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魔法が全く使えない「言語学者」、異世界の古代語を解読したら全ての呪文の"誤訳"に気づいてしまった  作者: なは
第2章:共犯者

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戦術詠唱

 武闘祭の話をティアに持ちかけたのは、その夜の旧教室だった。


 ティアの反応は、エルネストの予想通りだった。


「やります」


 一瞬の迷いもなかった。


「ただし、条件があるんですよね。三ヶ月で実戦レベルまで仕上げなければならない」


「そうだ。水弾と氷壁は修正版が完成しているが、実戦で使うにはそれだけでは足りない。武闘祭は複数回の戦闘を連続でこなす必要がある。魔力の消費管理、相手の攻撃への対処、戦術の即時判断——実技の総合力が必要だ」


「私の実技経験はほとんどゼロです。二年間、実戦訓練を外されていたから」


「だからこそ、訓練が必要だ。呪文の修正だけでなく、戦闘の基礎から仕上げなければならない」


 ティアは真剣な顔で頷いた。


「あと一つ」エルネストが付け加えた。「武闘祭の団体戦では、僕は直接戦闘には参加しない」


「え?」


「E判定の僕が前線に出ても足手まといだ。僕の役割は——裏方だ。戦術指揮。ティアの詠唱をリアルタイムで修正・最適化する指示を出す。軍師スタイルだ」


 ティアは目を瞬いた。


「私が戦って、エルネストが指揮を?」


「そうだ。不満か」


「不満じゃないです。ただ——すごく変わった組み合わせだなって。魔法を使わない魔導士と、暴発していた魔導士の二人組」


「最低ランクのコンビだ。だからこそ、勝てば衝撃が大きい」


 ティアは小さく笑った。


「分かりました。三ヶ月後に、学院中を驚かせましょう」


 その夜から、二人の訓練は新しいフェーズに入った。


     * * *


 訓練初日。旧練習場。


「まず、実戦における呪文の使い分けを整理する」


 エルネストは黒板を旧練習場に持ち出し、作戦図を描いた。


「武闘祭の団体戦は二対二のバトルロイヤル形式だ。制限時間十分。相手の戦闘不能か降参で決着がつく。使用できるのは学院認定の魔法のみ——ただし、呪文の詠唱の仕方に制限はない。つまり、文法修正版の呪文を使うこと自体は、規則上は禁止されていない」


「管理部の規制は?」


「フラム侯爵家の介入で保留中だ。直接的な処罰はされない。ただし、武闘祭で使えば公の場で技術が露見する。もう隠せなくなる」


「それが目的でしょう?」


「……君は鋭いな」


 エルネストは苦笑した。


「では訓練の内容。ティアが覚えるべきは三つだ」


 黒板に書く。


「一、攻撃呪文(オフェンシブ)の使い分け。水弾と氷壁に加え、水属性の中級呪文をもう一つ修正する。水流縛(アクアバインド)——相手の動きを水で拘束する呪文だ。三種の攻撃手段を持つことで、相手が対策を絞れなくなる」


「二、防御と回避(ディフェンシブ)の基礎。ティアは二年間実戦をしていないから、相手の攻撃をどう避けるかの感覚がない。これは反復練習で身につけるしかない。僕が模擬攻撃を仕掛けるが……E判定の炎弾では訓練にならないな」


「私の水弾を自分に向けて撃ちますか?」


「それは危険すぎる。……レオンハルトに協力を頼むか」


「三、戦術指揮への対応(タクティカル)。僕が試合中にリアルタイムで詠唱の修正指示を出す。『語順を変えろ』『完了相を入れろ』『音韻を逆算しろ』——こういう抽象的な指示を即座に詠唱に反映できるよう、暗号的な詠唱指示体系を作る」


 ティアはノートに書き込みながら、真剣な表情で聞いていた。


「詠唱指示体系というのは?」


「例えば、僕が『V!』と叫んだら語順をVSO型に切り替える。『完了!』と叫んだら完了相を入れる。『逆算!』と叫んだら音韻推移の逆算を適用する。試合中に長い説明をしている暇はないから、短い合言葉で瞬時に切り替えられるようにする」


