第5話/類似事件
深夜の科警研第二課。室内には解析用端末の青白い光だけが静かに点滅していた。吉羽恵美は現場資料を前に、眉をひそめながら防腐処理の痕跡を確認している。渡辺直樹はモニターに表示された地図とデータをじっと見つめ、片瀬梓は端末で膨大な過去事件データベースを検索中。秋山慎一郎は椅子にもたれ、冷静に彼らの動きを見守っていた。
「……これ、前回の現場と手口がほぼ一致してる。」吉羽が低くつぶやいた。「防腐処理、遺体の配置、痕跡の残し方……偶然じゃない。」
渡辺はモニターを指でなぞりながら眉をひそめる。「それに、発見される場所も計算されてる。廃墟、霊園、山間部……どれも人目が届かない場所だ。」
片瀬は端末をスクロールしながら口を開いた。「KAZUHAコアを通して、過去の国内外の類似事件を検索しています。防腐処理されて放置された遺体……件数は少ないですが、いくつか完全に手口が一致する事件が見つかりました。」
吉羽が顔を上げる。「過去の事件? どんな事件?」
片瀬が画面を指差す。「アメリカの都市部、イギリスの地方都市、国内では地方都市の数件。いずれも遺体は防腐処理され、現場に痕跡が残されていた。手口が今回と非常に似ています。」
渡辺が肩をすくめる。「海外の事件まで……犯人、ひょっとして手口を学んでる可能性もあるのか?」
秋山慎一郎は椅子にもたれたまま、低く言った。「KAZUHAコアは過去の殺人者の脳を解析している。つまり、犯罪心理や行動パターンの傾向も抽出できるわけだ。単に手口の模倣ではなく、心理的癖や思考の傾向まで推測できる。」
吉羽は資料を手に取りながら考え込む。「もし、犯人が過去の事件を参考にしているとしたら……でも、完全に同じじゃない。微細な痕跡や配置方法に独自の癖があるわ。」
片瀬が端末の画面に複数の事件の比較表を映す。「KAZUHAコアは防腐処理の種類、遺体の配置、痕跡の残し方を抽出して分析しています。心理傾向の類似性も示されているので、犯人像をさらに絞り込めます。」
渡辺はモニターに顔を近づけ、声を低くする。「なるほど……こうやって過去の事件と照合すれば、犯人の好む環境や行動範囲もある程度推測できるな。」
吉羽は指で地図上の発見地点をなぞりながら言った。「散発的に見える現場でも、防腐処理の痕跡や土壌の盛り方に微妙な規則が残っている。過去の事件と照合すれば、その規則の意味も見えてくるはず。」
秋山が椅子から身を乗り出す。「過去の事件データがある以上、我々は犯人の心理傾向や行動パターンを、可能な限り先読みできる。しかし、現場での五感を使った観察も欠かせない。」
渡辺が思案顔でつぶやく。「現場の匂い、空気の湿度、土の状態……解析では拾えない微細な違和感。結局、そこが決め手になるんだな。」
吉羽は端末を閉じ、資料をまとめながら決意を込める。「ええ。蛇の目が示す可能性と、私たちが現場で拾う手掛かり。この二つを組み合わせれば、散発的に見える連鎖を解き明かせるはず。」
片瀬が小さく頷く。「次の現場も慎重に調べる必要があります。過去事件との比較から、犯人は必ず何らかの痕跡を残すはずです。」
秋山が口元に微かな笑みを浮かべる。「そうだ。我々が現場で確実に手掛かりを拾えば、犯人の心理や行動の糸口は必ず見えてくる。散発的に見える死の連鎖にも、必ず計算されたパターンがある。」
渡辺が拳を握り、目を輝かせる。「……次の現場では、絶対に逃さない。全てを見逃さず、拾い上げる。」
吉羽は深く頷き、決意を胸に刻む。「ええ。過去の影をたどり、解析と現場情報を組み合わせる。これが私たちの唯一の道。散発的に見える犯人の連鎖を止めるために。」
室内には冷たい解析データと、捜査官たちの熱気が混ざり合う。数か月にわたる死の連鎖、その背後に潜む計算高く冷徹な犯人。過去の事件を紐解く蛇の目の解析は、霧の中の灯火のように、吉羽たちに次の行動への方向を示していた。
