第16章:月の花が咲く場所
全てが解決し、二人は世間からも祝福される、晴れて本物の夫婦となった。あの日破り捨てた契約書に代わり、二人の名前が記された婚姻届が、役所に正式に受理された。
父が遺した借金はもちろん、涼がとうの昔に完済していた。美月はもう、何にも縛られることなく、ただ愛する人の隣で、心から笑うことができるようになっていた。
涼の祖父である会長も、記者会見で事の経緯を全て知り、「お前もようやく、本当の男になったな。美月さんという素晴らしい宝物を見つけおって。一生、大切にするんだぞ」と、涙ぐんで喜んでくれた。西園寺麗華は、今回の騒動で西園寺家の信用を大きく損ねたとして、父親から勘当同然の扱いを受け、社交界から姿を消したと風の噂で聞いた。
ある晴れた休日の午後、涼と美月は、二人にとって全ての始まりの場所、美月がかつてアルバイトをしていた駅前のカフェを訪れた。もう彼女はそこで働いてはいないが、人の良い店長は「おお、社長さんと奥さん!いらっしゃい!」と、二人の姿を見て顔を輝かせ、温かく迎え入れてくれた。
「いやあ、テレビで記者会見見たよ!社長さん、かっこよかったなあ!お二人さん、本当に良かったねえ!」
店長の言葉に、二人は照れくさそうに顔を見合わせて笑った。
いつものカウンター席に並んで座り、香り高いコーヒーを飲む。
「ここからだったんですね、全部」
「ああ。橘があの時、君を見つけ出してくれなかったら、今の僕はない」
ここまでの道のりを振り返ると、まるで長い夢を見ていたかのようだ。最悪の状況から始まったはずの関係が、こんなにも幸せな未来に繋がったことが、奇跡のように感じられた。
「ねえ、涼さん」
美月が、ふと思いついたように提案する。
「今度は、二人の思い出の花で、何かアクセサリーを作ってもいいですか?」
「ああ。もちろんいいとも。君が作るものなら、なんだって僕の宝物だ」
涼は、そう言って優しく微笑んだ。
美月は、彼の肩にそっと寄り添い、窓から差し込む柔らかな日差しの中で、幸せを噛みしめる。偽りの契約から始まった、奇妙な結婚生活。しかし、それは間違いなく、不器用な二人が本物の愛を見つけるための、運命の始まりだったのだ。
涼は、テーブルの下で美月の手をそっと握る。その温もりを確かめるように、強く、強く。
これからもずっと、この手を取り合って、共に歩んでいく。
月の光のようにどこまでも優しく、そして、どんな嵐にも負けない花のように強く。
二人の物語は、まだ始まったばかり。この先も、ずっと、ずっと続いていく。




