番外編3:西園寺麗華の視点『砕け散ったガラスの靴』
私、西園寺麗華にとって、九条涼との結婚は、手に入れるのが当然のトロフィーだった。家柄、美貌、教養。何もかも、私が優れている。だから、Éclatの社長夫人の座は、私のために用意されたガラスの靴だと、信じて疑わなかった。
それなのに、その靴を履いて現れたのは、どこの馬の骨とも知れない、貧乏で地味な女だった。嫉妬と屈辱で、体の芯が焼け付くようだった。私が、あんな女に負けるなんて。ありえない。
プライドをズタズタにされた私は、最後の手段に出た。週刊誌に、二人の秘密をリークしたのだ。これで、あの女はみじめに追放され、涼様も自分の過ちに気づくはず。そして、過ちを正すように、私の元へと戻ってくる。そう、信じていた。
しかし、あの記者会見は、私の最後の、そして脆いプライドを、粉々に打ち砕いた。
テレビ画面の中で、涼様が語ったのは、あの女への、深く、真剣で、どうしようもなく本物の愛だった。私には一度たりとも向けられたことのない、情熱的な眼差し。その時、私は悟ってしまったのだ。私は、一度たりとも、彼の心の中に入り込むことなどできていなかったのだと。
そして、本当は、私自身が求めていたのも、九条涼という人間ではなかったのだと。私が欲しかったのは、彼の隣に立つことで得られる名声や羨望の眼差し――『九条夫人』という、空っぽのブランドだけだったという、惨めな現実に打ちのめされた。
スキャンダル後、私は全てを失った。父からは「西園寺家の恥だ」と勘当同然の扱いを受け、友人だと思っていた人々は潮が引くように去っていき、社交界での居場所もなくなった。手元に残ったのは、虚しさだけだった。
数ヶ月後、私は日本を離れた。誰にも頼らず、自分の力だけで生きていくために。
今、私はヨーロッパの小さな街で、花屋の店員として働いている。泥のついた手で花を束ね、慣れない外国語で客と話す。それは、これまで私が生きてきた華やかな世界とは、あまりにかけ離れた場所だ。
でも、不思議と心は穏やかだった。自分で稼いだお金でパンを買い、小さなアパートの窓辺に自分で選んだ花を飾る。そんな、ささやかで、当たり前の毎日が、今はとても愛おしい。
いつか私も、誰かから与えられるのではない、自分自身の力で見つけた本物の価値と、幸せを手にすることができるだろうか。
それは、あの女が手に入れたものとは全く違う形かもしれないけれど。
砕け散ったガラスの靴を捨て、裸足で大地を踏みしめる。私の、本当の人生は、ここから始まるのだ。




