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蛇の目/requiem  作者: ふゆはる


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第3話/連鎖する死

 春を過ぎ、初夏の陽射しが兵庫県の山間部や沿岸部を温め始めた頃、科警研第二課には続々と報告が届いた。数か月の間に、県内の複数の場所で遺体が発見されている――しかも、すべて前回の蒼影霊園や北区の廃屋で確認された手口と一致しているという。

「またか……」渡辺直樹はモニターに映る現場写真を見つめ、眉を寄せる。画面には湿った土、倒れた墓石、瓦礫の間に置かれた遺体の一部が映っている。腐敗は抑えられ、微量の防腐液が付着している痕跡も鮮明だ。

 吉羽恵美は資料を机に広げながら落ち着いた声で言った。「数か月の間に、県内各地で同じ手口の遺体が発見されている。防腐処理、遺体の配置、痕跡の残し方……全て一致しているわ。」

 片瀬梓が端末を操作し、解析結果を画面に映す。「過去の殺人者の脳で思考するKAZUHAコアによる解析では、遺体の配置パターンや発見時期、発見地点の規則性が非常に高い精度で予測されています。県内の北部から南部まで、散発的ではあるものの一定の行動パターンがあることがわかりました。」

 秋山慎一郎は肘をつき、低く言う。「規則性……。散発的に見える行動の中にも、確実に計算された軌跡がある。解析はあくまで推測に過ぎないが、この精度なら捜査の助けになる。」

 吉羽は端末を手に取り、地図上に複数の発見地点を重ね合わせた。「北区の廃屋、蒼影霊園、淡路島の山間部……どの現場も共通しているのは、監視カメラや人目の届かない死角に遺体が置かれていること。そして、微量の防腐液が施されていること。」

 渡辺は眉をひそめる。「……やっぱり、偶然じゃないな。数か月にわたって同じ手口で動いている。それに、散発的に見えて、計算され尽くしてる。」

 吉羽は頷き、慎重に資料を確認する。「KAZUHAコアは事件そのものに関与していない。あくまで過去の殺人者の脳で思考するAIだから、私たちが手掛かりを見つけて行動を解析する手助けをしてくれるだけ。」

 渡辺は少し安心したように息をつき、指でモニターの遺体写真をなぞる。「つまり、AIは道標で、現場で五感を使うのは俺たちの役目か……。」


 数日後、吉羽と渡辺は淡路島北部の山間部にある廃墟跡に到着した。湿った空気に潮風が混ざり、瓦礫や倒れた壁の間に、わずかに盛り上がった土が見える。

「……ここか。」渡辺は声をひそめ、慎重に足を進める。「周囲に人影はなし。監視カメラも無いだろう。」

 吉羽は端末で解析結果を確認し、瓦礫の間に微かに黒ずんだ土を指差した。「土の色が不自然。人工的に盛られている。ここに何かが置かれた可能性が高い。」

 二人が手袋をつけ、土を掘り返すと、腐敗が少なく防腐処理が施された遺体の一部が現れた。吉羽は静かに言う。「……前回と同じ手口ね。偶然じゃない。」

 渡辺は息を呑み、瓦礫の上に遺体をそっと置きながらつぶやく。「……これで、この数か月で発見された遺体は五体目か。数は少なくない。」

 吉羽は端末に目を落としながら静かに分析する。「発見のタイミングや場所も規則性がある。KAZUHAコアの解析では、過去の殺人者の脳で考えた場合、犯人は必ず『痕跡を残す』傾向があると出ている。遺体の置き方や土の盛り方にも意味がある可能性が高い。」

 渡辺は瓦礫に腰を下ろし、考え込む。「……現場でしかわからないことが多いな。匂いや空気、微妙な違和感……解析だけじゃ拾えない。」

 吉羽は立ち上がり、遠くの山影を見つめた。「ええ。AIは可能性を示すだけ。でも、私たちが現場で手掛かりを拾わなければ、犯人の行動パターンは見えてこない。次の現場も、同じように慎重に調べる必要がある。」


 科警研第二課に戻った二人は、数か月にわたる複数の現場の手掛かりを整理した。

「場所も時期もバラバラなのに、手口は全て同じ……」渡辺はモニターを指差し、眉をひそめる。「防腐処理、痕跡の残し方、遺体の配置……KAZUHAコアの解析通りだ。」

 吉羽は資料を見渡しながら頷く。「KAZUHAコアはあくまで解析者。現場の状況や犯人の選択は人間が行っている。だけど、AIが示す可能性を手掛かりにすれば、犯人像を絞り込むことができる。」

 片瀬梓は地図上に発見地点をマッピングする。「北区、淡路島、沿岸部……散発的だけど、規則性があります。距離や時間を考えると、犯人は計算し尽くした行動をしている可能性が高いです。」

