第21話/対峙
冷たい夜風が、医療法人の建物の外を吹き抜ける。吉羽恵美はUSBメモリを手に、課のメンバーとともに廊下を慎重に進む。先ほど見つけた証拠は、資金の流れを完全に明らかにするものだった。しかし、その瞬間、吉羽の胸の奥には不安が忍び寄る。
「……なんだか、背後に視線を感じるわ」
吉羽は小声で呟き、振り返る。廊下の端に影が揺れ、微かな足音が響く。
「警備か……それとも内部の協力者か」
秋山室長が冷静に答える。「USBを手にしたことが知られれば、相手も動くだろう。今は慎重に行動するしかない」
渡辺が息を潜めながら言った。「裏口の脱出口を使いましょう。人目を避けて外に出られるはずです」
吉羽は深く息を吸い、肩越しにメンバーを見渡した。「……わかったわ。でも、気を抜かないで。ここに入った瞬間、私たちはもう敵地にいるのよ」
課は裏口へ向かい、建物を抜けて駐車場に出る。その瞬間、背後でドアが大きく開く音が響き、複数の人物がこちらに向かってくる。
「……来たわ!」
吉羽は身構え、懐から小型のライトを取り出す。光をちらつかせ、相手の動きを探る。相手は黒い制服に身を包み、表情を読み取れない。医療法人内部の協力者――証拠を狙って動いてきたのは間違いない。
「渡辺、左!片瀬、右!私が中央を抑える!」
吉羽の声は短く、冷静で的確だった。女性らしい柔らかい口調ではあるが、その決断力と指示の鋭さに、課のメンバーは迷いなく従う。
追跡者たちは隙を見て迫ってくる。吉羽は瞬時に判断し、懐のライトで相手の目をかすめ、間合いを作る。足元の段差を利用して、片瀬が素早く横に回り込み、渡辺が後方から追手を抑える。
「……よし、通れそう!」
吉羽はUSBを胸元に抱え、素早く駐車場の車両まで走る。夜の闇が味方になり、影に紛れながら彼女たちは出口に向かう。
外に出ると、事前に準備していた課の車が待っていた。吉羽は息を整えながら助手席に座り、後ろを振り返る。追手の姿は影のように消えかけていたが、油断はできない。
「……ふぅ、間に合ったわね」
吉羽は小さく安堵の息を吐き、USBを再確認する。「これで、医療法人の裏で何が行われていたのか、証拠が揃った……」
秋山室長は前方を見据えたまま言った。「だが、ここからが本番だ。内部の協力者や背後の黒幕は、まだ姿を現していない。証拠を押さえたことが、次の危険の引き金になる」
片瀬が画面を覗き込み、「USBのデータを見る限り、内部の連絡網や資金管理者の名前まで出ている。これを追えば、組織の核心に迫れるはずです」
吉羽は窓の外の夜景を見つめ、小さく決意を言葉にした。「……絶対に、全部明らかにしてみせる。誰も、この裏で人を傷つけることは許さない」
課の車は静かに夜道を進む。暗闇の中で、吉羽の瞳は鋭く光り、彼女の決意は揺るがない。医療法人の裏側に潜む闇――その核心に、ついに科警研第二課は迫りつつあった。
夜の闇が深まるほどに、物語の緊張は増していく。だが吉羽は信じていた。光を失わず、冷静に、そして確実に真実に迫ることができると。
夜明け前、医療法人の建物は静寂に包まれていた。外はまだ薄暗く、冷たい風がわずかに樹木を揺らす。吉羽恵美はUSBメモリを手に、課のメンバーとともに車を降りた。昨日の夜間潜入で得た証拠は、医療法人内部に協力者がいることを示していた。今回のターゲット、その人物の名は「瀬川彩香」。表向きは医療法人の経理担当で、誰もが信頼する優秀な社員だった。しかし、裏では冷凍ユニットや処置費用の資金管理に深く関与していた。
「……彩香さん、まさかこんな形で……」
吉羽は小声でつぶやく。女性らしい柔らかい口調だが、その瞳には鋭い決意が宿っていた。
秋山室長が淡々と指示する。「USBのログによれば、彩香は資金の流れだけでなく、冷凍ユニットの手配や処置の段取りまで関与していた。今日逮捕すれば、内部構造がほぼ明らかになる」
片瀬が画面を指差す。「監視カメラと入退室記録を照合しました。彩香が事務室に入る時間帯に合わせれば、他の職員に気づかれず逮捕可能です」
吉羽は深く息を吸った。「……わかったわ。絶対に止める。誰も、これ以上傷つけさせない」
課は建物の外に待機し、作戦を練る。吉羽、秋山、渡辺、片瀬は慎重に入口を確認し、死角を狙って潜入する。表向きは清潔な医療法人だが、その裏で動く闇を知る吉羽たちにとって、今やどこも油断ならない戦場だった。
「吉羽さん、先導してください」
秋山の声に吉羽はうなずく。「わかったわ。でも、落ち着いて……焦ったらダメ」
廊下を静かに進む。懐中電灯の光が床に映る影が、緊張感を増幅させる。彩香がいる事務室のドアが見えてきた。吉羽は息を整え、仲間たちに目配せする。「渡辺、入口を抑えて。片瀬は側面から回って。私が中の状況を確認するわ」
吉羽が事務室の扉を静かに押すと、彩香は書類に没頭していた。長い黒髪を束ね、表情は真剣そのもの。しかし、吉羽が一歩踏み出すと、彩香は振り返り、驚きの色を浮かべる。
「……吉羽恵美さん?」
彩香の声は少し震えていた。だがすぐに反応し、書類を投げ捨てるようにして立ち上がる。「な、何の用ですか!」
「逮捕します、瀬川彩香さん。あなたは医療法人の資金を不正に操作し、犯罪行為に加担していました」
吉羽は落ち着いた声で告げる。柔らかい口調だが、決意の強さは揺るがない。
彩香は一瞬、硬直した表情を見せる。後ろを見ると、渡辺と片瀬が素早く部屋を封鎖している。逃げ場はない。彩香の瞳に焦りと恐怖が広がったが、吉羽は静かに続ける。「彩香さん、抵抗しても無駄よ。落ち着いて、手を挙げて。これ以上、誰も傷つけさせない」
その声に彩香は小さく息を吐き、肩を落とす。やがて静かに手を挙げると、吉羽はUSBを再確認しながら警察に連絡を入れた。
「これで……医療法人内部の裏の流れがほぼ解明できるわ」
吉羽は胸の中でそうつぶやく。外の薄明かりが差し込み、朝の光が廊下を優しく照らす。その光は、闇の中で踏みとどまった自分たちの勝利を象徴しているかのようだった。
秋山室長が静かに言う。「だが、まだ黒幕は捕まえていない。油断はできない」
吉羽はUSBを胸元に抱き、仲間たちを見渡す。「……でも、少し光が見えた気がするわ。絶対に、この裏で傷つけさせない……最後まで見届ける」
外に出た課のメンバーは、朝日の中で新たな決意を胸に固める。医療法人の闇の一端を暴いた今、次に待つのは黒幕との直接対決である。だが吉羽は信じていた――どんな闇も、冷静に、確実に光を当てられると。




