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短編集 【三題話】

【三題話】銃・チョコレート・動画配信 『剣と魔法の世界で、銃を作って動画配信!』

作者: 秋乃 透歌

 チョコレートを一口かじる。

 お気に入りのミルキーな味わいが、口の中に広がる。糖分が補給されて、脳みそが覚醒していく感覚。

 それが、はじまりの合図だ。


「それじゃあ、いきますか」


 一人呟く。

 時計を見ると、ちょうど予定の時刻だ。目の前のパソコンを慣れた手順で操作する。さあ、今日もテンション上げていくぞ。


「みなさんどうも。今日も『トトト。チャンネル』の配信やっていきます。マイトンネラーの『トトト。』です」


 マイクに向かって発したこの言葉は、オレ一人しかいない部屋に響いて消える――いや、そうではない。

 この声は、インターネットを通して、視聴者の元に届いているのだ。


『お、はじまった』『88888』『待ってました』『続きはよ』


 その証拠に、パソコンのディスプレイにテキストが次々に表示される。オレの言葉に対する反応だ。

 そう。

 オレは、動画配信サイト『マイトンネル』でゲーム実況配信をしているマイトンネラーだ。

 ネラーネームは『トトト。』、チャンネル名は安直に『トトト。チャンネル』だ。チャンネル登録者数は四捨五入して三百人。一番ウケた動画の最高再生回数は二十五万回。動画で収入を得るには、何かが爆発的にバズるか、かなりの地道な努力が必要、という状況だ。


「さあ、今日も『マジックンソード』の続きをやって行きたいと思います」


 そんなオレが、最近、動画配信のネタにしているのが、人気急上昇中のVRゲーム『マジックンソード』だ。

 よくある剣と魔法の世界が舞台のRPGで、プレイヤーは架空の世界で冒険の旅に出ても良いし、手広く商売をしても良いし、クラフトにのめりこんでも良い。その自由度がウケて、結構人気を集めている。登録者数が百万人を超えて、まだまだ伸びているとアナウンスされている。

 オレは、そんなゲームの世界に――異世界転生した訳でもなく、チートなスキルをくれる神様がいる訳でもないので――普通にログインしてゲームをプレイしている。ついでにそれを、動画として配信しているという訳だった。

 数は少ないものの大切なチャンネル登録者様達と、通りすがりの視聴者を楽しませるには、何ができるか。そんな疑問が頭に浮かぶ。

 動画配信を始めてから、ずっと考えていることだ。

 いやいや、今は配信の真っ最中だ。

 集中せねば。


「まずは、ちょっと失礼して、VRゴーグルを着けますね。よいしょ」


 ゴーグルを着けると、いつもと変わらない自分の部屋が映されている。ほとんど気にならない装着感もあって、ゴーグルを着けているのを忘れそうになる。


「で、いつものログインっと」


 目の前に、光るシンボルが表示された。

 右手を軽く伸ばし、コントローラーの操作で、それに触れる。

 せっかくのVRゲームなのだから、実際に歩いたり、手を伸ばしたりできれば良いのだが、部屋の広さには限りがありそれはできない。勢いよく両手を振り回せば、現実世界で何かにぶつかる危険性がある。

 だから、両手のわずかな動きと右手のコントローラーの操作でキャラクターの動きを、左手のコントローラーの操作でキャラクターの移動をするのだ。最初は違和感もあったが、今ではすっかり慣れてしまった。


「では、行きますね」


 視界がぐんと前方に加速し、光るシンボルの中に飛び込む映像が流れる。脳は完全にだまされて、ありもしない加速度を感じてしまう。

 そして、『マジックンソード』の世界へと飛び込むのだ。

 おなじみの演出。

 この画面を、インターネットの向こうの視聴者も、一緒になって見ている。パソコンの画面では、二次元に加工されたゲームの状況が、自由に位置を変えることが可能なカメラワークで見ることができるのだ。

 そして、唐突な着地。

 無事にゲームの世界に降り立った訳だ。


「いやー、いつ見ても、このログインの演出すごいですよね」


『同意』『まちがいない』『ニガテ酔う』


 この通り、先程まではパソコンの画面に表示されていたテキストも、問題なく視界の端のポップアップウィンドウに映し出されている。


「さて、前回の動画では、そうそう、ドワーフの鍛冶屋を説得して、耐久度に全振りした鋼鉄の筒を作ってもらうように依頼したんでした。約束の日数は経過しているので、受取りに行くところからですね」