 秋山慎一郎は冷静に分析する。「連鎖的に発見される遺体から、散発的に見える犯人の行動も規則性を持つことがわかる。AIはその規則性を示すだけだが、我々の理解には大きな助けになる。」


 吉羽は資料を整えながら、静かに口を開いた。「……でも、怖いのは、規則性を知っただけでは犯人に直接迫れないこと。手掛かりがあっても、犯人は計算高く、次の行動を隠している。」

 渡辺は渋い表情で頷く。「現場の感覚と解析結果を組み合わせるしかないな。匂いや空気、微妙な違和感が、次の手掛かりを示すかもしれない。」

 吉羽は机に並べた資料を見渡し、決意を込めて言った。「ええ。数か月にわたって複数の遺体が出た意味を理解するには、次の現場でも慎重に、でも確実に手掛かりを拾う必要がある。」

 科警研第二課の室内には、冷たい解析データと捜査官たちの熱気が混ざり合っていた。数か月にわたる死の連鎖――その背後に潜む犯人の計算された行動パターンを、吉羽たちは少しずつ理解し始めていた。

 森や廃墟、霊園に広がる冷たい空気の中、死の連鎖はまだ終わっていない。次の手掛かりが、静かに、しかし確実に、吉羽たちを次の現場へと誘うのだった。


 複数の遺体発見から数日後、科警研第二課の捜査室は緊張感に包まれていた。吉羽恵美、渡辺直樹、片瀬梓、そして秋山慎一郎が並ぶデスクには、県内のあらゆる現場データと、KAZUHAコアを通じた蛇の目の解析結果が広げられている。しかし、画面に表示される数字や地図は、むしろ捜査陣に不安をもたらしていた。

「……これ、解析でも予測できないのか?」渡辺が画面に映る地図を指さし、眉をひそめる。複数の現場は、距離や時間、地形の条件が複雑に絡み合い、規則性を見つけることが困難だった。

 吉羽は端末を操作し、データを確認する。「ええ、蛇の目は過去の殺人者の脳で行動パターンを予測できる。でも、この犯人は過去の手口を模倣するだけでなく、散発的かつ意図的にパターンを崩している。これじゃあ、AIでも完全な予測は不可能。」

 片瀬梓が端末を操作しながら顔を曇らせる。「現場ごとの間隔もランダムに見えるし、地形も山間部、沿岸部、廃墟や霊園……一貫性がないです。解析データは示唆を与えるだけで、決定的な行動予測には至りません。」

 秋山慎一郎は椅子に肘をつき、冷静な声で言った。「つまり、犯人はAIの解析をも見越して行動している可能性もある。蛇の目は過去の脳を基にした予測AIに過ぎない。複数の現場が散発的で、かつ計算されているとすれば、我々も一歩遅れる。」

 渡辺は拳を握り、床を見つめながらつぶやく。「……数か月にわたって、これだけ複雑に散らばる手口。現場でしかわからない違和感や微細な痕跡を頼るしかないのか。」

 吉羽は深く息をつき、冷たい空気の中で視線をモニターに戻す。「ええ。でも、ここで焦っても仕方がない。重要なのは、解析と現場の情報を組み合わせ、わずかなパターンを拾うこと。小さな手掛かりが、次の現場への糸口になる。」

 片瀬は端末の地図を指さし、声を低くする。「次の可能性は、この山間部の廃屋付近ですが……完全に断定はできません。犯人は前回と同じように、監視カメラや人目の届かない死角を狙って行動するでしょう。」

 渡辺は肩を落とす。「……一歩先を読むのがこんなに難しいとはな。AIがあるからって、完全に安心はできないんだな。」

 吉羽は静かに頷き、決意を込めて言った。「ええ。蛇の目は可能性を示すだけ。犯人の心理や思考パターンを推測する材料になるけれど、実際に現場で何をするかまではわからない。私たちの五感と現場判断が、まだまだ重要なの。」

 秋山は冷ややかに目を細める。「だが、こういう複雑なケースだからこそ、解析と人間の直感が組み合わされば、少しずつ犯人の行動パターンを削り取れるはずだ。」

 吉羽は資料を見渡し、指を資料に滑らせる。「数か月の間に複数の遺体が出た意味も、犯人の思考の複雑さも、すべて小さな線と点に過ぎない。一本ずつ繋げれば、全貌が見えてくるかもしれない。」

 室内には冷たい空気が漂い、解析データの光と資料の紙の感触だけが捜査官たちの神経を研ぎ澄ましていた。数か月にわたる死の連鎖――その背後で、計算高く散発的に動く犯人の存在は、蛇の目をもってしても予測困難を極める。

 だが、吉羽たちは一歩も退かず、現場での手掛かりを頼りに、少しずつ犯人の影を追い続ける。目に見える証拠と、解析の示す可能性――二つを組み合わせることで、連鎖する死の謎を解き明かす道筋を、必死に探していた。

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