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蛇の目/requiem  作者: ふゆはる


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第19話/資金

 押収されたユニットは、どれも静かに整然とした「処置室」だった。

 だが、その表情は微妙に違った。あるものは欧米製の滅菌器を備え、あるものは大型の真空ポンプと高性能冷却ユニットを備え、あるものは天井照明から床の排水まで細部に至るまでカスタムメイドされていた。遺体こそ入っていないものの、それは「使い込まれた道具箱」ではなく、「準備の揃った工房」であった。

 科警研第二課の解析室には、検収物の一覧と供給業者の領収書、輸入書類、そして蛇の目(KAZUHAコア)が吐き出した決済トレースが整然と並べられていた。色とりどりのインボイスが、照明に紙の艶を返す。

「これ、ただの個人の工作物じゃない……」渡辺が低く言った。腕組みが硬い。

「だってこの滅菌器、通常業務用の半値どころか、それ以上だ」片瀬が端末を指差す。画面にはメーカー名と輸入価格、船便の航路が示されている。

 吉羽はゆっくりと書類の山をめくり、封印ラベルの透かしや輸送保険の契約書を目で追った。彼女の声はいつになく静かで女性らしい響きを帯びていた。

「機材だけじゃないのよ。薬剤の入手ルート、専用の冷媒、温度制御系の契約。全部、きちんと“商流”がある。個人でぽんと出せる金額じゃない」

 秋山が端末を切り替え、蛇の目の解析結果を拡大表示した。青白い文字列が流れ、そこには複数の法人名、数回に分けた海外送金、仮想通貨による変換、匿名決済サービスを使った入金履歴の断片が示される。

「見ての通りだ。資金がちょっと特殊だが、流し方は巧妙だ。小口化して複数アカウントで…だが合算すれば相当な額になる」

 蛇の目が淡々と付け加える。

『解析完了。押収機材の調達額推定:概算で一ユニット当たり約1万〜3万米ドル相当(機材・輸送・設置込み)。供給は複数の輸入代行業者を介し、支払は海外のシェルカンパニー→プリペイド決済→国内口座へと変換されています。確度:高。』

「一基だけでも一桁違う額だ」渡辺が舌打ちする。

「これが一つ、そして類似ユニットが他にもある。犯人の資金力は“相当”だ」片瀬の顔に緊張が走った。

 吉羽は遺体のない処置室をもう一度見回した。ステンレスの台、精密なポンプ、床に埋め込まれた排水システム。すべてが「長期的作業」を前提として設計されている。材料費や輸送費だけでなく、保守契約や部品交換、薬剤の補給を考えると、継続的な資金供給が不可欠だ。

「これ、趣味や猟奇で済むレベルじゃない」吉羽が吐き捨てるように言った。女性らしい柔らかさを残しつつ、口調は鋭い。

「誰かが、確実に“ビジネスモデル”として回してる。資金を出す、物を調達する、作業を分業する。流れが見えるわ」

 秋山が頷き、険しい顔で続ける。

「ここからの一手は二つだ。物理的な拠点を押さえて証拠を固めつつ、資金源の断絶を狙う。金融捜査との連携を急げ」

 片瀬は即座に準備を始めた。端末を叩く手が速い。

「蛇の目、押収したインボイスと連動して、支払元の口座、受取人、送金経路を再抽出。国内側の受取口座は個人口座へ分散されてます。これを束ねた“ハブ口座”を特定すれば、資金ルートを辿れます」

 蛇の目が解析を進めると、画面に次々と新しいノードが浮かんだ。海外の法人名、転送業者、国内の決済代行企業、匿名化されたプリペイドの発行情報。それらが一本の糸のように繋がっていく。

