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プロローグ

「ようこそ、転生の間へ」


 気がつくと、変なおじさんに話しかけられていた。

 ひょろっとした体型の、七三分けの眼鏡。

 いかにもサラリーマンといった顔つきだったが、服装がおかしい。

 RPGに出てくる司祭のようなローブとマントを着て、右手に木製の杖を持っている。

 そんなコスプレチックな中年男性が、豪勢な玉座に腰かけてこちらを見下ろしていた。まるで状況が呑み込めない。


「羽瀬タツキ。十五歳。男性。間違いありませんか?」


 見知らぬ建物の中に立っていた。

 高い天井。真っ白い壁。ぴかぴかに磨かれた石の床。


(どこだ……ここ?)


 タツキはうーんと首をひねる。どうして自分がここにいるのか全く思い出せない。

 やたらに広い場所だった。学校の体育館くらいあるだろうか。

 不思議なことに、天井にも壁にも照明らしきものが見当たらない。どうやらこの建物自体がうっすら光を放っているらしい。


「あの~。羽瀬タツキくん、ですよね?」


「なに? 声ちっちゃくて聞こえないんだけど」


 コスプレおじさんはしゅんと落ち込む。

 いい大人がこれくらいでへこんでんじゃねーよ。内心愚痴りながらおじさんの玉座に近づく。


「目上の者に対してタメ口ですか。無礼な子ですね……。きみが羽瀬タツキくんですかと聞いているんです」


「ああ、そうだよ。あんた誰?」


「わたくし、太陽系第三惑星地球のアジア地区管理担当官を務めております、オブセムと申します。……ふむ、理解不能といった様子ですね。わかります。ここに来た人間は大抵そんな顔をするので」


 オブセムと名乗ったおじさんは眼鏡のブリッジを押し上げ、意味ありげな微笑を浮かべた。


「では、きみにもわかるように説明してあげましょう。耳をかっぽじってよくお聞きなさい。わたくしはなにを隠そう、〝神様〟なのです!」


「はっはっは、冗談はそのアホな格好だけにしとけって。なにが神様だよ。どっからどう見ても、いい歳してコスプレしてる危ないおっさんじゃん」


「くっ、失礼なクソガキですね。まあいいでしょう、そういう勘違いをされることには慣れっこです。あなたのような輩には、わたくしが神様であることを力尽くで理解していただきます!」


 眼鏡の奥の瞳に、陰湿な光が輝く。

 あ、なんかヤベェ、と思ったときには遅かった。

 ――オブセムが杖をすぅっと持ち上げる。

 同時にタツキの体が宙に浮き上がった。


「ちょ!」


「さあ、存分に味わいなさい。神の奇跡を!」


 目を剥いて立ち上がったオブセムが、杖を上下左右に振り回す。

 その動きに合わせ、タツキの体はとんでもない速さであちらこちらへ。


「うぎゃああああああ!」


「ふははははっ。見たかクソガキが! 舐めた口を利きやがってッ、調子乗ってんじゃねーぞ!!」


 七三分けの髪を振り乱し、オブセムは高笑いを上げる。

 完全にキャラが崩壊していた。


(こいつ、器ちいせぇ!)


 そして散々タツキを弄んだあと、


「いかがです? わたくしが神様だと、これで信じてもらえたでしょうか?」


 ずれた眼鏡を整えつつ、オブセムは静かに杖を下ろした。

 空中を浮遊していたタツキの体がゆっくりと床の上に戻る。


「わ、わかった。信じるよ、あんたは神様、だ……」


 目が回って、とても立っていられなかった。

 タツキは床にべちゃあっと横たわった格好のまま、オブセムの話を聞く。


「では本題に入りましょう。羽瀬タツキくん、きみがこの転生の間に呼ばれたのは、今朝方きみの人生が終焉してしまったからなのです」


「は? 人生が、終焉?」


「端的に言うと、きみは死んじゃったんですよ」


「嘘でしょッ?」


 思わずタツキは体を起こす。

 オブセムは困ったように首を竦めた。


「残念ながら真実なのですよ」


「ちょっと待ってよ。俺どうやって死んだの? 全然憶えてないんだけど。……なんかの事故? それとも誰かに殺されたとか?」


「羽瀬タツキくん――小学四年生の頃から不登校になり、現在に至るまで引き籠もり生活を続ける哀れな少年よ――きみの死因について説明してあげましょう」


 至極淡々と、オブセムはいきさつを語った。


 きみはいつものように徹夜でオンラインゲームに明け暮れていました。そしてお腹が空いて、食べ残しのピザを口に放り込んだんです。で、このピザを喉に詰まらせます。

 ピザはカッピカピに乾燥していて、喉の奥にぴったりと貼りついてしまいました。きみは慌てて飲み物を探しますが、あら大変、ジュースはすでに空っぽ。そこできみは飲み物を求めて、二階の自室を出て、一階の冷蔵庫を目指しました。