 この『マジックンソード』の動画実況をするにあたり、何か真新しいことができないかと、なけなしの頭脳を振り絞り、思いついたことがある。

 それは、ある意味で、神様からもらいそこねたチートのようなものかもしれない。

 それは――。


「こんにちは、おじさん。お願いしていたモノは出来ましたか」

「なんだ、アンタか。おう、何に使うか知らんが、とにかく頑丈な鋼鉄のパイプ、出来てるぞ」

「ちゃんと、片側が開いていて、反対側は閉じている?」

「おう、注文通りだ」


 手渡されたソレは、オレが思い描いていた通りの出来栄えだった。

 用途不明な鋼鉄のパイプ。

 でも、これにオレの職業スキル『細工師』を組み合わせると――。


「そう。この剣と魔法の世界で、存在しないはずの『銃』を作りたいと思います」



 ◆ ◆ ◆



「では、早速、加工していきましょう」


 貸し工房に移動したオレは、待ち切れない思いをなんとか押し殺しながら作業を始める。

 まずは、先程、ドワーフの鍛冶屋から受け取った鋼鉄のパイプの加工からだ。


「本当は、このパイプの制作も自分でやりたかったんですけどね。オレの『細工師』のスキルだと、強度が命のこの部分を作るには、不安が残りますからね」


 まあ、『鍛冶屋』というスキルを持つプレイヤーが他にいるんだから、その人に任せてしまえという訳だ。外注した結果として、満足のいくものが出来たのだから、まったく文句はない。


「では、このパイプに、あらかじめ作っておいた、グリップを溶接します。スキル『細工師』を選択して、続いて『溶接』を選択するだけですね。簡単簡単」


 前回の動画で作っておいたグリップ――オレの右手で握るのに丁度よい大きさの銃把と、引き金、そこから連動してパイプの閉じられた部分を叩く撃鉄の機構をスキルで溶接していく。

 前回の動画の時点では、何を作っているのかはっきりしなかったが――それでも勘の良い一部の視聴者には気付かれていたが――こうして見ると、何を作ろうとしているのか一目瞭然である。


「もうこれだけで、ほとんど形になっていますね。かなり銃です。しかもこれ、パイプの長さで分かってしまいますが、ショットガンにするつもりなんですよね」


 さて、ここからが『細工師』の本領発揮だ。


「みなさんご存知の通り、『マジックンソード』の世界では、火薬や燃料は超高級品です。火なんか魔法でつければ良いですからね。ということで、このショットガンの銃弾を打ち出すための仕組みも魔法を応用して作っていきたいと思います」


 アイテムボックスから、これも前回用意しておいた、見様見真似で作った銃弾を取り出す。


「この銃弾を、ちょっと細かいですが、スキルで『切断』します。底から三分の一くらいの長さで切ってしまいます。ああ、細かい作業なので、見たい人は画面を寄せて見てくださいね。で、一番底の部分に、スキル『魔法紋刻印』で、『爆発』を書きます。続いて、さっき切った部分にも『爆発』を書きます。これを再度『溶接』して、一つの銃弾に戻しておきます」


 スキルを使って加工するだけなのに、細かい作業に集中した気になって、思わず汗をかいてしまう。


「よし。この銃弾を、火縄銃のようにパイプの中に落とします。これで、引き金を引くと、この機構が動いて、撃鉄がパイプの底を打ちます。ここに『マナシリンダー』をセットしおくと、瞬間的に最初の『爆発』が発火して、銃弾を発射します。その後、二つ目の『爆発』が発火して、銃弾自体を粉々にします。これで立派な散弾銃――ショットガンの完成です」


 クラフトは無事終了だ。

 いや、正確には、完成とするのは早い。


「完成の前に、試し撃ちしてみないとですね」


 早速、弓型武器用の試射場へ移動する。幸いなことに、人はまばらだ。


「では、撃ってみますね」


 お手製ショットガンを構える。体を的に対して横に向け、右手でグリップを握り、人差し指を引き金に。左手は銃身の中央やや前方を支える。

 反動はどれくらいだろうか。

 爆発の魔法の威力にパイプが負けて暴発しないだろうか。

 照準のためのフロントサイトやリアサイトを着けておけば良かった。

 様々な思いが頭をよぎるが、ええい、どうなってもゲームの中だ、撃ってしまえ。


「三、二、一――」


 引き金を引いた。

 バン、という、およそ予想通りの音が響いた。

 瞬間の後に、人のシルエットの形のターゲットに数カ所の穴が空いた。


「おお、命中しました。成功ですね」


 思わず笑顔になってしまった。


『大成功!』『888』『なんだ暴発期待だったのに』『狙いが甘い』『中心に必中するまで帰ってくるな』


 テキストも、視聴者達の祝福の声を届ける。まあ、厳しい意見もあるようだが。


「まあ、成功と言って良いでしょう。照準器は付けます。多分、銃弾の大きさが、パイプの内径とズレているので、そこは修正します。本当は、リロードの機構が欲しいけど、勉強不足なので、後日にします。あと、何回か試して、『爆発』を書き込むための切断の位置を調整します。そうしたら、いよいよ――」


 ちょっと気が早いと思わなくもないが。


「バトルアリーナで対人戦闘をしてみましょう」



 ◆ ◆ ◆



「と、いうことで、バトルアリーナに移動しました」


 バトルアリーナでは、人対人、人対モンスターのバトルが、一対一、多対一、多対多など様々な条件で行われている。基本的には模擬戦であることを謳っており、負けてもゲーム内の致命的な死が訪れることはない。そういう死と隣合わせの真剣勝負がしたいプレイヤーは、街の外のダンジョンにでも潜れば良い。

