも、互いにとっては濃密な時間であったと信じたい。
最後に名乗っておこう。
私の名前は、
俺の名前は、
環司鈴音である、と。
青原遊夢である、と。