「それって——私が三種類の文法修正を全部理解していないとできないですよね」


「そうだ。だから三ヶ月かかる。今のティアは語順最適化と完了相修正はできるが、音韻逆算はまだ教えていない。さらに水流縛の修正版も新規に作る必要がある」


 ティアは深呼吸した。


「……やること多いですね」


「多い。だが不可能ではない。以前、似たような言語教育の記録を読んだことがある。短期間で言語体系を習得するための方法論は、理論として確立されている」


 前世の第二言語習得理論。短期集中型の言語教育メソッド。音声学的アプローチによる発音矯正。これらを魔法の詠唱訓練に応用する。


「毎日二時間の訓練だ。朝一時間、放課後一時間。休日は三時間。三ヶ月で約百八十時間。これだけあれば、基礎的な第二言語の運用能力に相当するレベルに到達できる」


「第二言語の運用能力……?」


「ティアにとって古代語は『外国語』のようなものだ。現代語しか話せない人間が、古代語の文法規則を実戦で使えるレベルまで習得する——本質的には外国語学習と同じだ」


 ティアのノートに、訓練スケジュールが書き込まれていった。


 三ヶ月。百八十時間。


 E判定の言語学者と、C判定の水属性魔導士が、学院最強のコンビに挑む。


(無謀だ。客観的に見て無謀だ。だが——前世で最も価値ある発見は、いつも無謀な仮説から始まった)


     * * *


 翌週から、訓練が始まった。


 朝の訓練は旧教室での座学。エルネストがティアに音韻推移の法則を教え、水属性の呪文に適用する方法を解説する。


 放課後の訓練は旧練習場での実技。修正版呪文の実射と、戦闘動作の基礎訓練。


 一週間目。水流縛の修正版に取り組む。


 通常版:「水よ纏え、敵の四肢を巻きて、動きを拘束せしめよ。水流縛」

 修正版(語順+完了相+音韻逆算):「纏いたれ水よ、巻き締めたれ四肢を、拘束せり。水流縛」


 修正版の水流縛は——標的にした石柱を水の鎖で完全に拘束した。通常版なら石柱の表面を濡らす程度の水量で、亀裂の入るほどの圧力をかける拘束力を発揮した。


「三つ目の武器が完成した」エルネストが記録しながら言った。「水弾、氷壁、水流縛。攻撃、防御、拘束。三角形の戦術体系だ」


 二週間目。レオンハルトが訓練に参加した。


「俺でよければ仮想敵をやってやる。E判定の炎弾じゃ練習にならんだろう」


 レオンハルトの修正版炎弾——エルネストから教わった文法修正を自ら適用したもの——は、B判定の魔力と正しい文法の相乗効果で、凄まじい威力を発揮した。


 ティアはレオンハルトの炎弾を相手に、氷壁で防御し、水弾で反撃し、水流縛で拘束する訓練を毎日繰り返した。


 最初は一方的にやられた。レオンハルトの攻撃速度にティアの反応が追いつかない。


 だがエルネストの戦術指揮が入ると、状況が変わった。


「V! 氷壁!」——語順最適化で詠唱速度を上げ、即座に防御壁を展開する。

「逆算! 水弾!」——音韻逆算で威力を底上げした水弾で反撃する。

「完了! 水流縛!」——完了相で因果を確定させた水の鎖で相手を拘束する。


 エルネストの短い号令で、ティアの詠唱が瞬時に切り替わる。二人の呼吸は日に日に合ってきた。


「面白い」レオンハルトが汗を拭きながら言った。「お前たちの連携は、二対一で俺と渡り合えるところまで来ている。あと二ヶ月訓練すれば——武闘祭の本戦で通用するかもしれん」


 エルネストは頷いたが、内心では別のことを考えていた。


(レオンハルトは手加減している。本気のレオンハルトは螺旋炎獄を使う。あれを凌げなければ、本戦では勝てない。……だが今はまだ、その対策を公開するわけにはいかない)


 三週目。四週目。


 訓練は続いた。ティアの腕前は目に見えて上がっていった。二年間のブランクが信じられないほど、彼女は急速に実戦感覚を取り戻していった。


 元々C判定の魔力資質がある。その上に文法修正のブーストが乗る。教科書通りの魔法を使う同級生たちとは、もはや比較にならないレベルに達しつつあった。


 だが——エルネストは一つの不安を抱えていた。


 ティアの成長速度そのものに対する不安ではない。


 管理部の猶予一ヶ月が、間もなく切れる。武闘祭はその二ヶ月後。猶予が終わった後も訓練を続けるなら、学院上層部との対立が避けられない。


 そしてもう一つ。


 このところ、図書館の地下一階に行くたびに感じる違和感。


 古代文献の羊皮紙の一部が、以前より褪色が進んでいるように見える。文字の輪郭がぼやけている箇所がある。劣化は自然現象だが、速度が——不自然に速い気がする。


 気のせいかもしれない。だが、言語学者の直感が告げていた。


 何かが、この世界の「言葉」を——蝕んでいる。


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