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蛇の目/requiem  作者: ふゆはる


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17/22

第17話/核

 」

「つまり、国内の遺体搬入ルートだけじゃなく、“国外からのライン”も関係してるってことよね」吉羽が呟く。

「これは単なる殺人事件じゃない……もっと大きなものが裏にある」

 秋山はホワイトボードの地図に赤と青のマーカーで線を引きながら、ゆっくりと口を開いた。

「国内の“運び屋”と、国外の“指示者”。その間に“受取人”が存在する。そして、その受取人が“実行犯”とどう繋がっているかが、まだ見えない」

「……黒幕は、運び屋たちよりずっと上にいる」渡辺が低く呟く。

『関連する通信記録のうち、倉庫に関する送信は合計23回。コンテナ番号の偽装も一括管理されています』

 蛇の目の声が続く。

『現時点で確保できた遺体入りコンテナは1基のみ。他のコンテナは全てダミーまたは中身のない偽装でした』

「やっぱり……」吉羽が悔しげに唇を噛んだ。

「私たち、完全に“踊らされてた”ってわけね」

「本命は、別のルートを通ってたんだ」渡辺が苦々しそうに呟く。

「おとりを撒いて、俺たちを誘導して、時間を稼いだ」

「犯人は私たちの動きを“読んで”いた」秋山の声が静かに落ちる。

「つまり――蛇の目の思考すらも、犯人の行動は予測を難しくしているということだ」

 その言葉に、室内の空気が一段と重く沈んだ。

 蛇の目はこれまで幾つもの凶悪事件を“先回り”して解いてきた。

 だが今回は違う――まるで、相手が蛇の目を意識し、その網を“逆利用”しているかのようだった。

『プロファイルを更新します』

 蛇の目の声が一瞬途切れ、淡い光が波紋のように広がる。

『犯人、もしくはその組織の構成員には、ロジスティクスと監視網、暗号通信、死体処理技術に関する高度な知識を持つ人間が含まれている可能性が高い』

「“殺す”だけじゃなく、“隠す”と“運ぶ”が完全に分業されてるのよね」吉羽が小さくため息をつく。

「……こんなの、普通の殺人犯じゃない」

「蛇の目がここまで“迷わされる”ケースなんて初めてだな」渡辺が椅子にもたれた。

「頭が一人じゃない。複数のプロフェッショナルが一枚岩になってる」

 秋山はゆっくりと両手を組み、深く椅子に座り込んだ。

「……恵美、渡辺。これは長期戦になる。犯人は必ず“次”を動かす。蛇の目、発信拠点の国内側にフォーカスを絞れ」

『了解。国内ネットワークトポロジーの再構築を開始します』

「片瀬、通信の生ログを洗え。絶対に見落としがあるはずだ」

「任せてください」片瀬の指が端末を叩き、青白い光が次々と走る。

 吉羽は深く息を吐き、蛇の目の淡い光を見つめた。

 相手は確実に、このシステムの“限界”を突いてくる。

 そして、その先にあるのは――たった一人の狂気か、それとも冷酷な“仕組み”そのものなのか。

 背筋を走る冷たい感覚を押し殺しながら、彼女は呟いた。

「……次は、絶対に逃さない」

 蛇の目の光が、まるでそれに応えるように、静かに瞬いた。


 科警研第二課 午前4時37分。

 モニターの光だけが室内を照らし、息を潜めるような静寂が広がっていた。

 蛇の目のホログラムは、まるで生きているかのように浮遊しながら淡い光を発し、幾重にも重なったデータの層を可視化していく。

 片瀬梓の指がキーボードの上を走り続けていた。

「……解析、完了。メッセージのやり取り、復元できました」

 その声に、恵美と渡辺、そして秋山も椅子から身を乗り出した。

「見せてくれ」

 秋山の低い声に、片瀬がディスプレイを大きく拡張する。

 そこには、運び屋たちのスマートフォンから抽出された膨大な暗号メッセージのログがずらりと並んでいた。

 [ID:A_034]

 ― “今日も冷たい荷物。受け渡しはいつも通り。顔は見ない。”

 [ID:R_018]

 ― “指示通り動け。余計なことは考えるな。お前らは“運ぶ”だけだ。”

