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Invitation  作者: 一奏懸命
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01.Rain days(前)

「チヒロちゃん! 今日、俺ん家遊びに来ない?」


「えっ……?」


 (はかま)() ()(ひろ)は名前を呼ばれた方向を振り向いた。その方向では、幼稚園くらいの男の子とチヒロという自分と同じ名前の女の子が手をつないでいた。

「なんだ……私じゃなかったか」

 千尋はフゥッとため息をついて、自分の情けなさに心が痛んだ。

 千尋は愛知 名城(めいじょう)女子大学に通う3年生。文学部日本文学科に所属している。


 今日は8月1日。昨日まで半月近く続いた前期テストも無事終わり、今日から長い長い夏休みだ。テストの出来もなかなかよかった感触がしたから気持ちよく夏休みを迎えられるのが普通だが、千尋はこの夏休みや春休みというような長期休暇が苦痛で仕方がなかった。

 休みが近づいてくると、いつも同級生は同じ話題で盛り上がる。

「ねぇ、アユミは今年は彼氏と旅行に行くの?」

「当たり前じゃない! だって夏休みだもん」

「私はこないだフラれたから、新しい彼氏作んなきゃ!」

 そんな話を友達はいつもしている。もう3年目だから、その時期が来るのはわかっていたがやはり会話に入りづらい。そして、いつも話を振ってくる友達がいて、こう聞かれる。


「千尋はどうすんの?」


 この場合の「どうすんの?」は「夏休みはどう過ごすの?」の意味ではないだろう。ちょっとひねくれた考え方かもしれないが「彼氏は作るの? どうすんの?」というように聞かれているようにしか千尋には思えない。

 そして、いつもこう返す。


「私は別になにもないよ……」


 あえて夏休みとか、ハッキリと何がないのかをは口にしない。そうすることでいつも交わしてきたが、今年はそうはいかなかった。


「千尋ってさぁ、けっこうカワイイんだから彼氏作らないなんて不自然だよ?」


 不自然も何も、できないものはできないのだから仕方がない。

 中学時代も高校時代もそれなりに好きな人はできた。でも、それはみんなに人気があるスポーツが得意な男子だったり、学内外でもう彼女がいたりする人たちばかりだった。だから目立たない千尋はその恋心もひっそりとしまい込み、友達にも家族にも相談の一言もすることなく過ごしてきた。

 目立たないのだから、千尋に告白するような男子もいなかった。千尋がよくしたことといえば、友達の恋愛相談に乗ることくらい。それが意外と千尋のアドバイスでケンカしていたカップルが復活したり、告白がうまくいったりということがなぜか多かった。だから相談を持ちかけられることも多かったのだろう。

 大学に入ってからもそういう状態がずっと続いている。女子ばかりだからかもしれないが、1ヶ月に2人程度はいつも相談に乗っている。不思議なことに、毎回違う子ばかりだ。つまり、千尋に相談して受けたアドバイスどおりに動いた子たちはみんなうまくいっているのだ。だから二度と相談に来ることもない。

 相談に来た子にいつも「メルアド教えて!」と言われるので教えて、相談が来たりしたら真面目に答えている。そうしてイザコザだったり些細なトラブルが解決した後にふと気になって「最近どうしてる?」というメールを送ると『この宛先はすでに存在しないか、誤っています』というメールが返ってくることが多い。

 