「しかも、支払の多くが“分割”で行われてる。小口で長期的に供給コストを払い続けている」渡辺が眉を寄せる。

「普通なら、誰かが“いつか止めてくれる”と思うだろうが…ここまで細工してあれば止めにくい」

 吉羽は静かに目を閉じ、頭の中で線を結んでいく。

「分割、偽装、海外シェル、仮想通貨の経由…。犯人側は、追跡を遅らせるために金融面で“レイヤー”を重ねてる。だが、どこかで綻びは出るはず。送金の受取や機材の輸入、国内業者の契約書。そこを一点ずつ掴めば、網は引き締まる」

 秋山の口元に厳しさが滲む。

「財務の綻びを突く。まずは押収機材の輸入元と国内代行業者の帳簿、そして被疑口座の凍結申請だ。検察と法務へ直ちに連絡する」

 片瀬が、ふと別の画面を指差した。そこには、被疑者らしき複数の人物が高級レストランや、海外の不動産登記簿に名を連ねるフラグメントが小さく見えている。写真の一枚には、顔の一部を帽子で覆った人物が、大きな機材の横で微笑んでいた。背景は、国際的な展示会のようでもある。

「……これ、犯人の“表の顔”かもしれない」片瀬が低く言う。

「表のビジネスで合法的な事業を回して、その裏でこういう違法事業のインフラを運用している可能性がある。ラグジュアリーな会食、投資ファンド的な動き、登記の分散。資産は巧妙に隠されてる」

 吉羽は硬く唇を結んだ。女性らしい落ち着いた声で言う。

「なら、私たちも同じ手で返す。彼らの“見せかけ”を剥がすの。見せかけの帳簿、偽装請求、重複発注。そこに法的なツッコミを入れれば、供給は止まるはずよ」

 渡辺が拳を握り締める。「金融を止めれば、奴らの“遊び”も減る。だが時間がかかる。現場班はその間、増築ユニットの発見と押収を続ける。並列で行こう」

 秋山は静かに指示をまとめた。

「法務と検察に即時の協力を要請する。金融犯罪捜査部門、税務当局、国際捜査との接続も必要だ。蛇の目、次は“供給業者・輸入代行の突合”を最優先で出力してくれ」

 蛇の目が淡々と応じた。

『了解。国際送金のタイムラインと輸入書類、受取人の法人登記、不自然な決済ルートを抽出します。次出力は確度評価付きで提供します』

 解析室の空気が、わずかに引き締まる。大きな獲物を相手に、科警研第二課は「科学の矛」と「法の盾」を並行させる決意を固めていた。遺体は見つかった。だが、犯人の資金という“黒い河”はまだ流れている。そこを堰き止めることができれば、この連鎖の根は枯れるはずだ——。

 吉羽は窓の外の薄曇りを見つめながら、小さく呟いた。

「……見せかけは剥がす。必ず」


 夜も更け、科警研のメンバーは疲労の色を濃くしながらも、着実に一つずつ糸を手繰っていた。凍結で止まった資金の一部が、別ルートに迂回される動きも観測されるが、そこにも警察の網が張られている。蛇の目はさらに深い照合を進め、やがて画面に一つの人物像の候補を浮かび上がらせた――国内に名を持つ“アートプロデューサー”、表の顔はイベント業だが裏で海外のコレクティブと接点を持つ人物の名が、微かにヒットしたのだ。

 吉羽はそれを見て小さく息をついた。女性らしく、しかし強い決意を込めて言う。

「次は、この“E.ART”の実態確認。それが資金の“心臓部”なら、そこを潰せば奴らの動きは鈍る。慎重に、でも迅速に」

 秋山は頷き、最後に告げた。

「……この事件は、資金の追跡と現場の押収を並列で進める。どちらかが疎かになれば、犯人にまた隙を与える。次のアクションは、E.ARTの事務所への強制捜査申請と、候補者の行動監視だ。蛇の目、出力を精緻化してくれ。時間がない」

 蛇の目の光が静かに点滅する。モニターには、黒い河のように流れる資金経路がさらに細かく描かれていった。科警研第二課の長い追跡はまだ終わらない──だが、確実に“先”へと進んでいる。

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