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一年後に捨てられる貧乏シンデレラですが、氷の社長の心を溶かしてしまったようです~秘密の趣味がきっかけで極上の愛を注がれてます~  作者: 水凪しおん


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第10章:彼の過去と、温かい看病

 連日の激務と、模倣品騒動による心労が、ついに涼の体を蝕んだ。ある朝、彼がリビングに姿を見せないことを不審に思った美月が、恐る恐る寝室のドアをノックする。返事がない。意を決してドアを開けると、ベッドの上で、涼が苦しそうな息を吐きながら横たわっていた。

「涼さん!?」

 駆け寄って額に触れると、燃えるように熱い。普段の完璧な姿が嘘のように、彼の顔は赤く上気し、弱々しく目を閉じている。過労による高熱だった。

 美月はすぐさま橘に連絡を入れると、つきっきりで涼の看病を始めた。

 冷たい水で濡らしたタオルで、何度も彼の額を冷やす。汗で濡れたシャツを着替えさせ、消化に良い林檎のすりおろしや、栄養のあるおかゆを作って、少しでも口にできるよう傍らで支えた。

 契約上は、ここまで立ち入る義務はない。でも、そんなことはもうどうでもよかった。大切な人が苦しんでいる。ただ、その事実だけで、美月の体は自然と動いていた。

 朦朧とする意識の中、涼は額に触れる優しい手の感触を感じていた。ひんやりとして、心地よいその感触。それは、遠い昔、自分がまだ幼かった頃、風邪をひくといつも傍らで看病してくれた、母親の手に似ている気がした。いつからだろう、こんな風に誰かに無防備に身を委ね、ただただ労わってもらうなんてことは。

 午後になり、橘が心配して見舞いに訪れた。彼は、涼の枕元で甲斐甲斐しく世話を焼く美月の姿を見て、心から安堵したような表情を浮かべた。

「美月さん、ありがとうございます。社長のこと、よろしくお願いします」

 橘はリビングで美月に入れてもらったお茶を飲みながら、ぽつりと、涼の過去について語り始めた。

「社長が……どうしてあんなに心を閉ざすようになってしまったか、ご存知ですか?」

 美月が静かに首を振ると、橘は少しだけ躊躇うように言葉を選びながら、続けた。

「社長は……昔、人を信じて、ひどく裏切られたことがあるんです。だから、あんな風になってしまった」

 それは、涼がまだ大学生だった頃の話だという。彼が九条家の御曹司だと知らずに出会った恋人がいた。彼は生まれて初めて本気で人を愛し、将来を誓い合った。しかし、彼女は、彼が『Éclat』の次期社長だと知った途端、態度を豹変させた。家の財産目当てで近づき、彼の純粋な気持ちを利用していただけだったのだ。

 その裏切りは、若く多感だった涼の心を深く、深く傷つけた。

「それ以来です。社長が、人を、特に女性を心から信じることをやめてしまったのは。愛なんてものは金で買える、心のない関係の方がよほど安全で合理的だ、と考えるようになって……今回の契約結婚も、結局は、彼のそんな心の傷が生み出した、歪んだ自己防衛策だったのかもしれません」

 橘の言葉に、美月は胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 彼のあの氷のような態度は、鎧だったのだ。傷つかないように、これ以上誰も信じなくて済むように、自分自身を守るための。彼の抱えてきた孤独と痛みを初めて知り、美月はますます、涼という人間を愛おしく思うようになっていた。彼を癒したい。その凍てついた心を、自分のこの手で温めてあげたい。そう、強く願った。


 夜になり、涼の熱は少しずつ下がり始めた。意識がはっきりしてきた彼は、ずっと自分の傍らに座っていた美月の存在に気づき、かすれた声で尋ねた。

「……なぜ、ここまでしてくれるんだ。契約には、こんなことは含まれていないはずだ」

 美月は、彼の問いに優しく微笑んで答えた。

「あなたは、私の大切な仕事のパートナーですから。立派なビジネス上の理由です」

 少しだけおどけて見せると、彼女は続けた。

「それに……」

 言いかけて、口ごもる。頬が、ほんのりと赤く染まった。

「それに、私が、そうしたいと思ったからです」

 何の計算も、裏もない、真っ直ぐな言葉。その曇りのない瞳に見つめられ、涼は言葉を失った。

 頑なに閉ざし、分厚い氷で覆っていたはずの自分の心の壁が、彼女の温かさに触れて、また一枚、音もなく静かに溶けていくのを、彼は確かに感じていた。

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