落ちこぼれの声
三人の生徒がそれぞれ名乗り、自身の問題を話した。
巨漢の男子――ライナー・バルト。二年生、雷属性、D判定。極端に強い辺境の訛り(うねるような抑揚)がある。無理に標準語で平坦に詠唱しようとするため魔力の接続がぶれ、ただの火花しか出ない。
小柄な少女――クララ・シュネー。一年生、風属性、E判定。極度の内気で声量が致命的に小さい。呪文を唱えても世界に届かず、そよ風にしかならない。
メモ魔の眼鏡――テオドール・シュライバー。一年生、土属性、D判定。短いセンテンスなら早口で話せるが、土属性特有の長い修飾語の多い詠唱を口に出す途中で必ず噛み、自爆する。
三人の説明を聞き終え、レオンハルトが大きなため息をついた。
「エルネスト。まともに呪文が喋れない連中に、語順変更を教えても意味がないだろう」
レオンハルトの指摘はもっともだった。魔法は言語による世界への命令。声に出力する段階でノイズが入れば、文法以前の問題だ。
「そうとも限らない。言葉が足りなくとも、あるいは乱れていても魔法は成立し得る」
エルネストは静かに首を振った。
「武闘祭の最後、僕が君の火弾を防いだ時、『守りたれ』という動詞しか言えなかった。名詞(水)を省略したのに、僕の前に水の盾——水滴のようなものが出た。なぜだと思う?」
「……お前の魔力が暴走したか?」
「いや。魔法は言語だが、同時に術者の『イメージ(想像力)』でもあるからだ。単語が省略された箇所は、術者の『こう防ぎたい』という無意識のイメージがその穴を補完し、不完全ながらも属性を決定する」
エルネストは三人の顔を見回した。
「ただし、言葉という骨格を持たない『イメージだけの補完』は極端に脆い。威力が激減し、一滴の水にしかならなかったように燃費も最悪になる。だからこそ……それを逆手に取るんだ」
エルネストの瞳は輝いていた。前世で未解明の言語現象に直面した時と、同じ光だ。
「声の震え。極小の声量。連続発話の破綻」
エルネストはチョークを取り、黒板に三つの項目を書き並べた。
「レオンハルト。君は『正常な発話』ができなければ魔法は使えないと思っている。だが、それはこの世界の画一的な発音教育が生み出した偏見に過ぎない」
「偏見だと?」
「言語の本質は音声だけではない。手振り、身振り、図形——伝達手段は多様であり、どれも等しく『言語』として機能し得る。障害と呼ばれるものは、多数派との差異に過ぎない。ならば——彼らの欠陥と呼ばれる発声の癖を、逆手に取ってシステムに組み込めばいい」
三人の生徒たちが、顔を上げた。
「ライナー、クララ、テオ。君たちの詠唱の癖は、直さなくていい」
エルネストは断言した。
「君たちの発声器官の特性に合わせた、世界で一人しか使えない『専用の古代語文法』を設計する」
* * *
まずライナー。
杖を構えるが、無理に標準語のアクセントを作ろうとして、「いか、雷よっ……!」と不自然にうねって途切れ、静電気が飛び散っただけで終わった。
「す、すみません……!」
「ライナー。標準語で平坦に喋れ、と直され続けてきただろう?」
「は、はい……」
「逆だ。むしろ全力で訛れ。君のそのうねるような独特の抑揚——波打つ発声は、雷属性と相性がいい。雷は微弱な放電の波動だ。そのうねりを魔力の起伏に乗せれば、通常は複数の魔導士が共鳴しなければ撃てない範囲制圧の雷撃を、一人で実現できる」
エルネストは黒板にルーン文字を書いた。
「波——。雷を呼ぶ古代の感嘆詞だ。この音を伸ばし、恐れず訛るがままにうねりを空気に乗せろ」
ライナーは深呼吸し、杖を両手で強く握った。訛りを笑われる恐怖。だが、それを捨てた。大きく口を開き——。
「ルルルルルルルゥゥッッ!!」
標準語で抑え込むのではなく、故郷の訛りを全開にした。
ブゥン、と地下の空気が重低音で共鳴し、うねるような電気の膜がライナーの周囲に生まれた。
「そのまま!」
「ルルルルルルルルルゥゥッッ!!」
バチィィッ!!
地下貯水槽の壁に向かって、巨大な雷の網が放たれた。直線の雷撃ではない。波打ち広がる『面』の雷——範囲制圧魔法だ。石の壁が黒く焦げた。
「これが、僕の……?」
「君専用の文法——『振動詠唱(波形詠唱)』だ。あの訛りのうねりは欠陥じゃない。君だけの武器だ」
ライナーの目から、歓喜の涙がこぼれ落ちた。
* * *
次にクララ。
「声が出せないなら、声を出す必要はない。母音を全て捨てろ」
エルネストの指示に、全員が目を疑った。
「風属性の魔法の本質は『気流の操作』だ。人間の発声で気流を最も直接的に操作するのは、母音を響かせることじゃない。子音——摩擦音や破裂音を発する時の『息の圧力』だ」
エルネストは現代語の風の呪文から母音を消し、子音の骨格だけを書いた。
「ささやき声でいい。むしろ、ささやき声でなければならない。君の肺から絞り出される細い息を、古代語の鋭い子音に変換するんだ」
クララは自信なさげに杖を構え、声帯を一切震わせず、ただ息を鋭く吐いた。
「——シュ、フッ……!」
ヒュンッ!!
目に見えない風の刃が、対岸の壁に深い傷跡を刻んだ。
「無声音による超音波帯域の詠唱。声が小さいからこそ、空気の抵抗を極小に抑え、鋭く高密度な風の刃になる。——『無音の風』。君だけの魔法だ」
クララはかすかに、初めての笑みを浮かべた。
* * *
最後にテオ。
「長文が噛むなら、長文をやめろ。短い単文を接続詞で連続発動させる。五文字程度のパーツを積み木のように重ねていく——『連句詠唱』だ」
テオはメモを受け取り、リズムを刻むように詠唱した。
「土よ——壁となれ——重なれ——硬く——さらに——高く!」
ドンッ、ドンッ、ドンッ!
短い言葉ごとに地面から土のブロックがせり上がり、最後には闘技場の防御壁に匹敵する巨大な壁が完成した。
「噛まなかった! こんな凄いの、初めてです!」
「一つ一つの呪文が短く完結しているから処理落ちしない。しかも接続詞で前の魔法に効果を加算できる。君のメモ魔の才能なら、すぐに連句のリストを頭に叩き込めるだろう」
* * *
三人の「落ちこぼれ」たちが、それぞれの専用魔法を手にして満面の笑みを浮かべている。
ティアはその光景を見つめ、教壇に立つエルネストの横顔を見つめた。
(エルネストは……自分で魔法は撃てないかもしれない。でも)
(人を魔法使いにする『魔法使い』なんだ)




