第2話 観測不能
その報告は、慎重に言葉を選ばれていた。
「――アステリア公爵家嫡男、レン・アステリア。
魔力測定の結果、出力反応なし」
神官の低い声が、書庫の奥で響く。
羊皮紙に記された文字は簡潔で、感情を排している。
だが、その一行の下には、いくつもの追記が重ねられていた。
観測不能。
反応過程不明。
結果のみ発生。
「……前例は?」
問われ、年老いた神官はわずかに沈黙した。
「ありません。
少なくとも、教会の記録には」
室内に、重い空気が落ちる。
神の恩寵とは、観測できるものだ。
祈りに応え、光となり、熱となり、奇跡として顕現する。
だが――
アステリア家の子は、そうではなかった。
「それでも、公爵はこう主張しています」
神官が続ける。
「“出力を極限まで抑制した、高度な魔導の資質”であると」
数名の聖職者が、視線を交わした。
「……便利な解釈だな」
「だが否定もできん」
「結果は、確かに存在している」
奇跡は起きた。
ただし、誰にも“見えなかった”。
「では、どう扱う?」
しばしの沈黙の後、結論は静かに下された。
「祝福は与える」
「同時に、監視対象とする」
その決定は、祈りの言葉で包まれ、正式な文書として封じられた。
――神は彼を祝福した。
そう、表向きには。
*
父は、僕を見下ろしていた。
いや、正確には――
“評価”していた。
玉座の間。
家臣たちが一歩下がり、沈黙を保つ中で、父――アステリア公爵は言った。
「レン。
お前には、特別な才がある」
僕は、少しだけ背筋を伸ばした。
褒められるのは、嫌いじゃない。
「だが、その才は理解されにくい。
だからこそ――正しく扱わねばならん」
正しく、とは何だろう。
僕にはまだ、分からない。
「お前の力は、公には“森閑の魔術”として伝える」
その言葉に、家臣の一人が息を呑んだ。
「音もなく、光もなく、予兆すらない魔導。
それは恐れられもするが……価値がある」
父の声には、迷いがなかった。
それは、魔法文明の中で生きてきた者の、当然の判断だった。
「だが――」
一瞬だけ、父の視線が鋭くなる。
「魔力については、余計なことを口にするな」
僕は、こくりと頷いた。
意味は、完全には分からない。
だが――これは“秘密”なのだと、子供なりに察した。
*
庭で、同年代の子供たちが遊んでいる。
彼らは、小さな光を灯したり、風を起こしたりしては、歓声を上げていた。
誰もが当たり前のように、マナを使っている。
――僕以外。
僕は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。
胸の奥に、言葉にできない感覚が生まれる。
羨ましいのか、違うのか。
それすら、はっきりしない。
(……やっぱり、いないな)
魔力を持たない人間が、一人も。
この世界では、それが“普通”なのだ。
(なら――)
僕は、小さく息を吐いた。
(隠した方がいいのかもしれない)
それは恐怖というより、本能的な判断に近かった。
*
その夜、僕は机に向かい、紙切れに意味のない線を引いていた。
数式にもならない。
反応式でもない。
ただ、考える。
マナという場。
観測できない力。
それを前提に組み上げられた世界。
魔法は、確かに便利だ。
でも、魔法の論理を聞いても、誰もはっきりとは答えられない。
偉大な魔術師である父でさえも、だ。
答えがないのか、
それとも――答えられないのか。
その区別がつかないまま、
魔力が当たり前に使われているこの世界は、
僕には、落ち着かなかった。




