第6話/海外の事件と慎一郎との対話
深夜、科警研第二課の解析室。モニターの青白い光だけが暗闇を照らしていた。秋山慎一郎は椅子にもたれ、静かに端末を見つめている。室内には誰もいない。空気は張り詰め、緊張感が漂う。
「……KAZUHAコア、海外の類似事件の解析を開始した。」
モニターの中で、蛇の目のインターフェースが淡く点滅する。慎一郎はゆっくりと椅子から身を乗り出し、画面に目を凝らした。
「……これが、アメリカでの事件か。」慎一郎はつぶやく。
「対象は1970年代後半、都市部のアパートで発見された防腐処理された遺体群です。」蛇の目の声は冷徹で無機質だが、情報は詳細かつ正確だった。「遺体は密閉容器内に安置され、現場にはわずかな痕跡しか残されていません。手口と痕跡の残し方には、今回の犯行と共通点があります。」
慎一郎は顎に手を当て、解析結果を眺めながら問う。「共通点とは……具体的には?」
「まず防腐処理の方法です。使用された薬剤の組み合わせと保存状態は、日本国内で発見された遺体と類似しています。」
慎一郎は眉をひそめた。「なるほど。国外でも同様の手法が用いられていたわけか。しかし、文化や環境も違うはずだ。そこに犯人独自の変化があるのでは?」
「正確です。」蛇の目は即座に応答する。「遺体配置のパターンや痕跡の意図は異なるものの、心理的傾向には一致点が見られます。防腐処理により死を可視化する行為、痕跡を残すことで自己の存在を暗示する意図……これらは全て共通しています。」
慎一郎は椅子に深く腰掛け、低く息をついた。「……つまり、国外の事件と今回の犯行は、単なる手口の偶然ではない。心理的な根幹が同一、もしくは影響を受けている可能性があるということか。」
「推測に基づく判断です。しかし、過去の類似事件の詳細解析により、犯人の心理傾向をある程度予測可能です。」蛇の目は冷静に答える。「痕跡の残し方、遺体配置、防腐処理の手法は、過去の事件の犯人心理と照合可能です。」
慎一郎は一息つき、モニターを凝視した。「……この情報を使えば、散発的に見える連鎖の背後にある計算を逆算できるな。」
「可能性は高まります。しかし、完全な予測は困難です。犯人は過去の手口を参考にしつつも、常に変化を加えています。」
慎一郎は微かに笑った。「当然だ。完全に同じことを繰り返す殺人者など存在しない。変化の意図を読み取ることこそ、我々の仕事だ。」
蛇の目は淡々と応じる。「解析は、過去の事件の傾向を提示するに過ぎません。現場での情報と組み合わせることで、初めて犯人の行動予測が可能になります。」
慎一郎は椅子から立ち上がり、窓の外の夜景を見つめる。「……この連鎖は、心理と計算の競演だ。海外の事件を解析し、心理的傾向を抽出する。そこから現場情報を照合する……蛇の目と我々の連携次第で、次の現場を先読みできるかもしれない。」
「その通りです。」蛇の目の声は冷たく、しかし正確な指針を示す。「過去の影を追い、現場での微細な手掛かりを拾い上げる。これが犯人像を浮かび上がらせる唯一の方法です。」
慎一郎はゆっくりと頷き、モニターの解析結果を眺めた。「……KAZUHAコアの解析は、我々に方向を示す灯火だ。しかし、最後に犯人を追い詰めるのは人間の判断と直感だ。蛇の目の分析に頼りすぎず、現場で拾えるものを全て拾う。」
部屋に静寂が戻る。冷たいモニターの光だけが、過去の海外事件の影と、目の前に迫る連鎖殺人の予兆を映していた。慎一郎の視線は、解析結果のデータだけでなく、現場での直感と判断に集中している。
この夜、海外の影を追う蛇の目と慎一郎の対話は、散発的に見える連鎖の背後に潜む犯人像を、ほんの一歩だが確実に浮かび上がらせた――。
