1-3私よりも優れた、家の中の兄姉たち
俺ん家の序列ってのは、ちょっと複雑なんだよな。
まあ、食物連鎖の最底辺にいる俺にとって、スコーンは別格だ。
その序列が何で決まるかって?
答えは二つだ。
家の中での権力の強さ、そして街での人気ランキング。
当然、一位と二位は父さんと母さんだ。
そこは揺るがない。
で、三位以下はちょっと順位が揺れるんだけど……
今はこんな感じ。
末っ子の妹、ミトラ
二番目の姉貴
長男の兄貴
俺のすぐ下の弟……今は帝都で勉強中
そして俺
今日も朝食前から、退屈なティーテーブルがセッティングされてる。
座ってるのは二人と一匹。
姉貴と兄貴、そして床に寝そべってるスコーン。
俺が席に着くなり、姉貴が口を開いた。
「リオンったら、もう分かってるわよね? どうして朝から呼び出したのか」
エレン姉さんはそう言って、優雅に首を傾げ、目を細めて微笑んだ。
その笑顔からは、ふわりと温かい空気が漂ってくるみたいだ。
甘い蜂蜜みたいに柔らかい声。
耳に心地いい……けど、なんか嫌な予感しかしない。
「……はい」
俺はもう、顔を掌サイズに縮こまらせて姉貴の前に座ってるしかない。
だってこの声のトーンってことは、絶対に俺に面倒な仕事を押し付ける前兆だからな……。
「うちにはミトラが作ってくれた『冷蔵室』があるとはいえね、昨日持って帰ってきた『泣く虎の肉』が多すぎるのよ。とにかく今日中に捌いて出してちょうだいね?」
「……はい……」
姉さんはそう言い終えると、優雅にティーカップを唇に寄せ、目を閉じて湯気を吸い込み、そっと一口。
俺は小さく返事をするのが精一杯だ。
社交界で、俺たちがくっついてなければ、彼女がこの王国の姫君だって言われても誰も疑わないだろうな……。
ミトラが作った『冷蔵室』ってのは、でっかい氷属性の魔石を家の中の密閉した部屋に置いて、スコーンに氷の魔力を注ぎ込んでもらっただけ。
これで一年中冷え冷えを保てるけど、魔力の補充は年一回だけなんだよな。
……さて、本題に戻ろう。
昨日、つい大群に当たっちゃったせいで冷蔵室パンパン。
姉貴のデザート用のスペースがもうないんだとさ。
俺が(この肉、どこに放り出せばいいんだ……?)って考え始めたところで、長男の兄貴――イェーガーが、穏やかで丁寧な声で割り込んできた。
手元のノートをパラパラと開きながら。
「その件については、すでに僕の方で手配済みだよ」
彼は俺とは正反対の男だ。
ラントン人らしい荒々しさなんて微塵もなく、極めて紳士的。
力でねじ伏せるなんて考えすら持ってない。
家の中でも決して権力を振りかざさない。
だからこそ、誰も彼を侮れないんだ。
……でも、妹二人の頼み事には何でも聞いてしまう、甘いところがある。
「見つけたよ、リオン。東の開拓中の村だ。今、食料が足りなくてね。君に運んでもらいたいんだ。泣く虎の肉も一緒に配ってあげたら喜ばれると思うよ」
「……はい……」
姉貴と兄貴から、健康の心配ひとつなく大仕事が投げつけられる。
家の最下層にいる俺にできるのは、ただ頷いて従うことだけ……。
こういうの、しょっちゅうだよな……。
「シルヴィアにはもう連絡を入れておいたよ。泣く虎の肉もギルドに送っておいたから、君はそこに行けばいい」
イェーガー兄貴はそう言い終えると、穏やかな笑みを浮かべた。
ああ……その笑顔。
嘘なんて一つもない、純粋でまっすぐな輝き。
心の中で毒づいたすべての言葉が、急に罪悪感に変わっちまうんだよな……。
こんな完璧な男だからさ。
妹たちみんなが尊敬してるし、父さん母さんでさえ彼には遠慮しちゃうんだよな……。
イェーガー兄貴の笑顔がまだ消えきらないうちに、姉貴が美しい唇を開いて言葉を続けた。
「スコーンも一緒に行くのよ。村の人たちと仲良くなって、泣く虎の肉を好きなだけ食べられるわね」
「はーい!!」
淡い青色の毛の犬が即座に起き上がり、座り直した。
尻尾をブンブン振って、姉貴をキラキラした目で見つめてる。
こいつの人生、食い物以外に何かあるのかよ……。
姉貴の声は、まるで魅了の魔法をかけるように甘く滴る。
他人なら聞いた瞬間に落ちるのも無理ないけど、俺にとってはただただ怖いだけだ。
姉さんは優しくスコーンの頭に手を置き、ゆっくり撫でながら、砂糖菓子みたいに甘い視線を送って続ける。
「道中は弟の面倒を見てあげてね。変なことしないように、ちゃんと見張っててちょうだい?」
「しねえよ!!」
俺は立ち上がってテーブルをバン!と叩きながら叫んだ。
