空の涙
空腹が満たされなくて、あたしは新しいお菓子の袋に手を伸ばした。
すでに、ありえない量の空袋が、部屋中に広がっている。
でも、食べずにはいられない。
食べなきゃ、食べなきゃ、食べなきゃ・・・。
袋を開けて、中身を鷲掴みし、ひたすら口へと放り込む。
どれだけ食べても満たされない。まだ足りない、まだ足りない。もっと食べなきゃ。
ふと、部屋の外から雨音がしていることに気づき、一瞬お菓子を掴む手が止まる。
『雨だ・・・。』
外を見ようと、ベランダに出てみる。
灰色の空は、悔しいぐらい今のあたしにぴったりだ。
今のあたしに、綺麗な色は必要ない。
その、ダークマターな空から零れ落ちる、たくさんの涙。
あたしの代わりに泣いてくれてるみたいで、妙に心が和んだ。
目を閉じて、両手を広げて、体いっぱいに雨粒を受け止めてみた。
冷たくて、心地よくて、少し痛い。
『別れよう。』
幻聴のように何度も、彼の声が頭に響く。
流れてしまえばいい。全部全部流れて、消えてなくなればいい。
泣いてなんかいない。ただ、雨を受けているだけだから。
あいつのために、流す涙なんてない。これは全て・・・雨なんだ・・・。
また、空腹感があたしを襲う。
食べたものの味なんて、本当は覚えていない。
おなかがすいているのかもよくわからない。
でも・・・食べなきゃ。食べなきゃ満たされないんだ。
びしょ濡れになったあたしを、暖めてくれる腕はもうない。
いつも傍にあったはずの温もりが、どれだけ探しても見当たらない。
どこに行っちゃったの?あたしはどうしたらいい?
まだ、一人で歩き出す勇気なんてないのに・・・。
うつむけば、あたしが零れ落ちそうで、必死に上を向いていた。
どれだけそうしていただろう、不意に固く閉じたまぶたに、まばゆい光のベールがかかる。
不思議に思って目を開けてみると、いつの間にか雨は止み、
空は太陽の光を受けて、キラキラと輝いていた。
『虹だ・・・。』
七色に輝く空の宝石が、あたしの前に大きな橋を作る。
未来へ続く光の架け橋。。
全身の力が抜け、あたしはベランダに座り込んだ。
泣きながら・・・、笑ってた。
いつも、あの人と見る景色は、極上の有彩色だった。
もう、あんなに輝いた景色を、二度と見ることはないと思っていた。
きっとこの先、ずっとあたしは闇色の世界にいるんだと確信していた。
でも・・・、今見ているこの虹は、二人で見たどの景色よりも綺麗だと、素直に言える。
あたし一人でも、こんなに綺麗な景色が見られるんだ。
あの人がいなくても、世界はこんなに綺麗なんだ。
現状は何も変わっていない。心の痛みも、この先の不安も、ずっと変わらずここにある。
でも、何でだろう・・・、不思議なぐらい落ち着いてる。
空腹は、いつの間にかなくなっていた。
どれだけ食べても満たされなかったのに、今、確かに満たされている。
もう、食べなくても大丈夫だ。
空の宝石は、あたしに微笑みかけるように、いつまでも優しく輝き続けていた。