第3話 静かな世界
朝は、いつも同じ音から始まる。
中庭の噴水が、水を吐き出す音。
それに混じって、魔力を帯びた水流が、規則正しく循環する気配。
魔法で制御された噴水は、決して詰まらず、決して溢れない。
完璧な仕組みだ。
――完璧すぎる。
僕は窓辺に腰掛け、その様子を眺めていた。
今日も、何の変哲もない朝だ。
侍女が運んできた朝食の皿には、温度保持の魔術がかけられている。
時間が経っても、冷めない。
便利で、効率的で、非の打ち所がない。
「お口に合いますか、レン様」
「……うん」
短く答えて、スプーンを動かす。
味は悪くない。
でも、特別でもない。
(全部、同じだな)
料理も、噴水も、廊下の照明も。
どれも魔法で最適化されている。
失敗しない。
揺らがない。
考えなくていい。
それが、この世界の日常だった。
*
午前中は、家庭教師による座学だった。
魔導理論史。
神代から続く魔法体系の変遷。
偉大な魔術師たちの功績。
教師は熱心に語る。
だが、質問をすると、言葉が止まる。
「なぜ、その術式で結果が得られるのですか?」
「……それは、神の理に沿っているからです」
「理、というのは?」
「……先人がそう定めたものです」
それ以上は、掘り下げられない。
(まただ)
僕は頷き、ノートに線を引くだけに留めた。
それ以上突っ込んでも、答えは返ってこないと分かっている。
魔法は、結果だけを語る。
過程を問われることを、嫌うかのように。
*
午後は、庭に出た。
同年代の子供たちが集まり、簡単な魔術の練習をしている。
光を灯す。
小石を浮かせる。
風を起こす。
歓声が上がるたび、教師が満足そうに頷く。
「上手だ。マナの流れが安定している」
僕は、少し離れた場所で、それを眺めていた。
魔法が使えなくても、日常は回る。
視線を落とすと、
壊れかけの水路があった。
魔法で補強された水路だが、経年で歪みが出ている。
流れが不自然に滞り、苔が溜まっていた。
僕は近くにあった棒で、静かに土を掻き出す。
角度を少し変え、水の通り道を作り直す。
すると、水は何事もなかったかのように流れ始めた。
魔法は、使っていない。
それでも結果は、出た。
(……こっちの方が、安定してる)
魔法による補強は、強力だ。
だが、壊れたときの修正は、誰も考えていない。
*
夕方、城内を歩く。
廊下の灯りは、一定の明るさを保っている。
時間帯も、天候も、関係ない。
完璧な環境。
でも――
「どうして、この城は何百年も同じ造りなんだろう」
ふと、そんな疑問が浮かぶ。
魔法があるなら、もっと変えられるはずだ。
もっと便利に。
もっと自由に。
なのに、誰も変えようとしない。
(必要ない、のか?)
それとも――
考える必要が、なくなってしまったのか。
*
夜。
机に向かい、今日も意味のない線を引く。
数式にもならない。
理論にもならない。
ただ、頭の中を整理するための作業。
魔法は、確かに便利だ。
でも、魔法を使わなくても知恵を活かせば
解決できることがたくさん存在している。
誰も、それを不思議に思わない。
(……変なのは、僕か)




