表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第1章「継承者の孤独、白き勇者との出逢い」

(「---あぁ…もう、いちいち面倒くさいんだから。」)


 教室の片隅…一番後ろの窓側の席に座った私は、そんなことを考えながら、人知れずため息をついていた。

 今は授業中。私の座っている席から少し離れたところにある教壇では、歴史学関係を専門とする女性教員---ここが大学部だということを考えると、教授や准教授などと言った方が良いかもしれない---が、何事かをああでもないこうでもないと言葉として羅列し、それを板書として黒板へと写している。


 …正直、この歴史の授業というのは、私は大嫌いだ。


 昔の人がどれだけ偉かったのかは知らない。しかし、昔の人が何をやった、誰を倒した、どんな国を作った、こんな書物を残した…そんなものは、知りたい人間が勝手に調べて自己満足に浸れば良いだろう。何が悲しくて、多様な学問の在り方をほぼ許さないに等しい学校で勉強などさせられなければならないのか。こんなもの、一体何の役に立つというのか。


「---斯くして、約100年以上前のこと。2020年12月24日、社島(やしろじま)史上3回目の狼化現象(ラグナロク)が発生しました。もうみなさんは知っているとは思いますが------」


 …はあ…また始まった。

 私がため息をつく間に、教授の言葉は続く。


「---この狼化現象は、史上最高のヴァルキリー、クリスティナ・E(アインス)L(ローレライ)鶴城(かくじょう)女史の狼化という、史上類を見ないほどに大規模かつ危険なものとなったため、特別に『史上最大の狼化現象オーバーロード・ラグナロク』と呼びます。そして、それを食い止めたのは------」


 …そこまで言って、教授の視線が、ずっと窓の外を向いていた私の方を向く。…いや、私が授業の話を聞く気すらなかったことなど、この教授はどうせ気付いていたに違いない。その証拠に…一学生の分際で自分の話をまったく聞かないとは何事か、と言わんばかりに、その目尻はぴくぴくと動いていた。


「------鶴城 エリスさん!!教科書くらい開きなさい!!今話した内容を聞いていたなら------」


 教授が言い終わる前に、私は目も合わせることなく言った。


「---私の曾祖母が引き起こした『史上最大の狼化現象』を止めたのは、史上最高のオーディンと呼ばれる私の曾祖父、鶴城 誠(かくじょう まこと)…これで満足ですか?それとも…その後、この島、この学園、ひいては全世界における狼化現象の情報統制の変化、その他諸々についても答える必要がありますか?」


 それを聞いて教授は一瞬たじろいだものの、すぐに調子を戻したようで、今度は私に対して嗜めるように言ってくる。

「---あのね、鶴城さん。あなたの曾お祖父様や曾お祖母様が歴史上の偉人であることはわかります。あなたが最上位ヴァルキリー(ブリュンヒルデ)…お祖母様譲りの強力なヴァルキリーであることも。でもね…だからと言って、授業を真面目に聞いてくれないというのは---」


「先生は、曾祖父や曾祖母が、そんなに偉いことをしたと思っていらっしゃるんですね。」


 教授の言葉を真正面からぶった斬ってから、私は机の上の教科書を開き、国連平和維持活動(PKO)の資料として添付されていた男女の写真---それを、氷のように冷たい目で見つめる。


 ---その写真には、どこかの国の子供たちに囲まれる中、各所に装甲が散りばめられた白い戦闘服(スヴェル)を纏い、聖母マリアのような優しく柔らかな笑顔を子供たちに向ける、私と同じ長い金色の髪とエメラルドの瞳の女性と、その傍らで、その女性と同じように笑顔を向ける男性の姿---今は亡き私の実の曾祖父と曾祖母の若き日の姿があった。


 ---私は写真から目を離し、利き手である左手にある印---輪の中に『Ⅰ』というローマ数字を宿し、私が最上位のヴァルキリー『ブリュンヒルデ』として存在する証、『ニーベルングの(かん)』を睨みつけながら続ける。


「私は、曾祖父も曾祖母も、偉人だなどと思ったことはありません。これまでも、そして、これからもです。


 …あの人たちがいたから…曾祖母が『史上最大の狼化現象』なんて引き起こして、曾祖父がそれを食い止めたりして、そして二人でのうのうと生き残ったあの人たちが、最高のヴァルキリーやオーディンなんて偉そうな肩書きをもらって英雄視されたおかげで…。


