第13章:暴かれた秘密と、最大の危機
パリから緊急帰国した二人を待っていたのは、まさにスキャンダルの嵐だった。空港には大勢の報道陣が待ち構え、二人は無数のフラッシュとマイクの砲列の中を、押し黙ったまま進むしかなかった。
街の雑誌スタンドには、衝撃的な見出しが躍る週刊誌が平積みされていた。
『悲恋の社長、Éclat九条涼は愛なき契約結婚だった!』
『シンデレラ妻の正体は借金まみれの偽物! 愛か、金か!?』
テレビをつければ、ワイドショーが一日中この話題で持ちきりで、ネットニュースのコメント欄は、根も葉もない憶測や誹謗中傷で炎上していた。
リーク元は、やはり西園寺麗華だった。彼女は、以前涼が作成して破棄したはずの、契約書の草稿の一部をどこかから入手し、それを面白おかしく脚色して週刊誌に売り込んだのだ。
『Lune Fleur』の輝かしい成功も、『社長が金で囲った愛人に道楽で事業をやらせていただけ』といった悪意に満ちた憶測で語られ、ブランドイメージは一気に失墜の危機に瀕していた。手作りの温かみや、デザイナーの想いという物語性は、金で買われた偽りのストーリーだと、世間は手のひらを返したように非難し始めた。
会社の株価は、連日ストップ安を記録するほどに下落。Éclat本社では、緊急の役員会が紛糾していた。
「全ては社長、あなたの公私混同が招いた事態だ!」
「会社のブランドイメージに、どれだけ傷がついたと思っているんですか!」
ついこの間まで『Lune Fleur』の成功を讃え、美月を「葵先生」と持ち上げていた役員たちまでもが、今度は鬼の首を取ったように涼を非難し始めた。
美月は、その全てを自分のせいだと感じ、日に日に憔悴していった。私のせいで、涼さんの築き上げてきたものが、会社が、ブランドが、全部壊れていく。私が、彼の隣にいたからだ。私が、彼の人生に関わってしまったからだ。
罪悪感に押しつぶされそうになった彼女は、ついに一つの決心をした。
私が、いなくなればいい。
私が彼の前から姿を消せば、いつかこの騒ぎも収まるはずだ。彼を、これ以上苦しめたくない。
ある夜、美月は自分のわずかな荷物をボストンバッグに詰め、テーブルの上に、感謝と謝罪の言葉を綴った置き手紙を残した。もうすぐ、契約期間も終わる。少し早いけれど、これで全てを終わりにしよう。
涙を堪え、音を立てないようにそっとマンションの玄関ドアに手をかけた、その時だった。
ガチャリ、と音を立てて、目の前のドアが開いた。会社にいるはずの、涼が帰ってきたのだ。
「……どこへ行くつもりだ」
いつになく低く、厳しい声だった。その瞳には、これまで見たこともないような、怒りの炎が揺らめいている。
美月は、彼の後ろ手にドアを閉められ、逃げ道を失った。手にしたボストンバッグを見て、彼には全てがわかってしまったのだろう。
「……ごめんなさい」
涙が溢れて、声が震える。
「私のせいで、涼さんや、会社に、たくさんのご迷惑をおかけしました。私が……私がいると、あなたの迷惑になるから……だから、私、行きます」
それが、彼女に言える精一杯の言葉だった。
すると、涼は無言のまま美月に近づき、その両肩を、痛いほど強く掴んだ。
「……逃げるな」
絞り出すような、地を這う声。
「君は、僕の妻だろう」
その言葉に、美月ははっと顔を上げた。契約上の、偽物の妻。でも、彼の口から出た「妻」という言葉は、紛れもない真実の響きを持っていた。
彼の瞳には、怒りだけではなく、それ以上に強い、彼女を失いたくないという必死の想いが宿っていた。
「君は、僕が守る。絶対にだ」
言うが早いか、涼は美月を力強くその胸に抱きしめた。まるで、二度と離さないと誓うかのように。壊れそうなほど強く抱きしめられながら、美月は彼の背中に腕を回し、声を上げて泣くことしかできなかった。




