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Invitation  作者: 一奏懸命
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13/13

06.1年後

「それじゃあお母さん、行ってきます」

 的場 ちえ(24)はそういって自宅を出た。

 瀬戸南中学校を退職してから1年。ちえは現在、市内の大手進学塾に採用されていた。あの日以来、瀬戸南中学校の生徒たちに顔を合わせたことはない。進学塾の方向が学校とは違うということもあるのだが、それ以上に合わせづらいということもあった。

 けれども、ちえの財布には常に一枚の紙が忍ばせてあった。


『俺、絶対先生の旦那になる! 目標20歳!』


 それを思い出すとずいぶんと前のようなことに感じるが、まだ1年しか経っていないのである。あの日も、夕方頃になると静かな声で鳴く蝉がいた。

「あの子……結局どうしたのかなぁ」

 不意に、亮平のことが蘇ってきた。あの人懐っこい顔。それを見せる前、何度も万引きを繰り返していた頃に見せていたふてぶてしい顔。「いいだろ、別に」と言ったときの、少しはにかむような顔。


 すべてが懐かしい。

 

 そう思いながら信号待ちをしていると、急に大粒の雨が降ってきた。そういえば、今日は夕立の可能性があると聞いていた。大丈夫、カバンに傘は入れてある。

 ちえは傘を差して雨をしのいだ。しばらくすると雨脚が強くなってきた。


「待ってよ、亮平!」


 その声に思わずちえが振り向くと、後ろから傘を持った女性が男性を追いかけている。

「雨降ってるのに傘忘れるなんて、相変わらずそそっかしいね」

 女性がクスクスと笑う。亮平という男性は恥ずかしそうに笑いながら傘を受け取った。歩調がちえと重なり、3人が並んだ。

「そういえば、千尋と会った日もこんな雨が降ってたよな」

 亮平が懐かしそうに言った。千尋も小さくうなずく。

「もう1年も経つんだね。スゴく早かった」

「うん……」

 それっきり、雨の音と3人の足音しか聞こえなくなった。

「千尋」

 急に亮平が名前を呼んだ。千尋も、ちえもなぜかドキッとする。

「なに?」

「夕ご飯、どっかで食べて帰ろ」

「うん!」

 やがて、亮平と千尋はちえとは反対側の道を曲がって、駅前のほうへと歩いて行った。ちえの心がなぜかキュンと締まるような感じになった。


「こんばんは」

 ちえは挨拶をして塾の教員室に入った。塾長さんとちえと同い年の先生が「こんばんは」とにこやかに挨拶を返した。

 ちえはここの職場が気に入っている。前までの学校と違い、先生も生徒もお互いに思いやり、温かみがある。こういう職場が理想だった。

 今日の担当は中学3年生の公立高校受験クラスだった。

 出席を取る時間になったので、ちえは出席簿を開きペンを手に取った。

「安藤くん」

「ハイ!」

「飯田さん」

「はぁ〜い」

 生徒は15人。けっこう多いと思っていたが、この塾ではまだ少ないほうだという。

「和泉さん」

 返事がない。ちえはもう一度名前を呼んでみた。

「和泉 智里さん」

 やっぱり返事がない。ということは、もう一人も遅刻か。

「ってことは、いちおう確認だけど……」

 ちえは苦笑いしながら出席簿の後ろのほうに目をやり、その名前を呼んだ。

「三嶋くん」

 返事がない。もう一度。

「三嶋 巧くん」

「先生〜!」

 急に飯(いい)田(だ) 里香(りか)が手を上げて言った。

「あの二人、今日はデートって言ってたんで多分遅刻です!」

 その瞬間、笑い声が教室中に沸きあがった。同時にバタバタと複数の足音が聞こえた。

「待てよ、チィ!」

 男の子の声。それに続いて女の子の声。

「早くしてよ、たっくん! 出席取ってるってば!」

 息を切らせて教室に二人が入ってきた。息も絶え絶えだ。

「ち、遅刻してすいません!」

 二人が同じことを言うので、また笑いが起きる。

「いいから早く座りなさい、二人とも」

 ちえはフゥッとため息をつきながら二人が座るのを見守っていた。


 授業が終わったのは午後9時半。

「明日からは遅刻しないようにね」

 ちえにそう言われて巧と智里はペコペコお辞儀をしながら塾を出た。

「まったく、たっくんのせいでここんとこ毎日遅刻だよ」

 智里がプゥッと頬を膨らませながら呟く。巧が慌てて手を合わせて「ホントごめん! これからちゃんと自転車の鍵、しまう場所決めとくから!」と謝った。

「約束だよ?」

「絶対!」

「それじゃあ、今日の遅刻のお詫びになんかおごってよ」

「しょーがないなぁ」

 そういって二人は帰り道にあるスーパー「アキオ」に入っていった。

「いらっしゃいませ!」

 チョコレートアイスを2本持って二人がレジへ行くと、おばさんとお兄さんの店員さんが二人でレジを担当していた。

『横田まみ子』

『横田 荘平』

 親子だろうか。そういえば目元なんかそっくり。

「以上2点で210円のお買い上げになります」

 男性のほうがにこやかな笑顔で言い、おばさんのほうが素早くレジを打つ。

 210円を手渡し、アイスとレシートを受け取って二人は店を出た。

「今の人たち、絶対親子だよね」

 智里がもう一度レジのほうを振り返って言った。

「絶対そうだよ。目元も雰囲気もソックリ」

「一緒にいると似てくるんだろうね」