「……顔を知らない、声も知らない。全部、文字だけ」渡辺が腕を組んだままつぶやいた。

「犯人の姿は、運び屋ですら見たことがない」

「これは“仕事”じゃなく、“命令”よ」恵美が低く言う。

「運び屋たちは、自分たちが何を運んでいるか、わかっていても“逆らえなかった”」

 秋山はホワイトボードの前に立ち、ペン先で書き込まれた地図をトントンと叩いた。

「指示は複数のアカウントから送られているが……蛇の目、全メッセージの発信時刻と地点の分布を重ねてみろ」

『了解』

 蛇の目の声が響くと、ホログラムが瞬く。

 数千件に及ぶメッセージのタイムラインが一瞬で地図上にマッピングされ、赤い光点が日本列島各地に浮かび上がった。

「……こんなに多いの?」片瀬が息をのむ。

「単なる“運び屋の連絡”じゃない。これは……ネットワークよ」

『補足:そのうち実際に運搬行為に直結しているのは全体の7%です。残りは偽装通信、または追跡を攪乱する目的のダミーと推定』

「つまり……本物の“指令”はほんの一部。それ以外は私たちの視線を散らすための偽装」秋山が冷静に言う。

「蛇の目をかく乱している、ということだ」

「犯人、完全に“私たちを見て”動いてるじゃない」恵美が唇を噛み、モニターを睨んだ。

「……まるで、ゲームでもしているみたいに」

「ゲームじゃない。これは“狩り”だ」秋山の声は低く鋭い。

「犯人の方が先に一手を読んでる」

 その時、蛇の目のホログラムが一瞬強く光った。

『パターンの収束を検知。偽装通信の中に、複数回にわたり“同一の根”が存在します』

「“根”……?」片瀬が振り返る。

『一見ランダムに見える発信地点だが、全ての通信の基点となる“ひとつのサーバ”が存在します。国内です』

「場所を特定できる?」秋山がすぐに尋ねる。

『現在、経路トレースを進行中……』

 ホログラムの中に線が複雑に走り、やがて赤い光点が一点で止まった。

『兵庫県神戸市港湾地区。廃倉庫群の一角――回線の根がここに集約されています』

「……やっぱり神戸」渡辺が低く呟く。

「最初の遺体も、あの霊園も、すべてあの周辺を中心にしてる」

「つまり、“実行犯”はこの場所を“安全圏”として使ってる可能性が高いってことね」恵美が地図に目を落とす。

「海外からの指示、国内の運び屋、そして――倉庫」

 秋山はホワイトボードの地図に大きく丸を描いた。

「――ここが“中枢”だ」

 だがその瞬間、蛇の目が淡々と告げる。

『注意:これは“根”のひとつです。犯人は複数の回線を分散使用しています。ここを押さえても“頭”には届かない可能性があります』

「“頭”じゃない?」恵美が眉をひそめた。

『この構造は、いわゆる“蜂の巣型”です。中心点は存在せず、複数の“ノード”が入れ替わりながら役割を担っています。指示者の特定は困難です』

「つまり、“誰かひとり”を捕まえても、全体は止まらない」渡辺が低く吐き捨てた。

「……ふざけやがって」

「でも――“根”を押さえることは、網の糸を手繰る一歩にはなる」秋山が静かに言う。

「俺たちはもう、“向こうの遊び”に付き合ってるだけじゃない」

 恵美は、運び屋たちの供述を思い出していた。

 “指示を受けただけ”“中身は見ていない”“逆らうと消される”――。

 誰もが口を揃えるその証言には、恐怖と沈黙が張りついていた。

 犯人は、徹底して“姿”を隠し、影のまま支配していた。

「……ここからは、私たちが“影”に踏み込む番ね」恵美が小さく呟いた。

「そうだ。蛇の目、倉庫群の回線と同時に、過去24時間の交通監視データも照合しろ。出入りしている車両、すべて割り出せ」秋山が指示を飛ばす。

『了解。照合を開始』

「片瀬、渡辺、恵美――この倉庫に踏み込む準備を進めろ」秋山の声には、いつになく鋭い決意が滲んでいた。

「了解」

 3人の声が重なったその瞬間、蛇の目のホログラムに点滅する新たな通知が浮かんだ。

『――現在、回線上に“動き”あり。犯人が新たなコンテナを動かしています』

 空気が一気に張り詰めた。

「……奴が、動いた」恵美の声は震えるように低かった。

「このタイミングでだと……俺たちの解析を“見透かしてた”可能性もある」渡辺が唸る。

 秋山が立ち上がる。

「――追うぞ。ここからが勝負だ」

 蛇の目が静かに光を増す。

 追う者と、影に潜む者。

 この瞬間、長く張り詰めた“死のゲーム”が、本格的に動き出した。

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