 だから私は---父や母から捨てられて。

 そして今、孤児同然になって、この島に閉じ込められているんですから。」


 ------鶴城 エリス。


 私の名前。


 良く言えば、古今東西の強力な兵器の力を宿すことで、ひとたび戦場に出ることになれば究極の人間兵器となる可能性を有する女性『ヴァルキリー』、そして彼女たちの力を増幅し強化する力と、ヴァルキリーと彼女らが宿す兵器の記憶の混線により引き起こされるヴァルキリーの暴走現象『狼化現象(ラグナロク)』が起こった際に、ヴァルキリーとの間に繋がるバイパス『ビフレスト』を通してヴァルキリーへと吸収されることで、持ち主の命と引き換えに暴走を止める餌となる役割を持つ特殊遺伝子『グレイプニル遺伝子』を持つ男性『オーディン』の人権と秘密を完全に秘匿するために、国連安保理の決定によって伊豆・小笠原海溝の底に沈むはずであったこの島を、唯一無二と言える強大な力を以て守りきったとされる英雄である男…私の曾祖父の名字。…そして悪く言えば、同じく唯一無二の強大な力を以て、この島とそこに住む多くの命を危険に晒し、あまつさえ自分が喰らい尽くそうとした男と添い遂げるなどというふざけたことをしでかした女の名字。


 ---ひとたび力を発揮すれば、どんな強大な兵器や軍隊を以てしてもかすり傷ひとつつけることすらも不可能であったという曾祖母。


 しかし---その力と比べたら足元にすら及ばない中途半端な力…そんなものを受け継がされたことにより、生まれてからすぐに国連に売り渡され、実の両親からは名前すらもプレゼントしてもらえなかった---そんな、私の大嫌いな、私自身の名字。


(「---ねぇ、聞いた?あの子、『あの』カクジョウなんですって!!」)

(「聞いたぜ、お前、『あの』鶴城なんだってな!!」)

(「能力値は一般的な最上位ヴァルキリーよりも上、能力の基となる兵器もとてつもなく有名かつ強力、それに第二世代ヴァルキリー…さすがは『あの』鶴城の子孫、といったところかしら。」)


 …一体どれだけの時間、私はこんな言葉たちに晒され続けただろう。


 ------『あの』鶴城。


 私にとって、呪いのようなその言葉。

 しかし、周りの人たちは、そんな私の心持ちなど関係なく、誰もが私のことを知った瞬間にその言葉を溢す。


「…馬鹿みたい。」


 私は、授業中だということも忘れて、小さな声でそう呟く。


 私は、『あの』鶴城。


 私は、それだけの存在。

 私は、誰も他の道を選べない。

 だって、私は『あの』鶴城だから。


 歴史にも名を残す有名人…鶴城 誠、そして、クリスティナ・E(アインス)L(ローレライ)・鶴城…私の曾祖父と曾祖母。

 

 最高のオーディンと最高のヴァルキリーである二人が、100年以上前に出逢い、結ばれ、それから血は連綿と繋がっていき…そして、曾祖母にそっくりな私が生まれた。


 …だが、彼らの曾孫だから何だというのだ。


 血の繋がり…ただそれだけで、母親にも、あの男と女の娘でもあるお祖母ちゃん、鶴城 真梨亜(かくじょう まりあ)にも発現しなかったヴァルキリーとしての力…それも、九段階あるヴァルキリーの中において、規格外であったらしい曾祖母を除けば最上位レベルとされる力と、『第二世代ヴァルキリー』と呼ばれる、本来オーディンの資質を持つ男性しか宿していないとされる特殊な塩基配列を持った遺伝子…通称『グレイプニル遺伝子』を宿し、力を使うほどに狼化現象のリスクを跳ね上げることと引き換えに、オーディンとのビフレストの接続という、謂わば補助を受けることなしに能力の増幅を可能とする能力を生まれながらにして発現させてしまっていたことで、生き方も、生活も、扱われ方も、何もかもが決まってしまった---それが私なのだ。

 …こんなにつまらないことは、きっとどこにもないだろう。


 ------私はきっと、一生…下手をすれば未来永劫、その名を背負わされて生き、背負ったまま死ぬことになるのだ。


「------本当に…馬鹿みたい。

 私なんて…生まれなきゃよかったのに。

 生まれなきゃ、こんな思いをしないで済んだのに。

 

 ------あの人たちが、出逢わなければよかったのに。」


 ---私の言葉を聞いて、どうすれば良いのかとおろおろしているらしい教授が知ってか知らずか、終業のチャイムが鳴り響く。

 

「---私を曾祖母と同じものとしか見ていない…一人の人間として見ていないような人たちは…もう、黙っていてください。」


 これ以上話すことなどないとばかりに、チャイムが鳴り響く教室。

 私はこれ以上なく冷ややかな視線を教授へ向けて、そんな言葉を言い放っていた------





「エ~リ~ス、お疲れ~♪」


 退屈であった授業が終わり、さっさと寮に帰る準備をしていた私にかけられた、明るく張りのある声。

「…エヴァ、何か用?」

 私が面倒臭そうに答えると、いつの間にか近くに来ていた、肩より少し長い茶色の髪と、同じく茶色の瞳の女子学生…エヴァンジェリン・サリヴァンが、にこにこした顔をこちらに向けてきて言った。

「別に~?ただまあ、相変わらず教授に喧嘩吹っ掛けるような態度だったな~と思って。もう、ずーっと言ってるけど、そんな苦虫噛み潰したような顔しないで、たまにあんたのお祖母さんがいらっしゃってた時みたいに、もっと笑っとけばいいのに。可愛い顔が台無しよ?」

