第15章:偽りの契約の終わり、本物の誓い
九条涼の前代未聞の記者会見は、スキャンダルの風向きを、一夜にして劇的に変えた。
会見の様子が繰り返し報道されると、世間の反応は非難から一転、称賛と応援の声へと変わっていった。
『社長、カッコよすぎるだろ!男の中の男だ!』
『こんなに深く愛されてるなんて、奥さん最高に幸せ者じゃん』
『Lune Fleurは、社長と奥さんの愛の結晶だったんだね。絶対買う!』
炎上していたネットは完全に鎮火し、SNSには「#九条社長頑張れ」「#LuneFleurを応援します」といったハッシュタグがトレンド入りした。Éclatの公式サイトには、ブランドを支援し、励ますための注文やメッセージが、サーバーがパンクするほど殺到した。危機は、最高の形でチャンスへと変わったのだ。
その頃、マンションの広いリビングで、美月はテレビの画面を見つめたまま、ただただ涙を流していた。
彼が、自分のために。
たった一人で、矢面に立って。
自分の弱さを認め、私への愛を叫んでくれた。彼の本当の気持ちが、痛いほど胸に突き刺さってくる。もう、何も疑うことなどなかった。
会見を終えた涼が、疲れた様子でマンションに帰ってくると、美月は玄関で彼を待っていた。報道陣から逃れるためか、少しやつれたように見える彼の顔。それでも、その瞳はどこまでも穏やかだった。
「涼さん……」
言葉にならない想いで、ただ彼の名前を呼ぶのが精一杯だった。ありがとうも、ごめんなさいも、好きですも、全ての感情がごちゃ混ぜになって、うまく言葉にならない。
涼はそんな彼女の前に立つと、優しく微笑み、その頬を伝う涙を親指でそっと拭った。
「……伝わったか?」
その一言に、美月の涙腺は再び決壊した。彼女は何度も、何度も、こくこくと頷き、そして、彼の胸に思いきり飛び込んだ。
「はい……!伝わりました……!私も、私も、涼さんを、愛しています!」
ようやく言えた、本当の気持ち。涼は、彼女の体を強く、しかし優しく抱きしめ返す。二人はようやく、全ての障壁を取り払い、素直な気持ちを伝え合うことができたのだ。
しばらくして、涼はそっと体を離すと、ジャケットの内ポケットから一枚の紙を取り出した。それは、しわくちゃになった、あの一年前の契約書だった。
「こんなものは、もういらないな」
そう言うと、彼はその契約書を、何の躊躇もなくビリビリと細かく破り捨てた。紙吹雪のように舞い落ちる、偽りの関係の残骸。
そして、彼は再びジャケットの内ポケットに手を入れると、今度は小さなベルベットの箱を取り出した。
パカっと蓋を開ける。その中には、美月が愛してやまない、青い忘れな草の花を繊細なプラチナでかたどった、息をのむほど美しい婚約指輪が、きらりと輝いていた。それは紛れもなく、『Lune Fleur』のモチーフから作られた、世界に一つだけの指輪だった。
「美月」
涼は、彼女の前に跪くと、その指輪を手に取り、真剣な瞳で彼女を見上げた。
「僕と、本物の家族になってください。もう二度と、君を不安にさせたりしない。一生、僕のそばで笑っていてほしい」
「……はいっ!」
美月は、涙と笑顔でぐちゃぐちゃになった顔で、力強く頷いた。
涼は、安堵の笑みを浮かべ、その指輪をそっと彼女の左手の薬指にはめる。サイズは、ぴったりだった。
立ち上がった涼は、美月の顔を両手で包み込むように支え、その唇に、自らの唇を重ねた。
それは、これまでのような戸惑いや遠慮のあるものではない。全ての苦難を乗り越え、ようやく結ばれた二人の、どこまでも深く、甘い、本物の誓いのキスだった。