すると姉貴、兄貴、スコーンまでが一斉にこっちを向く。
「礼儀知らず」
「暴力はだめよ」
「うるさい、迷惑」
三つの声が順番に飛んできた。
俺は拳を握りしめ、心臓が地震みたいにガタガタ震える。
男の涙が勝手に溢れ出してくる……。
「父さんにチクるぞ!!」
俺はあの恐ろしいティーテーブルから一目散に逃げ出した。
そして父さんに訴えたら……父さんは俺を訓練場に引きずって行き、俺は完膚なきまでにボコボコにされた……。
俺はスコーンを連れて冒険者のギルドにやってきた。
目的はシルヴィアに会うこと……なんだけど、すでに先にランタン家の人間が陣取ってるじゃねえか。
「遅いわよ、お兄ちゃん」
金色の髪の少女の明るい声が、俺の足がホールに踏み入れた瞬間に響いた。
ミトラが足を組んで、礼儀なんて知ったこっちゃないって感じで手を振ってる。
その向かいに座ってるのは、例の仕事しないギルドマスター、シルヴィアだ。
相変わらず、俺を見る目が「またこいつかよ……」って感じで退屈そう。
俺は盛大にため息をついて、その視線を全力で避けようとした。
でも、俺の青い毛の犬は真っ先に彼女の方へダッシュしちまった。
「シルヴィアさん、シルヴィアさん!」
スコーンがまた、あの可愛らしい声で呼びかけてる……。
くそっ……この憎たらしい犬め!!
シルヴィアは気軽に手を伸ばして頭を撫で回し、毛をクシャクシャに遊んでる。
けど、俺がテーブルに近づいた途端、彼女はまたあの「世界が退屈」みたいな目に戻った。
「いい子ね。私はちょっと用事があるから、受付のお姉ちゃんたちと遊んでてくれる?」
「はーい!」
そう言うとスコーンは、トコトコと可愛い歩き方で受付カウンターの裏側へ向かっていく。
すぐに受付嬢たちの「かわいい~!」って声が聞こえてきた。
……めっちゃ羨ましい……けど、仕事が先だ。歯を食いしばって我慢するしかない。
「兄貴が連絡してた件で来たんですけど」
「補給物資の運搬か……」
シルヴィアの声が一瞬で低くなった。
仕事の話になると途端にテンションが落ちるんだよな……まあ、いつものことだけど。
「はいそうです」
俺がそう返すと、彼女は分厚い書類の束を手に取り、パラパラとめくり始めた。
「前回の補給は二週間前よ。送った量から考えたら、こんなに早く尽きるはずがないわ」
「ってことは……横領されてるってことですか?」
俺が聞き返すと、シルヴィアは無言で頷いた。
俺は盛大にため息をつく。
でもその隙に、ミトラが横から明るい声で割り込んできた。
「もしくはさ、盗賊が出てきて私たちに狩ってもらおうとしてるのかもよ~!」
ミトラの声はめちゃくちゃ楽しげなのに、内容が完全に逆方向。
こいつ、もう完全にサディストの道を突き進んでるな……。
将来の旦那さんが可哀想で仕方ないよ、マジで。
何でもかんでも狩りたくなるって……最悪だ。
たとえラントン人たちが盗賊を「人間じゃない」って見なしてたとしてもさ……。
俺はミトラから視線を外して、シルヴィアの方を向いた。
「で、いつ出発するんですか?」
「今」
「は?」
シルヴィアはそう言いながらスッと立ち上がり、親指で肩越しに後ろの扉を指差した。
「『愛すべきイェーガー様』のご命令通り、準備はすべて整っているわ。あとはお前一人を待つだけよ」
俺は一瞬固まった。
仕事嫌いなはずのこの人が、こんなにきっちり手配済みって……イメージと違いすぎるだろ。
まあ、兄貴が何日も前から連絡入れてたんだろうな……。
ああ、『愛すべきイェーガー様』っていうのは皮肉だよ。うちのラントン家は、ギルドに仕事を丸投げするのが大好きだからな。
俺たちは馬車を走らせながら、四人の女冒険者パーティーを連れて出発した。
正直言って、犬っころのいつものパーティーが一番正解だったって認めざるを得ない。
スコーンは馬車の真ん中で大の字になって寝転がり、その周りを四人の女冒険者たちが囲んでいる。
緑髪が鮮やかな露出度の高い女戦士ハリスは、止まらない手で毛を撫で続けている。
今は鎧を脱いでいる女騎士ハウは、偉大なるフェンリル様を抱きしめたまま完全に寝落ち。
ルセリア女神の女神官ウィウィは、足が痺れても文句一つ言わず、スコーンを膝枕させてやっている。
そして魔術師のアンナは、片手でスコーンの尻尾に触れたまま、完全に寝入っていた。
俺とミトラは御者台に座っている。
「……うらやましい……」
俺は歯の間から声を絞り出して妹に呟いた。
車内の連中に聞こえないよう、必死で音量を抑えている。
聞かれたら間違いなく石を投げつけられるからな。