 …エヴァは私と同じ、この社島にある保育園---『女神の泉の子ども園』、通称『ノルン』の出身。謂わば幼馴染だ。この子の性格から考えて、今の言葉は褒め言葉として捉えるべきなのだろう。


 しかし…普通なら、幼馴染に褒め言葉を言われれば嬉しいところなのだろうが、それは一般的な話。


 私は冷ややかな目線をエヴァに向けて言った。


「---あそこにいた時の話はしないで、って言ってるでしょ?」


 …『女神の泉の子ども園(ノルン)』は、社島ができてからずっと、この島の住人の家族が、仕事や何らかの理由で家にいられない時に子供たちを預ける場所となってきたと聞いている。

 そして…私の大嫌いな曾祖父と曾祖母が、学生時代にボランティア活動をしていた場所のひとつである、ということも。


 …あの人たちは、その人柄と、すべてのヴァルキリーやオーディンの理想型とも言える、世界の平和維持と力の平和利用の体現者として、存命の間、世界中で愛された存在であったという。無論、当時この島にいた人たち…学園スタッフや学生、島の施設を運営するスタッフやその家族であるお年寄りや子供たちにも。


 でも---そんなことは知ったことではない。

 問題なのは、私が先天性、そして第二世代の最上位ヴァルキリーという、ヴァルキリーやオーディンという存在が認知された時期から考えても稀少性の極めて高い存在として生まれたことを知り、保護という名の監視対象にすることを急いだ国連と、家族共々国連の監視にさらされ続けるという面倒事が待っていることを怖れた両親の利害の一致によって、物心すらついていない時期であった私が放り込まれた場所である『女神の泉の子ども園』、そして過去の出来事の中で一番悲しかった出来事があった場所…社島のスタッフや学生の家族が入れるようになっている、特別養護老人ホーム『世界樹のたもと』…その双方が、その原因を作ったに等しい曾祖父と曾祖母が、ボランティアなどという自己満足のために通っていたに等しい場所であったということだ。


 国際法では、国連はヴァルキリーやオーディン、そしてその血縁を恒久的保護対象とすることを義務とし、彼らが国籍を持つ国の中においてもそれを徹底することとしている。各国軍所属以外のヴァルキリーやオーディン…すなわち、何らかの理由で社島での正規の教育を受けることができない、あるいはできなかった人たちや、社島での教育を受けた後、力を平和利用に役立てたいと希望する者に限り認められている各国軍への所属をすることなく一般人として暮らすことを選択した人たちだけでなく、軍所属のヴァルキリーやオーディンも含めて、本人による無闇な力の乱用、悪用を防ぐだけでなく、国や民間軍事会社(PMC)、テロリストらに、家族を人質にされたりした上で力を乱用、悪用されることをも防ぐことを目的として設定された国際法の条文だが、逆に言えばそれは、普通ならば、これもまた国際法で決められたヴァルキリー及びオーディンの基本的人権尊重とそれらの保護という観点から滅多にないこととはいえ、時と場合、そして何も知らないであろう人たちの勝手な都合によってその条文は形骸と化し、半永久的に、国連から保護と言う名の監視対象にされてしまうことを意味する。


 …オーディンとのビフレストの接続なしですら、古今東西、そして未来永劫に至るまで並ぶ者すら現れることがないと称されるほどに強大なヴァルキリーとしての才能を宿し、その力を狼化によって暴走させたことにより、最悪の想定であるはずの島の自沈による伊豆・小笠原海溝への永久封印措置すらも検討されたという、私の曾祖母、クリスティナ。


 ビフレストを繋いだすべてのヴァルキリーの力を数段階上に引き上げる…本来ならば不可能と言っても良いはずのことを可能とする類稀なるヴァルキリーとの接続相性と、曾祖母に対して接続すれば、ただでさえ常識外れと言われる曾祖母の力を、まさに無限大とも言えるまでに引き上げるほどの接続相性であったというグレイプニル遺伝子を宿し、そのグレイプニル遺伝子が、狼化を抑制し制御しうる可能性を秘めるもの…『ヴィーザル型』と呼ばれるさらに特殊な塩基配列を持ったものであるだけでなく、なおかつその遺伝子の力が、強大すぎる曾祖母の狼化すらも、抑制に成功し制御しうるほどに規格外なものであったという、私の曾祖父、誠。


 そんな二人は、曾祖母の狼化…歴史上において『史上最大の狼化現象オーバーロード・ラグナロク』と呼ばれる事件の後、事前にいちいち申請をして、許可が下りなければ島から無闇に出ることすらもできないほどに重い監視体制を敷かれた。


 ---そしてそれは、私がヴァルホルに入学する直前に亡くなったお祖母ちゃん…鶴城 真梨亜にも当てはまるものだったのだった。


 ---お祖母ちゃんが存命の時に聞いた話を、私は思い出す。

 