しかしその光は、犯人が一歩先を行く緊迫の追跡戦の始まりでもあった――。
翌早朝、科警研第二課のメンバーは淡路島北部の山間部へ向かっていた。前夜、蛇の目が解析した過去のエンバーミング事件との比較から、この場所が次の現場の可能性が高いと示されたのだ。
「……この山道、本当に人が入るのか?」渡辺が車の中で眉をひそめる。
吉羽は地図を指でなぞりながら答えた。「車も通れない道だけど、犯人は計算しているはず。監視の目が届かない、人目につかない場所を選んでいる。」
片瀬梓は助手席で端末を操作していた。「KAZUHAコアの解析結果によると、防腐処理の手口から推定される犯人の行動範囲は、この山間部周辺に集中しています。距離、移動時間、地形の条件からも妥当な範囲です。」
秋山慎一郎は後部座席で静かに口を開いた。「解析は可能性を示すだけ。現場で我々がどれだけ微細な手掛かりを拾えるかが重要だ。匂い、湿度、土の盛り方、瓦礫の配置……どれも犯人の心理を映す鏡になる。」
吉羽は頷きながら、外の薄霧に目を凝らした。「ええ。散発的に見える犯行にも必ずパターンがある。それを現場で一つずつ拾う。」
小道を歩くうち、瓦礫の間に微かに盛り上がった土が見えた。吉羽は端末を取り出し、過去の解析結果と照合する。
「……ここだ。」吉羽が指を差す。
渡辺は手袋を装着し、慎重に土を掘り返す。少しずつ防腐処理が施された遺体の一部が現れる。
「やはり、手口は前回と同じだ。」吉羽が冷静に言う。「計画的に配置されている。微細な痕跡も残されている。」
片瀬が端末を見つめて分析する。「土の盛り方、体の向き、周囲の瓦礫の配置……これも心理的な意図です。過去の事件の手口と完全に一致している部分があります。」
渡辺は息を呑み、瓦礫に手を置く。「……これまでの現場とは微妙に違う。犯人は少しずつ変化を加えている。解析でも完全には予測できなかっただろう。」
秋山は静かに端末を操作し、KAZUHAコアを通じた解析結果を確認する。「犯人は痕跡を残すことで、心理的なメッセージを込めている可能性がある。防腐処理の手法や遺体の配置、微細な違和感……全て計算されている。」
吉羽は瓦礫の間にしゃがみ、土の感触を確かめる。「ええ。でも、現場でしか読み取れない情報もある。匂い、湿度、微妙な光の反射……小さな違和感を拾えば、犯人の思考に一歩近づける。」
科警研第二課に戻る車内。吉羽は資料を整理しながら、今回の現場の手掛かりを分析する。
「……これで複数現場の情報と過去事件の解析を組み合わせられる。」吉羽は端末を操作し、赤い点で示された発見現場を俯瞰する。「散発的に見える犯行にも、小さな規則が隠れている。距離、地形、土の状態……全て線で結べば、犯人像の輪郭が浮かぶはず。」
渡辺は拳を握り、目を輝かせる。「……現場で拾った微細な情報が、解析の可能性と組み合わされれば、犯人の行動を少しずつ削れるな。」
片瀬が端末を指差しながら言う。「KAZUHAコアの解析によると、犯人は心理的癖や行動パターンの傾向を過去事件から応用している。次の現場を予測する糸口も、ここに含まれている可能性があります。」
秋山は椅子に座り、低く呟く。「過去の影をたどり、現場の微細な情報を拾う。我々ができるのはそれだけだ。それを組み合わせれば、散発的な死の連鎖も解き明かせる。」
吉羽は決意を胸に、窓の外の霧を見つめる。「ええ。蛇の目が示す可能性と、私たちが現場で拾う手掛かり。この二つを組み合わせて、犯人を追い詰める。」
車内には、冷たい解析データの光と捜査官たちの熱気が交錯していた。数か月にわたる死の連鎖、その背後に潜む冷徹で計算高い犯人。蛇の目が解析した過去の影は、霧の中の灯火のように、吉羽たちに次の行動の方向を示していた。
しかし同時に、それは犯人が一歩先を行く緊迫の追跡戦の始まりでもあった――。




