第2話/霊園の影
蒼影霊園の夕暮れ、森の影が長く伸びる中、吉羽恵美と渡辺直樹は慎重に奥の区画へ進んでいた。土や落ち葉をかき分ける指先には、蛇の目が解析したデータが反映されている。
「蛇の目の解析では、この付近に遺体や痕跡がある可能性が高い。」吉羽は手袋をした手で土を掘り返しながら言う。「微量の防腐剤や金属片も、この場所に残っている可能性がある。」
渡辺は周囲を見渡しながら小声でつぶやいた。「微妙に土の色が違うな……踏み固められた跡もある。犯人は確実に移動させた痕跡を消そうとしてる。」
吉羽は頷く。「ええ。でも、蛇の目の解析と現場の状況が一致しているから、この小さな違和感も手掛かりになる。」
「KAZUHAコアって結局、過去の殺人犯の思考パターンをもとに推測してるだけなんだよな?」渡辺は木箱の破片を手に取り、慎重に端末で撮影する。
「その通り。」吉羽は目を細める。「KAZUHAコアは事件に関与してるわけじゃない。過去の殺人者がどんな思考で動いたか、どんな痕跡を残したかをAIが解析して、私たちの捜査をサポートしてくれているだけ。」
渡辺は少し安心したように息を吐く。「つまり、AIが示すのは、あくまで『犯人の思考の可能性』か……」
「そう。」吉羽は土をさらに掘り進め、小さな人骨の破片を取り出す。「ここにはまだ隠されていた痕跡がある。蛇の目の解析通りだ。」
渡辺は眉をひそめる。「やっぱり……現場に足を運ばないとわからないことも多いな。」
吉羽は暗くなり始めた森を見上げながら言った。「AIは冷静にデータを解析してくれるけど、匂いや空気、微妙な違和感は私たちが感じ取らないと。現場の感覚と解析結果を組み合わせて初めて、犯人像に近づける。」
「……なるほど、AIはあくまで道標か。」渡辺は小さく頷き、落ち葉を払いながら続ける。「人間の勘と五感がないと、事件の真実には辿り着けないわけだ。」
吉羽は拳を軽く握り、決意を込めて言った。「その通り。だから、私たちは現場で見つけられる手掛かりを確実に拾わないと。蛇の目は未来を示すけど、私たちがそれをどう扱うかで事件の解明が変わる。」
森に吹く風が二人の髪を揺らし、枯れ葉のカサカサとした音が静寂の中に響く。冷たく張りつめた空気の中、吉羽と渡辺は、AIの示す可能性と現場の確かな手掛かりを頼りに、事件の核心へと一歩ずつ近づいていった。
吉羽が小さな人骨の破片を手袋越しに握り、視線を森の奥に向ける。夕暮れの影が長く伸び、霊園の奥の区画はすでに薄暗くなっていた。
「この先……怪しいわね。」吉羽は低い声で呟く。「土壌の成分や落ち葉の乱れ、微妙な踏み跡……蛇の目の解析では、ここに次の手掛かりがある可能性が高い。」
渡辺は端末で現場写真を確認しながら、眉をひそめた。「……でも、誰も入らないような奥の区画だ。犯人は、ここを知っているのか、それとも偶然?」
吉羽は土を軽く掘りながら答える。「偶然じゃない。ここまで計算され尽くした痕跡は、過去の殺人者の思考パターンに沿っている。KAZUHAコアの解析が示す通り、犯人は慎重で、冷静で、計画的。」
渡辺は小さく息をつき、周囲の暗がりを見回す。「……まるで、誰かに見張られているみたいな感覚だな。」
吉羽は端末を操作しながら、淡々と説明する。「気のせいじゃないわ。AIが示す『次の可能性』と現場の状況を照合すると、犯人は必ずこの区画に痕跡を残す。まだ見えないだけ。」
渡辺は肩をすくめ、土をさらに掘り返す。「……つまり、次の手掛かりはここにあると。わかった、慎重に行く。」
吉羽はふと、遠くの墓石の間に異様に黒ずんだ土を見つけた。「あれ……?」
「見つけたのか?」渡辺が近づく。
「わからないけど、土の質が周囲と違う。湿り方も不自然……ここに何か隠されている可能性が高い。」
渡辺は軽く息を飲み、目を細める。「まさか、また遺体か……?」
吉羽は首を横に振り、落ち着いた声で言った。「まだわからない。けど、ここを掘れば次の手掛かりに辿り着く可能性が高い。蛇の目が示す『可能性』はあくまで予測。現場で確かめないと。」