 島にあり、私が今通っている学園施設、ヴァルホル国際平和学園は、あくまでも義務教育を終え、社会人になる前のヴァルキリーとオーディンに限った教育施設であり、そうでない人間が通うことがそもそも想定されていない。そのため、社島には義務教育修了まで親元にいるためのヴァルホル付属の小中学校の本部と、同じく付属の保育園という扱いになっている『女神の泉の子ども園』以外には他の教育施設が存在せず、その都合上、島で育った子供たちは、義務教育修了後、進学先に希望がある場合を除けば、自分の持つ国籍に応じた国に置かれたヴァルホルの付属高校及び大学にエスカレーター入学して卒業までそちらの寮に入ることが基本となる。

 ヴァルキリーとして覚醒しない状態で成長したことから、お祖母ちゃんは高校生になった段階で島から出ること自体は許可されたものの、『鶴城』という名、そして曾祖父と曾祖母の血を直接受け継いだ存在であり、血を受け継いでいる以上、いつヴァルキリーとして覚醒するかがわからないということで、学校を卒業して、同じく今は亡きお祖父ちゃんと結婚して、そして亡くなる前になっても、私から見ればはっきり言って明らかに窮屈とと言ってしまって良いレベルの保護観察を受けていた。…本人やその配偶者であるお祖父ちゃんだけでなく、子供夫婦…すなわち私の両親が迷惑がるほどにまで、国連は保護観察を理由とした行動制限をつけていたのである。

 …言い方は悪くなるが、おそらく私の両親は、私が稀少性の高いヴァルキリーとして生まれたことがわかった時、そんな面倒なお年寄りが自分たちの身内にいて、自分たちもそれに伴って面倒を被っているというのに、その上さらに面倒な存在が増えた、とでも思っていたに違いない。

 …私の生まれた病院から連絡を受けたヴァルホルのスタッフが、私の保護を急ぐために多額のお金を積んで両親の元を訪れた時、あの人たちは、私という、自分たちにとって存在自体が面倒だと思っていた赤ちゃん一人を、自分たちが一生暮らしたとしても大変なお釣りが来る単位のお金に即座に換金できることを知って、大層喜んだことだろう。だからこそ、孫ができたと喜んで、私との対面を楽しみにしてくれていたらしいお祖母ちゃんと、当時まだ存命であり、同じく私の誕生を楽しみにしてくれていたらしいお祖父ちゃんの意見などまったく聞くことなしに、あの人たちは私を何の躊躇いもなく手放した。…一度私を産んだということは、私が面倒な存在でなければ子供は欲しかったということだと思うので、おそらく彼らは今頃、性懲りもなく私とは別の子供…鶴城の名と、それを怖いと思えるほどに崇拝しているとも言って良い国連に縛られたくない自分たちにとって都合が良い、血筋的に考えれば私の弟か妹にあたる子供を作り、そちらを文字通り猫のように可愛がっていることだろう。

 お祖母ちゃんが言っていた話では、『エリス』という私の名前は、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが考えてくれたものらしい。そして、私が国連に売られたことを知った時、お祖父ちゃんが、お祖母ちゃんと一緒に島へ引っ越して、両親の代わりに見守れるところで私を二人で育てないか、と言ってくれたのだそうだ。


 だが、その準備を進めている時、元々体がそれほど強くなかったらしいお祖父ちゃんが体を悪くして、私が2歳の誕生日を迎える頃に亡くなってしまった。


 …残されたお祖母ちゃんは、仲の良かったお祖父ちゃんと暮らした家を、なかなか一人だけで離れる決断をすることができなかったのだろう。結局、私が幼稚園に入る頃にはもうすでに、私がお祖母ちゃんに会える回数は多くても年に数回ほどとなり…その中で、子供であった私は、鶴城という名字を羨む者や貶す者、そしてそれらの人たちの向けてくるいろいろな視線の中で、想像を絶する孤独に苛まれることになった。


 …子供だった私が、その孤独に耐えられずに、来てくれたお祖母ちゃんに向かって思わず言ってしまったことが、脳裏に焼きついて離れない。


『…おばあちゃん、どうしてエリスはいつもひとりなの?おばあちゃん、どうしていつもエリスをおいてかえっちゃうの…?』


 その後…数日の滞在の後の帰り際、お祖母ちゃんがぽつりと言った一言。

 その時に見た、お祖母ちゃんの涙。


 それを、私はまだ覚えている。


『ごめんね、エリスちゃん…。

 

 他の子たちのような自由をあげることができなくて…一人ぼっちにさせてしまって…。


 私が…鶴城の娘として生まれてきてしまったから…あなたのお父さんとお母さんと、ちゃんとお話しできなかったから…。』


 ---その時、私は子供ながらに察した。

 私の大好きなお祖母ちゃんは、今、私の曾祖父と曾祖母…お祖母ちゃんにとっての両親の娘として生まれてきたことを後悔している、と。


 そしてこの時---私の中にはじめて、今でも残る気持ちが芽生えた。


 写真でしか見たことがなく、なぜか周りの人間が英雄や女神のように拝み倒している男と女。


 ---その二人を、心の底から憎む気持ち。

 

