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魔法が全く使えない「言語学者」、異世界の古代語を解読したら全ての呪文の"誤訳"に気づいてしまった  作者: なは
第4章:古代語禁止令

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落ちこぼれの声

 三人の生徒がそれぞれ名乗り、自身の問題を話した。


 巨漢の男子――ライナー・バルト。二年生、雷属性、D判定。極端に強い辺境の訛り(うねるような抑揚)がある。無理に標準語で平坦に詠唱しようとするため魔力の接続がぶれ、ただの火花しか出ない。


 小柄な少女――クララ・シュネー。一年生、風属性、E判定。極度の内気で声量が致命的に小さい。呪文を唱えても世界に届かず、そよ風にしかならない。


 メモ魔の眼鏡――テオドール・シュライバー。一年生、土属性、D判定。短いセンテンスなら早口で話せるが、土属性特有の長い修飾語の多い詠唱を口に出す途中で必ず噛み、自爆する。


 三人の説明を聞き終え、レオンハルトが大きなため息をついた。


「エルネスト。まともに呪文が喋れない連中に、語順変更を教えても意味がないだろう」


 レオンハルトの指摘はもっともだった。魔法は言語による世界への命令。声に出力する段階でノイズが入れば、文法以前の問題だ。


「そうとも限らない。言葉が足りなくとも、あるいは乱れていても魔法は成立し得る」


 エルネストは静かに首を振った。


「武闘祭の最後、僕が君の火弾を防いだ時、『守りたれ』という動詞しか言えなかった。名詞(水)を省略したのに、僕の前に水の盾——水滴のようなものが出た。なぜだと思う?」


「……お前の魔力が暴走したか?」


「いや。魔法は言語だが、同時に術者の『イメージ(想像力)』でもあるからだ。単語が省略された箇所は、術者の『こう防ぎたい』という無意識のイメージがその穴を補完し、不完全ながらも属性を決定する」


 エルネストは三人の顔を見回した。


「ただし、言葉という骨格を持たない『イメージだけの補完』は極端に脆い。威力が激減し、一滴の水にしかならなかったように燃費も最悪になる。だからこそ……それを逆手に取るんだ」


 エルネストの瞳は輝いていた。前世で未解明の言語現象に直面した時と、同じ光だ。


「声の震え。極小の声量。連続発話の破綻」


 エルネストはチョークを取り、黒板に三つの項目を書き並べた。


「レオンハルト。君は『正常な発話』ができなければ魔法は使えないと思っている。だが、それはこの世界の画一的な発音教育が生み出した偏見に過ぎない」


「偏見だと?」


「言語の本質は音声だけではない。手振り、身振り、図形——伝達手段は多様であり、どれも等しく『言語』として機能し得る。障害と呼ばれるものは、多数派との差異に過ぎない。ならば——彼らの欠陥と呼ばれる発声の癖を、逆手に取ってシステムに組み込めばいい」


 三人の生徒たちが、顔を上げた。


「ライナー、クララ、テオ。君たちの詠唱の癖は、直さなくていい」


 エルネストは断言した。


「君たちの発声器官の特性に合わせた、世界で一人しか使えない『専用の古代語文法』を設計する」


     * * *


 まずライナー。


 杖を構えるが、無理に標準語のアクセントを作ろうとして、「いか、雷よっ……!」と不自然にうねって途切れ、静電気が飛び散っただけで終わった。


「す、すみません……!」


「ライナー。標準語で平坦に喋れ、と直され続けてきただろう?」


「は、はい……」


「逆だ。むしろ全力で訛れ。君のそのうねるような独特の抑揚——波打つ発声は、雷属性と相性がいい。雷は微弱な放電の波動だ。そのうねりを魔力の起伏に乗せれば、通常は複数の魔導士が共鳴しなければ撃てない範囲制圧の雷撃を、一人で実現できる」


 エルネストは黒板にルーン文字を書いた。


(ルル)——。雷を呼ぶ古代の感嘆詞だ。この音を伸ばし、恐れず訛るがままにうねりを空気に乗せろ」


 ライナーは深呼吸し、杖を両手で強く握った。訛りを笑われる恐怖。だが、それを捨てた。大きく口を開き——。


「ルルルルルルルゥゥッッ!!」


 標準語で抑え込むのではなく、故郷の訛りを全開にした。


 ブゥン、と地下の空気が重低音で共鳴し、うねるような電気の膜がライナーの周囲に生まれた。


「そのまま!」


「ルルルルルルルルルゥゥッッ!!」


 バチィィッ!!


 地下貯水槽の壁に向かって、巨大な雷の網が放たれた。直線の雷撃ではない。波打ち広がる『面』の雷——範囲制圧魔法だ。石の壁が黒く焦げた。


「これが、僕の……?」


「君専用の文法——『振動詠唱(波形詠唱)』だ。あの訛りのうねりは欠陥じゃない。君だけの武器だ」


 ライナーの目から、歓喜の涙がこぼれ落ちた。


     * * *


 次にクララ。


「声が出せないなら、声を出す必要はない。母音を全て捨てろ」


 エルネストの指示に、全員が目を疑った。


「風属性の魔法の本質は『気流の操作』だ。人間の発声で気流を最も直接的に操作するのは、母音を響かせることじゃない。子音——摩擦音や破裂音を発する時の『息の圧力』だ」


 エルネストは現代語の風の呪文から母音を消し、子音の骨格だけを書いた。


「ささやき声でいい。むしろ、ささやき声でなければならない。君の肺から絞り出される細い息を、古代語の鋭い子音に変換するんだ」


 クララは自信なさげに杖を構え、声帯を一切震わせず、ただ息を鋭く吐いた。


「——シュ、フッ……!」


 ヒュンッ!!


 目に見えない風の刃が、対岸の壁に深い傷跡を刻んだ。


「無声音による超音波帯域の詠唱。声が小さいからこそ、空気の抵抗を極小に抑え、鋭く高密度な風の刃になる。——『無音の風』。君だけの魔法だ」


 クララはかすかに、初めての笑みを浮かべた。


     * * *


 最後にテオ。


「長文が噛むなら、長文をやめろ。短い単文を接続詞で連続発動させる。五文字程度のパーツを積み木のように重ねていく——『連句詠唱チェイン・キャスト』だ」


 テオはメモを受け取り、リズムを刻むように詠唱した。


土よ(ソイル)——壁となれ(ウォール)——重なれ(プラス)——硬く(ハード)——さらに(アゲイン)——高く(ハイ)!」


 ドンッ、ドンッ、ドンッ!


 短い言葉ごとに地面から土のブロックがせり上がり、最後には闘技場の防御壁に匹敵する巨大な壁が完成した。


「噛まなかった! こんな凄いの、初めてです!」


「一つ一つの呪文が短く完結しているから処理落ちしない。しかも接続詞で前の魔法に効果を加算できる。君のメモ魔の才能なら、すぐに連句のリストを頭に叩き込めるだろう」


     * * *


 三人の「落ちこぼれ」たちが、それぞれの専用魔法を手にして満面の笑みを浮かべている。


 ティアはその光景を見つめ、教壇に立つエルネストの横顔を見つめた。


(エルネストは……自分で魔法は撃てないかもしれない。でも)


(人を魔法使いにする『魔法使い』なんだ)


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― 新着の感想 ―
詠唱=世界への命令の伝達だとするなら、その命令をどこまでなら弄って変化させても世界は聞き取ってくれるのか。 標準語ではなく訛りのある言葉が届くのは感覚的にわかります。命令が命令たり得ているか(入力する…
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