二人が土を慎重に掘り返す中、夕暮れの森はますます静まり返り、風が枯れ葉を揺らす音だけが響く。
「……次の手掛かりを見つければ、犯人の行動パターンがもう少し見えてくるかもな。」渡辺が小声でつぶやく。
吉羽は土をかき分け、微かに金属の光を見つけた。「あったわ……何かの器具の破片。でも、まだ全貌は見えない。」
渡辺が端末で撮影しながら言う。「……これ、次の現場への伏線になるな。」
吉羽は深呼吸して立ち上がり、森の奥を見据える。「ええ。ここで手掛かりを拾ったことで、次の現場の位置も、犯人の可能性も、少しずつ輪郭が見えてくる。だけど油断はできない……まだ、始まったばかりだもの。」
森の影が長く伸び、冷たい風が二人の背を押す。霊園の奥深く、暗闇の中に潜む「可能性」を頼りに、吉羽と渡辺は次の手掛かりを求めて、静かに歩みを進めた。
翌日、科警研第二課の捜査室は、前日の蒼影霊園での捜査結果を整理しながら、次の行動を検討していた。
「蒼影霊園の痕跡は解析通りだった。」吉羽恵美は資料を机に広げながら言う。「微量の防腐液、金属片、そして土壌の不自然な混ざり方。全て蛇の目の示す『可能性』に一致している。」
渡辺直樹は眉を寄せる。「……でも、まだ犯人像はぼんやりしている。次の動きを掴むには、もっと手掛かりが必要だな。」
片瀬梓が端末を操作し、解析結果を画面に映す。「西宮市の蒼影霊園からの推定経路をもとに、県内で類似の防腐処理や遺体処理の痕跡がある場所を抽出しました。可能性が高いのは、姫路市の北部と神戸市北区の山間部です。」
秋山慎一郎がデスクに肘をつき、低く呟く。「蛇の目は単なる過去データ解析だが、動きのパターンを予測するには十分だ。吉羽、渡辺、現地確認に向かえ。」
数時間後、吉羽と渡辺は神戸市北区の山間部にある古い廃屋跡に到着した。緑に覆われた建物の瓦礫の間から、かすかな異臭が漂ってくる。
「……ここか。」渡辺は目を細め、瓦礫を慎重に避けながら歩く。「周囲に人影はなし。監視カメラも無いだろう。」
吉羽は端末を確認し、蛇の目の解析データを照合する。「そうね。ここも土壌のサンプルが解析通りだとすると、遺体が一時的に置かれた可能性がある。」
二人は慎重に廃屋の奥へ進む。瓦礫の間に、微かに盛り上がった土の影が見える。吉羽は手袋をした手でその部分に触れ、低く息をついた。「……土が人工的に盛られている。やっぱり誰かがここに何かを置いたみたい。」
渡辺は指をさし、警戒心をあらわにする。「……まさか、ここに遺体?」
吉羽は静かに頷き、土を掘り返すと、腐食の少ない遺体の一部が現れた。微量の防腐液の跡が衣服や皮膚に残っている。
「……防腐処理されている。」吉羽の声は冷静だが、その瞳は緊張で鋭く光る。「前回の蒼影霊園と同じ手口。偶然じゃない。」
渡辺は息を呑み、端末で撮影を始めた。「やっぱり……連続しているな。」
吉羽は瓦礫に腰を下ろし、解析結果を確認する。「防腐処理の成分、遺体の配置、周囲の痕跡……蛇の目の解析では、前回の手口を模倣している可能性が高い。この犯人、かなり計画的ね。」
渡辺は眉を寄せる。「……KAZUHAコアはここで何を示している?」
「過去の殺人者の脳で考えた場合、犯人は必ず『見せたい痕跡』を残す傾向があると出ている。」吉羽は瓦礫の間に手を伸ばす。「つまり、遺体の置き方や土の盛り方にも意味がある。AIは事件を解くための手がかりを示してくれるけど、直接犯行には関与していない。」
渡辺は土を指で軽く触れながらつぶやく。「……なるほど。現場でしかわからないことがあるわけだな。」
吉羽は立ち上がり、遠くの山影を見据えた。「ええ。ここから次の手掛かりを追えば、犯人の行動パターンも少しずつ見えてくる。でも、慎重に動かないと。犯人は計算高い。」
廃屋跡の冷たい空気が二人を包む。瓦礫の隙間から差し込む日差しに、微かな埃が舞う中、吉羽と渡辺は新たな犠牲者の存在を確認し、次の捜査へと静かに歩を進めた。