 智里が嬉しそうに言った。

「俺たちも」

「え?」

「俺たちも似てくるといいな」

 顔を赤くして巧が言ったことは、初めて聞く言葉だった。

「わっ!」

 智里が急に腕を組んできたので巧はアイスを落としそうになった。

「アリガト、たっくん」

 智里は涙を見せないよう、顔を伏せながらそう呟いた。


「さっきの子たち、絶対付き合ってるよね母さん」

 仕事の時間を終えたまみ子と荘平は社員休憩室で着替えながらそんな会話をしていた。二人は現在、同居している。

「いいじゃないの。青春真っ只中なんだから。それより荘平。アンタには好きな子の一人くらいいないの?」

 まみ子が心配そうに言う。

「大丈夫だって。俺、まだ21だぜ? まだまだこれからだよ」

「どうだかねぇ。アンタはあたしと似て奥手なところがあるからね」

「余計なお世話。それにいま、好きな人いるし」

「へぇ? 誰なのよ」

 クルッと荘平はまみ子のほうを向いた。


「母さん」


 シレッと言われたが、やっぱり恥ずかしい。

「バカ言ってんじゃないの」

 まみ子は恥ずかしそうに荘平のほうを見ずにいた。


 店を出ると、入れ違いに有働智恵子と由貴親子が、そして由貴の隣にいる大柄な男の子とすれ違った。

「あらぁ! 有働さん」

 まみ子の声にすぐ智恵子も「あらー! 今までお仕事? ご苦労様ねぇ」と声をかけてきた。由貴と荘平も最近、よく挨拶をする仲になっている。

「こんばんは、荘平さん」

「こんばんは。元気そうだね」

 ニコッと笑い、由貴は「相変わらずですけどね」と言う。その横で、男の子が怪訝そうにしている。

「あ、一樹。こちら、いつも私がバイトでお世話になってる横田荘平さんとお母さんのまみ子さん」

 それを聞いて一樹という少年はホッとした様子を見せた。

「あらぁ! アンタが由貴ちゃんのボーイフレンド!? まぁ、男前ねぇ」

 まみ子がズイズイと駆け寄って一樹を品定めするように眺める。

「母さん、恥ずかしいから……」

 荘平が俯きながらまみ子の服を引っ張った。

「あぁ、あたしとしたことが。ゴメンなさい」

 まみ子はお上品ぶってホホホと笑った。

「これからどちらへ?」

 荘平が聞くと「今日、一樹と一緒にご飯食べてその帰り。見送ってあげるの!」と嬉しそうに返してくれた。

「なるほどね。優しいね、由貴ちゃんはやっぱり」

「えへへ……」

 1年前の由貴ちゃんはもうちょっと暗い印象があったけど、今はそんなものは微塵も感じられない。ボーイフレンドのおかげで変わったのだろうか。

「それじゃ、時間も遅いから早く行ったほうがいいわね」

 まみ子が腕時計を見ると、すでに10時15分になっていた。

「あら! ホント。じゃあ横田さん、また今度お茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」

「そうね! それじゃあまたね!」

 智恵子とまみ子の挨拶を聞いてから、3人はまた歩き始めた。


 一樹の家に着くと同時に、ケータイの着メロが鳴った。

「誰?」

「あぁ、後輩だよ。もしもし?」

 そうは言ってもやっぱり心配。女の子だったりしないだろうか。

「明日から? OK、OK。じゃあ的場先生に今から連絡しとくよ」

 ピッ、とすぐにケータイを切って心配そうにしている由貴に説明をしておいた。

「今のな、レスリング部の後輩。明日から俺たちの通ってる塾に入りたいんだって」

「なぁんだ。安心した」

 由貴はホッと胸をなでおろした。

「今から先生に電話するからもうちょっと待ってくれる?」

「うん!」

 一樹は由貴の嬉しそうに笑う声を聞いてから、塾に声をかけた。


 ちえが帰ろうとしているところに、電話がかかってきた。

「もしもし?」

「あ、先生? 夜遅くにすいません。蓮沼です」

「あぁ、蓮沼くん。どうしたの?」

「以前言ったと思うんですけど、俺の後輩が入塾したいって言ってるんでお伝えしとこうと思って」

「あぁ、そうなの! それじゃ、いつ来るのかと、名前を教えてくれる?」

「はい! えっと、明日さっそく来るそうです。夕方6時くらいに」

 ちえはメモを取りながら話を進めた。どうやら部活に入って中学時代より勉強時間が減ったらしく、塾でだけでも勉強したいという本人の意向があってのことだった。

「それじゃ、名前を教えてくれる?」

「はい」

 ちえは冷静に彼の名前をメモした。


「それじゃ、彼の担当もよろしくね」

 塾長さんが優しくちえに言う。ちえは、明日は高校1年生を担当する。

「はい。出席簿にも書き足しておきます」

 ちえは高校1年生個別クラスの出席簿に、彼の名前を書き足した。


『木戸 亮平』


「また会えるね……」

 ちえはそう言って微笑み、出席簿を閉じた。



                                   ― 完 ―

 『Invitation』を最後までお読みいただき、ありがとうございました☆ 恋愛物には書きなれていないがために、初めの趣旨とズレてしまったお話もありました(>_<;) 皆様にもっと評価していただいて、改善するべきところを指摘していただけたらと思います。

 『奏〜Kanade〜』のほうはまだまだ続きますので、そちらもよろしくお願いします♪ 本当にありがとうございました(*^O^*)

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