三人の共犯者
学院長との面談から三日後。
エルネストは旧教室で、ティアとレオンハルトの二人に、学院長から聞いた内容を打ち明けた。
研究禁止の処分。その根拠。そして——学院長が口にした「安全装置」という言葉。
「古代語が千年かけて劣化したのは、偶然ではなく……世界を守るための安全装置だった可能性がある。学院長はそう言った」
エルネストの言葉が終わっても、ティアとレオンハルトはすぐには声を出せなかった。風が窓を揺らす微かな音だけが響いた。
最初に口を開いたのはレオンハルトだった。
「……安全装置。呪文の劣化が、わざとだと?」
レオンハルトは腕を組み、窓の外を見つめた。碧眼に映る空は、いつもと変わらない青だった。
「正直、学院長の話が本当かどうか、俺には判断できん。だが——嘘をつく理由もないだろう。五十年間向き合ってきた問題と言った。あの老人が、軽々しく脅しをかけるとは思えない」
「私も気になります」ティアが静かに言った。「学院長は具体的に何を恐れているんだろう」
「分からない。軍事バランスの崩壊以外に、もっと根本的な脅威があるらしい。だがその正体は明かされなかった」
「問題は、どうするかだ」エルネストが言った。「選択肢は二つ。一つ目、学院長の言葉を信じて研究を止める」
「二つ目」レオンハルトが続けた。「脅威の正体が分からないまま、研究を続ける。武闘祭にも出る」
「三つ目があります」
ティアが言った。二人が彼女を見た。
「研究を続けながら、学院長が恐れているものの正体を突き止める。正体が分かれば、対策も立てられるはずです」
エルネストはティアを見つめた。
「……ああ。僕が考えているのもそれだ。だが手がかりが少ない」
「見つけましょう。三人で」
ティアの声には迷いがなかった。レオンハルトも小さく頷いた。
「管理部や爺さんの寝首は俺が監視しておく。政治の泥沼は貴族の領分だ。お前たちは研究に集中しろ。脅威の正体については——俺の出る幕じゃない」
「ありがたい。僕とティアは古代語の分析を続ける。学院長の言う『安全装置』の仕組みが解明できれば、脅威の正体にも近づけるはずだ」
三人は旧教室を出た。
それぞれの持ち場へ。研究者は図書館へ。実験者は練習場へ。政治家は侯爵邸へ。
三人の「共犯者」の関係が、この日から正式に始まった。
* * *
その夜、エルネストは図書館の地下で、気になっていたことを調べた。
古代文献の劣化だ。
以前から感じていた違和感——古代文献の羊皮紙が、不自然な速度で褪色している現象——を確かめるためだ。
エルネストは最も状態の良い写本を一冊選んだ。祈祷書の写本。典礼語と古代文字の対照テキスト。
写本を閲覧机に広げ、特定の古代文字のインクの色と鮮明さを、ルーペで細かく観察した。基準点を定め、ノートにスケッチする。
(この劣化の加速が、僕が修正版呪文を使い始めた時期と重なっているとしたら——学院長の言う「安全装置」と関連があるのかもしれない)
仮説に過ぎない。だが、確かな危機感がエルネストの胸の内に生じていた。
図書館の閉館の鐘が鳴った。
エルネストは写本を棚に戻し、地下一階を出た。
階段を上りながら、ふと足が止まった。
背後——地下の奥から、微かな振動が伝わってきた。地鳴りのような、だが音のない振動。
気のせいだろうか。
エルネストは振り返ったが、暗い階段の先には何も見えなかった。
地下の闇は——沈黙していた。