 おばあちゃんがないているのは、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのせい。

 わたしがひとりぼっちなのも、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんのせい。 


 …そして、私が義務教育を終える直前…高等教育と共にヴァルキリーとしての正規の教育を受けるためにヴァルホルに入学する直前に、お祖母ちゃんがお祖父ちゃんと同じように体を壊して入院し…そして、本人の希望によって『世界樹のたもと』へとやってくるらしい、という連絡が入った。


 本土でお祖母ちゃんの通っていた病院の主治医の先生が、お祖母ちゃんが、私がヴァルホルの制服を着ている姿が見たいと言っているので、お祖母ちゃんに会うのであれば見せてあげてほしい、と言っていたらしいという話を聞いて、私は支給されたばかりであったヴァルホル高等部生の制服を着て、お祖母ちゃんのいる部屋を訪れることになった。


 …私が部屋に入ったとき、お祖母ちゃんは痩せて弱々しくなった顔で微笑みを作り、私に言った。


(『エリスちゃん、いらっしゃい…新しい制服、とても似合っているわね…可愛いわ。)


 ---私が、お祖母ちゃんに褒めてもらえた嬉しさと、今目の前にいるお祖母ちゃんの弱々しい姿を目の前で見せられているという現実を受け入れられない気持ちの両方を抱えたまま何も言わないでいると、お祖母ちゃんは私を見て続けた。


(…今まで一緒にいられなくてごめんね…寂しくさせてごめんね…。


 …お祖母ちゃん、もうすぐお祖父ちゃんのところに…お祖母ちゃんのお父さんとお母さんも待っているところに行かなくちゃならないみたいなの…。


 でも…だからこそ、お祖母ちゃんはエリスちゃんの側にいたくてね。

 

 ずっと一人でいたエリスちゃんにとっては、もう遅いと思うかもしれないけれど…一緒にいることを今まで選べなかったお祖母ちゃんのわがままかもしれないけれど…もしも迷惑でないならば、せめてその時まで…エリスちゃんの側にいさせてくれないかしら。』)


 …それから2週間ほどが過ぎた日---ヴァルホルに入学する前日。


 その日---お祖母ちゃんは亡くなった。


 周囲ブロック(ヨルムンガンド)エリアF…社島本島医療ブロックにおいて、お祖母ちゃんの最期の姿を私と共に看取った医療スタッフと、今もお祖母ちゃんの治療をしていた日本本土の病院に勤務しており、お祖母ちゃんの危篤を知って、看取ることを目的にわざわざ本土から来てくれた主治医の先生から聞いた話だが、お祖母ちゃんはこの時、悪性の腫瘍がすでに全身に転移し、年齢の関係で手術や充分な投薬治療も不可能であったことから、亡くなってしまうのも時間の問題だったのだそうだ。


 お祖母ちゃんの最後の望みを受け入れるために、私はお祖母ちゃんに天からの迎えがやって来るまでの2週間の間、毎日『世界樹のたもと』に通い、たくさんの話をした。


 お祖母ちゃんの話の中にいつもあったのは、思い出だった。

 

 中学生までの多くの時間を過ごした、社島での日々の思い出。

 中学卒業後、社島を出て始めた、ヴァルホル付属高校の学生寮での一人暮らしと友達との交流の思い出。

 その中で出逢った、お祖父ちゃんとの日々の思い出。


 しかし、私は何とか作り上げた笑顔でその話を肯定的に聞きながらも、心の中には絶えず靄がかかっていった。


 なぜなら---その思い出の中には、私を一人ぼっちにして、それによってお祖母ちゃんを泣かせる原因を作った男と女---曾祖父と曾祖母との思い出も必ず入っていたからだ。


 ---お父さんに勉強を教えてもらった。

 ---お母さんに美味しいご飯を作ってもらった。

 ---あの時は3人であそこに行った。

 ---慣れない一人暮らしや学校生活で困ったとき、電話やメールで相談に乗ってもらった。

 ---お祖父ちゃんと出逢い、お付き合いを報告しに2人で島を訪れた時、とても喜んでもらえた。


 …お祖母ちゃんは、ただ単に幸せだった思い出を私に語っただけだったのだろう。

 しかし、私は忘れていなかった。


 私が一人ぼっちの寂しさをお祖母ちゃんに告白した時、お祖母ちゃんが見せた涙。

 その時にお祖母ちゃんが言ったこと。


(『私が…鶴城の娘として生まれてきてしまったから…』)

 

 ---涙を見せながら、そんなことを言っていたお祖母ちゃん。

 そんなお祖母ちゃんが、自分の涙の原因を作った人たち…本来恨むべき人たちとの時間を、過去の楽しかった思い出として語っている。

 

