表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一年後に捨てられる貧乏シンデレラですが、氷の社長の心を溶かしてしまったようです~秘密の趣味がきっかけで極上の愛を注がれてます~  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/20

第5章:秘密の趣味が、彼の目に留まる

 あの日以来、涼が早い時間に帰宅する日が増えた。相変わらず会話はほとんどないし、美月が作った食事に手を付けるのも、彼が本当に疲れている時だけ。それでも、二人の間には以前のような張り詰めた空気はなくなり、ごくわずかだが穏やかな時間が流れるようになっていた。

 そんな変化が訪れた、ある休日の昼下がり。

 涼は珍しく自宅におり、リビングのソファで分厚い経営資料を読んでいた。普段なら美月は自室にこもって、彼の邪魔にならないように過ごすのだが、その日は必要な材料を買い忘れたことに気づき、部屋を出たところだった。

 静まり返ったマンションで、涼はふと顔を上げた。いつもは固く閉ざされている美月の部屋のドアが、ほんの少しだけ開いている。きっと彼女が慌てて出ていったのだろう。

 彼の空間管理能力が、そのわずかな綻びを許さなかった。あるいは、単なる気まぐれだったのかもしれない。自分の管理下にある空間で、あの女が一体何をしているのか。好奇心というよりは、確認する義務感のようなものに駆られ、彼は静かにソファから立ち上がった。

 足音を忍ばせ、開いたドアの隙間から、彼はそっと部屋の中を覗き込んだ。

 その瞬間、涼は思わず息を呑んだ。

 彼女の部屋の窓辺に置かれた小さなテーブル。そこに、まるで宝石を散りばめたかのように、色とりどりの小さなアクセサリーがずらりと並べられていたのだ。

 昼下がりの柔らかな太陽の光が、透明な樹脂を通して降り注ぎ、中の花びらをきらきらと輝かせている。忘れな草の繊細な青、ミモザの明るい黄色、レースフラワーの清らかな白、アリッサムの可憐な紫。一つ一つが、驚くほど繊細な手仕事で作られており、小さな雫の中に、まるで一つの物語が閉じ込められているかのようだった。

 それは、彼がビジネスの世界で日々扱っている、計算され尽くした『美』とは全く質の違うものだった。大量生産される商品には決してない、素朴で、温かく、そして、作り手の想いが宿った力強い魅力がそこにはあった。

 彼がその小さな世界に心を奪われていた、ちょうどその時。

「ただいま戻りました……って、きゃっ!」

 買い物から帰ってきた美月が、部屋を覗き込んでいる涼の姿に気づき、素っ頓狂な声を上げた。自分の聖域を見られた羞恥心で、彼女の顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。

「す、すみません!散らかっていて……!すぐに片付けます!」

 慌てて駆け寄り、テーブルの上のアクセサリーを手で隠そうとする美月。その狼狽した姿に、涼は我に返った。

 しかし、彼の口から出たのは、叱責の言葉ではなかった。

「待て」

 涼は彼女の言葉を遮り、部屋に一歩足を踏み入れると、テーブルに並んだアクセサリーの一つを、そっと指先でつまみ上げた。それは、小さなガラスドームの中に、青い忘れな草が数輪閉じ込められた、儚げなネックレスだった。

「……これは、君が?」

 彼の声は、いつもの無機質な響きではなく、純粋な興味の色を帯びていた。その真剣な眼差しに、美月は戸惑いながらも、こくりとおずおず頷く。

 涼はしばらくの間、その小さなネックレスを光にかざし、あらゆる角度から吟味するように眺めていた。やがて、彼はそれを元の場所に戻すと、短く、こう呟いた。

「……面白い」

 面白い?

 その評価が、褒めているのか、馬鹿にしているのか、美月には全く判断がつかなかった。ただ、彼の横顔が、今まで見たことのないほど真剣な光を宿していることだけはわかった。

 その日の夜。夕食を終え、リビングで二人きりの気まずい沈黙が流れていた時、涼がおもむろに口を開いた。

「葵」

 珍しく名前を呼ばれ、美月はびくりと肩を揺らす。

「明日の役員会議に、それを持ってこい」

「え……?『それ』、とは……」

「お前の部屋にある、あれだ」

 涼はそれだけ言うと、立ち上がって書斎へと向かってしまう。

 後に残された美月は、何が何だか分からず、ただ呆然とするしかなかった。役員会議に、私のアクセサリーを?一体、何のために?

 わけがわからない。けれど、彼の目は冗談を言っているようには見えなかった。

 氷の社長が、自分のささやかな趣味に示した、初めての、そして全く予想のつかない形での関心。そのことが、美月の胸に大きな戸惑いと、ほんのわずかな期待を芽生えさせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