 対戦相手を求めてロビーに向かうと、受付キャラクターに話しかける前に、個人宛てのメッセージを受信した。


「おっと、メッセージを受信したみたいです。ええと、『すみす』さん。知らない人ですね。あ、バトルアリーナでの対戦申し込みですね」


 簡単な自己紹介によると、バトルランクはオレと同じDランク。相手のジョブは『忍者』で、オレのジョブ『シーフ』との相性は、良くも悪くもない。ふむ。


「丁度良いので、『すみす』さんの申し出を受けようと思います。それでは、返信をポチッと」


 すると、広いスタジアムの中心へと場所が切り替わった。

 相対するは、グレーの忍者装束に身を包んだ、細身の男だった。


「あれが『すみす』さんですか。対戦よろしくお願いしま――」


 瞬間、オレの背筋が凍った。

 その男が、細長い筒を背負っていたからだ。

 直感が嫌な予感に変わる。もしあれが、オレの想像通りのものだとしたら。

 直後に、対戦場所がランダムに選択される。

 くそ。最悪なことに、草原だ。遮蔽物がほとんどない。このままでは――。


「バトルスタート!」


 音声が、容赦なく、バトルの開始を告げる。

 対戦開始直後に、オレは身を伏せた。生い茂った草が、雑にオレの体を隠した。

 直後、視界の端で、すぐそこの草が弾け飛んだ。遅れて聞こえる、バンという発射音。

 確信に変わる。

 あれは、あの男が背負っていた筒は――ライフルだ。

 この剣と魔法の世界に、銃を持ち込もうと考えるやつが、オレの他にもいたなんて。


『まずい展開?』『ライフル?』『負け確演出来ました』『ライフル!』『どうすんの?』


 そうだ。今は勝負に集中しないと。

 相手の武器が超長射程のライフルである以上、大ダメージ狙いながら短射程のショットガンでは、圧倒的にこちらが不利だ。

 バトルステージが『草原』なのも不利に拍車をかけている。ほとんど遮蔽物がない状況で、どうやって相手に近づけば良いのか。それも、ライフルの弾丸を避けながら。


「あ、ちょっと良いこと思いつきました」


 脳裏にアイディアが飛来した。逆転の発想。近付けないのなら、相手よりも長射程で攻撃すればよい。

 急ぎ予備の弾丸に細工をする。

 地面に伏せたままの無理な姿勢でも、スキルを使った細工なら問題はない。

 スキル『細工師』を選択、続いて『魔法紋刻印』で弾丸の底に魔法を刻みつける。ただし、『爆発』ではなく『雷撃』の魔法だ。

 さらに、銃身にも『雷撃』の魔法を刻む。一つではない。銃身であるパイプと平行に書き切れるだけ並べる。

 そう、これで。発想通りの現象が起きるなら、撃鉄からマナを打ち込まれた銃弾は、雷の属性を付与され、瞬間的に雷を射出口へと伝播して行く銃身の雷撃に導かれて――。


「ショットガンを、即席レールガンに変えます!」


 照準は、ショットガンのそれをそのまま流用できる。『すみす』の身体は、距離的な有利を確信している油断からか、こちらから丸見えだ。

 行ける――。


『当たれ!』『目にもの見せてやれ』『撮れ高キター』


 視聴者からのテキストが、今日一番の速さでスクロールされる。

 それに後押しされて――。


「――行けっ!」


 引き金を引いた。

 響いたのは、バリッという落雷に似た発射音だ。

 瞬間的に加速された銃弾が、超高速で飛翔する。

 ターゲットに的中。

 その一撃は。


「ヘッドショットです!」


 一瞬で決着を決めるものだった。

 勝った。


「ゲームセット! 勝者は『トトト。』さんです」


 フィールドに流れるアナウンスと同時に、バトルアリーナのロビーに戻される。


「お、メッセージみたいです」


 たった今まで、おそらく『マジックンソード』の世界で初の銃対銃のバトルを戦い合った、『すみす』さんからのメッセージだった。


「なになに……? 『マジックンソード』の世界では、銃を製造しようとする動きが急速に始まっている。その運用と管理のためのギルドが組織される。貴殿も、その傘下に入ることをお勧めする。今日は運良く勝ちを拾ったようだが、野良の銃使いのままでは狩り出されてしまうぞ……だって」


 なんだか面白くない。

 好きなことがやれる自由度の高さが『マジックンソード』の魅力ではなかったのか。

 オレは、どうすれば良い?


『シンキングタイム?』『悩ましい』『いや、答えは出ているだろ』


 どうすれば良いか。

 そんなの、オレがマイトンネラーである限り、答えは一つだ。

 視聴者が喜ぶ道を選ぶ。


「そのギルド、オレの動画配信を邪魔をしようって言うなら、逆にぶっつぶしてやる! ですよ!」


 オレはそう宣言した。

 ――この動画が、オレ的に脅威の再生回数を叩き出すのだが、それはもうしばらく後の話である。


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