 そしてこの時---私は知った。

 お祖母ちゃんに私が会いに来ているこの場所や、私が孤独な幼少期を過ごした『女神の泉の子ども園』は、曾祖母が始め、後に曾祖父が協力するようになったらしい、ボランティア活動という、端から見れば一種の自己満足の気持ちを満たす場であったらしいことを。


 私は、悔しかった。

 両親によって売られ、お祖父ちゃんも物心つく前に亡くした私には、もうお祖母ちゃんしかいなかったから。

 そんなお祖母ちゃんとの思い出も、離れて暮らしていた時間が、長く、そして多すぎたことによって、ずっと少ないものになってしまっていることを自覚してしまったから。

 そして---私の育った場所と、今お祖母ちゃんと話しているこの場所ですら、私とお祖母ちゃんを長く引き離し続けるきっかけを作った人たちの息がかかった場所であったことを知ってしまったから。


 もはや私の唯一の肉親と言って良いお祖母ちゃんが、曾祖父と曾祖母の名字を冠することがなければ。

 あるいは、私が彼らの曾孫として生まれたとしても、曾祖母の下位互換でしかないヴァルキリーとしての力など宿すことがなければ。

 ---そうすれば、私は生まれてから今までの間に、お祖母ちゃんと一緒に、たくさん思い出を作ることができたはずだったのに。

 

 そんなことを自覚し、考えてしまったからだった。


 そして---ついに訪れた、お祖母ちゃんの最期の日。


 あの日のこと、そしてその時に思ったことを、私は生涯忘れはするまい。


(『---お祖母ちゃん…!!』)


 お祖母ちゃんの容態が急変し、本島医療ブロックである周囲ブロックエリアFへと担ぎ込まれたことを電話で聞かされたのは、その日、いつものようにお祖母ちゃんに会うために、学生を除く島民の居住区画であり、『女神の泉の子ども園』や『世界樹のたもと』のある場所…周囲ブロックエリアEでモノレールを降り、改札を出ようとした直後のことだった。

 私は、お祖母ちゃんが島へと来た日、お祖母ちゃんがヴァルホル入学のお祝いとしてくれたお小遣いで買ったばかりだったスマホを取り落としたことにも気づかず、後から後から溢れ出てくる涙の奔流など流れるに任せて、人混みをかき分け、すぐさまエリアEに来た時とは逆周りのモノレールに乗り換えて、お祖母ちゃんが担ぎ込まれたという病室に向かった。


(『あぁ---エリスちゃん…今日も来てくれたのね…。』)


 私が扉を蹴り飛ばすようにして病室へと転がり込み、泣きながらお祖母ちゃんを呼んだ時---弱々しく、掠れるような声でお祖母ちゃんが言ったことが、脳裏に今さっきあったばかりの出来事のように思い出される。


(『私は---エリスちゃんに…看取ってもらえるのね…私が、お父さんとお母さん…エリスちゃんにとっては…曾お祖父さんと、曾お祖母さん…それから…お祖父さんを看取ったように…私は…エリスちゃんに見守られながら…お祖父さんと、お父さん…お母さんの待っているところへと行けるのね…。』)


 …お祖母ちゃんの最期の言葉。


 その中にも出てきた、曾祖父と曾祖母の名前。


 ---いろいろな出来事が偶然上手くいっただけなのに、それをきっかけに勝手に歴史上の偉人という枠組みにまんまと収まった挙げ句、私とお祖母ちゃんの自由を奪い、長い間引き離し続けるきっかけを作り、それによって何も悪くないお祖母ちゃんに罪悪感を抱かせ苦しませた張本人たち。

 そんな彼らが、今度は遥か彼方の高みからお祖母ちゃんと私を見下ろし、私の唯一の肉親と言って良いお祖母ちゃんを自分たちのところへと連れていくことで、私を再び一人ぼっちにしようとしているのだ。

 

 ---あの人たちは、私からどれだけ奪い尽くせば気が済むのだろう。


『ありがとう、エリスちゃん…大好きよ…。


 エリスちゃん…これからあなたは…たくさん…大切と思える人たちに…出逢うことになるでしょう…。

 その人たちを愛して…守ってあげられるようになってね。そして…あなたが愛した人たちから…たくさんたくさん愛されるようになってね…。


 あなたなら、きっとそうなれる…お祖母ちゃんが…保証するわ。


 ---日本という国を愛し、日本に住む人々に愛されて…戦いが終わっても、人々の心を…ひとつにまとめ続けた兵器…。


 そうよ…エリスちゃん。

 あなたのヴァルキリーとしての力…戦艦『長門』のように、ね---』

 

 ---呼吸と心臓の鼓動が弱まり、体が固く冷たくなっていく中で、お祖母ちゃんが最期に私に言った、その言葉。

 

 ---お祖母ちゃんは今、私のヴァルキリーとしての力の源のようになれ、と言った。

 それを聞いて---私は思った。


 いや---『思ってしまった』。

 なぜなら------


『自分が鶴城の曾孫として生まれたことを認めなさい』

『最高のヴァルキリーとオーディンの血を受け継いだことを誇りなさい』

『世界中で愛された二人のように、愛されるようになりなさい』

『それらに、意義を見出だしなさい』


 ---私には、お祖母ちゃんの最後の言葉が、そんな風に聞こえてしまっていたから。


 私が一人になったのは?