午前五時前、霧が立ち込める山道を吉羽恵美と渡辺直樹、片瀬梓が車で進む。空気は冷たく、湿った匂いが鼻をつく。過去の現場データと蛇の目、KAZUHAコアの解析を組み合わせ、次の現場の可能性が極めて高い地点へ向かうのだ。
「……この霧じゃ、視界がほとんどないな。」渡辺が窓の外を眺めながら言う。
吉羽は資料を手に端末を確認する。「ええ。監視カメラはほとんどなく、地元住民の目も届かない。犯人が選ぶ場所の傾向に沿った、典型的な死角よ。」
片瀬は端末で地形図と過去の発見地点を重ね合わせる。「KAZUHAコアの解析では、犯人は心理的に安全な死角を好む傾向があります。今回の地点も、その行動パターンに沿っています。」
「安全な死角……つまり、観察者から隔絶された場所か。」渡辺が呟く。「でもそれって、現場での微細な痕跡も取りやすいってことだろ?」
吉羽は頷く。「ええ。微細な手掛かりが最重要。土の盛り方、遺体の配置、防腐処理の痕跡……全てが犯人心理の手掛かりになる。」
車を降り、三人は薄暗い山道を歩き始める。足元はぬかるみ、枯れ葉が静かに音を立てる。瓦礫の間に微かに盛り上がった土が見え、吉羽は端末と現場の痕跡を慎重に照合する。
「ここだわ。」吉羽が低くつぶやく。
渡辺は手袋を装着し、土を掘り返す。やがて防腐処理された遺体の一部が現れた。瓦礫の隙間に、微かに血液の痕跡が残っている。
「やはり……手口は前回と同じ。」吉羽は冷静に言う。「計画的に配置されている。微細な痕跡も残されている。」
片瀬は端末を覗き込みながら分析する。「土の盛り方、体の向き、周囲の瓦礫……心理的意図が読み取れます。過去の海外事件と一致する部分もあります。」
渡辺が息を呑む。「……犯人は少しずつ変化を加えているな。解析でも完全には予測できなかった。」
吉羽は瓦礫にしゃがみ、土を手で触れる。「ええ。でも現場でしか読み取れない情報がある。匂い、湿度、微妙な光の反射……小さな違和感を拾えば、犯人心理に一歩近づける。」
吉羽は端末で蛇の目に現場データを送信する。「蛇の目、現場の土壌と痕跡を解析して。」
「了解。過去の防腐処理事件との共通点を照合中。」蛇の目の声は冷徹だ。「遺体の配置、瓦礫の配置、防腐処理の薬剤……心理的傾向に基づく解析完了。次の行動予測を提示する。」
片瀬は画面を見つめる。「次の行動予測? ここで何を指示するの?」
「犯人は同様のパターンを続ける傾向があります。周囲の死角、移動距離、過去の時間間隔を考慮すると、次の現場はこの半径内で発生する可能性が高い。」
吉羽は頷く。「過去の事件と今回の痕跡を組み合わせることで、現場の優先調査範囲が絞れる。これは大きな進展よ。」
渡辺は少し緊張した声で言った。「……でも、完全に読めるわけじゃない。犯人は一歩先を行く計算高い存在だ。」
「ええ。でも、微細な手掛かりと解析の照合があれば、少なくとも逃す可能性は減らせる。」吉羽は瓦礫の上に立ち、霧の向こうを見つめた。「私たちは退かない。次の一手を必ず掴む。」
三人が車に戻り、科警研第二課に解析データを送信する。室内では秋山慎一郎がモニターに目を凝らし、蛇の目とKAZUHAコアの解析結果を照合していた。
「……散発的に見える現場でも、必ず小さな規則が残っている。」慎一郎は静かに呟く。「距離、地形、防腐処理の手口、痕跡……全てを線で結べば、犯人像の輪郭が浮かぶ。」
吉羽は決意を込めて言う。「ええ。解析結果と現場で拾える手掛かりを組み合わせれば、散発的な連鎖も解き明かせる。犯人を追い詰めるために、全てを見逃さない。」
室内に漂う冷たい解析データと捜査官たちの熱気が交錯する。数か月にわたる死の連鎖、その背後に潜む冷徹で計算高い犯人。蛇の目とKAZUHAコアの解析は、霧の中の灯火のように、吉羽たちに次の行動の方向を示していた。しかし、それは同時に、犯人が一歩先を行く緊迫の追跡戦の始まりでもあった――。