「自分から格好いい男として振る舞おうとしないのが悪いんでしょ」
ミトラの言葉が容赦なく俺の心臓を抉る。
声はねっとり伸びやかで、しかもこっちを一切見ようともしない。
「俺だってランタンが誇りに思うような男なんだよ! どこが悪いってんだ!」
「女の子ってさ、野蛮な男は好きじゃないのよ」
「野蛮ってどこがだよ!!」
ミトラが口をへの字に曲げ、剣のように鋭い視線を俺に突き刺す。
そして鉄串みたいに鋭くて痛い言葉を次々と吐き出してくる。
一言一言が肉に刺さるみたいに痛くて、もう何カ所抉られたかわからない。
「ボロ布みたいな服着て、鉄釘付き棍振り回してウロウロしてるやつがカッコいいわけ?」
「ぐっ……」
「それで狩りに行くと血まみれになるまでぶん殴ってさ、ネそれでカッコいいわけ?」
「ぐあっ……」
「剣すらまともに振れないくせに『剣が弱い』とかほざいてるやつが、カッコいいわけ?」
「あぁぁ……」
今日二度目の涙が目尻に溜まる。
俺は妹の方を向いて、すがるような目で見つめた。
せめて……せめてこの弱い心を少しは労ってくれよ……。
「で、でもその棍……お前が作ってくれたんだろ……?」
その言葉を口にした瞬間、ミトラの目がさらに倍鋭くなった。
そして俺が毎回泣かされる、あの決定的な一撃が飛んでくる。
「私が作ったのは、お前が家で剣をポキポキ折るからでしょ! 女の子にモテたきゃ、いい加減まともに剣振れるようになれよ、このバカ!」
……そして俺は泣いた。
------------イェーガーの視点-------
東の端に開拓中の村は、非常に重要な場所だった。
農地としても居住地としても適した土地である上に、盗賊や魔獣から遠く離れているという利点がある。
それでも、補給物資が予想以上に早く尽きてしまう問題と、作業の遅れが気にかかる。
だが、まだランタン家の兵を動かすほどの事態には至っていない。
だからこそ、すべてをあの弟に託すしかなかった。
「今回の仕事……リオンが無茶をしないといいのだが」
俺は湯呑みを置いてから、そう呟いた。
今、茶卓の上にあるのはお茶だけだ。まだ朝食を取っていないから当然だが。
「リオンは大丈夫ですよ。心配なのはむしろミトラの方です」
テーブルの向こう側に座るエレンが口を開いた。
さっきまでの甘い声色はどこへやら、もういつもの落ち着いた調子に戻っている。
「運が悪いことに、あの子が俺たちの話を聞いてしまったんですから」
俺は低く柔らかい声で妹に返した。
ミトラは父と同じく血の気が多い。考えるより先に危険へ飛び込んでいくタイプだ。
それが俺とエレンが一番心配している点だった。
「生き延びる力はあるとわかっていても……そういう癖がつくと、嫁に行けなくなりますよ……」
……あぁ、そういう心配か。
エレンはまるで気にも留めていないような口調で言った。
俺はただ乾いた笑いを漏らすしかなかった。
この姉妹は表向きのイメージが正反対なのに、内面は瓜二つだ……危なくて可愛い、小悪魔タイプ……。
だが、エレンが言い終わるや否や、執事が姿を現した。
彼は俺に近づき、耳元で囁く。
「馬車が出発しました」
その言葉を聞いた瞬間、俺は即座に立ち上がった。
「仕事の時間だね、エレン。兄さんは先に失礼するよ」
「ご武運を」
妹は立ち上がり、ドレスの裾を軽く摘んでお辞儀で送ってくれた。
馬車がギルドを出発した後、俺は冒険者のギルドの中へ足を踏み入れる。
「ご注文いただいたものはすべて揃いましたわ」
シルヴィアが頭を下げながら答えてくれる。顔を上げた彼女の表情には、今日も変わらぬ美しい微笑みが浮かんでいた。
「ありがとう、シルヴィア。いつも通りだね」
俺の視線は自然と彼女の顔に留まる。
仕事の疲れで少し乱れた、樹皮のような質感の髪……それが逆に彼女の価値を際立たせ、強さを印象づけていた。
目の前の女性は、まるで毛玉になった子猫のようだ。愛らしくて、守ってあげたくなる。
手を伸ばして頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが、貴族としてそんなことを誰彼構わずするわけにはいかない。
……ただ、いつかその日が来たら……
「さて、シルヴィアさん。次にやるべきことについて、話を進めましょうか」
俺は手袋をはめた彼女の手を取って、ゆっくりと仕事のできる場所へと誘導する。
彼女の頰がほんのり赤く染まり、弾けるような笑顔で応じてくれた。
そして、俺の仕事が始まった。




