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Invitation  作者: 一奏懸命
3/13

01.Rain days(中)

 本屋に入ると、やはり雨のせいであまりお客さんはいなかった。あまり広くはない店内にいるのは店員らしき若い女性、近所の中学校の制服を着た男の子、初老の紳士。そして亮平と千尋の5人だけだった。

「けっこう空いてるね」

 千尋が小さい声で亮平に言う。

「空いているほうが落ち着いて探せていいよ」

「そうだね」

 それからしばらく、二人は黙々とSPIの問題集に目を通した。どの問題集もよさそうに見えるが、自分に合ったものが一番だ。

 20分近く経って、ようやく千尋は自分に合った問題集を手にすることができた。それから亮平の姿を探したが、周囲には見当たらない。

「あれ? 沖見さん?」

 辺りを見渡すが、やはり姿は見当たらない。しばらく店内を回ると、後ろからコーヒーのいい匂いが千尋の辺りを包んだ。

「あ、どうだった? いい問題集、見つかった?」

 小さなコーヒーカップを両手にした亮平が立っていた。

「うん。あとはレジをすればいいんだけど……どうしたの? そのコーヒー」

「あぁ、俺も今日知ったんだけど夏休み期間中に1500円以上の本を買った人はコーヒーやジュースのサービスがあるんだって」

 千尋もこの本屋さんの近所住まいだが、そんなサービスをやっているとは知らなかった。

「テーブルが奥に5つほどあるらしいから、そこに座ってちょっと休憩しようよ」

「じゃあ私、その前にこれ買ってくるよ」

「わかった。俺、先に座ってるから」

 亮平はそういい残し、先に奥のテーブルへと向かっていった。

 さっきからお客さんは変わっていない。店員さんを除くと、中学生とおじさんだけ。おじさんのそばを通ると『老後の生け花』という本を読んでいる。白髪混じりの髪の毛ということは、もうすぐ定年退職でもなさるのだろうか。生け花を新しい趣味にするのかな。活花というと女性がすること、というイメージもあるが最近はそうでもないのだろうか。千尋は生け花のことはよく知らないので、あまりこうだ!というように断言はできない。

「1点のお買い上げで、1590円になります」

 レジで精算を済ませる。女性はけっこう自分と年齢が近い。アルバイトだろうか。千尋はアルバイトを経験したことがないのでこういうことをしている人に感心する。

「ありがとうございました。今でしたら1500円以上お買い上げの方にはコーヒーかジュースのサービスをいたしておりますが、いかがでしょう?」

「あ、さっきの男の人が私の分までなんか用意しちゃってたので……ありがとうございます」

「あ、お客様がお連れ様でしたか。かしこまりました、ありがとうございます。ごゆっくりどうぞ」

 店員に軽く会釈をし、千尋は奥のテーブルへと向かった。今度は中学生の後ろを通った。よくよく見れば、男の子のいるコーナーは「少女マンガ」のコーナー。そういえば男の子にも人気のある少女マンガがあると聞いたこともあった。千尋の家にもけっこうな数の少女マンガがある。けれど、弟は1冊もそういう本を手にしたことはない。

 まぁ人の好みにケチをつけたりするなんてこともしないので後ろを素通りしたが、男の子はやはりどこか恥ずかしそうにしていた。


 テーブルのある奥のスペースは意外ときれいな空間だった。シックな照明が施されていて、雰囲気が同じ本屋さんとは思えない感じだ。

 壁はなく、外が全部見えるようにガラスで仕切られている。外には鯉が泳ぐ小さな池がある。それを眺め、頬杖をつきながら亮平がコーヒーを口にしていた。何か重いことを考えているのだろうか、少し暗い雰囲気がしたのは気のせいだったのかもしれない。

「あ、買い終わった?」

 亮平がすぐに気づいて千尋の分のコーヒーをテーブルに置いた。

「うん。私の分までコーヒー頼んでくれてたんだ」

「きっと1500円超えるからね、SPIとか買うと」

「読みが深いんだね」

「いや、そんな褒められることでもないよ」

 亮平は少しはにかんだ様子で頬をかいた。

 千尋も微笑みながら用意されたコーヒーの前の椅子を引き、腰掛けた。

「雨、止まないね」

 千尋は外をボーっと眺めた。この店の庭がけっこうオシャレなデザインになっていることに今さらながら気づく。植木が丁寧にカットされており、その木々の葉の上を綺麗な雨粒が流れていく。

 コーヒーを手にしようと向き直ると、亮平と目が合った。

「おいしいよ、コーヒー。飲みなよ」

 一瞬、亮平も照れるような顔を見せたが、それは気のせいだったのだろうか。

 千尋は気に留めず、コーヒーをすすった。しかし、やはり亮平の視線が千尋に注がれているように感じる。

 変にドキドキしてくる。

 今までにない経験だ。男性と二人きりでコーヒーを飲んだり、買い物したり。まして二人きりで話したりすることなんて最近では皆無に等しいことだった。

「あのさ、袴田さん」

「はっ、はい!?」

 改めて名前を呼ばれるとドキッとしてしまう。

「めっ、めっ、めっ……」

「め?」

「メルアドとか、交換してもらっていい!?」

「えっ……」

「ダ、ダメ……かな?」

 フルフル、と首を横に振った。

「えっ!? じゃあ……」

「……お願いします」

 千尋は小さく返事した。

「じゃあ、赤外線で送るね」

「はい」

 亮平と千尋の携帯電話がカチッと音を立てて触れ合う。別に、こんなにくっつける必要なんてないのだが、なぜか自然とそうしてしまった。

「……ありがと」

 亮平はうつむいたまま、千尋に礼を言った。

「いえ……」

 なんだか恥ずかしくていたたまれない。

 

 届いた。


 千尋は亮平のデータを開いた。


『氏名:沖見 亮平 電話番号:090−4653−5741 メールアドレス:i-love-you-chihiro@ezweb.ne.jp』


「えっ……!?」

 千尋は驚いて顔を上げた。

「あの……このアドレス」

「好きです」

 亮平の顔つきが急に真剣になった。

「……。」

 千尋も思わず赤くなる。幸い、少女マンガのコーナーにいる少年には聞こえていないようだ。

「ずっと貴女のことが好きでした」

「……でも、私……」

「付き合ってください」

 いいのだろうか。自分のような人間と、彼みたいにとてもいい人が付き合うなんて。そもそも、自分は男性と仲良くすることすらなかったのに。急にそんなことを言われても、困ってしまう。

「ごめんなさい……。やっぱり私」

「そういうと思ったよ、君なら」

「えっ」

 突然、亮平が立ち上がって荷物を片付け始めた。

「あ、あの」

 千尋が戸惑っているうちに、亮平は全部荷物を片付けて席を立ち上がった。

「今日あったこと、全部忘れてください」

「で、でも」

「ホントにいいんです。じゃあ」

「あっ……沖見さん!」

 亮平は傘も持たずに、店を飛び出していってしまった。


 店内には、千尋と二つのコーヒーカップ、そして亮平の傘だけが残されていた。

突然の告白。千尋は戸惑いを隠せず思わず断ってしまう。傘だけを残して立ち去った亮平。二人はこれっきりなのでしょうか……?

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