 国連に両親から売られ、自由を奪われたのは?

 お祖母ちゃんに悲しい顔をさせたのは?

 お祖母ちゃんが亡くなる寸前まで、私とお祖母ちゃんが引き離され続けたのは?


 それらはすべて、私が鶴城の曾孫であり、なおかつヴァルキリーとして生まれてしまったことが原因なのに。


 私が導きだした結論は、至極単純なものだった。


 ---決めた。


 私は、恨み続ける。


 ---私から、家族と、家族と過ごすはずだった時間、いろいろなことを経験し、友達と、名前や性別、家柄や能力など関係なく遊べる自由、お祖母ちゃんという大切な人の笑顔…それらをすべて奪うきっかけとなり…あまつさえ、今この場で、その私の大切な人の存在すらも自分の側に置くために私の側から奪い去り…そして、その去り際、自分たちの潔白を私に証明するようなことを言わせるために、お祖母ちゃんをこの世に産み落とした人たち。


 ---鶴城 誠、そして、クリスティナ・E・L・鶴城。

 

 私は彼らを、死ぬまで---いや…死んでも恨み続けてやる。

 この身が朽ち果てた後、閻魔の裁きによって無間地獄に突き落とされ、決して消えない業火に焼かれて塵と化そうと構わない。

 

 私の実の曾祖父と曾祖母を。

 絶対に、許すものか------



 そして、今。

 …エヴァは私の様子を見て、少し呆れたような顔をして言った。

「エリス、あんたねぇ…そりゃあたしだって、あんたの言いたいことはわかるわよ。伊達に幼馴染を18年やってきてるわけじゃないしね。でもね…いつまでもそうやって曾お祖父さんと曾お祖母さんを恨み続けてしかめっ面してる今のあんたを見て、あんたが大好きだったお祖母さんが笑顔になってくれると思う?むしろ悲しむだけだと思うけど?」

 …エヴァが今言った言葉。おそらく、それもまた『普通の考え方』なのだろう。


 しかし…だからどうしたというのか。

 私があの人たちを恨み続けようが、恨むことをやめようが、お祖母ちゃんは帰ってこない。

 その理論で言うのであれば、同じ結果である以上、他人であるエヴァが恨むことをやめろと言うことが自由ならば、私があの人たちを恨み続けることもまた自由なはずだ。


 そして---私とエヴァには、決定的な違いがある。


「---あなたには、ちゃんと近くに家族がいたでしょ?エヴァ。

 あなたが私を知ってるように、私だって、あなたのことを知ってるの。全然境遇が別なのに、知ったようなこと言わないで。」

 

 …そう。

 私とエヴァには、『女神の泉の子ども園』にいた子であること、ヴァルキリーとしてのランクは私よりも1つ下、第二位ヴァルキリー(ヴァルトラウテ)ではあるものの、私と同じ第二世代ヴァルキリーであるということ、そして、私が日本海軍の戦艦、長門の力、エヴァが第二次大戦中に活躍したアメリカ海軍の航空母艦、エンタープライズの力を宿していること…すなわち、戦艦や巡洋艦、駆逐艦、空母、潜水艦、人によってはイージス艦などまで含めた『海の兵器』の力を宿し、ヴァルホル高等部における3つの学舎のうちのひとつの名前にもなっているヴァルキリーの1カテゴリー、『ヴァルキリーオーシャン』であることというように、様々な共通している点がある。

 しかし、決定的に違うところがある。

 それは、帰る家も迎えに来る人もないために、義務教育が終了し寮に入れるようになるまでの間、すなわち卒園してからも例外的に施設に住んでいた私と違い、エヴァのご両親は共に社島の運営スタッフであり、時間になればご両親のどちらかが迎えにやってくることができたことで、きちんと自分の家から通い、ご家族と団欒する時間があったことだ。

 …エヴァと知り合ってから『女神の泉の子ども園』を出るまでの間、エヴァがどうしても私を家に招いてお泊まり会をしたいだの一緒にクリスマスのご馳走やケーキを食べたいだのと駄々をこねた結果、根負けした園長先生が外出許可をくれて家にお邪魔したりしたことは何度もあった。その中で、ご家族に囲まれて笑顔になっているエヴァとそれを微笑ましく見守るご家族を見て、身内がお祖母ちゃんしかいない上、そのお祖母ちゃんともなかなか会うことができない私は、子供ながらその光景の羨ましさによって、その場にいる間、かなり居たたまれない気持ちになっていたのだ。…その時にエヴァが私の気持ちに気づいていたかは知らないが、そう思っていたという事実がある以上、私がこんなことを言うのは当然というものだろう。