 しかしその途中で悲劇が起こります。焦っていたきみは階段を降りるときに足を滑らせ、スッテンコロリン。頭を強打して気を失ってしまったのです。


「――とまあ、そんなこんなで、最終的には窒息死です」


「俺の死因ひでぇええええ!」


 たまらず叫んでいた。

 あまりのショックに、体が小刻みに震えた。


「わたくしも長年、様々な人間の死に触れてきましたが、ぶっちゃけこんなマヌケな死に方、なかなかありませんよね」


 四つん這いの格好のまま動けなかった。

 目が回っているからではなく、心が痛くて。


「はいはい、元気出してくださーい。恥ずかしくて舌を噛み切りたい心境でしょうが、無視してサクサク話を進めますよ~。あとがつかえてるんでねぇ」


 オブセムは平坦な声で言って、手元の書類に視線を落とした。


「えっとですね、羽瀬タツキくん、ここは転生の間といって、死者を転生させる場所なんですよ。死んじゃったきみを、別の生命として甦らせる、というわけです。そこでお聞きしたいのですが、きみ、どこに転生したいですか?」


「え? て、転生? どこにって、なにが?」


 急に言われても、頭がついていかない。


「だからぁ、どの星のどの地域に転生したいですか、と質問しているんです」


「そ、そりゃあ地球がいいよ。地球の、日本がいい……」


「あ~、やっぱり地球ですか。いまならクチョリッス星とか、ヤベシ星とかもお勧めですよ」


「いやいや! 地球でいいよっ。そんなわけわかんない星には行きたくない」


 手の中のボールペンをかちかちノックさせつつ、オブセムは眉間に皺を寄せる。


「地球ですかぁ~。ふむふむ。あのですねぇ、きみの〝人徳ポイント〟は……あ、人徳ポイントというのは、生命個体が生まれて死ぬまでのあいだに集めた人徳を数値化したものなんですけど、わかります? 人徳です。じ・ん・と・く」


「馬鹿にすんなっ。学校行ってなくてもそれくらいわかるっつーの。つまり、そいつがいい奴か悪い奴か、判断するポイントってことだろ」


「はい、その解釈でけっこうです。きみの場合、生まれてから死ぬまで、特に大きな善行も悪行も積んでないんですよね。学校にも行かず怠惰な生活を送っていたことが微量ながらマイナス要素となり、きみの人徳ポイントは〝マイナス七ポイント〟となっております」


 マイナス七ポイントって、いいのか悪いのか。

 いや、マイナスなのだからよくはないんだろうけど。


「マイナスでも、転生ってできるもんなの?」


「可能ですよ。人徳ポイントマイナス七の羽瀬タツキくんが、地球で転生可能な対象はというと……え~、はい、サバですね」


「サバ!?」


「ええ、サバです。海を泳いでる、魚の」


「待ってくれよ! サバは嫌だよッ。他になんかないの?」


 母親からよく〝スーパーの鮮魚コーナーに並んでる安物の冷凍魚みたいな目をしてるね〟と言われるが、だからって本物の魚になんて絶対なりたくない。


「サバ以外に転生可能な対象は、んーと、ヘチマですね」


「ヘチマってなんだよ!! ろくなのねぇな!」


「人徳ポイントがマイナス七じゃあ仕方ないですよ。まともな人生を歩んでこなかったきみが悪いんです」


「うう~サバもヘチマもヤだよぉ~。俺もう一回人間に生まれ変わりたいよぉ。なんとかならないのぉ?」


 タツキは半泣きでオブセムにすがりつく。

 情けないことこのうえなかったものの、ピザを喉に詰まらせて死んだ時点で恥も外聞もない。


「無論、救済措置はあります。誰でもより条件のいい転生をしたいと考えるものですからね。では羽瀬タツキくん、きみは救済措置を望みますか?


「うん、うんうん! 望む、めっちゃ望むよ!」


 ぱぁっと表情を明るくするタツキを見て、オブセムは満足そうに頷く。

 初めてこのおじさんが神様に見えた。


「じゃあ、この天界で一生懸命奉仕活動に励んでください」


「……へ?」


「条件のいい転生をするには、多くの人徳ポイントが必要となります。そこできみは奉仕活動に精を出し、人徳ポイントを集めるのですよ」


「奉仕活動って、なに?」


「身も蓋もない言い方をすれば、タダ働きです。それでは羽瀬タツキくん、望みどおりの転生を成し遂げるために、身を粉にして働いてくださいねぇ」


 言われている意味が一瞬わからなかった。


(働く? 引き籠もりの俺が?)


 ――こうしてタツキは、人生初の労働に従事することになる。しかも神様が住まう世界〝天界〟で。

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