十五秒
Cブロック予選、第一試合。
円形闘技場の中央に、四人が対峙した。
片方は——エルネスト・ラングとティア・ノーヴァシルド。
もう片方は、D判定の火属性とD判定の土属性のコンビ。二年生の男子二人組で、がたいのいい方が火属性のロルフ、もう一人が土属性のゲオルグ。判定値の合計ではエルネストたちとほぼ同等だが、二人とも実技訓練を真面目にこなしてきたタイプだ。
判定員のハインリヒ副学院長が手を上げた。
「Cブロック、第一試合。ラング/ノーヴァシルド対ロルフ/ゲオルグ。——始め!」
ロルフが即座に詠唱を開始した。
「火よ集え、我が手に宿れ——」
火属性の基本攻撃呪文。炎弾。発動まで約二秒。
エルネストの声がティアの背後から飛んだ。
「V!」
たった一音。
だがティアにはそれで十分だった。三ヶ月間叩き込まれた戦術詠唱体系——「V!」は語順をVSOに変更せよ、という指示。
ティアの詠唱が流れ出す。
「宿れ水よ我が手に、貫け敵を——」
動詞が文頭に跳躍した。
VSO語順——動詞を先頭に置くことで、魔法の「行為指定」が先行処理される。結果、呪文全体の発動が通常語順より約〇・三秒速くなる。
ロルフの炎弾がまだ形を成していないうちに、ティアの水弾が発射された。
圧縮された水の塊が空気を切り裂き、ロルフの胸部に直撃する。
「ぐっ——」
ロルフが後方に吹き飛ばされた。防御呪文を唱える暇すらなかった。
観客席がどよめく。
「速い——」
「何だ今の、詠唱が短くなかったか?」
「いや、短くはなってない。順番が変わっただけだ。でもあの速度は——」
ゲオルグが慌てて防御に回った。
「大地よ壁となれ!」
土属性の防御呪文。地面から厚さ三十センチほどの岩壁がせり上がる。
エルネストは冷静に分析した。
(防御の構文は『大地よ(S)・壁と(C)・なれ(V)』。SCV語順。命令形。——弱い。已然形に変えれば三倍の硬度が出るが、あの男はそれを知らない)
「完了!」
エルネストの第二の詠唱指示。
ティアが即座に詠唱を組み替えた。
「貫きたれ水の槍、砕きたれ岩の壁——」
完了相。
「貫け」ではなく「貫きたれ」——「すでに貫いた」という完了形で詠唱する。
魔法が「これから起こること」ではなく「すでに起こったこと」として世界に宣言される。因果が確定し、命令形の防御では止められない質の魔法に変化する。
水の槍が岩壁に突き刺さった。
通常なら弾かれるはずの水属性の攻撃が、土属性の防御を貫通する。岩壁にひびが走り——砕け散った。
「なっ——!」
ゲオルグの顔が驚愕に歪んだ。
水の槍がゲオルグの胴体を打ち、彼を場外まで吹き飛ばした。
場外落下。
先にロルフが立ち上がりかけたが、ティアがすかさず次の水弾を構えた。ロルフは苦い顔で手を上げた。
「……降参する」
静寂。
そして——爆発するような歓声。
「勝者、ラング/ノーヴァシルド!」
ハインリヒの宣告が響いた。
試合時間、十五秒。
E判定とC判定のコンビが、D判定ペアを瞬殺した。
「十五秒……」
「嘘だろ。あのE判定の奴、魔法一発も撃ってないぞ」
「撃ってないのに勝ったのか?」
観客席のざわめきが収まらない。
エルネストは闘技場を出ながら、ノートに結果を書き留めた。
『第一戦:勝利。15秒。VSO語順変更+完了相。相手の対応力:低。問題なし。第二戦以降、相手の対策を注視すべし』
「エルネスト」
「何だ」
「十五秒は速すぎませんか。手の内を見せすぎた気がします」
エルネストは頷いた。
「その通りだ。だが、予選第一戦は『見せる』のが正解だ。相手全チームに語順変更と完了相を見せることで、第二戦以降は相手が防御を意識するようになる。防御を意識した相手は攻撃が遅くなる。——心理的な先制攻撃だ」
「わざと手の内を見せたんですか」
「半分はわざと、半分は本気だ。予選は三戦ある。第一戦で圧倒し、第二戦で相手の対策を観察し、第三戦で対策の対策を出す。——言語学で言う『仮説→検証→修正』のサイクルだ」
ティアは小さくため息をついた。
「本当に、戦い方までも言語学なんですね」




