第14章:冷徹社長の、愛の告白
翌日、涼は全ての憶測と混乱に終止符を打つため、緊急記者会見を開くことを決意した。
秘書の橘や、会社の法務部、広報部は、こぞって反対した。
「社長、ここは嵐が過ぎ去るのを待つべきです」
「契約の事実については、のらりくらりとかわし、ノーコメントを貫くのが最善手かと……」
しかし、涼は彼らの進言に、断固として首を縦に振らなかった。
「それでは、ダメだ。それでは、彼女を守れない」
彼の決意は、鋼のように固かった。
そして、記者会見当日。
会場となったホテルのホールには、数百人という報道陣が詰めかけ、無数のカメラのレンズが、まるで銃口のように演台に向けられていた。その殺伐とした雰囲気の中を、涼はたった一人で歩き、マイクの前に立った。
一斉に、凄まじい数のフラッシュが焚かれる。
涼は、その光の洪水に臆することなく、真っ直ぐに前を見据えた。そして、会場が静まるのを待って、静かに、しかし明瞭な声で口を開いた。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございます。先日来、週刊誌等で報じられている、私と妻・葵美月との関係について、私の口から全てお話しさせていただきます」
彼はそこで一度言葉を切り、そして、誰もが予想しなかった言葉を続けた。
「結論から申し上げます。報道にあった通り、私と妻との結婚生活の始まりが、形式的な契約に基づいたものであったことは、事実です」
その一言に、会場は大きくどよめいた。まさか、トップ自らがスキャンダルを認めるなど、前代未聞だったからだ。記者たちの間に、興奮と困惑がさざ波のように広がっていく。
しかし、涼はそんな会場の空気をものともせず、さらに言葉を続けた。それは、彼の魂の告白だった。
「私は過去の経験から、人を、特に女性を心から信じることができなくなっていました。愛や信頼といった不確かな感情は、ビジネスの場においてはリスクでしかないと、そう思い込んでいた。だからこそ、祖父や周囲からの結婚へのプレッシャーをかわすため、金銭で割り切れる、心のない関係を選んだのです。彼女を、そんな卑怯な形でしか、自分のそばに置くことができなかった。それは全て、私の弱さであり、身勝手さです」
彼は初めて、大勢の人の前で、自らの心の奥底にある弱さと過ちを曝け出した。それは、完璧な経営者・九条涼の仮面を、自ら脱ぎ捨てる行為だった。
そして、彼は無数のカメラのレンズの向こう側――きっと今、テレビの前でこの会見を見ているであろう、たった一人の女性に向かって語りかけるように、言葉を紡いでいく。その声は、熱と、愛に満ちていた。
「しかし、彼女と共に過ごすうちに、私は知りました。誰かを思いやることの温かさを。人を信じることの尊さを。そして……誰かを、心から愛することの、どうしようもないほどの喜びを」
「彼女の作る素朴な料理が、私の疲れた心を癒してくれました。彼女が部屋の片隅で生み出す、あの小さなアクセサリーが、私のモノクロームだった世界に、鮮やかな彩りと命を与えてくれました。彼女のひたむきな真心が、私の凍てついた心を、少しずつ溶かしてくれたのです」
彼の目には、涙こそ浮かんでいなかったが、そこには確かな愛情が溢れていた。
「ですから、断言します。結婚の始まりは契約でした。しかし、その契約は、もうとっくに、何の意味もなしていません」
彼は、演台を強く叩いた。
「葵美月は、私がこの生涯をかけて愛し、守り抜くと誓った、世界でただ一人の、大切な女性です。これ以上、根も葉もない憶測や悪意に満ちた中傷で彼女を傷つけることは、この私が、決して許さない」
その魂からの叫びともいえる、誠実で、どこまでも情熱的な愛の告白は、あれほどうるさかった記者たちを、完全に沈黙させた。
それは、どんな巧みな言い訳よりも雄弁に、そこに存在する「真実の愛」の形を、世の中の全てに物語っていた。