 私が言いたいことを理解したのか、エヴァが頭を抱えるようにしながら言った。

「あーもう…わかった、わかったわよ。デリカシーのないこと言ったあたしが悪かったわ。腹立てさせたお詫びに、あんたがこの前食べたいって言ってた、『ラ・メール』の新作のパフェとケーキ奢るから。それで機嫌直しなさいって。ね?確かあんた、今日はバイトもないでしょ?あたしも今日は生徒会の仕事はないし、明日は学園も休みだから遅くなっても問題ないし。なんならそのままブロックCで晩ご飯も奢るわよ。どうする?」

 …私が甘いものが好きなこと、料理がすこぶる苦手で部屋のキッチンを完全に無用の長物にしていることまで知っているエヴァは、たまにこうして機嫌を取ってくる。

 まあいい。ちょっとした資産家であったらしいお祖父ちゃんが、いつか私が本当に一人になっても困ることがないようにとお祖母ちゃんに預ける形で残してくれたというお金は、住むだけなら国連の予算で過ごせる社島にいるという都合上ほとんど手つかずになっているし、自分でも学園の規則で認められているバイトをしているから普段の生活費やお小遣いには困っていないが、当然のことながら、ショッピングモールや各種娯楽関係の施設、私とエヴァのお気に入りの喫茶店『ラ・メール』をはじめとした各種食べ物屋さんなどが集まる区画、周囲ブロックエリアC地上区画でご飯を食べる場合であれ、学園や寮の中にある食堂でご飯を食べる場合であれ、帰り際に購買やエリアCのお店で何かを買ってきたり、寮の部屋に置かれている端末から部屋へのデリバリーを頼んで適当に済ませる場合であれ、ピンきりではあるものの幾分かのお金がかかることは変わらない。そんな中、夕飯だけでなく、それなりの値段が要求されるために少し食べるのに抵抗があったスイーツまでタダでありつける機会をエヴァがわざわざ提供してくれるというのだ。エヴァは現学園生徒会長であり、なぜか私が暇な時に限ってエヴァに捕まって生徒会の仕事に付き合わされることも多い。そんな大きな借りを作っている以上、この機会を逃すべきではないだろう。


「…はぁ…仕方ないわね。」


 私の機嫌が多少なりとも落ち着いたことを理解したのか、エヴァがにこりとして私の手を取る。

「決まりね。じゃあしゅっぱーつ♪」


 ---そんなエヴァに半ば引きずられながら大学部の学舎を出て、大学部の敷地に隣接する高等部の学舎『ヴァルキリーパンツァー』の敷地を通り、私とエヴァが高等部を過ごした学舎『ヴァルキリーオーシャン』の敷地へと足を踏み入れた時。


 ---かつて通った学舎の傍ら。

 そこに、私は小さな人集りを見た。


「---おい、暮館(くれだて)?俺たちが間違ってるってどういうこと?チームにすら所属できない役立たずのくせに、俺たちに楯突こうっての?」

「そうだそうだ!!説明しろよな!!」


 …私が見るに、何人かの男子生徒が円陣を組むように、中心にいる誰かを取り囲んで、罵声を浴びせかけているように見える。


 その中心にいるのは、2人。

 一人は、おそらく今年の高等部の新入生---顔立ちからしておそらく東アジア系の、黒髪のツインテールとシニヨンという特徴的な髪型の女の子。


 しかし、私の目は明らかに、女の子の前に庇うように立つもう一人の方へと注がれていた。


 背丈がそれほど高いわけではない、白い髪と肌、そして深いルビーの瞳の男の子。優しく気弱でありそうな顔立ちで、その足は震えているものの、彼は確かに、女の子を守るため、体格と人数に勝る男子生徒たちの前に、たった一人で立ちはだかっている。


 ---彼の髪の色。肌の色。

 それは、白。


 私は、先ほどの授業の中で教授に喧嘩を売った時に見た写真、そして、過去にいろいろな人から---もちろんお祖母ちゃんからも聞いた、一人のヴァルキリーに関する昔話を思い出していた。


 その人は、怖がりで、引っ込み思案で、器用なのにとても不器用で。

 しかし---彼女はヴァルキリーとしての力も然ることながら、優しさと心の強さも、誰にも負けないものだった。

 彼女は、ひとたび社島を出ると、島に戻るまでの間、決して傷つかない白い戦闘服(スヴェル)を纏って弱き者を護り…彼女のその力とあたたかな笑顔は、人々の心を癒し、希望の光を灯し続けた。


 ---そのヴァルキリーの名は、クリスティナ。クリスティナ・E(アインス)L(ローレライ)・鶴城。


 …私の大嫌いな人…曾祖母の名前。


 どうして今になって、私は大嫌いな曾祖母の姿と、彼女が出てくる昔話なんかを思い出したのだろう。


 ---私は、白い男の子の姿に目を奪われながら、そう心の中で繰り返していた---


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