 その場だけの友達関係。


 別に千尋自身はそれを苦痛とは思っていなかった。そういう程度の関係だった。そう割り切るのだ。

 ついこのあいだもそういうメールが返ってきた。すぐにアドレス帳から削除した。

「単に利用されてるだけかもね……」

 自嘲気味に千尋はクスッと笑った。

「そうか……そろそろ就活の準備でもしようかな」

 もう3年生。秋からは就職活動が始まる。そろそろ就職試験用の問題などの練習をするのもいいだろう。ちょうどいいことに、夏休みは予定が何もないし。

「じゃあ今日は本屋に寄って帰るか」

 携帯電話を取り出した。今日はゼミの用事で学校へ出ていたので帰りに寄り道するにはちょうどいい。

 大学から歩いて10分のところに電車の駅がある。けっこう便利な大学だ。

 定期券を取り出して改札をくぐる。ホームに立ってしばらくすると各駅電車が滑り込んできた。

『ご乗車ありがとうございます。この電車は、各駅停車・尾張瀬戸行きです。尾張瀬戸までの各駅に停車します。次は清水、清水です』

 千尋の降りる駅は終点のひとつ前、瀬戸市役所前駅だ。けっこう時間がかかる。朝も早かったし、少しだけ眠ろうと思い千尋は目を閉じた。



『次は、水野、水野です』

 車内放送に千尋が気づいて目を開けると、降りる駅の2つ手前の駅に向かうところだった。ところがそれ以上に驚いたことがあった。

 ものすごい夕立。

 すごい色をした雲がいつのまにか空に立ち込め、バケツをひっくり返したような大雨が降って窓に打ち付けている。

「うそ……傘持ってきてないのに」

 今日はなんてついていないのだろう。千尋はまたため息を漏らした。

『瀬戸市役所前、瀬戸市役所前』

 降りなければならない駅に着いたので下車すると、さっきより雨脚が強まっている。こんな天気だからだろうか、駅前にも人影はあまり見当たらない。

「仕方ないなぁ……雨が収まるまで待とう」

 千尋は階段に腰掛けて、雨が収まるのを待つことにした。

 10分くらい経って、ようやく雨脚は弱まってきた。霧雨のような状態にはなっているが、なかなか止む気配はない。

 濡れたままで本屋さんに入るなど迷惑極まりないので、このまま家に帰るほうがいいだろうと思い、千尋がようやく重い腰を上げたとき、後ろから声をかけられた。


「よろしければ、入っていきませんか?」


 千尋が後ろを振り向くと、背の高い男性が傘を片手に千尋の顔を見ている。

「え……私ですか?」

 男性はにっこり微笑んで「えぇ。傘、お持ちじゃないんでしょう?」と聞いてきた。

「あ、はい……でも……」

「あぁ、変に気を遣わないでくださいね。俺の傘、けっこう大きいからあなたくらい小柄な女性でしたら余裕で入りますから」

 久しぶりに自分の容姿を褒められた気がして、千尋は少し恥ずかしくなった。

 男性は傘を開き「行きましょう」と千尋の手を引いた。


 霧雨になっているので、足元が濡れるような心配をすることはなかったし、まして傘が小さくて濡れることなどなかった。

 傘に入れてもらっているのだから、途中で寄り道なんてできない。このまますぐ家に送ってもらったほうが言いに違いないと思い、家の方向を聞かれるのを千尋は待っていた。

「あの、お名前は?」

 男性が急に名前を聞いてきたので千尋は「えっ。あ、えっと……」と少しためらってしまった。

「あぁ、そうか。俺から名乗るべきですよね」

 コホン、と軽く咳払いをして男性はしっかりと千尋の目を見つめて言った。

「名古屋歯科大学3年の、(おき)() 亮平(りょうへい)と申します。今年で21です……ってあぁ、年齢は必要ないですね」

 亮平が苦笑いするので千尋もクスッと笑ってしまった。

「あ、私は愛知名城大学の袴田 千尋と申します。同い年です」

「え? 21歳なんだ」

 亮平は少しうれしそうに声を上げた。

「それじゃあタメですね! そっか、じゃあ敬語なんて堅苦しいから、タメで喋りましょうよ」

「えっ……でも初対面なのに」

「もうこれだけ喋って相合傘までしておいて、初対面だから敬語なんてのも変でしょ?」

 そう言われればそうだ。相合傘も流れに乗ってとはいえしてしまっている。ふつうはそうそうしないことだ。まして名前を知らなかった相手と。

「そう……ね。じゃあ、そうしよっか」

 千尋が小さくうなずくと亮平はうれしそうに「やった!」と喜んでいた。

「それとさ、袴田さん」

 亮平が左斜め前の方向、本屋さんを指差した。

「もうすぐ就活だけど、なんか問題集とか買った?」

「いえ……まだ」

「そしたら、俺、今日ちょっとSPIの問題集買って帰りたいから本屋さん寄ってもらってもいい?」

 なんという偶然だろうか。千尋は内心驚いていたが、偶然は偶然だろう。

「私も今日、雨が降らなかったら買って帰ろうと思ってたから……行こっか」

「よし! じゃあ雨宿りついでに問題集買いにゴー!」

 亮平が走り出したので、千尋も慌てて後を追った。

ひとりの女性から始まる連鎖的恋愛ストーリー「Invitation」。以降、登場人物は変わっていきますが、それまでに登場した人物が必ずどこかに影響を与えています。そして、必ずどこかに次の物語に関わる人物がいます。それを探しながら読んでくださるともっとうれしいです♪

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